厚い壁を破って
東海林武×大前春子


最初はただ腹が立った。
嫌いなタイプの女だと思ってた。
たが、だんだんと、あの女のことを知りたくなっていって、
気がつけばかなりハマってしまっていた。

仕事中でも自然とあの女の姿を探している。
ハエ呼ばわりされても、「ばっちぃ」と言われても
ほんの少しだけ目にしたあの女の素と思われる表情が忘れられない。

もっと見たい。
あの雪を見上げた優しい表情で、見つめて欲しい。

欲を言えば、それだけじゃない。
もう一度、あのやわらかい唇に触れたい。

10代の頃のような悶々とした夜を過ごすことになろうとは…


中々手に入らないとなると、なぜか無性に欲しくなる。
あの女の分厚い壁を打ち破ってみたい。
その奥にある本当の部分を知りたい。

こんなことはケンちゃん以外には絶対言えないな…

次の日、会社では相変わらずの面々で相変わらずの状態。
でも、もう少ししたら、「相変わらず」じゃなくなってしまう。
その前に、なんとか歩み寄りたい。

資料室に様があったので、エレベーターに乗り込むと
後から大前春子が乗ってきた。
サラサラとした髪の毛を後ろから眺めながら
またもや切ない気持ちを巡らせていると
突然大前春子が振り返ってこう言った。

「何か用ですか?」

俺は驚いて思わず、後ずさりして

「は、はぁ!? 何がよ!」

と叫んだ。

「気持ち悪いオーラを放たないでください」

と大前春子はまた前を向いた。

その言い方にまた腹が立って、

「何ぃ!?俺がいつそんなオーラ放ったよ!?ていうか、とっくりはアレか、
オーラまでわかるのか?スピリチュアルカウンセラーの資格もあるのかよ!?」

しまった。
いつもなら、こいつからは何も言ってこないのに、
あまりにも唐突で気づかなかった。
なんでいきなり?


「…あれだな、珍しいな、とっくりから喧嘩売ってくるの」

「…」

無視かよ。
なんだかまた無性に腹が立ってしまい、思い切り腕をつかんでしまった。

「いっ…」

大前春子の声が漏れた。

「…悪い。」

手を離すと同時に資料室のある階についたので、とりあえず仕事に戻ろうと降りたら
大前春子も降りてきた。

「なんだ、とっくりもここに用か」

「用がなきゃきませんが。」

「またそれかよ!」

もう止まらなかった。一気に感情が吹き出るのを抑えられなかった。

資料室に入ると同時に、気づけばまた唇を奪っていた。
前よりも同様したのか、激しく抵抗してきたが
そんなことはもう気にならなかった。

次の瞬間、激痛が走った。
舌を噛まれたらしい。ジンジンする。
あの激しい潤んだ目で俺を睨みつける。
だが、俺は放さまいと、きつく抱きしめた。

「やっぱり気持ちは変わらない。前よりもどんどんアンタにハマッてるんだ…」

「迷惑です。私はもうすぐいなくなる人間です」

抵抗はやめたが、大前は静かに言った。

「そんなことどうでもいい。俺はアンタをもっと知りたい」

「今までどんな思いをしてきたか俺にはわからない。
でも、ずっとそのままでいいわけないだろ?
もう一度、信じてみる気にはならないか?」

「何をですか?」

「人間をだよ!いや、俺のことだけでいいから…!」

「…」

「…とっくり?」

「春子です…大前 春子…」

「春子…さん」

恐る恐る顔を見ると、潤んだ悲しげな大きい目が俺をじっと見つめていた。
そして今度は自分から静かに背伸びをし、俺にそっとキスをしてきた。


完全に俺はスイッチが入ってしまった…

もう一度強く抱きしめながら、今度はお互いが
お互いを求めるように唇を激しく吸った。
もう止まらない、欲しい…!

春子を抱きかかえて、資料机に寝かせた。
引き続き激しくキスしながら、春子のハイネックをたくしあげ、
ブラジャーの上から豊かなバストに触れた瞬間、
春子から甘い吐息が漏れてきた。

「信じたい…信じさせて、もう一度。いえ、あなたを…」

両腕を俺の首に回し、耳元で囁いた。
嬉しかった。ただ、嬉しくて、涙が出そうになった。

そして、俺があれほど欲しかったあの表情で見つめてくれた。
不覚にも涙がこぼれてしまった。
抑えられなくなって、嗚咽が出そうになった時、
そっと頬を両手で包んでくれ、またキスをしてきた。

「もう止まらないけど、いいのか?」

俺は改めて確認した。

「…ここまで来て、なんですか、主任」

またいつものポーカーフェイスと口調で言った。

「なによ…それ…」

言いながらも俺は笑っていた。
そしてまたキスをして、スカートの中に手を入れた


…と、突然「せんぱーーい」と情けない声がした。
慌てて俺達は服を調え、俺は資料棚の影に隠れた。

「あ〜せんぱい、まだここにいたんですかあ?
里中主任が探してましたよー」

入ってきたのは森というダメ派遣だった。
春子は何事もなかったかのようにさっさと出て行ってしまい、
俺は一人ポツンと残されてしまった。

「あぁっ…いいとこだったのに…!」

つぶやいた所で誰も慰めちゃくれなかった。

その後、なんとなく俺だけギクシャクした様子で仕事がはかどらず残業になってしまい、
春子は定時でまたさっさと帰ってしまった。

あれは何だったんだ…夢だったのか?
結局またハエ扱いされた時のように、からかわれただけだったのだろうか。
俺は彼女の壁を壊すことができなかったのだろうか。

そんなことを考えてパソコンの前につっぷしていたら
誰かが入ってくる物音がした。
警備の人かと気にしないでいたら、
近づいてきて後ろから心地のいい声がした。

「続きはまだ終わってませんが、くるくるパーマさん」






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