東海林武×大前春子
冷たい風が吹き荒れる金曜日。 俺はいつもの時間に、いつもの帰り道を通って帰るつもりだった。 変化がないことは幸せな事だ、といつも俺は思う。 それも、派遣をあまり好まない一つの理由なのだろう。 だけど、この日は違った。 帰り道に必ず横切るゲームセンター。 その前に見なれた人影。 (……大前春子?) 彼女の前には店の外に置かれている5台ほどのUFOキャッチャー。 UFOキャッチャーの灯は彼女のガラス玉のような瞳に、 キラキラと光を反射させる。 (…あいつ…こんなところで何してるんだ…) 少し考え事をしているうちにあいつの腕にはたくさんのぬいぐるみ。 落としては、拾い上げ、落としては、拾い上げ。 あいつの、華奢な腕の中に。 …う、うらやましい…。じゃなくて。 あまりこの空間にいてはいけない気がした。 ここで見つかったら俺は、とっくりに散々罵声を浴びせられることだろう。 それでも、自分はとっくりから目を離すことができず、足も凍ったように動かない。 とっくりはそうしてる間にも黒猫のぬいぐるみをまたひとつ落としている。 彼女は、それはもう、うれしそうにぬいぐるみを抱き上げ、短いキスをした。 その仕草の可愛らしさに、鼻の奥がツンとして、自分の中で何かが切れる。 何を思ったか、俺はズカズカとあいつの側まで行き、肩を掴んで振り向かせる。 力の加減が出来なくて、思ったより強く掴んだようだ。 とっくりの顔が痛みに歪んだ。 「…しょ…う…」 言葉(たぶん罵声だろう)を遮り、そのまま肩を引き寄せて唇を深く重ねる。 「…んっ」 とっくりは逃れようとしたが、肩に置かれた俺の手がそれを妨げる。 息を吸うために一度唇を放すと、彼女は苦しそうにむせ返った。 「な、何…す…」 涙目。染まった頬。好きな女。 頭が真っ白に染められて、もう何も考えられない。 俺は彼女の手首を掴み、夜の町を駆けだした。 「痛いっ!離してよ!」 あいつは俺の手を振り払い挑戦的な瞳を向ける。 俺を睨み付けているのは、綺麗な汚れを知らないような目。 いつだってその目に睨まれている時だけは、 あいつを自分だけのものにしたような気分になったのだ。 自宅のドアの前にいつのまにか来ていた。 そのまま、押し込む様に部屋に彼女を入れる。 「…ここは…」 「俺の部屋だよ。」 「…帰るッ」 とっくりは振り返り、玄関のドアノブに手を掛ける。 だけど、俺はまだとっくりを帰したくなくて。 俺はとっくりの肩を引き寄せ、そのまま腕に閉じ込めた。 呆然としている彼女の腕からぬいぐるみが次々に落ちていく。 俺はそのままドアの鍵を閉め、彼女を横抱きにしベッドに向かった。 「ちょっ…東海林主任!」 俺はゆっくりベッドに彼女を横たわらせ、 柔らかそうな唇に噛み付くようにキスをする。 「…っ…んんっ…はぁ」 涙目で睨まれて、寒気がした。 胸元を押されてる気がするが、酸欠で力が入らないのだろう。 弱々しすぎて自分の体はピクリとも動かない。 自分の勝ちだ、と初めて思った。 唇を首元まで下ろすと彼女の体が小さく跳ねる。 「何、あんた、首弱いからいつもとっくりなの?」 「…それが、何っ…」 意地悪く俺は笑って首から肩にかけて唇でなぞった。 声を出したくないのか両手を口元に持って行く。 顔が赤く染まっていって、涙が零れ落ちた。 涙を優しく親指でぬぐい、 俺の唇はハイネックを剥すように侵入していった。 「えっ…本当にやる…んっ…ですか…?」 なかなか見れない彼女の困ったような表情。 意地悪したい。苛めたい。 そんな欲望がぐるぐる渦巻いて止まらない。 「やめるか?今、ここで。」 「…」 困った表情は少しずつ意を決した表情になり、 やがて真剣な表情になって一言だけ呟いた。 「…して…」 ああ、やっぱり。大前春子にだけは一生勝てない気がする。 朝の光はまぶしい。 焦がす様に、でも優しく自分達を照らす。 (溶けそうだ、と思う) 一晩中、彼女の白い肌を撫でていた。 所々に紅い跡が残っている。 ごめん、ごめんな、ごめんなさい。 痛かっただろうに。 「…くるくるパー……マ」 「そこで途切るのやめろ」 「展開が早すぎて整理するのに疲れてるんです」 ふぅと、小さくため息をつく彼女に、 俺は声を上げて少し笑って、小さな体を力強く抱きしめる。 「ねえ、結局、俺の事好きなの?」 「……大嫌い。」 凍りつくような声。 「でも、 」 小さい声で耳元で囁かれる。 表情が自然と解けていくのが自分でもわかる。 それは春が雪を溶かしていくように。 あぁ、大前春子にだけは一生勝てない気がする。 最近は勝てなくてもいいかな、なんて思ってしまう。 SS一覧に戻る メインページに戻る |