冷たい一人の夜(非エロ)
東海林武×大前春子


寒の戻り。
定食屋のテレビから天気予報が聞こえてくる。
そっかー、三寒四温ね。
名古屋の夜は寒いと思ってたけど、天気のせいなんだな。
ちゃんと春が来れば暖かくなるだろう・・・。

名古屋に来て最初の夜、この店を見つけた。
あれから気がつけば殆ど毎晩来ている。
揚げ物も魚もうまい。
少し、似てるな・・・あの店に。

え?

バカだなー、俺。
感傷的になってどうする。

「お待たせしましたー」

そうそう、燗酒でも飲んであったまるか。
・・・手酌で、さ。

賢ちゃんも頑張ってるみたいだな。
今日で、とっくりの契約が切れたって言ってたけど。
結局俺たち、二人ともきれいさっぱり振られたな。
明日からまた別のハケンが来てあいつの穴を埋める。
まあ多少の能力差はあるんだろうが。

営業部のみんなも元気だろうか。

・・・ま、俺がいなくても何もなかったみたいに
仕事は回ってるんだろうが。
首を切られて去って行った先輩たちもみんな、
こんな気持ちだったのかな。

とっくりも・・・、リストラ直後は苦しんだんだろうか。

よそもののハケンとして職場を転々としながら、
少しずつ鎧を厚くして行って・・・。
しかしまさか、俺の方が一足先に出ていくことになるとはな。

バカだな・・・俺。
バカ正直な賢ちゃんより俺の方が百倍バカだったなんて。

いや、違う。後悔はしてない。
やましさを抱えたまま友達を踏み台にするなんて、俺にはできなかった。
カンタンテでとっくりにプロポーズした時、あいつは俺の人格を
否定しまくったが・・・あいつの言葉は全部、当たってた。
あの時の俺はやましさで一杯で、誰かに責めてほしかったんだ。
結局、俺も賢ちゃんに負けず劣らずお人よしだったってことだな。

まあ今の子会社だって、職場のモチベーションを高めて行けば
もう少しまとまりってものが・・・、

・・・出るんだろうか。
俺一人で空回りして浮いてるのに。

なあ、とっくり。
お前の気持ちが少しだけわかる気がするよ。
よそものの気持ちが・・・。
お前だって銀行にいた頃は家族の一員だったんだろ?
急にはじき飛ばされて、捨てられて・・・どんな思いで闘ってきた?
いったい、どんな思いで・・・。
今こそ、お前に聞いてみたいのに。
俺が遠い空の下でお前のこと考えてるなんて、お前は知りもしないし
知りたくもないだろうが。

もしあの時、携帯番号に気がついてたら・・・。
いや。考えても仕方ないことだ。
どのみち、島流しになった身じゃプロポーズも何もないからな。

でも・・・少しは俺のこと、気にしてくれているだろうか?

お前にも、こんな寂しさに押しつぶされそうな夜はあるのか?
どれだけ時が経って、鎧を重ねたら強くなれる?
今でも闘い続けてるのか?たった一人で・・・。

寂しいな。
寂し過ぎるだろう、大前春子。

寒くて、寂しくて、胸がはりさけそうだ。
寒の戻りのせいなんかじゃない。
こんな俺にも、いつか春は来るのかな。

なあ、とっくり。

お前に春は来たか?






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