最終回・その後(非エロ)
東海林武×大前春子


夜8時。
S&F運輸名古屋営業所のオフィスで、東海林武は独りデスクに向かっていた。
パソコンで新しいシフトの仮組みをしなければならない。
その日の昼間、突然大前春子が現れ、いきなり契約を申し出たかと思うと
福岡便の運転手を買って出、走り去ったのだった。

――あいつ。連絡先も残さないで。
・・・あいつの書いた番号、気づかずに捨てたのは俺だけど。

日が暮れてからというもの、東海林は電話ばかり気にしていた。
何事にもぬかりのない春子のこと、福岡に着いたら会社に連絡ぐらいは入れるはずだ。
東海林の知らないうちにオフィスの電話番号をチェックするぐらい朝飯前だろう。

プルルルル。

電話が鳴った。

・・・だが、鳴ったのは会社の電話ではなく携帯だった。
ディスプレイには、見慣れない番号が表示されている。

「もしもし?」
「大前です」
「とっくり・・・?お前、どうして俺の携帯・・・あ」

随分前に渡したメモのことは、とっくに捨てられていると思い込んでいた。

――持ってたのかよ。

東海林はほんの少しの間、黙りこんでしまった。

――そうよ、持ってたわよ。それが何か?

そう答えるかわりに、大前春子は少し気恥ずかしいのを悟られないよう続けた。

「業務報告です」
「・・・あ、ああ」
「さきほど、無事福岡に納品致しました」
「おー早かったな。・・・お疲れさん」
「これから連絡シートにあった宿に入って、明朝6時に出発します」
「あ、ちょっと待て。代わりの宿を調べておいたから、そっちに泊まれ」
「代わりの宿?」

「いいからメモれ。書くもんあるか?」
「なぜ宿を変えるんですか?」
「・・・荒くれ男ばっかり泊まってるような宿だからな」
「・・・それが何か?」
「そんなところにあんたを泊めるわけにいかんだろ。・・・一応、女なんだし」
「はあ?」
「はあ?じゃねえよ。とにかくメモれ」
「お断りします」
「なに?」
「いちハケンに特別な待遇なんて、あなたらしくもない」
「・・・」

――バカ野郎、人の気も知らないで。俺はお前が・・・心配なんだよ。

「そんなことだから示しがつかないんです。しっかりして下さい、東海林所長」

こうなると、ぐうの音も出ない。

「・・・わかったよ」
「それに私は少々ぶっきら棒なオジサン達には慣れています。ツネさんの下で
1年間修行していましたし、あなたよりよっぽど上手く付き合えますから
ご心配なく」

よっぽど、にアクセントを置いたイヤミな言い方。
だが、春子の声は少し柔らかかった。

「・・・相変わらず一言多いな、お前」

そう言う東海林の顔も、険しくはない。

「・・・」
「・・・」

沈黙が続いた。

「では、失礼しま・・・」
「・・・、食ったか?」
「え?」
「メシ、食ったのか?」
「これから食べます」

――大前春子。お前はどうして、こんなきつい職場に。

何だか泣きたい気分になるのを、東海林は必死でこらえた。

「そうか・・・腹、減ったな。」
「・・・」

――東海林武。少しやつれてたけど、ちゃんと食べてるの?

春子もまた、何だか無性に切なくなるのを一生懸命こらえていた。

「こっちにもようじ屋に少し感じが似てる、サバ味噌のうまい定食屋があるんだ。
今度連れてってやるよ」
「連れていかなくても場所を教えて頂ければ結構です」
「・・・相変わらずだな、お前」

春子は、東海林が手柄を立てるまで一定の距離を置くつもりだった。
狭い事務所の中で上司と部下が男女の仲になれば、従業員の統率に支障を来たす。
押しかけハケンが成立した時点でお互いの気持ちは確認できているが、
今はまだ、一線を越えてはいけない時期だと春子は考えていた。

「なあ」
「はい?」
「・・・お前が来てくれて、嬉しいよ」
「・・・」

――俺、頑張るから。

――このバカ男。人の気も知らないで・・・、優しくしないでよ。

「じゃあ、今夜はしっかり寝ろよ。それでちゃんと、安全運転で・・・
無事に帰ってこい」
「ご心配なく」
「帰ってきたら、ちゃんと話そう。契約のこととか、他にも・・・、
聞きたいことがたくさんあるし」
「・・・わかりました」

――ごめんなさい、東海林くん。契約のこと以外は、まだ話せないことが
いっぱいあるかも。

そう心の中で呟きながら、春子はつとめて業務的に電話を切ろうとした。

「では失礼します」

それなのに。

「おやすみ」

東海林の何気ない一言に、こんなに心をかき乱されるとは。

「・・・おやすみなさい」

やっとの思いで電話を切ると、春子は目を閉じて小さく息をついた。

一方の東海林は、着信番号を登録すると小さく呟いた。

――早く帰ってこいよ。大前春子。

そして再び、パソコンに向かうのだった。






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