子猫の眠る場所 前編(非エロ)
東海林武×大前春子


なんか今、視界の端にありえない光景が映った。
気のせいだろう・・・とそのまま通り過ぎようとしたけど
俺の足は意に反してそのありえない光景の方に向いた。

俺はその光景から隠れるように身を潜めながら近づき、様子を伺うことにした。


―――大前春子・・・?

つい先日、こともあろうに俺を「蝿」扱いした女だ。

つっけんどんで、おおよそ人間らしい感情・・・例えば人を思いやるだとかなんか
そういう温かい感情が欠如した・・・カンジの悪い女。
でもまぁ、意外とそればかりではないことも分かってきたけど・・・・・・。

尾行する刑事の様に物陰に身を潜めて俺ってヤツは何してるんだか・・・とっく
りに未練はないはずなのに、素通りできなかった自分が情けない。


大前春子が汚らしい路上に放置されたダンボールの中に手を伸ばし、なにか小さく
丸っこいほわっとしたものを抱き上げた。

「みにゃー・・・・・・」

か細く泣いた、そのほわっとした物体は大前春子の胸の中に納まりプルプルと震え
ていた。

―――子猫だ・・・・・・

意外だった・・・、とっくりなら子猫なんて気にも留めずに素通りすると思ってた。
そんな温かい感情なんて・・・あったんだと俺はちょっと嬉しくなった。

「お前・・・捨てられちゃったの?」
「ぴにゃー」
「よしよし・・・」

とっくりはその子猫に優しい笑顔をむけ軽いキスを落とした。

俺も触れたその唇が、猫にはやすやすと奪われた。

未練はない・・・はずなのに猫相手にチリリと胸が焦げるみたいな微かな嫉妬を感じた。

―――俺は猫相手にバカか・・・

「お前も一人なんだね・・・」

泣きそうな顔でとっくりは子猫を優しく・・・優しく撫でる。

―――・・・おまえもって・・・もってなんだよ。お前も一人なのか・・・とっくり?
今度はなんか切なくて胸が痛くなった。

「・・・つれて帰ってあげたいけど」

とっくりは子猫をだきしめ頬摺りをする。

「ぴゃー」
「30分・・・・・・ううん10分待ってて、その間に拾われなかったら一緒に帰ろう」

とっくりは名残惜しそうに子猫にキスを落として足早にその場を後にした。
多分10分後に戻ってくるだろう。

とっくりがいなくなってから潜めていた物影からでて、子猫の入った箱の前にしゃがみ
込んだ。
そして俺もなぜか無視できなくて、その猫をとっくりと同じようにゆっくりと抱き上げ
キスを落とす。

「間接キス・・・だな」

少し嬉しくなって何度もキスを子猫に落とした。
今まで抱いていたとっくりのぬくもりが子猫にまだ残っているようで・・・手放せない。

「んにゃー」

子猫は迷惑そうな非難の声をあげる。

「なんだよ・・・ちょっとくらいいいだろ」
顎を擽るように子猫を撫でると、一丁前に気持ちいいのかゴロゴロと喉をならし、俺の
指を小さいざらついた舌でぺろりと舐めてきた。

とっくりは居候してカンタンテに住んでいる・・・、ペットはさすがに飼いにくいんだ
ろうな・・・たぶん急いで駆けていったのはカンタンテで了承を貰うためだろう。

―――だったら・・・

もう可愛くて手放せなくなった俺は、寒くないようにコートの中に子猫を入れた。

「悪いな・・・とっくり、早い者勝ちだ」

数分後に戻ってくるであろうとっくりに見つからない為にコートの中の子猫が落ちない
ように気をつけてゆっくりと立ち上がった。

「やっぱり・・・俺はとっくりのことまだあきらめらんねぇな・・・」

不安そうに俺をコートの中から見上げる子猫に笑いかける。

「俺は・・・お前も、大前春子も一人にはさせねぇから・・・安心しろ」
「にゃー」

子猫はその言葉に安心したように、鳴いて暖かい俺の胸の中でうとうとと眠りについた。

・・・・・・勢いで拾っちまった子猫

後悔はしていないけど、実は俺は猫といわず動物を飼った経験が一度もない。
むしろ動物は苦手かもしれない。

「どうするべ・・・・・・」

家に子猫を連れて帰ったはいいがどうしていいかわからずに途方にくれる。
そんな途方にくれている俺に腹を空かせた子猫は擦り寄ってくる。

「とりあえず・・・、エサだな」

でも何をあげたらいいのか検討もつかない。
賢ちゃんに電話して助けを求めようと思ったけど、賢ちゃんは子猫というより
子犬だしな・・・と意味不明な理由で思いとどまった。

ましてや苦手な子猫を拾った理由なんて聞かれたら、恥ずかし過ぎる。

ここは自分で何とかせねばなるまい
冷蔵庫をあけて物色するも牛乳すら入っていないことに愕然とした。

「ちょっと待ってろな・・・子猫ちゃん」

しかたない・・・と、俺はコートと車のキーを引っつかんで子猫をおいて外に
飛び出た。
24時間やっているディスカウントストアなら確かペットフードも売ってた筈。

案の定、あったペットフードと御誂え向きにおいてあった「子猫の飼い方」とい
う本をみながら必要な猫トイレだの猫用ミルク・・・またたびetcをゲットし、
家路に急いだ。

「ごめんな・・・腹減っただろう」

か細く鳴き続ける子猫を抱き上げ、安心させるように撫でる。
本を読んでみると、おおよそコイツは生後二ヶ月くらいで子猫というほど子猫では
ないようだ。
軽くあっためたミルクに猫缶を混ぜたものとそのままの猫缶を置いてどちらを食べ
るか見てみる。

「おおっ食べたッ!!」

離乳食ではない猫缶にがっつく子猫に安堵して、ちょっと感動した。

「かわいいなぁ」

思わず言ってしまうほど子猫ってもんはかわいい。
とりあえず、トイレだ何だと、子猫の住環境を整えて、破裂しそうなほどのお腹を天
に向けて満足そうに眠る子猫を見る。

―――そういえば、名前考えてなかったな・・・、どうするべ

一応考えてみたものの一つしか名前は浮かんでこなかった。

「とっくり・・・」

その一つしか浮かばなかった名前を口にする。

とっくり・・・、アイツがきっかけだからな・・・別にアイツがまだ好きってわけじ
ゃないぞ。
メスだし・・・な。
誰も聞いてないのに必死に名前の言い訳を考えている馬鹿な自分が滑稽に思えてくる。

「結局・・・、俺はまだとっくりが好きなんだ」

そう・・・、子猫の名前まで「とっくり」にしてしまうほど・・・。
自覚して頭を抱える。

眼を覚ました子猫が俺の膝に擦り寄ってきた。

「どうした?とっくり・・・」
「うにゃー」

子猫は自分の名前を「とっくり」と認識したのか返事をした。

こうなったら名前もかえらんねぇな・・・・・・とっくり

「お前も・・・奇特なヤツだな、こんな変な名前で満足か・・・とっくり」
「にゃー」
「よしよし・・・・・・とっくり」

猫のとっくりを人間のとっくりに重ねる・・・、愛おしい気持ちが俺の心を占拠した。

再び眠りについた子猫を抱えベットに入る。
子猫の体温が暖かくて眠りの世界へと俺を誘った。

それから一週間後・・・、俺はとっくりにめろめろになっていた。
とっくりといっても猫のとっくりだけど・・・・・・、まぁ人間のとっくりにもだけど。

携帯の待ち受けをとっくりにして時間があれば眺めている。
このとっくりの可愛さをみんなに見せて周りたい衝動に
駆られる・・・けど「名前なんていうの?」なんて聞かれたらと思うと・・・、これが
ジレンマというヤツ。

完全な親バカだ。


そんな自分にため息をついて会社の廊下を歩いているととっくりとすれ違う。
このまま、無視されて行ってしまうかと思ったとっくりが足をとめ、俺を振り返りツカツカ
と俺に近づいてきた。

「ペット・・・飼ってらっしゃるんですか?」
「ま・・・まあな」

唐突な質問にしなくてもいい動揺をしてしまった。

「そうみたいですね・・・」

とっくりの白い手が俺の肩に触れた。

俺の心臓がドクリと激しく波打つ。
ゆっくりと俺の肩からとっくりの手が離れていく。
そのことに寂しさを感じてしまう俺も・・・とことんバカだ。

「毛がついてますよ」

眼前に俺の肩に付いていたであろう毛を突き出してきた。

「仮にも営業なんですから気をつけたほうがいいですよ・・・、まぁ私には関係のないこと
ですが」

そしてとっくりはくるりと踵をかえして、歩き出した。

「ありがとな・・・」

俺はちょっとうれしくて去り際のとっくりに礼をいった。
その声にとっくりは再び足を止め俺を振り返る。

「ペットはクルクルパーマじゃないんですね」

口の端だけをクイッとあげてバカにしたように笑った。

「お前・・・言いたかったことはそれかよっ!!」

これが俺の礼に対しての照れ隠しだったということが分かるのはもっと後になってからだった。






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