東海林武×大前春子
長い、長い、くちづけ。 それは、永い夢。永かった夢。 夢を現実に戻すのは、鉄の味。 そして、罵倒の言葉。 『この、外道…っ』 言葉の主は、オオマエハルコ。 唇の鉄の味を、確認するかのように舌舐めずりするのは、 ショウジタケシ。 ハルコは、目の前の男の部屋に拘束されていた。 右手。左足。首。 それぞれに、チープだが女性の力では千切る事の出来ない 鎖のついたラバーの拘束具が嵌められている。 「今って、何でも売ってるのなー」 ショウジは、先ほどの言葉が聴こえているのかいないのか、 ハルコの首から垂れる細い鎖を片手で玩ぶ。 「ねー、ハルちゃん」 目の前の女に笑顔で微笑みかける。 その笑顔の瞳は、少し焦点が合ってないようにも見える。 ハルコは、冷静になろうと深呼吸をした。 ―…、もし気が違ってたら何をしでかすか、わからない― できれば、事は避けたい。 彼の部屋。簡素なハルコの部屋と違って、散らかったオトコの部屋。 ハルコの拘束具は、全て、彼のベッドの脚に?がれている。 ベッドの脇に背中を凭れさせるハルコに、男は膝を着いてまた、くちづける。 「あのさ、俺って会社のイヌとか、上司のイヌとか思われてんじゃん。 その上さー、あんたにまでお預け、喰わされてさー。何処まで『犬』なのかなって思ってさ」 ショウジはハルコの細い指に、自分の指を優しく絡ませながら言葉を続ける。 ハルコの右手首の枷から、チャリと鎖の安っぽい音がした。 「…、あんたくらいは俺の『犬』になってよ。尻尾ふってさ、キスを求めて、 俺のことを一番好きで、ちょっと構わないと拗ねちゃう様な『犬』にさ…」 ―んなこたぁ、子犬主任の方が適任だろう― と、ハルコは心の中で毒づいたが、口には出さない。 狂人と化した彼は、何をするかわからないから。 風邪をひいていた。 鼻が利かなかった。 油断していた。 お茶を飲んだ後、意識が朦朧とした。 『あたしが、ハルコ先輩を送っていきます!』 『それよりも、男手の方がいいだろう』 『カンタータまでだろ?』 『そうしなよ、モリちゃん。』 ぼんやりと意識が戻ったときには、彼女は自分の部屋ではなく、 男の部屋に拘束されていた。 ―なんて、単純で稚拙なのか― ハルコは先ず、衣服を確認した。 そして、乱れていないことに一先ず安堵した。 しかし、直ぐに身体に嵌められた枷に気付き、項垂れた。 体操座りをするかのような姿勢の彼女にくちづける、事の犯人。 鉄の味。 絡めた指に何度も何度も、子どものようなキスの雨を降らせる。 嬉しそうに。 「な、腹とか減ってない?俺、こー見えて結構上手よ?あ、寒かったら、 毛布とか上着とか…」 かける言葉は普通に聞こえるが、環境が尋常じゃない。 どう、声をかけていいのかわからない。 何が地雷になっているのか…。 ハルコは珍しく、戸惑った。 「なんでも、言ってな」 両の手でハルコの細い指を握り締める。 ―帰りたい、と言ったら帰らせてくれるだろうか?― 「…鎖はトイレまでの距離はあるから。玄関まではないけどな」 背筋が、ぞっとするというのはこういうことか。 ハルコは身をもって経験した。 ニュースで報道される悲惨な他人事。 そんなことより、もっと怖いこと。 これからを考えると、不安に俯いてしまうハルコに ショウジは髪をやさしく掬い上げながら、心配そうに問う。 「元気なさそうだな。いつものは、どーした?」 「…どうしたら、ショウジ主任は、気が済まれるのでしょうか?」 俯いたまま、ハルコは問い返す。 ショウジが怪訝そうな顔をする。 『…気が済んだら、『終わり』なのか?』 髪を掬ってた手が、頬に触れる。 ひどく汗ばんだ大きな手。 ハルコは気付いたが、気付かないふりをした。 ―情けない男― 膝を着いたままのショウジに、ハルコからくちづける。 やはり、鉄の味がする。 咄嗟のことにショウジは身動ぎ、真っ赤になって唇を押さえた。 確信した。 ハルコは、いつもの笑みでショウジに言う。 「私が鎖をつけていても、あなたが犬なことには変わりありません。 おいで」 そう言って、ハルコは大きな犬を抱き寄せる。 「困った、クルクルね」 目を丸くするショウジの髪を撫でながら、耳元で囁いた。 彼の耳が真っ赤になっていくのが、ハルコには面白い。 「…、クルクル、待て。」 ハルコの腹部に硬いモノが当たっている。 ショウジが真っ赤のまま、ハルコを睨む。 「待て、って、またお預けかよ。俺は―」 「犬よ」 言葉を遮って、すっくと立ち上がり、ベッドに腰掛ける。 「イイコに待て、が出来たら、ご褒美があることを 知らないのですか?」 鎖の音を鳴らしているのは、ハルコなのに これでは、どちらが犬かわからない。 ベッドに腰を掛け、微笑むハルコ。 膝まづいて、ハルコを見上げる形になってしまったショウジ。 「はずしなさい」 自分を拘束する鎖を、ショウジの鼻先にぶら下げる。 ショウジは、顔に当たるのではないかと、少し怯んだが、 焦って鎖を握り返す。 「はずしたら、あんたは、あんたは俺の前からいなくなっちまうだろ」 「いいから、はずしなさい!」 ハルコの喝に、犬のようにびくりとし、ショウジは急いで ベッドの脚に嵌めた鎖の鍵をはずした。 「…、そっちをはずすのね。まぁ、いいわ」 ショウジは命綱かのように、ハルコからのびる鎖を握り締める。 「おいで、クルクル」 まるで本当に犬を呼ぶように手招きをする。 「だから、犬じゃねーし!さっき、突っ込み忘れたけど、 クルクルって何だよ!!てか、…行ってもいいのかよ…」 「…パー………ま、も、つけましょうか?」 「何だよ、その間は!いや、そこじゃなくて!!」 いつの間にか、ショウジは立ち上がり、すっかりハルコの ペースにはまってしまっていた。 「行くからな。もう、ガマンきかねーかんな!」 言うが、早いか、ショウジはハルコに覆い被さる。 顔は、真っ赤のままだ。 「イイコね」 ハルコは、大型犬を扱うかのようにショウジの頭を何度も撫でる。 決して悪くはない。 しかし、明らかに形勢が逆転している。 悪くはないのに、納得のできない顔のショウジ、ハルコは満足気に 見つめてから軽く口づけた。 「クルクル、ヨシ」 生唾をごくりと飲み込む音が聞こえた。 ハルコの下腹部には、硬いものが先程から、ずっと当たったままだ。 我慢の限界。 言葉のとおり、貪る様にハルコの小さな口腔を犯す。 赤い舌は抵抗することなく、透明を絡める。 「クルクル、乱暴はダメ」 相変わらず、犬に接するかのようなハルコ。 ぺし、と額を軽く叩いて、服の上から胸を鷲掴むショウジを優しく制す。 それから、ゆっくり上半身を起こし、タートルネックをたくし上げる。 容好く下着に包まれた胸が、露わになった。 「ほら、こんなものが付いてるから脱ぎにくくて仕方ない」 衣服を脱ぎ捨てると、鎖が衣を纏うように絡んでいる。 「…ずいぶん、色気のないブラだな」 瞬間、思い拳がショウジの頬に飛んだ。 「あなたには、これでも十分です!」 「いや、なんかもっと可愛いのとかあるだろ? なんつーの?こーゆーんじゃなくてさ」 フリル。レース。紐。可愛い刺繍、柄。アクセサリ。 そんなものとは、無縁なハルコの下着。 「わかった!今度、俺好みのを買おう!!」 第二の拳は、勢いが良過ぎて鎖のおまけ付きだった。 「こういうのは、ちゃんと着けられれば良いのです!」 今度は真っ赤になって、ハルコが怒鳴った。 怒鳴るハルコの首筋に口付け、器用に背中のホックを外す。 「まぁ、なに着けていようと取っちゃったら一緒なんだけど、 こー、エロさっつうの?」 しかし、下着を脱がせてしまうと、首輪と手枷から鎖が垂れ下がる ハルコの姿は、いやらしいことこの上ない。 色白の豊満な胸の谷間に挟まれる鎖をつい、本能で引っ張ってしまったら、 ショウジは右手の鎖で打たれた。 細くても痛い。 「いや、やるだろう!」 「この、バカパー!」 「何?そのスカパ−みたいなの!!」 溜息が出る。 「あー、もうあんたって女は、全然調子崩さねーのな」 溜息を吐きながら、ショウジはハルコのキュロットに手を掛ける。 「あっ、こら…」 「でも、だから崩したくなる」 制止しようとする手を、撥ね退けキュロットを脱がす。 羞恥に逃れようと身を捩らせようとすると、鎖で制され身動きが取れない。 鎖を握ったまま、ショウジはハルコの白い肌に赤い痕を散らした。 まるで、犬が自分の所有物と主張するためのマーキング。 ショウジは、ハルコの下着に鼻を押し付け、わざと大袈裟に匂いを嗅ぐ仕種をする。 それだけで、ハルコは恥ずかしくて恥ずかしくて泣きそうになってしまう。 「やだぁ…、やめて……」 匂いを嗅ぐ仕種だけで、下着は湿り気を帯びている。 下着の上から、ショウジは舌で舐め上げる。 ハルコは敏感になってしまって、下着の上からでも吐息が漏れる。 「わん」 衣を銜えて、簡単に脱がせてしまう。 一糸纏わず、鎖をぶら下げたハルコの姿は、犬を一層欲情させた。 恥ずかしさに、シーツを纏おうとするハルコをショウジは逃がさない。 腰を引き寄せ、肩に膝をかけさせ、固定する。 秘部に、唇を寄せ中心を下から上に舐め上げる。 「ひぁっ!」 やめさせようとするが、どうにも手が届かない。 ショウジは、ハルコをぐちゅぐちゅに舌で掻き回し、紅く潤んだ突起を甘噛みする。 「わんわん、ハルちゃん涎垂らして、はしたないなー。」 秘部から、尻を伝うのは自分のものなのか、ショウジのものなのか、もうわからない。 火照った身体が熱い。 下半身が熱い、の間違いかもしれない。 「…、欲しい?」 「欲しい」 即答。 あまりに、素直すぎてショウジは戸惑ったが、首からのびる鎖を掴み、 「欲しいって、鳴いて?犬みたいに…」 ショウジの牡はもう、スラックスから取り出されている。 「……、よかったら、いくらでも鳴いてやるわ」 火が点いた。 情欲が、ハルコに捻じり込まれる。 すぐに、達してしまいそうになるが、鳴かせたくて我慢する。 ギリギリまで抜き、また根元まで埋め込む。 断続的に突き上げてくる、ショウジの熱い牡に嬌声を吐露してしまう。 動かされるたびに鎖を鳴らし、犬の熱を全て呑み込もうとする自分の痴態にハルコは眩暈がした。 「わりっ、もうやばいわ」 ずるりとハルコから抜き出し、白濁した己をハルコの腹にぶちまけた。 「…、ミ、ミルクだよー」 「さむっ」 ハルコは吐き捨てたが、それを一掬いし、小さく不味いと呟いた。 ショウジはそのまま、ハルコに傾れ込む。 「重いっ!」 何度もくちづけするショウジをうざがるハルコ。 でも、決して押しのけはしない。 そんなに悪い心地ではない。 「…、どうしてこんな犯罪じみた真似を?」 ショウジはばつが悪いように、毛布に潜り込む。 「こら」 「…だって、こーでもしないとあんたはさー」 「だからって、人としてやっていいこと悪いことがあるでしょう?」 「………」 「まったく、躾のなってない困った犬です」 「わんわんわんっ」 「こら!何処触ってるの!!舐めるなー!」 翌朝、ショウジの隣にハルコいなかった。 不安に不覚にも泣きそうになってしまう。 「どうしたの?クルクル?」 ハルコは、いつもどおりのきちんとした佇まいでベッドの脇に座った。 いつもどおりの。 ハルコは昨夜の姿のままのショウジにくちづける。 「クルクル、ちゃんと躾てあげるね」 ハルコには、鎖はもうない。 ショウジには、 「何、これ!」 首から鎖がぶら下がっている。 「ちょっ、おまっ、これっ、どー…」 ハルコは、首からのびる鎖を引き寄せ、カードを提示する。 「日本錠前技師のオオマエハルコですが、何か?」 鍵師の資格まで持っている。 鎖は最初から外す事ができた。 犬は、顔をくしゃくしゃにして笑った。 SS一覧に戻る メインページに戻る |