名古屋でのバレンタイン編(非エロ)
東海林武×大前春子


2月14日

名古屋ではバレンタインは無縁のイベント。
男だらけの職場に、唯一女であるとっくりは
アンチバレンタイン派。
去年義理チョコをたくさん貰ってウハウハしていた
あの頃は何処に…。

「はぁ〜、今ごろ賢ちゃんは沢山チョコもらってるんだろうなぁ」

デスクで一人事をつぶやく東海林。
すると横から突然

「仕事中に独り言を言うのはやめてください」

春子がひょこっと顔を出す。

「とっくり!?また瞬間移動かよ。びっくりするじゃねぇか」
「東海林主任…今から京都へ向かいますので20時頃には戻ってきます。」

春子はそう言うと、トラックのカギを持ち出し去っていった。


「…やっぱり、チョコなんて用意してるわけねーな」


18時。


ちょっと休憩しようと仮眠室へ入る東海林。
すると誰もいないのにテレビがつけっぱなしになっていた。

「誰だよ、つけっぱなしにして電気代勿体ないなー」

東海林がリモコンで電源を切ろうとすると

「名神高速道路は大雪のため一時通行止めに…」

テレビのアナウンスに一瞬手が止まる。
画面には雪で真っ白に覆われた高速道路。



「名神って…名古屋までの高速か?」

そう言えば春子が向かったのは京都。
20時に帰って来るといっていたから…ちょうどこの
通行止めに巻き込まれているんじゃないだろうか。



心配になり、携帯を取り出して春子に電話しようとする。

「あ、電話番号いまだに知らねぇや・・・」

携帯を閉じがくっと肩を落とした。


すると、会社の電話が鳴り出した。
もしかしたら、春子からかも…。
そう思うと、いてもたってもいられず
真っ先に電話を取る。
すると案の定、電話の主は春子だった。

「もしもし、大前春子です。雪で道路が通行止なので今日は
伊賀のSAで一晩過ごしてから帰ります。」

「そうか、気をつけろよ、それより今日…」

東海林が何か言いかけているのにもかかわらず
電話をブチッと切る春子。


「あいつ…人の話は最後まで聞けよ。」


壁に掛けられた時計を見る。
針はすでに18時半を指していた。


22時。


SAの駐車場にトラックを止めて
春子は毛布に包まり寝る準備をしていた。
エンジンを切っている為、中は外と変わらない温度。
さっき買ったココアももう冷めてしまった。

「寒い…」

体を震わせながら、眠ろうと眼を閉じたその時。


ドンッ、ドンドンッ。


ドアを叩く音。

何事!?と思い曇った窓を手でこすり外を見ると…。





「とっくり、開けろ!!」



そこにいたのは東海林だった。

何も言わずドアを思い切り開ける春子。
すると東海林の顔面にドアが思い切り当たった。
謝りもせず無言のままトラックを降りる春子。


「いってー!わざとだな、お前!!!」
「大前春子です!」
「そのギャグはもう飽きたんだよ!ほら、折角俺が来てやったんだ
もっと喜べよ」

そう言って両手を広げる東海林。

「誰も頼んでいませんが。何か?」
「つれないなぁ〜、新幹線とタクシー使ってここまで来てやったんだぞ
新幹線はすごいなぁ、雪が降ってても走るんだから…」
「一体、何をしに来たんですか!?」


春子は東海林を睨み付けて叫んだ。
その表情を見て、東海林もさっきまでヘラヘラした顔をやめた。





春子を真剣な眼差しで見つめ
コートのポケットに手を入れる。

「…どうしても、今日言いたかったんだ。」



そう言って東海林はあるものを取り出した。


そこから出てきたのは銀色の輪。
中央には小さな宝石がキラリと光っている。


その輪を東海林は春子の細い指にすっと滑り込ませた。


「誕生日、おめでとう」

春子の薬指に光る指輪。
2月14日はバレンタインでもあり、春子の誕生日でも
あったことを東海林は覚えていた。

…春子は雪で体が凍りついたかのように動かない。
春子の反応が不安でたまらない東海林は

「おい、何か言えよ」と

いつものように偉そうに返事を要求する。


「…」

すると春子ははめられた指輪を外しポイっと雪の中に投げつけた。


「うおーーーーーっ、なにすんだお前!?」

東海林は慌てて指輪が飛んでいった方へ駆け出した。
雪の中に埋もれた指輪を素手でかきだす。

「おいっ、これいくらしたと思ってんだ!?見つからなかったら
弁償しろよっ…」

雪の冷たさでどんどん手が赤くなっていく。
それでも指輪が見つかるまでその手を止めず
雪をかきわけていく。
すると、やっとのことで指輪が見つかった。

「あった〜!!よかったなとっくり、見つかった…」

「何やってるんですか?」


地面の雪よりも冷たい目で春子は東海林を見つめていた。
まるで一年前、カンタンテの裏で話をしていた時のような
冷たい目。

「私は指輪をくれだなんて頼んでいませんし
誕生日を祝ってくれとも言ってません。
勝手にこんなところまで来て人に指輪を押し付けるなんて
自己中にもほどがあります。」

春子のきつい言葉にカチンときたのか、東海林も負けずに反論する。



「…あぁ、俺は自己中だよ!でもお前もここまでしてもらってるんだから
ちょっとは喜んでみろよ、可愛くねー女だな!!」

「どうして私が嬉しくもないのに喜ぶ振りをしなければいけないんですか?」


「うるさい!あんたは何でいつも素直じゃないんだ
お前のそう言う所が一番むかつくんだよ!!」

「むかつくのなら最初からこんな事しないで下さい!!迷惑です!!」




「迷惑だろうが、好きなんだよ!」

いつものバトルが、その言葉によって強制終了された。
険しい表情のまま無言で立ち尽くす春子。
東海林は、自分の発した言葉に少し照れながら
目を泳がせている。



東海林はもう一度春子の指に指輪をはめた。
そして今度は外されないよう、春子の左手を両手でぎゅっと握り締めた。


かじかんだ手はしばらくすると熱がこもり春子の手は
東海林の手のぬくもりに包まれていた。
その熱が、春子の中にあった雪を溶かすかのように
冷たい目から、涙が零れ落ちる…。


東海林は初めて見る春子の涙に少し戸惑っていた。

すると春子が口を開く。

「…私としたことが、貴方の前で泣くだなんて…」

「貴方は…チョコのことしか頭にないと思ってました」

「そんなことないよ…って言ったら嘘だけど…
俺にとって、2月14日は大前春子の誕生日だ。」

自分のセリフが恥ずかしかったのか「あははっ」と、少し照れ笑いを浮かべる。


春子は、右手で涙をぬぐい

「もう外したりしませんから、離して下さい。」

そう言って東海林の手を振り解いた。

春子はトラックに戻り飲みかけのココアを東海林に差し出した。

「バレンタインのチョコのかわりです。」

東海林がすっかり冷え切ったココアを一口飲むと
あまりの冷たさに思わずペッと吐き出した。

「まずっ…何だこれ、冷たいじゃねーか。
あっ!?でもこれって間接チュウ…」





その時だった。

今度は間接ではなく、直接春子の唇が
東海林の唇に触れた。


25時。


二人はトラックの中で寄り添っていた。

「もうちょっと離れてください。くっつき過ぎです。」
「しょうがないだろ、毛布一つしかないんだから。
それにくっついてた方が暖かいぞ、なんなら脱ぐか?」
「…冗談はクルクルパーマだけにしてください。」
「冗談に決まってるだろ。」


いつもの口調で会話を続ける二人。

でも、今までの二人とは少し違っていた。


しんしんと降る雪を見つめて東海林がつぶやく。

「そう言えばさ、初めてキスした時も雪だったよな。」
「…あれは、貴方が勝手に口に飛んできただけです。」

「またハエ呼ばわりかよ…」

チッ、と舌打ちする東海林。


会話は相変らずの二人だけど
毛布の中では、お互いの手をしっかりと握り合っている。


その手は、朝が来るまで離れることはなかった…。






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