東海林武×大前春子
がらんとした部屋で思う。 何をしているのだろうか。 感情など、持つまいと誓ったのに。 つらい思いをするのは派遣の自分だと、そう悟ったはずだったのに。 ヒューマンスキルゼロ?ええ結構。 一人きりで生きてきて、軋轢、裏切り、別れ、たくさん味わって、結果至った生き方。 それなのに、だ。 あのクルクルパーマを追いかけて、気がついたら既に名古屋での一週間を終えていた。 全く森美雪に何と説明すれば良い。 彼女に語ったハケン道からはかなり逸れてしまった私の姿を。 というかハケンですらなくなった。 ハケンでない私、か。 迷いはない。迷いはないが、怖い。 今までいた場所が寒くて寒くて、たくさん着込んだはいいが今度は暑い、そんなような。暑いのに、次の寒気を恐れて着込んだものを脱げない、ような。 ここにはママやリュートはいない。 あいつしか、いない。 こんなとこまで来て、本当に彼を信じてよいのだろうか、なんてバカなことですくみ足になっている。 (私としたことが…) だって今まで寒かったんだ。 さむかった。 取りあえず働こう。 そう、社長賞を取ってもらうために来た、と言ったのだった。 (まあこれは表向きの台詞であるのだけど) (はたしてあの天パ真意に気づいているのだろうか) 二人分働いて、彼の尻を叩かなければ。 やることは山積みなのだ。 ――ピンポーン。 「とっくりー、俺だー」 チャイムの音と共に彼の声が聞こえた。 ドアの鍵をあけ、チェーンを外し(用心に越したことはない)、そっとドアノブをまわす。 「引っ越しソバ、買ってきた」 まだスーツ姿で、息を切らせていて。 「頼んでいませんが」 「調理道具ないだろうと思ってこうやってやって来た俺にいきなりそれか」 「夕飯の支度くらい自分でどうにかします」 「まあとっくりならどうにかしちゃうかもと思ったけどさ、いいじゃねえか、お前があのまま福岡行っちゃったからできなかった、食事でもしながらゆっくり、を引っ越し祝いにからめてさ」 どうしよう。 今までのように、そんな馴れ合いは社員同士で、なんて言えない。 私は名古屋に来てしまったのだから。 でもまだ受け入れることも、着込んだものを脱ぐこともできない。 黙りこくった私に彼は、 「あれ、いつものはどーした。まあ俺はこのソバを食うまでは頑として帰らねえから何を言っても無駄だぜ」 ああ、そうか。彼は北風だ。北風と太陽の。 暑くて暑くてかなわなかったのは、マーケティング課。 彼は、北風。 でも、何度も何度もあきらめなくて、凍えるような、あの寒さじゃなくて――。 のびちまう、のびちまうなんて言って袋の中のソバを確認する彼を見て、私はほころぶように笑った。 SS一覧に戻る メインページに戻る |