東海林武×大前春子
午後10時半。大前春子は広島の宿にいた。 携帯が鳴って、見慣れた番号を表示する。 「はい」 「お疲れさん」 「・・・どうも」 「今、宿か?」 「はい。明朝6時に出発します」 「うん」 「・・・まだ会社ですか?」 「いや。家だ」 ――良かった。 恋人の体を人知れず気遣っている春子は、心の中で安堵した。 「あなたもたまには早くハウスできるんですね」 「犬じゃねえんだ、俺は」 憎まれ口を叩きながら、お互い声に出さずに笑い合う。 「・・・なあ」 「はい?」 「ずっとお前のこと考えてた」 「・・・ばっかじゃなかろうか」 二人は昨夜、結ばれたばかりだった。 今日、お互い会社では何食わぬ顔で仕事をしたが、春子が広島行きの トラックに乗り込む直前、東海林が人目を盗んで春子の手を握り締めた。 それだけで甘い感覚に囚われて、運転に集中するのに苦労したことは 春子の秘密だ。 「明日の朝早いんです。用事がないなら切りますよ」 こうでも言わなければ、本当は自分の方も電話が切れそうになかった。 「冷たいなあ、お前」 「私は前から冷たいんです、それが何か?」 「・・・昨夜はそうでもなかったぞ」 ――ばか。 「本当に切りますよ」 「わかった。でも俺、きっと眠れねえや・・・」 ――何言ってるの。 「・・・早く寝なさい」 「俺、どうかしちまったのかな・・・」 「今頃気がついたんですか?」 「お前が好きだ」 「・・・」 「もう、お前なしじゃ・・・」 ――生きていけない。 最後までは発せられなかったその言葉が、春子の胸にきゅん、と響いた。 「・・・ばか」 「春子・・・」 二人きりの時だけ、春子だけに囁かれる低い声。 この声を聞くと腰骨が甘く痺れて、春子は何も言えなくなってしまう。 ――だめ。何か言わなくては。 「少しは俺のこと、考えたか・・・?」 「・・・」 「昨夜のこと・・・思い出したか?」 「・・・」 「何か言えよ・・・」 「・・・」 「それとも言えないようなこと、考えたのか・・・?」 ――何か言わなくては・・・。 「・・・考えたわ」 「・・・」 「私もずっと、考えてた・・・」 ――ああ・・・私としたことが。 「どんなことを?」 「・・・」 ――言えるわけない。 「俺は全部覚えてる・・・お前の顔、声、息づかい・・・」 「・・・」 「お前の感じやすいところ・・・」 「・・・」 「お前の手触り・・・お前の・・・なか・・・」 ――だめ。やめて・・・。 「はっきり覚えてる・・・今もお前に・・・触れてるみたいに・・・」 ――おかしくなる・・・。 「なあ・・・俺の代わりに触ってくれ・・・」 「・・・」 「お前の唇・・・」 春子の中で、何かがこわれた。 自分の指でそっと唇に触れる。 春子は自ら唇を撫でると、その指に口付け、くわえ、そして――しゃぶった。 「お前の首すじ・・・やわらかい胸・・・」 浴衣の合わせ目から手を差し入れ、周辺から優しく愛撫していく。 「お前の・・・さくらんぼみたいな甘い実も・・・」 そこは既に硬く立ち上がっている。 「・・・んっ」 「お前のいいようにしてやる・・・」 「・・・あっ・・・あぁ・・・」 とうとう声が漏れる。 「お前・・・その声、隣に聞かれんなよ・・・他の男なんかに・・・」 「・・・んあっ・・・」 「俺・・・すげえ硬くなってる・・・」 「んん・・・」 「聞こえるか・・・?」 にちゃっ、にちゃっ・・・。 水音を絡めながら、長い竿をゆるゆるとしごく音がする。 春子はごくりと息を飲んだ。 「ああ・・・私・・・も・・・」 「まだだ・・・まだあそこは触るな・・・」 「あん・・・」 恨めしげに甘えた声を上げる。 自分が信じられない。 「ああ・・・そんな色っぺえ顔すんなよ・・・」 「あっ・・・」 「お前の乳首も・・・立ってる・・・」 「ああっ・・・」 「きれいだ・・・しゃぶってもしゃぶっても甘い・・・」 春子は東海林の唇の代わりに、自分の手で屹立した乳首を嬲り続けた。 本当はあの柔らかな頭を胸にかき抱いて、離したくない。 下腹部が甘く疼いて、春子を追い詰める。 「んんっ・・・はや、く・・・」 「ん?」 「はや、く・・・さわって・・・」 「――どこに?」 「・・・濡れてる・・・溢れてるの・・・」 「可愛いな、お前・・・」 「おねがい、・・・はやく・・・」 「・・・」 「・・・そのながいゆびで・・・、さすって・・・!」 「・・・こうか・・・?」 待ちわびた愛撫。 ――違う、あのひとの手じゃない。あのひとはもっと・・・。 それでもそこは、ふしだらに蕩けきっている。 「ああっ・・・!ああん・・・」 「お前・・・こんな、に・・・こんなに濡らして俺を・・・」 「・・・あん・・・あっ・・・」 「・・・ああ・・・たまんねえよ・・・」 「・・・しょうじくん・・・あっ・・・」 「・・・入れるぞ」 「ああ・・・来て・・・はや、く・・・!」 春子の秘所は、三本の指をするりと呑み込んだ。 「んっ・・・はっ・・・はるこ・・・」 「あんっ・・・しょうじ・・・く・・・」 「あぁ、絞まる・・・だめだ・・・そんな、に・・・」 「んっ、んん・・・あんっ・・・」 「・・・も・・・う・・・」 「いっしょ・・・に・・・あああっ・・・!」 「んんっ・・・!」 しばらく、互いの荒い息遣いだけが聞こえていた。 ――私としたことが・・・。 ぼうっとした頭で息を静めながら、徐々に己を取り戻す。 「・・・燃えたな・・・」 「・・・ヘンタイ」 「ヘンタイじゃねえよ」 「こっちは出張中で明日も早いって言うのに、何の電話掛けてるのよ・・・」 「うるせえ。こんなつもりじゃなかったんだよ・・・」 「・・・」 「こんなこと、したことねえよ。お前はやっぱりブラックホールだ、大前春子」 「バカ言わないで。こっちだって初めてよ、こんなの」 電話の向こうで東海林がふっと笑った。 「・・・お前、今その顔で廊下うろうろすんなよ。絶対襲われるからな」 「――うるさい!」 「くそー、いろっぺえ顔してるんだろうなあ・・・!」 「・・・私は明日早いんです。もう遅いので失礼します」 「お前、眠れんのかよ」 「当たり前です」 「俺は眠れねえぞ。どうしてくれんだよ」 「・・・知りません」 「お前、帰ってきたら覚えてろよ」 「とっとと寝なさい」 「待て!」 「?」 「――早く帰ってこいよ。ぐっすり寝て、安全運転でな」 「・・・はい」 「じゃあ、おやすみ」 「おやすみなさい・・・」 電話を切った。 本当は春子にも、眠れるかどうか自信はない。 だが明日、自分には帰るべき場所がある。 ――眠ろう。眠らなくては。 甘い余韻に浸りながら、春子は目を閉じた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |