春子の独り言(非エロ)
東海林武×大前春子


私はいつも勤務は三ヶ月と決めている。
どんな職場でも振り返らずに去っていく。
だけど、今度はあの人が私の元から去っていく。


「六時になりましたので、失礼いたします」
「大前さん、待って下さい」
「何ですか、里中主任」
「明日から東海林さん、名古屋へ転勤になるんです
だから一言挨拶を…」


「しません、では失礼いたします」
「あっ、大前さん…」

何で私が挨拶しなくちゃならないのか。
明日からあのうるさい天パがいなくなる思うと
せいせいする。
私はマフラーを巻いてエレベーターへと向かった。

エレベーターホールで下へ向かうボタンを押し
一人で待っていた。
するとうしろから聞きなれた足音が聞こえてきた。
あのズカズカとうるさい足音は…

「とっくり!」

東海林主任、いや…くるくるパーマだった。

その呼び声と同時にエレベーターのドアが開く。
私は後ろを振り返らず、エレベーターに乗り扉を閉めた。
だけど、閉まりかけた扉を無理やり手で抑え
中へと入ってきた。

エレベーターの中で、二人きり…。
確か前にも一度こんな場面があった気がする。



「大前さん…俺今日付けで転勤になるんだ」
「そうですか」
「つめてーな、お世話になりましたぐらい言ったらどうだ?」
「世話にはなっていませんが、何か?」
「…まぁ、いいや。最後に言いたい事があってさ」
「何ですか…?」
「賢ちゃんの事…よろしく頼むな」
「…何で私が?」
「何でって…お前も賢ちゃんの事好きなんだろ?」
「……」
「それだけだから。じゃ、元気でな」
タイミングを見計らったかのようにエレベーターのドアが開く。
私は何も言わず外に出る。

くるくるパーマはそのまま扉を閉めて
上へ戻っていった。



―このまま何も言わないで、いいの?



私は振り返って素早くボタンを何度も押した。
けれど、扉は開くことなく上にある数字が
3、4、5と続けて光っていく。
もう登っていったエレベーターは戻ってこない。


「…バッカじゃなかろうか」
そう呟いて、その場を去った。


いつものバス停までの帰り道で今までの事が走馬灯のように蘇った。

―いきなりとっくりと呼ばれたこと。
―ホチキスで勝負を挑まれたこと。
―突然キスされたこと。
―一緒にいい仕事がしたいと言われたこと。
―エレベーターで助けられたこと
―ハートのかぶりものをかぶらされたこと
―プロポーズされたこと


…いつものバス停に着き、ベンチへ座る。

気がつくと、周りが滲んではっきり見えなくなっていた。

別れることに慣れていた筈なのに、どうしてこんなに
淋しさがこみ上げてくるんだろう。






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