それぞれが抱えている思い(非エロ)
里中賢介×森美雪


「ねえねえ、森ちゃんっていつから東海林主任と付き合ってたの?」

トイレで島田さんと竹井さんに鉢合わせしてしまい
すかさず聞かれてしまった。

…もちろん、私と東海林主任は付き合うどころか
ろくに話もしたことはない。
けれど、私が「実は嘘です」と言ってしまうと
プロポーズの相手が春子先輩だとばれてしまう。


「うん、実は入ってすぐ…」

とりあえず当り障りのない返事をする。
すると

「へぇーだから合コンそっちのけで東海林主任の仕事手伝ったり
してたんだぁ。」

竹井さんに、何だかちょっと嫌味っぽく言われてしまった。

「お昼一緒に食べてたのも東海林主任がいたからなんだね。
…でも途中で里中主任に乗り換えたんだぁ?」
「…え?」
「結構森ちゃんって男好き?みたいな。」

島田さんはそう言うとハンカチで手を拭きながら
トイレから出て行った。
後から続けて竹井さんも出て行く。



…一人になったトイレで、頭を抑えながらしゃがみこむ私。

「違うんですぅ〜!!あれは春子先輩へのプロポーズだったんですぅ〜〜〜
…って言えたらいいのに…」

…でも、あの二人の関係が周りに知られて
話のネタにされるのは、なぜか嫌だった。

すると、後ろのドアから”ジャー”という音がした。

………え?

ちょっと待って、もしかしてまだ誰かいたの…?

どうしよう!今の独り言聞かれたのかも!?
うわーん、あたしのバカバカ!!!

そして

バン!!!

と、開けられたドアの先にいたのは
何と黒岩さんだった。


「…森さん、ちょっと顔貸してもらえるかしら?」

黒岩さんの顔は笑顔なのに、なぜか後ろから黒いオーラが出ている
ような雰囲気で、私は怖くて

「はい…」

そう答えるしかなかった。



人気のない資料室に移動して、(というか私が黒岩さんに引っ張られて)
話を始めた。
とりあえず東海林主任が春子先輩にプロポーズした現場を
見てしまった事、だから小笠原さんが拾ったプロポーズのアンケートが
春子先輩当てだとすぐわかったことを話す。
すると黒岩さんは大きなため息をついた。

「…やっぱりあっちだったのね。まぁ気付いてたけど、やたら
マーケティング課に行ったり何かある度に”とっくりが〜”とか言って
絡みに行くし。」

え!?気付いてた?
私は全然気付かなかったです…。それだけ周りが見えてなかったって事だったのかな?
さすが黒岩さん、人を見る目があるんだなぁ…と感心しながら見ていると
睨みつけるように黒岩さんが私に話す。

「でも、どうしてあんたが身代わりになったわけ?」
「え?何でって…」

黒岩さんには、全部ばれちゃったし自分の思っていることを話しても
大丈夫かな?と思い私は口を開いた。

「私…春子先輩は東海林主任のことそんなに嫌いじゃないと
思うんです。プロポーズされたときも、いつもなら冷たく交わすはずなのに
何だかすごく動揺してて…。」

――「バッカじゃなかろうか」

あの時、そう捨て台詞を吐いて部屋へ行く春子先輩を引きとめようと
私は張る子先輩の手を掴もうとした。
その瞬間。

春子先輩の手が震えていたのだ。
私はびっくりして思わず手を離してしまい、先輩は
そのまま階段を上って行ってしまった。
さすがの春子先輩も、プロポーズされると動揺するのか…。
そう考えながら春子先輩の背中を見送っていると
カンタンテのオーナー、眉子ママが

「あの二人、どうなるのかしらね」

とても優しい笑顔でそう言った。
今思えば眉子ママも、二人の関係に気付いていて
そうなる事を予感していたのかもしれない。

「あんな真面目な顔した東海林主任、初めて見たんです。
それできっと、春子先輩も心を動かされたんじゃないかなぁって思って。
だからアンケートの裏に番号書いたりして。
そんな、二人の真剣な気持ちを周りに冷やかされるのは嫌だって思ったから
とっさに嘘をついて…」

「そういうことなのね、わかった。
ありがとう、本当の事が知れてちょっとほっとしたわ。」

私が言い切る前に、黒岩さんが話を締めた。

「あんたに噂のしわよせが来ない様、あたしが皆にうまく言っといてあげるから。
勿論本当のことは内緒にしてあげる。」

…よかった、聞かれた相手が黒岩さんでよかった。
そう言えばこの間ハケン弁当の件で泣いていたときも
もさりげなくフォローを入れてくれたり、この人
そんなにキツい人じゃないのかもしれない。
私はほっとしたのと、本当のことを誰かに話せて
気持ちが楽になったのもあって、ほっと胸をなでおろした。

…すると、突然黒岩さんの表情が変わり
ぽそっとつぶやいた。

「お見合いを蹴ってまで、プロポーズしたのかぁ…」

そう言った後の黒岩さんの顔は
何だか切なげな表情で、私は一瞬ドキッとしたけど
私はまだ周りを見る目がなかったから
その言葉の真意には気付かなかった。

資料室を出て、私はいつもどおりデスクに戻り仕事をする。
横には、ものすごく早いスピードでキーを打つ
春子先輩がいた。
相変らずの無表情。

私はずっと気になっていた。
どうして電話番号を表に書かずに裏に書いたのか。
本当に番号を教えたければ表に書くはずなのに。
現に東海林主任は裏に番号が書いてあるのを気付かずに
捨ててしまったんだろう。
でなきゃあんなにくしゃくしゃにするはずがない。


春子先輩に本当のことを聞きたい…けど
聞いても答えてはくれないだろう。
そう思ったから私はあえて何も聞かずにいた。


するとプレゼンに出ていた里中主任が帰ってくる。
浅野さんや近くんたちがどうだったか聞くと

「プレゼンは無事成功しました。今度試食会をすることになったので
皆さん協力してください。」

そう言う里中主任。
でも、なぜか少し浮かない顔をしていた。
どうしたんだろう?そうは思ったものの
自分の考えた企画がこんなに大きくなったことに
喜びを感じた私は素直に

「おめでとうございます!里中主任」

手を叩きながらプレゼンの成功を祝った。
すると里中主任は笑顔で

「いや、この企画は森くんが考えたものだから…森くんの
おかげだよ」

そう言われて私はなんだかすごく浮かれてしまった。
ああ、やっぱり里中主任は最高の上司だわ。

そんな風に一人舞いあがっている私の横で
春子先輩のキーボードを叩く速度がどんどん遅くなっていることや
マーケティング課の先に見える
東海林主任の机を切なそうに見つめる里中主任。

この時。
私はまだ経験値が浅くて、それぞれが抱えている
思いに全く気付くことが出来なかった。






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