里中賢介×森美雪
午後9時 小さな雑居ビルが建ち並ぶ小路。 街灯に照らされて、二人の影が伸びる。 「今日はごちそうさまでした。」 「いえ。美味しかったですね」 「そうですね」 答えたところで、彼と目が合った。 思わず目線を逸らす。 そして、違う言葉を見つける。 「――あ、月!綺麗ですね」 「ホントだ。今日は満月ですね」 主任の瞳に月が映る。 綺麗… そんなことを考えながら、隣で見上げる里中主任を盗み見る。 そんな美雪の視線に気づくと、彼は彼女に向き直った。 「――今日のアレ、迷惑でしたよね?すいません」 「へ…?」 「森君の様子がいつもと違うのは、今日の事のせいですよね」 「え?違います!そんな、迷惑どころかむしろうれしかったです! …あ。って何言ってるんでしょうね、私…」 笑って誤魔化すも、その笑顔は哀しい。 里中はその表情を見逃さなかった。 「――森君、僕でよければ力になりますから 何でも言って下さいね」 「主任… 」 どうしてこの人はこんなにも優しいのだろう。 いつでも、自分のことよりも他人のことを優先して考えている主任。 自分は、彼のそんなところを好きになったのだ。 美雪は、目の前の男を見つめながら、ふとそんなことを思った。 「僕なんかじゃ力になれないかもしれないけど――1人で考え込むよりは、少しでも気が楽になると思うので…」 主任はちゃんと私のことを見てくれていたのだ。それがとてもうれしかった。 「ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですから」 そう言うと、美雪は先ほどの憂い顔はどこへやら、晴れやかな笑顔を向けた。 「――そうですか」 その笑顔に、里中は少し安心した。 「それじゃあ、失礼しま――」 次の瞬間、美雪は里中の腕の中にいた。 ―――え?!何が起こったの?! タクシーが勢いよく彼女のすぐ横を通り過ぎていった。 その道は、車二台がすれ違うだけでもやっとの細い路地だった。 里中は、とっさに美雪を引き寄せて守ったのだ。 「…大丈夫ですか、森君?」 「へ…?あ、は、ハイっ…!あ、ありがとうございます!」 「よかった」 至近距離で里中が微笑む。 もうダメだ。頭がクラクラする。 美雪は、今次々に起こっている出来事を頭の中で処理仕切れずにいた。 「そ、それじゃあまた明日!今日は本当にありがとうございました!失礼します!」 一息にしゃべり終え、勢いよくお辞儀すると、美雪は足早に歩き出した。 顔が火照って熱い。 主任には気付かれていないだろうか。 明日、どんな顔で主任に会えばいいんだろう。 歩きながら、そんなことが頭の中をぐるぐる回っていた。 そんな美雪の後ろ姿を、不思議そうに見つめる里中だった――― SS一覧に戻る メインページに戻る |