犬のホンネ 猫のウラガワ(非エロ)
番外編


【犬のホンネ 猫のウラガワ】〜犬 篇〜

―――S&F
「賢ちゃんはホント“子犬”って感じだよな〜…」
「子犬…?」
「こう――目をウルウルさせて、尻尾振って追いかけて来る感じ?」
「そうかな?僕は東海林さんも犬っぽいと思うけど…」
「人に対して真っ直ぐなところとか」

賢ちゃんはいつだって優しい。そんな優しさに浸る俺に、邪魔が入った。

「部長の命令に従順なところとか。――でも、頭の被り物は真っ直ぐではありませんね」
「これは被り物じゃねぇ、っつってんだろ!地毛だ!地毛!!」

怒る俺を一瞥すると、とっくりはいつものポジションに付き、例の変な体操を始めた。

「アンタはな、犬じゃなくて猫だ!いっつも自分のペースで!ちょっとはなぁ、上司に従順に従ってみろ、ってんだよ!」
「私の直属の上司は里中主任です。指示には従っておりますが、それが何か?」

とっくりは手を腰に当てながらふざけた態度で応対してくる。

「直属じゃなくてもな、俺は会社ではアンタより上の人間だ!」

――と、彼女が顔をこちらに向けた。俺を見ている。

「…な、何だよ?」

少したじろいだ。…怒ったのか?

「…ビション・フリーゼ」

しかし、俺に帰ってきたのは意味不明の言葉だった。

「…は?」
「原産国フランス――もこもこしていて、ちょうどあなたの被り物のような格好の犬です。…あなたを犬に例えるとこれかなーと思いまして」
「…犬?!」

言い終えると、彼女は再び体操を始めた。

「あ!私、その犬知ってます!!“アフロ犬”って呼ばれてる犬ですよね?」
「アフロ犬!!?」

はしゃぐ森 美雪の、“アフロ”という言葉に反応する。

「お前ッ…!じゃあお前は…あ、アレだ…!あ…アメリカンショートヘアだ!」

俺はとっさに知っている猫の名前を出した。

「…ヘア―― 髪つながりですか…」
「ちが…ッ!」

反論しようとした瞬間、9時のチャイムが鳴り響いた。

「就業時間です」

彼女は俺を一瞥すると、パソコンに向かった。仕方ない。この争いは持ち越しだ。

「猫なんかだいッ嫌いだ!」

捨て台詞を吐くと、俺はマーケティング課を後にした。


【犬のホンネ 猫のウラガワ】〜猫 篇〜

―――S&F
「賢ちゃんはホント“子犬”って感じだよな〜…」
「子犬…?」
「こう――目をウルウルさせて、尻尾振って追いかけて来る感じ?」

営業二課のフロアに着くと、東海林と里中主任が話しているのが聞こえた。
確かに里中主任は子犬だ。種類でいうと、チワワといったところだろうか。困ったことがあれば、迷子の子犬のような顔をする。

「そうかな?僕は東海林さんも犬っぽいと思うけど… 人に対して真っ直ぐなところとか」
「…賢ちゃん」

「部長の命令に従順なところとか。――でも、頭の被り物は真っ直ぐではありませんね」

マーケティング課に足を踏み入れながら、里中主任の言葉に続けて「くるくるパーマの東海林主任」をからかった。

「これは被り物じゃねぇ、っつってんだろ!地毛だ!地毛!!」

案の定、彼は私の言葉に反応し、乗ってきた。なんだかこのやりとりが、最近の朝の日課となっている。

「あ、大前さん。おはようございます」

コートをフックにかけながら里中主任に挨拶を返すと、体操の定位置に付く。

「でも」ということは、里中主任が言った“人に対して真っ直ぐ”という部分については否定していない。知らず知らずに思わずホンネが出ていた。しかし春子自身、それには全く気づいていなかった。

「アンタはな、犬じゃなくて猫だ!いっつも自分のペースで!ちょっとはなぁ、上司に従順に従ってみろ、ってんだよ!」

そうかもしれない。私はご主人様に従順な犬ではない。 ――ご主人様はいつか裏切るのだ。
それならいっそ猫がいい。
少し離れた立ち位置から相手を観察する。一定の距離を置くのだ。
深く関わってはいけない。信用してはいけない。自分が傷付かないために―― そう心に決めていた。

――しかし… 最近の私はどうも変だ。ペースが崩されているような気がする。
そして、その現況はきっと―――…

彼に向き直る。

「…ビション・フリーゼ」
「…は?」
「原産国フランス――もこもこしていて、ちょうどあなたの被り物のような格好の犬です。…あなたを犬に例えるとこれかなーと思いまして」
「…犬?!」

こんなやりとりがあとどのくらいできるのだろうか。契約期間は残り1ヶ月。
この時間がなぜか心地よい。 そして―― 哀しい。

「猫なんかだいッ嫌いだ!」

子供じみたセリフを吐くと、彼はマーケティング課を去っていった。
そんな彼を横目で見る。
それでいい。それでいいのだ。私はもうすぐここを去るのだから――


―――それは、東海林が名古屋へ行く少し前の話。
その名古屋行きが、自らの気持ちに気づくきっかけになるとは、春子はまだ知る由もなかった。






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