道明寺司×牧野つくし
桟橋の向こうに見える青い海には、白い三角波がきらめく。 水上に浮かぶコテージ。いつか見た楽園― ここに来たのはもうだいぶ前のことなのに、つい昨日のことのように思える。 『おい牧野、こっち。』 道明寺の呼ぶ声に、踵をかえして後を追う。 コテージの部屋に入ると、既にあたしの誕生日パーティの準備が整っていた。 ふたりきりになりたい。道明寺の希望で、ここを選んだ。それにしても…。 『わざわざ貸し切りにしなくても良かったのに。それに、こんなに豪華じゃなくても…。』 『そうか?俺の誕生日パーティと比べりゃ、かなり地味だと思うけどな。』 桁外れに豪華な道明寺家のパーティと比べること自体、間違っている。 そう思いながら、テーブルの真ん中に置かれた特大のバースデーケーキと、2人の胃袋に納まるかどうかわからないほどの料理の数々に、苦笑いを浮かべる。 『ケーキのろうそく、ちゃんと年の分だけ立ててあるからな。』 道明寺が悪戯っぽい目で私の顔を覗き込む。 『あたしが年くうの、そんなにうれしい?』 軽く睨みつけたあたしを、楽しそうに見つめ返す。 ろうそくに火をつけ、部屋の照明を落とす。橙色に輝く炎が、静かに揺らめく。 『ねえ、そういえば、誕生日って、どうしてろうそくの火を吹き消すのかな?』 静かに揺れる炎を見つめながら、ふと浮かんだ疑問を口にした。 『過去を消し去り、新しく出発する≠チて意味だって聞いたことがあるけどな。』 道明寺らしからぬ答えが返ってきたことに少し驚く。 『そんな意味があるの?はじめて聞いた。…ていうか、あんたの口からそんな言葉が出るとは思わなかったよ。』 終わりの方は小声で独り言のようにつぶやいた。 『あ?なんか言ったか?』 『あ、ううん。それより、ろうそく消さなきゃ。あ、歌、歌ってよ。ハッピーバースデートゥーユーって。』 そういえば、道明寺の歌声は、あまり聞いた記憶が無い。 あたしのお願いに、道明寺は仕方ねえな、という表情で歌い始めた。 『ハッピーバースデートゥーユー…』 あまりに調子外れな歌声に、思わず吹き出してしまう。 『牧野、てめ、笑いすぎだぞ。』 『ごめん…でも…おかしくって…』 おなかを抱え、笑いすぎて出てきた涙をぬぐう。 『ろうそく消せよ。』 『うん、じゃあ…。』 私は、呼吸を整えると、一息にろうそくを吹き消した。 きれいに消えた炎の後に、まるで雨上がりのような、不思議な爽快感が漂った。 いつものことながら、渡されるプレゼントの豪華さには困惑させられる。 『もう…高いものじゃなくていいって言ったのに。』 『いーんだよ。俺からのプレゼントなんだからな。大事にしろよ。』 『ありがとう。』 目の前に座る道明寺を見つめながら、いろいろなことを思い出していた。 雨の夜の別れ。身を引き裂かれる思いで見つめたマンハッタンの夜景。 何度、この想いを、消し去ろうとしただろう。 望むこともできず、忘れる事もできず、数え切れない涙を流したあの頃も、 この想いがどこへ行くのかさえわからなかったあの頃も、 あたし達には必要な時間だったのだと、今はそう思える。 『あんたとの思い出、何度、消し去ろうとしたかな…。』 一瞬、涙が滲みそうになるのをぐっとこらえた。 『でも、出来なかった。終わりになんて、出来なかった。』 あたしのつぶやきに、道明寺が真剣な表情を浮かべる。 『もう、終わらせねえよ。俺とおまえは。』 変わらない、まっすぐな目。 その目を見つめるたびに、胸が痛くなるほど、同じ想いを抱えているのがわかる。 胸の鼓動が高鳴るのを感じる。 この想いを、互いの胸の鼓動で確かめたくなる。 頭上から降り注ぐシャワーは、想いに拍車をかけるように躰を火照らせた。 バスから上がり、ローブをはおってドアを開ける。 ベッドに座ってくつろぐ道明寺の背中を見つめながら、部屋の明かりを消した。 『あれ…?急に暗くなりやがって。どうしたんだ?』 道明寺の戸惑う声が聞こえた。 暗く、静まり返った部屋に、波音だけがこだまする。 『どうした?牧野…』 何度肌を重ねていても、自分から求めるのはやっぱり恥ずかしい。 そう思いながらローブの襟元を握り締め、道明寺の目の前に立つ。 『道明寺…』 打ち寄せる波の音に背中を押されるようにローブを脱ぎ捨てた。 『抱いて…』 波音にかき消されそうな、小さな声で、道明寺を求めた。 道明寺が、短くかすれた声で、あたしの名を呼んだような気がした。 次の瞬間、道明寺の手があたしの躰を奪うように抱き寄せた。 そのまま、ベッドに押し倒され、荒ぶる獣のように、躰に覆い被さった。 唇から注がれる昂ぶりを受けとめながら、野性味をおびた仕草のひとつひとつを、舌の上で媚薬を融かすように味わう。 重ねられた唇から、熱い吐息が漏れ出す。 乳房を鷲掴みにされ、指先が乳首を弄ぶ。唇が鎖骨を通り、乳房へと辿りつく。 口に含まれた乳首が快感を訴えるように堅くなる。 乳首を弄ばれながら、指先で花芽をそっと弾かれる。 『ああっっ…』 躰の隅々を這った唇が、開かれた脚の間に埋められる。 くせのある髪を柔らかく掴み、快楽の場所へと押しつける。 花芽を舌先で包み、蜜を啜る水音に、あたしの躰は何かに目覚める。 『牧野…』 ひとつになろうとした時、愛しい獣の前で、あたしは獣の姿になり、自らをさらした。 『道明寺…来て…』 雄を挑発する雌のように、腰をさらに高く突き上げる。 道明寺は煽られたように、あたしの腰を掴み、そそり立った欲望を深く埋めた。 息つく間もなく、浅くそして深い律動が、絶え間無く躰を揺さぶる。 『あたし…ああっっ…』 堕落してしまいそうな快楽を与えられ、我を忘れて淫らに腰をふる。 『いいんだ、もっと乱れろ。おまえのそういう姿が見たかったんだ…。』 左腕を掴まれ、手綱のように引かれる。 自分の躰が、ますます獣じみてゆくのを感じながら、欲望に身をまかせ、躰をくねらせる。 そして、シーツに顔を埋め、ただその瞬間を待つ。 『ああっっ…』 波打ち際に打ち上げられるように、躰は高みへと追いつめられてゆく。 痺れるような感覚が躰を駆け巡る。 道明寺のものが、躰の中で大きく、そして小さく脈を打つ。 躰の奥深くまであますところなく精が注がれる。 すべてが終わった後、あたし達はしばらく声もたてず、交わった後のひりつくような熱さを感じ続けた。 そして、躰が離れてゆく瞬間、切ない声をあげてしまった。 もっと交わっていたい。その声はまるで本能が発したようだった。 躰が軋むほど触れ合った後、押し寄せてきたのは、心地良い疲れだった。 あたし達は、躰に宿った熱を温め合うように肌を寄せ合い、その疲れに身をまかせた。 あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。 波の音が、浅い眠りを覚ました。 隣にいる道明寺の無邪気な寝顔を見つめる。 子どものようにすやすやと眠る道明寺の頬を撫で、そっと唇を寄せる。 時計を見ると、もうすぐ日付が変わろうとしていた。 明日がやってくる。 ふたり一緒の明日が。 そして、愛しい過去達も連れて、あたし達は新しく出発する。 SS一覧に戻る メインページに戻る |