道明寺司×牧野つくし
![]() 涼風と呼ぶには冷たすぎる風が頬を撫でた。 ついこの間まで半袖から覗いていた腕を軟風が撫でていたのに、 今ではその腕は長袖の中に隠れ、首にはマフラーが巻かれ、そして軟風は木枯らしへと変わった。 つくしはぼんやりと空を見上げる。 既に空は夕闇へを駆り立てていて、オレンジ色から紺碧色へと姿を変えていた。 少し前はこの時間は、まだオレンジ色の光が家々の屋根を染上げていたというのに。 つくしはその様を眺めながら不思議だなと思う。 こんな風に、その季節によって空の表情が変わるのが、とても不思議で仕方がない。 小学生の頃、理科の授業でその原理は理解しているが、それでもやはり不思議だと感じてしまうのだ。 日が短くなり、ほとんどオレンジ色の斜光が見えない今、空を翔る鳥達は森へ戻ってしまったようで、 どこにも見当たらない。 ただ紺碧色の空がほんの少し残る茜色を飲み込もうとしていた。 つくしはこの時間帯の空が一番嫌いだ。 一番心が弱くなる時だから。 いつもは弱さを見せないように背筋をピンと伸ばすことが出来ても、この飲み込みそうな闇を見ると、 どうしても弱い部分が出てきてしまう。 そして、それらはいとも簡単に大好きな人を思い出させる。 (道明寺の見る空は今、何色なのかな……) 今つくしの思いの人である司は、ニューヨークにいる。 卒業と同時に、旅立ってしまった。 四年後に迎えに来ると公共の電波を使って、彼は宣言をしてくれた。 その言葉は今もつくしの胸にしっかりとある。 瞳を閉じれば、いとも簡単に鼓膜を震わせてくれる。 今、彼の空は、きっと鮮明で綺麗なブルーに染まっているだろう。 頭では理解している。 彼が向こうに行ったのは、彼が決めたことで、仕方のないことだ、と。 そしてそれについて行かないと決めたのも自分だということも。 それでも感情はなかなか理性についていってくれない。 どうしても、会いたい、声を聞きたい、と思ってしまうのだ。 最初出会った時はあんなに嫌いだったのに、不思議で仕方がない。 まさかこんなに好きになる日が来るなんて。 ふいに木枯らしが吹き、つくしのマフラーを揺らして踊る。 その冷たさに思わずつくしは首を竦めた。 アルバイトで疲労した体には余計この木枯らしが凍みる。 つくしは、木枯らしから逃げるように足早に歩き始めた。 アパートの近くまで来ると、階段の所に人影があった。 階段のところに座り込んでいて、 その階段を昇らないと部屋にいけないつくしには邪魔以外の何物でもない。 「すみません」と声を掛けなければいけないのか、と思うと、 つくしの顔がうんざりといった表情に変わり、眉間の皺が深く刻まれた。 こういう風に疲労している時は出来るだけ口を開きたくない。 たった一言言うだけなのに、それすら面倒に感じるだなんて、今の自分は、相当荒んでいるのかもしれない。 つくしは表情を曇らせ、そちらを軽く睨んでいたが、近付くにつれて、彼女の瞳から瞬きが消えた。 「どうして……」 つくしの声が聞こえたのか、階段の所に座り込んでいた青年は、顔を上げた。 そしてその顔がすぐに笑顔に変わり、そしてすぐ機嫌が悪そうな顔になった。 「お前、遅いんだよ! こんな時間までフラフラしてんじゃねーよ!」 「んなっ……!! なんであんたにそんなことを言われなくちゃいけないのよ! 大体なんで道明寺がこんな所にいるのよ! ニューヨークにいるんじゃなかったの!?」 「休み」 「はっ?」 「だから休みが出来たから、こっちに来た」 司はぶっきら棒に言うと、つくしから顔を背けた。 その言葉に、つくしの心が微かに跳ねる。 久しぶりに見る彼は、全く変わっていなかった。 口から出てくる暴言も。 こうやって少し照れる所も。 つくしの頬が一瞬で熱くなる。 そんな顔を司に見られるのが恥ずかしくて、慌てて俯いたつくしの腕が取られた。 「えっ?」とつくしの唇が動いた時には、司はつくしを引っ張って歩き出していた。 「ちょ…ちょっと!! ど、どこに行くのよ!!」 その言葉に足を止め、司はつくしを見遣った。 二人の視線がぶつかる。 そして目の前の司の顔に屈託ない笑みが広がる。 どの無邪気な笑みに、つくしの心が跳ねる。 「いい所」 「いい所ってあんた……」 「あ、ちょうどいいタイミングでタクシー来た」 司は手を挙げ止めると、そのままつくしを押し込むようにタクシーに乗せた。 見る見る内にアパートが小さくなっていく。 「ねぇ、本当にどこ行くのよ!?」 「着いたら分かる」 「着いたら分かるって……」 「お前さぁ、久々の再会なんだぜ? もっと他に言うことあるんじゃねーの?」 司は頬杖をつき、つくしを見遣る。 彼の真っ直ぐな視線がつくしを射る。 更に心が跳ねる。ドキドキする。 「な……何もないわよ!」 これ以上見ているのが恥ずかしくて、つくしは慌てて顔を逸らして、投げつけるように言い放った。 「相変わらず可愛くねーなぁ」 司の呆れたような声がつくしの耳に触れたが、つくしは彼から顔を逸らしたまま、窓の外を眺めた。 ネオンが車の動きに合わせ、流れていく。 真っ暗な車内では、とてもその景色が綺麗に、瞳に映った。 つくしは、隣に座る司にばれないように、そっとそちらへ視線を動かした。 日々の仕事で疲れているのか、背凭れに寄り掛かって、ぼんやりとフロントガラスを眺めていた。 とても不思議な光景だ。 つい数十分前まで、今頃何をしているのだろうと思っていたその人が、今では自分の隣に座っている。 手を伸ばせばいとも簡単に触れられる距離に。 車内はとても静かで、お互いの呼吸さえ聞こえそうに思えた。 つくしのこのはやる鼓動が司に聞こえてしまいそうで、少しでも抑えようと、右手を強く胸に押し当てた。 「なぁ」 ふいに声が掛かり、つくしの体が跳ねる。 ゆっくりと窓から視線を引き剥がし、司を見ると、 フロントガラスを眺めていた瞳が、こちらを向いていた。 彼の綺麗な瞳と重なり、ドキリと心が音を立てた。 「な、何?」 「相変わらず馬鹿みてーにバイトしてんの?」 「そ、そうよ。今日だってバイトの帰りでクタクタなんだから」 その言葉に、司は小さく噴出した。 「な、何で笑うのよ!」 「いや、相変わらずだなぁと思ってよ」 「何よ! 悪い!?」 「いや」 司は笑いを引っ込めると、つくしを真っ直ぐ見つめた。 「悪くない。安心した」 目の前に柔らかな笑みが広がる。 不意打ちの笑顔は心を走らせる。 つくしの頬が一瞬で熱くなるのを感じた。 慌てて顔を逸らす。 「あ、あんたは? いつもダックスフンドみたいな車に乗ってくるじゃない」 「最初はリムジンで来たんだけど、帰ってもらった。 お陰でお前が帰って来るまであそこで待っててよ、寒かったぜ」 「馬鹿じゃないの? 普通にリムジンで待ってれば良かったじゃない」 「ば……馬鹿だとぉ!?」 「馬鹿だから馬鹿と言ったのよ!」 「お前、もっと他に言うことあるだろ!? リムジンで待ってたら、お前を驚かせねーじゃねぇか!」 「ないわよ! 馬鹿に言うことなんか! 別に驚かせてくれなんて頼んでないわよ!」 「お前なぁ! こっち向けよ。そっぽ向いて、馬鹿なんて失礼じゃねぇか!」 つくしの腕を手に取り、自分の方を向かせた。 その瞬間、司の瞳から瞬きが消えた。 「牧野……お前……何、泣いて……」 つくしの瞳からゆっくり雫が零れ、頬を流れる。 流れるネオンの光のせいか、雫が時折光った。 つくしは手の甲で涙を拭いながら、口を開いた。 「馬鹿よ……。仕事で疲れてるのに、休みだからってわざわざこっち来て……」 「牧野」 「向こうで寝てればラクなのに」 「牧野」 「わざわざあんな寒いところで待ってて、風邪引いちゃうかもしれないじゃん」 「牧野」 「これを馬鹿と言わずに何て……」 「牧野!!」 最後まで紡ぎ出す事を許されなかった。 つくしの頬にコートの硬い感触が広がる。 背中には大きな掌の感触が。 そして耳には彼の優しい呼吸の音が。 つくしの瞳から再び涙が零れ、司のコートに沁み込んでいく。 「道明寺、おかえりなさい」 「おう。ただいま」 つくしはゆっくりと彼の背中に腕を回した。 きっとタクシーの運転手はバックミラーで自分達を見ているに違いない。 最近の若者は…とか思ってるだろう。 しかし、不思議と恥ずかしさなんて感じなかった。 ただ、彼の温もりを感じていたい、それだけだった。 きつ過ぎる抱擁も、痛みなど感じず、寧ろそれが心地良く感じる。 司の胸に顔を押し当てたままのつくしには、もう流れるネオンが聞こえない。 車のエンジン音さえも。 ただ司の熱い呼吸だけが鼓膜を震わせていた。 音のないタクシーは、二人の乗せて、夜の街を走り抜けた。 タクシーは目的の場所に着くと、静かに止った。 コホンと運転手が小さく咳払いをしたことによって、信号で止った訳ではなく、 到着したということに、二人は気づいた。 つくしの頬が一瞬で真っ赤に染まる。 つい感情に任せて恥ずかしいことをしてしまった。 普段なら絶対にこんなこと嫌だと抵抗するのに、今日の自分はどうかしている。 どれもこれも全て、この不意打ちの再会が悪い。 だからこの雰囲気に流されてしまうのだ。 そうに違いない。 つくしは視線を鋭くし、司を睨みつけた。 司はそんなつくしの視線を気づいてるのか、気づいていないのか、 さして気にした風でもなく、運転手のお金を払うと、そのままタクシーを降りた。 その様子をぼんやりと見ていたつくしを呆れたように見遣り、 「さっさと降りろ」とだけ言うと、スタスタと歩いていってしまった。 文句を言おうと背中を睨みつけたつくしの口から言葉が消えた。 その背中はいつもと違ってどこかぶっきら棒で、すごく照れているのだということが分かった。 その瞬間、つくしの顔に笑みが広がる。 なんだか、全く変わっていないから、とてもホッとするし、安心する。 そして、嬉しくて仕方がない。 つくしは、司に言われるまま降りた。 すぐさまタクシーのドアが閉まり、夜のネオンの中に消えていく。 つくしはぼんやりと目の前の建物を見上げた。 「ここって……」 「おい、さっさとしろって言ってんだろーが」 この建物はどこかなんて、司に訊ねるだけ愚問だ。 一度ここには来たことがあるからすぐ分かる。 「道明寺の家が経営するホテルじゃん……」 「おい、牧野!!」 一向にロビーに入ってこないつくしに、痺れを切らしたのか、司の声が大きくなった。 そして再びつくしの元まで戻ると、彼女の腕を手に取り、歩き出す。 そのせいで、つくしの体は半ば引き摺られるように、ホテルに足を進めた。 「ちょちょちょちょ、ちょっとぉ!! ここ、あんたんちのホテルじゃん!」 「今、ここに泊ってるんだよ」 「あ、そうなんだ」 ふいにそう呟いて、慌てて首を横に振る。 違う。そうではない。 納得している場合じゃない。 「どうしてあたしが、あんたの泊ってるホテルに来なくちゃいけないのよ!」 「分からないのか?」 「分からな……」 「くない……」と声に出さずに、心の中で呟いた。 言いたいことは分かる。 そして、この後に何が待っているかということも。 もしちゃんと帰国を知らされていたのなら、別に構わない。 自分だってそうなるのは嫌じゃないし、寧ろそうなりたいとさえ思う。 しかし、今日だけは駄目だ。絶対に。 抵抗するつくしを余所に、司はちょうどロビーに到着したエレベーターに乗り込むと、 叩くように開閉ボタンを押した。 扉はすぐさま閉まり、独特の浮遊感を二人に纏わらせながら、エレベーターは上へを上がった。 「道明寺、待ってよ。今日は困る」 「なんで?」 「なんでって……」 言える筈がない。 下着が安売りのものだから、なんて理由。 つくしの顔が引きつる。 「お前は昔からそうやって勿体ぶるよな」 「別にそういうんじゃなくて……!」 「じゃあ、なんだよ。お前がなんて言っても、聞かねぇぞ」 「……だって……」 「だって?」 「あたし……、今日、バーゲンで買った下着だから……」 「はっ?」 最後の方は本当に小さな声だったけれども、二人しかいないエレベーターでは、 充分届く声で、司はパチパチとニ、三度瞬きをした。 「やっぱり…初めてだから……色々……」 「ぶっ!」 「へっ?」 「あっははははははは!」 司はお腹を抱え笑い始める。 見る見るうちにつくしの顔が真っ赤に染まった。 「何よ! なんで笑うのよ!」 「お前、面白すぎる!!」 「笑わないでよ! こっちは真剣なんだから!! だから今日は……」 司に握られた腕に鈍い痛みが走る。 驚いたように司を見れば、とても真摯な視線がつくしを貫いた。 ドキリと心が跳ねる。 「関係ねーよ」 「関係ないって……」 「大体お前がビンボーなのは今更だしな」 「へっ?」 「大事なのは中身だからよ」 「なななななななっ…中身ぃ!?」 なんて直接的な表現をするのだ。 つくしの顔が更に真っ赤に染まる。 おそらく彼女の顔にやかんを置いたら、すぐ沸騰するに違いない。 それほど顔が熱い。 エレベーターは目的の階に着くと、チンと軽やかな音を立てて開いた。 再び司はつくしを引き摺るようにして歩き出す。 そして、部屋に着くと、カードキーを差し込んだ。 鍵が開いたことを、ガチャリと鳴った無機質な音が二人に知らせた。 扉が開き、目の前に、以前司を一緒に来た時と同じ部屋が広がる。 ゆるゆると後ろを振り返って見上げても、そこには司がいて、後ろに逃げることは出来ない。 つくしに残された道は真っ直ぐ前に進むだけだった。 ドキドキと心が高鳴る。 体中が心臓になってしまったかと思うほど、体中が脈打っているように感じた。 頭の芯が熱く痺れて、何も考えられない。 極度の緊張で眩暈を軽く覚えた。 つくしが足を進めると、部屋のドアが閉まる音がし、 その音にもう一度後ろを振り返ろうとした瞬間、 つくしの体が温もりで包まれた。 司に抱き締められたということに、耳に彼の熱い吐息を感じて、初めて気づいた。 「どどどど、道明寺!? あの……何して……」 「会いたかった」 その言葉に胸の奥から熱いものが込み上げてくる。 自分だってずっと会いたかった。 声が聞きたくて、彼の笑顔が見たくて、彼の温もりを感じたくて。 つくしの鼻の奥がツンと痛み、目の前の景色が涙で滲む。 「あたしも……。あたしもだよ……」 声が涙で震える。 狡い。こうやって欲しい言葉を簡単にくれるなんて。 だからつい涙腺が弱くなってしまう。 いつもはこんな風になることなどないのに、彼とこうやって触れ合うと、 胸が甘く軋んで、どうしようもない刹那に襲われる。 だけど、すごく幸せで、嬉しくて。 「牧野……」 彼の熱い唇が首筋に触れ、つくしの体が跳ねた。 いつの間にか司の手はつくしの胸の上にある。 「ちょちょちょちょ、ちょっと待って!!!」 「あ? なんだよ、まだ何かあるのかよ」 「あたし、バイトから帰ってばかりだから、汗臭い。お風呂……」 「必要ない」 「で、でも……」 「もう拒否の言葉はいらねー」 そのまま司の方を振り返ったつくしの唇が、温もりに包まれる。 唇の中の言葉が、司の熱い吐息で溶けて消えた。 「んっ……」 押し返そうと、司の胸を押しても、ビクともしない。 緊張でギュッと閉じた唇の間を、司の舌が割り入った。 執拗に追い求めてくるその舌の熱さに、眩暈を覚える。 相変わらず司の口付けは優しくて、それだけでつくしの意識が遠くなった。 つくしの手が、それに誘われるように、司の胸から首へと回る。 それが合図とばかりに、司はつくしの首筋を舐め上げた。 「あっ……」 思わず零れた声につかさの顔が一瞬で熱くなる。 (や…やだ……!! あたしなんて声出して……) つくしは羞恥で頭が真っ赤に染まる。 懸命に声が漏れないように下唇を噛締めた。 チリッと鈍い痛みが走るけれども、司の唇からの快感のせいか、不思議とその痛みは気にならない。 そんなつくしの様子に気がついたのか、つくしの首筋を舐め上げた唇がそのまま彼女の耳に触れる。 熱い吐息が掛かり、つくしの背中にゾクリと旋律が走った。 「声、抑えるなよ。聞かせろ」 つくしは下唇を噛締めたまま、懸命に首を横に振る。 恥ずかしい。 あんな声は自分の声ではない。 あんな声を彼に聞かせる訳にはいかない。 司は、そのままつくしの耳朶を優しく噛む。 その瞬間、甘い痺れがつくしを駆け抜ける。 ビクンと体が跳ね、「あっ」と声が漏れた。 そのまま司の唇がつくしの耳朶を啄ばみ、その度に体が痺れる。 司の熱い吐息が、一枚一枚つくしの理性を剥ぎ取っていく。 あんなに噛締めていた唇は、いつの間にか開き、甘い吐息が漏れ始めた。 「あっ……やっ……んっ……」 司の手は徐々につくしの服に進入していく。 駆け抜ける快感にぼんやりとしていたつくしは、コートを脱がされたことにすら気づかなかった。 ふいにセーターを巻くし上げられて、やっと自分の状態に気づく。 しかし、司の唇によって、理性という服を脱がされているつくしには抵抗など、もう出来るはずもなかった。 司の手は優しくつくしの胸を揉む。まるで壊れ物にでも触れるように。 その手の優しさが、つくしに刹那を落としていく。 優しすぎるから泣きたくなる。 「どう……みょう……」 頭が、唇が、そして体の奥が痺れて上手く彼の名前を呼ぶことが出来ない。 優しい手は、徐々につくしを攻め立てる。 乳房に触れ、軽く弾いた瞬間、つくしの体は小さく跳ねた。 「あん……」 「牧野、感度良すぎ」 「や…めてよ……。いちいちそんなこと言わないで」 辛うじて残っている理性で、懸命に憎まれ口を叩く。 だけど、その声は女のもので、いつもの自分の声とはあまりに違い、強さなんて微塵もなかった。 ふいに胸を攻める手が止まる。 つくしがどうしたのだろうと、不思議そうに首を傾げると、体が突然持ち上がった。 「きゃっあ!!」 司はつくしを抱き上げると、そのままベッドに下ろす。 ベッドの柔らかなスプリングがつくしの体を包んだ。 「寝てる方が、小さいお前を愛撫しやすいからな」 「あああああ、愛……!!!」 司のしれっと言った言葉に、つくしが動揺しても、 司はさして気にした様子もなく、つくしからセーターとブラジャーを奪い、今度は乳房を口に含んだ。 甘い快感が電気のように走る。 舌で突付かれる度に、頭が真っ白になっていった。 司の手は、スカートをたくし上げ、つくしの太ももを撫で上げる。 もどかしい。 司の愛撫で、触れられる前から既に秘部は熱くなっているというのに、触れられず、焦らされている。 つくしがモゾリと体を捩ると、乳房から唇を離し、つくしを見つめた。 「どうした?」 「べ、別に……」 恥ずかしい。恥ずかしいから、気づいて欲しくないのに。 つくしが潤んだ瞳で司を見つめると、司の瞳に悪戯な笑みが浮かんでいた。 「触って欲しいんだろ?」 「な……っ! 違っ……!」 「違うのかよ」 スッと太ももから手が引いていく。 (止めないで! お願いだから!!) 自分の中に浮かんだ言葉に酷く驚く。 しかし、もう火が灯った体を、止めることは出来ない。 「どうして欲しいんだよ。言えよ」 「……しい」 「聞こえねーな」 「触って欲しい……」 吐息に近い声だったけれども、それがまた扇情的で司の欲を走らせる。 「ここか?」 司の手がつくしの秘部に触れる。 その瞬間、今までに感じたことのない快感が体を駆け抜ける。 「あぁ……っ!」 司が触れると下着が随分と湿っており、随分とつくしが感じていることを教えてくれた。 そのまま下着の中に手を入れ、直接触れる。 更に快感が強くなり、つくしは唇を噛締めた。 頭がおかしくなりそうになる。 ゆっくり司の指が進入し、湿った淫乱な音が聞こえてきた。 司の指が動くたびに、声が零れそうになり、つくしはぎゅっと瞳を閉じて右手で自分の口を覆う。 ふいにその手が掴まれ、口から外された。 司の熱い唇が再び耳朶に触れる。 「声聞かせろって言ってんだろ」 「恥ずかしい……」 「牧野、聞かせろ」 瞼をゆるゆると上げると、司の真摯な瞳がそこにあった。 熱い瞳に眩暈を覚える。 その瞬間、進入したまま、止っていた指が動き始め、再びつくしを快感の波が襲う。 懸命に唇を噛締めるものの、その度に司が口付けをし、噛締めることを許してくれない。 「んっふ……あっ……ふぁっ……」 「啼けよ。もっと聞かせろ」 懸命に頭を振って抵抗しても、声は止らない。 自分の五感全てが、理性とは離れた場所に行ってしまっていて、もう止らない。 司の指が動くたびに、部屋に卑猥な音で溢れる。 それがまたつくしの快感の波を煽った。 「あたし、もう……」 「俺も限界だ。挿るぞ」 ベルトが外される無機質な音が遠くのほうで聞こえる。 体中が痺れているつくしには、全てが現実から切り取られているように感じた。 司がつくしの上に覆いかぶさり、つくしの下着を剥ぎ取る。 その感覚すら曖昧で、つくしは上気した頬で司を見上げた。 あまりの色っぽさに司の心が更に走る。 「牧野、色っぽい」 「道明寺……」 「お前を見てるとおかしくなる」 そのまま司の熱い手がつくしの足を開き、それと共に肉棒がつくしにあてがわれた。 そして腰をゆっくり進める。 その瞬間、鈍痛がお腹に走る。 つくしは想像以上に痛みに、眉を大きく歪ませた。 「痛いか? 大丈夫か?」 痛みで苦しいのか、つくしは何度か深い呼吸を繰り返す。 そんなつくしの様子がとても辛そうに見えて、司は腰を動かさず心配そうな瞳でつくしを見つめた。 そんな様子の司に、つくしが小さく微笑んだ。 「馬鹿……なんて顔してんのよ……」 「痛いか? 辛いなら止めるけど」 その言葉につくしは大きく首を横に振った。 そして柔らかな笑みを従えて、司を見つめた。 「止めなくていい。このまま続けて」 「だけど……」 「平気だから。あたしも道明寺と一つになりたいと思ってたから……だから……」 「牧野!」 再び司の唇がつくしのそれを覆う。 柔らかくて暖かな感触に涙が零れる。 ゆっくりと司が腰を動かし始めた。 最初は鈍い痛みを伴っていたが、徐々に痛みが薄れ、変わりに快楽が伴い始める。 痛みが全くないというのは嘘になるが、しかしそれよりも体の奥からせり上がる快楽の方が強くて、 不思議と次第に痛みを感じなくなってきた。 「まき…のっ……」 「どう……みょう……じっ……」 瞳を上げると、司の広い胸が広がり、それがまた扇情的でつくしの瞳の端に涙が浮かんだ。 司に抱かれているのが現実だと実感出来て、その事実が純粋に嬉しい。 司はつくしの涙に気づき、指の腹で掬った。 「すき……」 「牧……」 「あたし、道明寺がすき……」 「俺なんかお前の倍は好きだぜ」 「馬鹿…何、張り合ってるのよ」 可笑しくて泣けてくる。 緊張を解こうとしてくれている彼の気遣いが胸に沁みる。 司はつくしに負担を掛けないように緩やかに動き、それがまたつくしの快楽を煽った。 徐々につくしの呼吸の間隔が短くなる。 「あっあっあっあっ」 それに合わせ司の腰の動きも早まる。 もう痛みを感じていないつくしには、その動きは更に快感を強めた。 快感の強さにつくしの脳裏が白く染まる。 「あぁっ……っ!!」 「つく、し……っ!!」 初めて司に名前を呼ばれた瞬間、とうとうつくしは意識を手放した。 ゆるゆると瞼を上げると、そこは柔らかな暗闇だった。 辛うじて窓から見える夜景のせいで、隣にいる人の顔を見ることが出来た。 つくしはゆっくり隣で規則正しい呼吸をしている司を見つめた。 先程の男の顔は影を潜め、とても無防備で子供のような顔で寝ている。 付き合う前に司の家にメイドとして働いた時に、寝顔を見たことがあるが、 大体は司よりも自分が寝てしまうことが多い為、こうやって寝顔を見ることが出来ない。 つくしは顔を近づけて、司の寝顔を見つめた。 改めてみてもやっぱり綺麗な顔をしている。 ニキビ一つない綺麗な肌に、少しだけ悔しい気持ちになる。 女の自分よりも綺麗な肌なんて狡い。 つくしは少しだけ唇を窄め、ツンツンと指先で司の頬を突付いた。 その瞬間、その手が強く握られる。 突然のことに、つくしから「ぎゃあ!」と、お世辞にも色っぽいとは言いがたい悲鳴が上がった。 「なななななな……」 「さっきから人の顔をジロジロ見やがって。惚れ直してたか?」 「馬鹿! 何言ってんのよ!」 枕を司の頭から引き抜くと、そのまま司の顔にお見舞いした。 司はそんなつくしが可笑しいのか、肩を震わせて笑っている。 「寝たフリなんてずるいわよ!」 「別にフリなんてした覚えねーよ。ただ目を閉じてただけなのに、お前が勘違いしただけだろ?」 尤もな台詞につくしは、うぐっと言葉が詰まる。 悔しかったのか、何度も司の顔に枕をお見舞いしてやったが、 何度目かでその手が止められ、そのまま押し倒されてしまった。 「ちょ、ちょっと!! 何するのよ!!」 「もう少し色っぽいこと出来ねーのかよ。事後だぜ? 事後」 「ぎゃあぁぁっ! そういうこと言わないでよ!!」 見る見る内に真っ赤に染まるつくしが可笑しいのか、司は更に噴出した。 そこでからかわれたことに気づき、つくしは再び枕を掴んだ。 「最低! 悪趣味!」 大きな声で叫ぶと、そのまま司の顔に押し付けた。 部屋にはいつまでも、司の笑い声とつくしの大声が響いていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |