待ち人来たりて
道明寺司×牧野つくし


 春の和菓子は綺麗だと思う。
可愛らしくあつらえた梅・桃・桜といった季節の花々を真っ白の皿に乗せて、
横に新緑を思わせる薄い緑の煎茶を添えたら、ウットリするほど綺麗だ。
食べるのが大好きなあたしでもためらうくらい。
雛祭りを控えて、あたしの目の前にも桃の花をあしらった和菓子。
毎年ウキウキしながら売り子を勤める時期なのに、
今のあたしの心はどこか浮かない。

「つくし、この桃の色、綺麗だよね」

 優紀のはしゃいだ声にあたしは反射的に弾んだ声で答える。

「本当! 売るのがもったいないくらいだよね。すっごく可愛い〜」

 なんだか上滑っている。心から笑えない。あたしはその原因を知っているんだ。

「ねぇ、まだ道明寺さんから連絡ないんでしょ」「えっ? なんで?」
「つくしが何だか上の空だから。この時期はいつも張り切ってるのにさ」
「そそそそんなことないよ。あ、あいつからの連絡なんて待ってないし、連絡し辛いのも知ってるし、あたし」
「……動揺してるよ」
「さぁって、ウィンドウケースでも磨こうかな〜? 仕事仕事っ」

 心配と呆れが混ざった優紀の視線が痛い。
ご指摘通り、あたしは道明寺の連絡を待ってる。

――人がせっかく手作りチョコを送ったのになんで連絡寄越さないのよ!?
――国際宅急便なんて大金使って発送したのに〜!
――っていうか、もうすぐ三月だよ!?

 あたしの中のトゲトゲ。考えるたびに不安で鋭くなる。
あたしの卒業式には来るって言ってたけれど、
連絡が取れないことが続くと不安になる。
NYまで行って追い返された痛みは、胸の奥に確かに残っている。

――あんまり寂しくさせないでよ

 ガラスの外に手を繋いで歩くカップル。あたしの右手は空っぽだ。いや、今は台拭きだけど。

「忙しくて連絡出来ないだけだよ、きっと」

 優紀の優しい声にあたしは

「そうだね、本当しょうがない奴。会ったらぶっ飛ばしてやる」

 こぶしを握って笑ってみせた。

 バイトを終えて家の前まで来ると、街灯に照らされた背の高い影が見えた。
ぼろいアパートの前に不似合いな立ち姿。
むやみに威風堂々。
そしてあの、くるくるな髪の毛。
あたしは猛ダッシュで駆け寄った。

「道明寺!」

 思わず頬を緩めたあたしと違って、道明寺は尖った目であたしを見ている。

「遅いんだよ! 俺様をどれだけ待たせんだ!」
「はぁ? 来るなら言ってよ。何を怒ってんのよ」
「うるせー! 今ここでりゅーちょうに話してる時間はねーんだよ!」
「りゅーちょうじゃなくて悠長でしょ!? っていうか日本語くらい流暢に話せるようになりなさいよ! このバカ!」
「どっちでもいーんだよ! 来い!」

 言うや否や、あたしは腕を引っ張られ、引き摺られるようにして車に放り込まれた。
 会えて嬉しいはずの時間が、
どうしてこんなささくれた時間になるのか、あたしには理解不可能だ。
でも笑い合いたいから謝ってみる。

「待たせて悪かったわよ。バイトしてたし、あんたが来るなんて知らないんだから、仕方ないじゃない」
「どうだかな? 類と浮気でもしてたんじゃねーの?」

 薄ら笑いを浮かべてあたしを横目で見る。冷たい目。

「何言ってんの? バカバカしくて理解出来ないわ」

 流れる町並みを見ながら、あたしは腹立たしさと
悲しい気持ちで泣きそうになった。

 道明寺邸に着くと、真っ直ぐに道明寺の部屋に通された。
途中でタマさんと目が合ったけれど、
怒りオーラの道明寺と戸惑うあたしの雰囲気に声をかけ損ねた感じで。

――なんなのよ、怒りたいのはあたしだよ。

 ずっと会いたかった人が目の前にいて、それなのに心は痛くて仕方ない。
悲し過ぎて涙も出ない。
 部屋に入ると道明寺がテーブルのうえに箱を置いた。見覚えのある箱。あたしが道明寺に送ったチョコの箱だ。

「それ、どういうつもりだよ」

 箱を開けると中には割れてしまったハートのチョコ。

「俺のこと嫌になったなら、回りくどいことしねーでハッキリ言えばいいだろ」
「はい?」
「だから、これが俺への気持ちなんだろ?」

 高そうなテーブルに置かれた無惨な姿の手作りチョコ。
気持ちを込めて送った結果がこれ。
しかも、反応が返ってきたのは二週間後。
あたしの中で何かが音を立てた。

「あんたんところに届くまでに車に揺られて飛行機乗ってって。完成形で着かなかったからってなんだっての?」

 自分でも驚くくらいの低い声。

「あたしはね、14日に間に合うように、宅急便で出したのよ。割れ物シール貼って、しかもクール便で。材料費より高かった」

 困惑している道明寺を下から睨んで声を張り上げる。

「これ以上、一般人のあたしには努力のしようもない! たかだか割れてたくらいで、バカじゃないの?!」
「バカって、テメー」
「何よ、このくらいのことで帰って来れるならもっと早く会いにきなさいよ」
「大変なんだよ、俺もババアの目を誤魔化さなきゃなんねーし。だから明日の朝には発つし」

 ――それが悠長に話す時間がないってことね。

 変な所で納得しつつも、勢いに乗ってあたしは道明寺の胸倉を掴んで続ける。触ったニットがあまりにも手触りが良くてまた腹が立つ。

「こんなくっだらないことで来れるならバレンタインもクリスマスも一緒にいられたじゃない?」
「いや、だからそれはな」
「なにが卒業式までの我慢よ! あたしがこの数か月どんなに寂しかったかわかる? 今だって、チョコ送っても返事来なくて、会えたのに怒ってるし、なんなのよ一体!」

 なおも捲し立てようとするあたしを道明寺が突然抱き締めた。
唇が厚い胸板に塞がれて言葉が出ない。
久しぶりの感触。

――道明寺の、匂い。

「お前、俺に会えなくて寂しかったのか?」
「……寂しかったわよ」
「平気そうにしてんじゃねーか」
「泣いたって会えないなら笑ってたほうがあんたも安心するでしょ」
「バカだな」
「バカはあんたよ。チョコ何日放置してんのよ」
「悪い、忙しくて帰れなかった」
「いいから、早く食べてよ」

 身体を離して道明寺がチョコのかけらを摘んだ。あたしのハートのかけら。

「甘い」
「そうかな? ビターにしたんだけど」

 あたしも砕けたかけらを手にする。
口に入れようとすると掴まれた。あたしの指からチョコを咥える。

「俺様が食わさせてやるよ」

 後頭部を抱えるようにしてあたしの唇を奪う。苦い甘さが口の中に広がる。
それでも蕩けそうな甘さがあたしの中に溶けてきて

「……甘いね」

 囁くような声になる。

「たまんねぇな、やっぱお前は最高だよ」

 あたしはそのまま抱上げられて、ベッドへと降ろされた。

「ちょっと、時間そんなにないんでしょ?!」
「ねぇから、いますぐ抱くんだよ」
「やだ、待ってよ。シャワーくらい――」
「うるせー。いいから黙って俺様を感じてろ」

 強引なキス。あたしはそのまま墜ちていく。
バサリ、と一気にニットを脱ぎ捨てる。道明寺の筋肉質な上半身。
あたしの服はすでに脱がされていて、至るところにキスが降り注いでいく。
セックスのとき、道明寺はほとんど何も話さない。
あたしも、体中を駆け巡る快感に追われて言葉を発することも出来ない。
普段のあたしたちからは想像も付かないくらいの静寂の中、
抑えきれないあたしの喘ぎ声と、道明寺の艶めいたため息だけが漏れている。
痛いくらいに胸を揉み上げられ、下で歯列を舐めあい、秘所を擦りあげられる。
あたしも道明寺自身を軽くしごきながら、ときおり襲う激しい快感を必死にやり過ごす。

――時間がない

 そのことが、あたしたちの行為を、感覚を、更に激しいものにする。
 
「牧野、後ろ向いて」

 そう言ってあたしをうつ伏せにすると背中に密着したまま道明寺が入ってくる。
少しの隙間もないあたしたち。
道明寺の舌がうなじをなぞるように這う。
押し殺すようなあたしの嬌声に道明寺はさらに激しく嘗め回る。
背中 耳たぶ 首筋
すべてあたしの弱いところだ。
もちろん下半身は緩い律動を繰り返している。
じわじわとあがってくる快感。

――もっと、もっと。足りないよ。道明寺を感じたい

 そんなあたしの快感が伝わったのか、道明寺が腰を持ち上げた。
動物のように後ろから激しく突く。
奥まで届く感触にあたしは堪えきれず声をあげた。

「どう、みょう、じ……愛し、てるっ……あぁ」

 切れ切れの愛の告白に律動が早くなる。
あたしの頭の中が真っ白になる直前、道明寺があたしの顎を掴んで後ろを向かせた。

――欲しい

 道明寺の瞳が妖しくあたしを誘っている。引き寄せられるようにあたしたちは唇を重ね、
そのまま、あたしたちは一緒に果てた。

 翌朝、あたしの隣に道明寺はいなかった。
体中に残る道明寺の感触。
そういえば、道明寺が「悪かったな」って言いながら眠るあたしにキスをくれた。
たぶんあのときに、もう出て行ったんだと思う。

 ダルイ身体を起こしてベッドから降りると、テーブルの上に目がいった。
あたしのチョコはもう無くて、代わりにメモが一枚。



 【牧野へ
  ホワイトデーの仕返しに、さいこーきゅーの材料を送ってやる。
  それで、俺様にまたチョコを作っておけ。必ず食いにいく。
  そつ業式前後、たっぷり休みを貰って、必ず一緒に食うからな。
  さいこーきゅーの材料だぞ。まずい物作ったらブッコロス。
  愛してる。またな                 道明寺司様】



 ――仕返し、じゃなくてお返しでしょうが! ていうか、何で貰うあたしが作ってあげなきゃなんないわけ?

  そう思いながらも、あたしは手紙を抱きしめて全開の笑顔になってしまう。

――作って貰うくせに、なんでエラそうなのよ。

「バーカ」

 手紙に向かって悪口一言。
それでも、二週間後にはきっとチョコを作って待ってるあたしがいる。
悪口は言ってるかもしれないけどね。

 やっとこれで春を素直に喜べる気がする。
バイト先の可愛いお菓子、優紀と買って食べるのもいいかもしれない。

「何かいいことあったの?」って友達に喜ばれるのは、幸せなことだから。






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