夢か現実か
道明寺司×牧野つくし


春とはいえ、明け方は冬のそれと同じでまだ寒い。
ガタガタと歯を鳴らしながらアイツを待つ俺は、端からはどんな風に映っているのか。
ホワイトデー数分前のギリギリに牧野の家に辿り着いたわけだが、あの野郎は俺様が成田に着いて
速攻で会いに来た事も忘れたのか、携帯にも出ずに寝こけて高イビキかいていやがる。
携帯は出ねぇ、牧野は起きてこないとくれば、日頃温厚な俺様もガラス窓に小石を投げつけるってもんだ。

一回
二回
三回

…さすがに三回目で起きると思ったら…相変わらず明かりは消えたままだった。
シンとした中、犬の遠吠えが聞こえるだけで起きる気配なんざみじんもありゃしねぇ。
いつまでも起きない牧野に苛ついて、ついでかい石を投げつけてしまった。

俺様の家の分厚いガラスと違い、ガシャンと派手な破戒音が鳴り響いた。
苛ついていた俺様がびっくりするほどの音だったが、破戒音に続く牧野の声のほうがよほど心臓に悪かった。

『ぎゃあっ!』

という声がしたかと思ったら、ガラスが全壊した窓枠から牧野が不安そうな顔を出した。
キョロキョロと周囲を見渡し、窓の下にいる俺を見つけるや、不安そうな顔をしていた牧野の形相は般若に変身した。
俺が見たかった顔とは違うぞ、おい。

『ちょっと!なんてことすんのよ!このバカッ!!』

久々に彼氏に対面したっていうのに牧野の奴、随分なご挨拶だ。

『うるせえ お前が起きてこないのが悪いんだろーが!』

売り言葉に買い言葉は俺等の専売特許ってわかっちゃいるけど、どうして俺等は
普通の再会ができないのか、毎度の事ながら本気で考え込みそうになる。
いつもいつもくだらねー事で喧嘩して、怒鳴りあって、進歩がなさすぎんだよなぁ。
そんな考えをぶった切るように牧野はまくし立ててくる。

『起こすにしたってやり方があるでしょ!携帯に連絡くらい入れなさいよ!』

その携帯の電源が切れていたのは誰のせいだよ、まったく……。

しかし、寒さで怒鳴る気力もありゃしねー俺は、珍しく先に折れた。
そりゃ喧嘩するよりはアイツを抱いてるほうがはるかにいいからな。

『あー悪かったな 防弾ガラスでも何でも買ってやる。そんなことよりいいから早く降りてこい』

身を乗り出しまくし立てる牧野の罵声を遮る俺。

『勝手に帰って来て勝手な事しといて、あんたなんなのよ』
『だから悪かったって言ってんだろーが!』
『悪いと思ってないでしょ!!』

これが始まるとメビウスの輪のようなエンドレスになっちまう。
どこかから『うるせーぞ!』という怒鳴り声がした。
牧野と俺様の怒鳴り合いで近所の人間を早起きさせてしまった。
俺は一向に構わないが、ここに住んでいる牧野にしてみりゃ具合いのいい話じゃない。

『ちょっと待ってて!』

言うや否や、30秒後にはカンカンと階段を駆け降りてくる音がした。
そして、1分後には俺様の腕の中に牧野がいた。

これだよ これ。

無理矢理抱きすくめ、コートの中にすっぽり納まった牧野が黙り込むこの一瞬の為に、無理矢理帰って来たわけだ。
しかし、牧野を抱いていても芯から冷えきってしまっているのか寒くてたまらん。
もう限界が近い。

『ね、寒いから家に上がってく?』

いつもなら待ってましたって言葉だが、部屋は外と同じ吹きさらしの状況。
だからといって何もしないで帰れるほど聞き訳の良い躰はしていない。
渡すもんがあるから家に取りに行くぞ、とパジャマ姿の牧野を半ば脅しながら車に放り込む。
車での移動中、牧野の手を取り、頭を胸に埋めさせ

『会いたかった』

とやっと伝えた。
隣にいなかった日々を取り戻すかのように、抱きしめる。

『ちょ、くるし…』
『少し黙ってろ』

耳元で囁いた時、唇が耳たぶに当たったのか牧野はビクっと震え、おとなしくされるがままになった。
やっと牧野に会えた安堵感からか、怠いような、眠いような、躰がふわっと暖かくなり…。
次の瞬間、俺様は泥のように眠ってしまった…牧野を腕に抱いたまま家に到着しても、動けず。
幸い、帰国中のねーちゃんに捕まった牧野はそのまま強制宿泊となった。
俺様といえば、牧野とねーちゃんが女同士の話をしていることも知らず、夢の中でも牧野と喧嘩の続きをしていた。

あぁぁ じれってーな。

憎まれ口を叩こうが、何しようが俺にとって牧野が一番大切な女であることに変わりないのに。
はっきり伝えたくて、帰って来たんだのに喧嘩してちゃ意味ねぇよな。
あいつ、喜ぶかな?
俺ばかり追い掛けてるみてーだけど、あいつ、ちゃんと俺を見てるのか?
離れてからの不安や苛立ちを感じるのは俺だけなんじゃねーのか?

夢か現実か分からない中、俺は手に触れたそれを思い切り引っ張り、抱き寄せた。
俺の躰にすっぽり納まる抱き枕のような感触を味わいながら、深い眠りに落ちていった。
本物の牧野を抱き締めていたとは知らずに。






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