いつもの笑顔
花沢類×牧野つくし


休み時間には、相変わらず屋上に行く。
そして、相変わらずそこでまどろむ花沢類に会う。
この空間だけは変わらない。
暖かなコーヒーの湯気のような、花沢類だけが持つ、独特な空気。

「おはよ」

いつもの笑顔であたしを迎えてくれる。

「おはよ、花沢類」

この人は、いつだったか、海ちゃんの笑顔を真似るように愛想笑いをするあたしを、叱ってくれた。
叱ってくれたこの人のためにも、早く本当の笑顔を取り戻さなくちゃ。
そう思うけど、やっぱり道明寺の冷たい視線に耐えられない。

「…昨日、司のとこに行った?」
「…ううん、行ってない」
「どうして?」
「…うん…」
「…何かあったの?」

心配そうに俯くあたしを覗き込むように、花沢類が訊いて来る。
これ以上、心配かけるわけには行かないよね。

「…ううん、バイトがいつもより早い時間だったから、行けなくて」

愛想笑い、と言われない程度に微笑んでみる。けど。

「嘘が下手だな」

驚いて顔を上げると、花沢類が真剣な表情であたしを見ていた。

「う、嘘なんかじゃ」
「昨日だけじゃなくて、その前も、その前の日も行ってないだろ?」

言葉に詰る。どうして知っているの?

「悪いけど、調べさせてもらったんだ。バイトだって、暫く行ってないだろ?」

あたしの表情を読んだのか、心を見透かしたように言う。

「…司のこと、諦めたの?」

核心を突く質問。イヤだ、この人。そんな真剣な顔で訊かないで。
目に涙が浮かぶ。泣きたくない、こんな時に。

「…ニューヨークの時にも言ったけど、支えになりたいんだ。…俺じゃ頼りない?」
「そんな、そんなことない…。だけど…」
「だけど?」
「花沢類には、迷惑ばっかりかけてる。これ以上は、もう…」
「俺が自分から迷惑かけて欲しいって言っても?」

花沢類の言っている意味が判らない。どういう意味?

「あんたはやっぱ思ってることが顔に出るよね」

ふっ、と笑う花沢類。でも次の瞬間には、また真面目な顔に戻ってる。

「…頼りにして欲しいんだ。いや、もっとダイレクトに言うよ。俺は司の代りにはなれないかな」
「えっ?!」

思ってもいない言葉。そりゃ、ニューヨークでそれっぽいことは言われたけど。
なんでこんな時に?何考えているの、花沢類?

「恋人に忘れられるなんて絶望的な状況で、お前、本当に良く頑張ってると思うよ。なんつーか、…健気でさ」

一つ呼吸を置いてから、続ける。

「だから、支えになりたいんだ。…司が記憶を取り戻すまでの間、俺を利用すると思ってさ」
「そん、そんなことできる訳ないでしょ!花沢類を利用するなんて…」

必死で拒否したのに、花沢類ったら、いつものようにくくっと笑うんだから!

「じゃ、俺が勝手にそう思うことにするよ。決まりね」

そう言うと身体を翻して屋上から姿を消した。あたしの返事も聞かずに!

ある日の放課後、花沢類に連れて行かれた場所は、見るからに高級そうなブティックだった。

「もうじき、あきらの誕生日があるから、ドレス、用意しとこうと思って」

正直驚いた。花沢類って、着る物にあまり頓着しないタイプだと思ってたから。

「司の誕生日の時は、司の姉さんの借り物だったからさ。…って、あまり気が進まない顔してるね」

…花沢類に表情読まれるのは、慣れてしまったわ。

「判ってるよ、あんたがこういうこと好きじゃないのはさ。ただ、あんたが着ていくものに困るのは、俺としてもイヤだから」
「別に困らないわよ、持ってる服、コーディネートして…」
「そう言うと思ったから、ここに連れてきたんだ。値段を見てごらん」

そう言われて手短な服の値段を見てみる。…え?なにこの値段…。あたしでも頑張れば買えるような値札。

「ここは、あんたが引いてしまうような高級ブティックじゃないんだ。この程度なら、俺にもプレゼントさせてくれるよね?」
「…花沢類…」
「さ、選んで」

言われるままに何着かを選んで試着してみる。その度に花沢類は見立ててくれ、彼の意見を交えながら、なんとか一つのドレスに辿り着いた。
「うん、かわいい」
「サイズもぴったりですね」

店員さんと花沢類の顔を交互に見る。

「へ、変じゃない?」
「かわいいよ」

そんな笑顔で言われると、思わず顔が赤らんでしまいそうだ。

「じゃ、これで」

花沢類が店員さんに購入意思を伝える。あたしは制服に着替えるために試着室へ戻る。
花沢類のあの笑顔。このドレスに着替えたあたしを見て、頬を綻ばせたあの表情。
顔は思ったとおり赤い。心臓が今までにないくらいバクバク言っていた。

あたしの心臓、どうにかなっちゃうんじゃないだろうか…。

あたしを送ってくれる道すがら、公園のベンチに座って一休みすることにした。
あまりにも申し訳ないので、あたしは近くのファストフード店でコーヒーを買った。
お世辞にも美味しいとはいえないコーヒーを、花沢類は文句もいわずに飲んでくれる。
とにかく、ドレスのお礼を言わなくちゃ。

「…ありがとう、花沢類…」

しかし、お礼も言い過ぎると価値がなくなっちゃうんじゃないかと思うわ、これだけ言うと。

「いいよ、俺がプレゼントしたかったんだから…正直、嬉しいよ」
「嬉しい?」
「うん」

にこやかなあの表情。ああ、また心臓が良くない動きをし出した。

「俺、牧野に何かをプレゼントしたことなかったからさ」
「そんなことないよ。貰ったよ、プレゼント」

少し残念そうな声を出してしまった。ニューヨークで貰ったあのお花は、あたしにとってはとっても大切なものなのに。
花沢類は、忘れてしまったの?

「覚えててくれたんだ」
「もちろんよ、あれはあたしにとって…」

次の言葉を言おうとしたあたしの唇は、花沢類の唇によって塞がれた。
驚いて固まってしまったあたしの肩を抱くようにして、優しく唇を味わっていく彼。
何秒でもないキスは、とても長い時間のように思われた。

「は、花沢類っ…」

ここは、公園のベンチ。他の人の目もあるのに!

「うれしい」
「え?」
「牧野があの花のこと、覚えててくれて、うれしいよ」
「花沢類…」
「たった2ドルの花だけどさ。なんか、うれしい。…正解だったな」
「え?」
「初めて稼いだ金で、牧野にプレゼントしたこと、正解だった」

無邪気な顔で笑う花沢類を、あたしは初めて見たと思う。
そんな花沢類を見ていると、胸の奥が痛むように切なかった。

花沢類…。

それから数日後、あたしは花沢類に連れられていったブティックに、優希を連れて行った。
こんなに穴場なお店はなかなかないもの、優希にも教えておきたかった。

「ここよ、ここ。見た目よりも、ずっと安いんだから!」
「え〜…?そうは見えないけど…」

優希も半信半疑だ。そりゃ、そうよね。この外観からして、あんなに安いとは思えないもの。

「本当なんだから、ささ、入った入った」
「う、うん…」

外観にちょっと引き気味な優希の背中を押しながら、中に入っていく。

「ほら、値札見てみて。そんなに高く………えっ?!」

近くにあったワンピースの値札を示しながら、言おうとした台詞を飲み込む。
こ、これ、すっごく高いじゃん!前に見たのより、一桁違う!!

「ど、どういうこと…?」
「つくし、それはこっちが聞きたいわよ」

優希も値札を見て愕然としていた。

「あんた、目がどうかしてたんじゃないの?」

声を顰めて言う優希。さすがに店員さんの目を気にしたらしい。

「でも、本当にこんな値段じゃ…」
「あら、先日、花沢様とご一緒にいらっしゃった方ですね?」

あの時に対応してくれた店員さんが声をかけてきた。

「そ、そうです。…あの、この値段…」
「あ、値札ですね…これは、花沢様に口止めされているのですけど…」
「な、何をですか?」
「あの日、当店は花沢様の貸切となっておりまして、全商品の値札を取り替えたのでございます。出来るだけ、不自然じゃないくらいの値段にしておいてくれと前もってご要望がありまして」
「そ、そんな…」
「ですから、本来の当店の表示価格は、今現在の値札の価格でございます」

唖然としたまま、そそくさと店を出た。
優希はただただ、花沢類の行動力に驚いていた。

「花沢さんって、見えないところで、つくしの力になろうとしてくれているのね〜。…本当に素敵ね、F4って」

優希の言葉を聞き流しながら、あたしは別のことを考えていた。

…花沢類、なんでこんなに良くしてくれるの?
こんなにしてもらって、あたし、お礼のしようがないよ…。

2月28日。美作さんの誕生日。

あたしは、花沢類のエスコートで美作邸へ行った。
着ているドレスはもちろん先日のブティックで花沢類にプレゼントされたもの。
まだ、事実を知っていることを、花沢類には告げてない。
折角の花沢類の好意を、無駄にしたくなかったから。でもいつか、本当は知っていたことを告げなくちゃ。
でも、お礼のしようがないんだけど…。

「牧野、今日、すっごくかわいいよ」

花沢類が嬉しそうに笑う。本当に、この人、よく笑うようになった。

「そ、そうかな」
「うん」

微笑を崩さずにこっちを見る。

「なんでかな、牧野といると、嬉しいことが多いんだ。何か、幸せっていうかさ」
「…花沢類…」

花沢類の瞳。茶色のビー玉みたいな瞳。見ていると吸い込まれそう…。

「よぉ、お二人さん」

西門さんが声を掛けて来た。相変わらずキマってる。さすがは名高いプレイボーイって感じ。

「場所も憚らず見つめあったりして」
「み、見つめあってなんか」
「顔が赤いぞ」

美作さんまで、いつの間にか後ろにいて、こう言うんだから。

「美作さん、後ろに居てどうしてあたしの顔が赤いってわかるのよ」
「お前の表情なんて見なくても判るよ」

もう、図星ながら頭に来るわ。

「お誕生日、おめでとうございます」

美作さんには、本人にというよりは、絵夢ちゃんと芽夢ちゃんにプレゼントした方が喜ぶと思ったから、かわいいリボンのセットを選んだ。

「絵夢ちゃんと芽夢ちゃんに」
「おう、喜ぶわ、あいつら。サンキュ」
「司も向こうにいるぜ。おーい、司ぁー」

道明寺に会うのは久しぶりだ。最近、病院に行ってなかったんだけど、もう退院したのかしら。

「よう。類、久しぶり。…お前も居たのか、おかっぱ」

相変わらずあたしのことは思い出してないらしい。

「あのね…、あたしには『牧野つくし』って名前があんの!」
「司、俺、牧野と付き合ってるんだ」
「え?!」

最後の言葉は、あたし、西門さん、美作さんが同時に出した声。

「ふーん、そう。でも俺には関係ないじゃん」

道明寺はそっけなく言い放った。そうか、そうよね。関係ない、か。

「類、どういうことだよ、付き合ってるって…」
「おい、いつの間にそんな…」
「は、花沢類…、あたしたち、そんな…」
「いっぺんに聞かれても答えられないよ」

苦笑しながら花沢類が言った。

「確かに、まだ『付き合う』って感じじゃないけど。でも、俺はそう思ってるから。勝手にだけど」

にこやかに言われてしまった。

「おい、牧野。どうすんだよ」
「ど、どうするって…」
「今、ここで答えが欲しいわけじゃないから」

花沢類が救いの言葉を言ってくれた。

「俺は牧野が幸せで居てくれたらいいんだ。幸せにしてあげられるのが俺なら、一番理想的だけど」

そう言って花沢類は食事を取りに行ってしまった。

「殺し文句だな」
「ああ」

プレイボーイ二人が顔を見合わせて呟いた。
あたしはそっと、道明寺の顔を盗み見た。
その表情を文字に表現するなら、『興味のないこと』。

やっぱり、もう、諦めた方がいいのかな…。

帰りは花沢類の用意した車で送ってもらうことになった。シートにもたれながら、言葉を捜していた。
「今日は久しぶりに羽根を伸ばしちゃった。楽しかった。花沢類は?」

「うん。ちょっと眠いけどね。あきらの家も久しぶりだったし」
「…花沢類、何から何まで、本当にお礼の言いようがないわ」
「いいよ、礼なんて」
「…あのね、花沢類…。あたしね、優しくされると頼っちゃって、なんだか弱くなっちゃう気がするの。弱っちいあたしなんて、興味ないでしょ?」

いつか言わなくちゃと思っていた言葉を口にする。

「だから、そんなに優しくしないで」
「確かに弱っちい牧野は、牧野らしくないね。でも」
「でも?」
「強がってる牧野は、もっと見てられないよ」

花沢類…!

「あんたには、本気で怒って、泣いて、笑っていてほしいんだ。そんな牧野を取り戻す、その役目は俺に向いてない?」
「花沢類…」

涙が零れる。泣いちゃいけないと思うのだけど、涙が止まらない。

「前にも言ったろ?支えになりたいって。前みたいな前向きな牧野に戻って欲しいからさ」
「…うん…うん…有難う、花沢類…あたし、頑張ってみる」
「じゃ、さっそく泣くのを止めなきゃ」

花沢類はあたしの顎を上に向けて、顔を近づけてきた。
そっと目を閉じる。唇に、花沢類の温度が感じられる。手を繋いだ時は冷たい手だと思ったけど、唇は暖かいんだ。
優しくついばんでくれる花沢類の唇を受け入れる。花沢類と何度かキスはしたことがあるけど、こんなに長い時間のキスは初めてだった。
肩に手が回って、少しキツく抱きしめられる。唇が、より深く交わる。
柔らかく吸い込まれる唇に、誘われるようにして唇を合わせる。何度も何度も離れては重なる唇。
花沢類のキスは溶けそうなくらい優しい。まるで自分が花沢類にとっての宝物になってしまったような錯覚を起すくらい、大切に大切に扱われてる。
唇が離れた直後、花沢類はあたしの耳朶に軽くキスを残した。

「永遠に牧野の家に着かなくてもいいと思ったんだけど」

気が付くと車は止まっていて、ふと窓の外を見るともう家の前まで来ていた。

「そ、それはどういう…」
「牧野がやっと俺のキスを受け入れてくれたから、もっと味わいたかったってこと」
「もう!花沢類のバカ!」

照れ隠しでちょっと語気を強めてみる。

「そうそ、それそれ。それでこそ牧野つくしだよ」

花沢類はいつものようにくくっと笑って、あたしの頭をポンポンと叩いた。

走り去る車を見送ったあと、いまだに熱を持っている耳朶にそっと触れてみる。
心臓が耳朶に移動してしまったように脈打っていることは、隠しようがなかった。
この耳朶へのキスは、花沢類が残した約束のように思えた。

あの日、美作さんの誕生日パーティーの帰りに、あたしは花沢類と一緒にいることを決めた。
傍から見れば、花沢類を利用しているように見えたかもしれない。でも、花沢類が道明寺を忘れさせてくれるなんて思ってない。
自分の意志で、道明寺を諦めると決めた。あたし自身のために、あたしらしくいるために。
そして、あたしを好きだと言ってくれる花沢類のために。
その決心は、あたしが今持っている、道明寺に関する一切のものを本人に返すという形で現われた。

「何を持ってきたの?」

学校に来るにしては少し大きめの荷物を持っているあたしに花沢類が聞いた。

「うん、ちょっとね」
「持つよ」
「ううん、大丈夫」

と言った矢先、道に躓いて派手に転んでしまった。持っていた荷物をぶちまけながら。

「大丈夫かよ…ったく、あんたは本当に面白いよ」

笑いながら腕を取って立ち上がらせてくれる。

「…ありがと」

恥ずかしいやら何やらで『面白い』と言われたことを怒るのも忘れてしまった。
ぶちまけた荷物を、花沢類が一緒に拾ってくれる。その時。

「…これ、司の」

花沢類が手にしたのは、あいつが刺された夜、道明寺の母親が持っていた薄汚れたうさぎのぬいぐるみ。

「うん。……全部、あいつに返そうと思って」
「どうして?」
「だって、あたしが持っていても仕方ないでしょ?」

言いながら、全て拾い終えて紙袋に仕舞い、また歩き出そうとした瞬間。

「思い出まで返す必要はないよ」

と、腕を取られた。
その意外な力強さに驚く。花沢類の細い腕のどこにこんな力が?

「離して、花沢類。…これは、あたしなりのケジメなの」
「そこまでする必要ないよ。もし、俺に気兼ねしてるんなら…」
「そうじゃないの、言ったでしょ、あたしなりのケジメだって」

花沢類の瞳が、あたしの目を捉えて真意を量ろうとしている。

「花沢類。あたしね、もう道明寺の言動に一喜一憂するのはイヤなの。本当に忘れたい。だから、そのけじめをつけさせて」
「牧野…」

『本当にそれでいいの?』と聞いているような花沢類の顔。そんな顔しないで。そんなに心配しないで。

そう言う代わりに、とびきりの笑顔で言う。

「これ、返してくるね」

やっと花沢類の腕が解かれる。

「ありがと、花沢類」

理解してくれて、と心の中で付け加える。と同時に、あたしの足は早足で校舎に向かう。
その背中に、花沢類の声が響く。

「牧野!プロム、一緒に行こう!」

プロム。桜子から聞いた、卒業式後のダンスパーティー。同伴者が参加条件の小さな社交界。
花沢類、今、誘ってくれたの?
早足だった足を止めて、以前、花沢類があたしに向けてやって見せたシーンを再現してみせる。
但し、きちんと花沢類の方を向いて、笑顔で。

閉じたVサインを向ける――

「もちろん!」

道明寺は一人でいつもの場所にいた。
恐ろしいほど不機嫌そうなオーラを纏って。
でも、ここで怯んでは居られない。近づいていくと、あたしに気が付いたみたいだ。

…そんなおっかない顔で睨まないでよ。

「なんだよ、おかっぱ」
「…ったく、いい加減名前覚えろっての」

大袈裟に溜め息をついてみせる。

「まぁいいわ。あんたに返したいものがあんのよ」
「なんだよ」

持ってきた紙袋を渡す。

「これ。返す」
「あぁ?」

訳がわからないといった風に、紙袋を受け取って中身を見る。

「なんだよ、これ」

道明寺は、一つ一つ手に取って見始めた。
アンタは覚えてないでしょうけど、アンタとあたしの思い出が詰ったモノ達よ。
こう言いたいのをぐっと我慢する。
それは、バカンスに連れて行ってもらったときの洋服。
それは、デートの時に手にしたサイン入りボール。

「これ、俺のガキのとき持ってたヤツじゃん。なんでお前が持ってんの?」

薄汚れたウサギのぬいぐるみ。そして。

―――木星のペンダント。

「こんな訳わかんねーもん、いらねーよ」
「あたしが持っている訳にいかないの。要らないなら、捨てて」

これで、終わる。踵を返そうとした刹那。

「なぁ、お前、類と付き合ってるんだよな」

不意打ち。そんな質問、道明寺から訊かれる日が来ると思わなかった。

「そうよ、それがどうしたの」

自分の気持ちを整理する、そんな気持ちできっぱりと言う。

「おまえみたいな女がF4に纏わりつくの、すげーウザイけどよ、類の女なら仕方ないよな。認めてやるよ」
「…認める?」
「あぁ」

言葉より先に手が出た。強烈な平手打ちを、道明寺の左頬にお見舞いしてしまった。

「!!…っにするっ…!」

打たれた頬を左手で抑えながら叫ぶ道明寺の声を、さらに大きな声で遮る。

「認める?認めるってどういうことよ?あたしはね、誰かに認められなきゃ居られない存在じゃないわよ。

確かに雑草のつくしだけど、あんたなんかに認められなくっても、しゃんと背筋伸ばして生きてるんだから!
それに、認められる筋合いもないわ。これ以上ふざけたこと抜かしたら、今の一発じゃ済まないからね!」
怒りが爆発する。唖然とする道明寺を残して、その場から走り去る。
あいつは、昔の横暴で自己中な道明寺に戻ってしまった。あたしの好きだった道明寺は、もうどこにも居ない。

「……」

この俺様が女に殴られた。あまりのショックにしばしその場で固まる。
こんなショックを受けたのは久しぶりな気がする。いや、過去に女に殴られた訳ないんだから、気のせいか?

「司」

暫く固まっていると、背後から類に声を掛けられた。

「…類」

類の顔を見て、沸々と怒りが込み上げてきた。

「お前の女!ありゃどうかしてるぞ!俺に殴りかかって来やがって…!」
「うん、見てた」
「見てたって…、おい、類!どういうことだよ!」
「どうって…、あれが牧野つくしだよ」

類がいつもの笑いをこぼす。その顔を見ていると怒る気も失せた。

「よくあんな凶暴な女と一緒にいるな、お前」
「あれが牧野の良さだからさ」
「おかしいよ、お前」

そうは言ったが、気持ちが落ち着かなくなっていた。
前にもこんなことがあったような気がする。
俺に歯向かって来るヤツなんてなんて居るはずないのに。しかも女なんてありえない。
姉ちゃんのデジャブが引っかかってるだけか?いや、違う。

「…しかし、強烈な女…」

あの女が走り去った廊下の奥を見つめる。もちろん、もう居るわきゃねーけど。
あの目。マジでイカってたな。あんな目をする女、あのおかっぱの他に知らねえ…。

「……司」
「ん?」
「牧野と付き合い始めたから、俺」
「前に聞いたよ、んなこと。俺に関係ねえって言ったじゃん」

まったく、みんな何であのおかっぱのこと、俺にいちいち言うのかわかんねえ。

「俺は牧野から何度も手を引いてる。…今回は諦めるつもりはないから」

類の目はマジだ。病院の屋上で殴られそうになったときを思い出す。
あん時はあのおかっぱが仲裁に入って、俺の代わりに殴られてたっけ。

「…言ってる意味がわかんねーよ」
「そっか。でも言っとこうと思って。じゃ」

そう言うと類は教室とは逆の方向へ向かって歩いた。
その背中を見ながら、心の中で舌打ちする。
ったく、あのおかっぱが、俺のなんだってんだよ。
でも、正直に言うなら、あの女の目が脳裏に焼き付いて離れない。
落ち着かない気持ちを持て余して、今度は実際に舌打ちをした。

「…くそっ」

「ここにいたんだ」

道明寺をひっぱたいてから数日後の昼休み。屋上でお弁当を食べていたとき、花沢類がやってきた。

「牧野、プロムのことだけど」

花沢類は、先日誘ってくれたプロムについて話し出した。あ、もしかして。

「プロムって、花沢類、もしかして、あたしの着るもののこと?」
「うん」

なら丁度いい。先日のブティックのこと、話したかったから。

「そのことで、話したいことがあったの」
「知ってるよ」
「え?」
「牧野、知ってるんだろ。本当は高級ブティックだったってこと」

聞けば、あたしが行った後、あの店員さんが花沢類に謝罪したらしい。

「内緒にしておくつもりもなかったし、いずれバレると思ってたからね。ただ、牧野が気兼ねなく選べる環境を作りたかっただけだから」

花沢類の優しさに胸が詰る。お礼を言おうとしたその時。

「あ、それからプロムのドレスはもうオーダーしてあるよ」
「え?!オーダーって…」
「うん。サイズが判ったし」
「ちょっと、花沢類!」

オーダーなんて、そんなお金と手間が掛かったもの、あたしには似合わないよ!

「それは、困る。貰っても着られないよ」
「あんたのサイズなんだから、牧野しか着られないよ」

くすくすと笑う花沢類。こっちは真剣に断っているのに。

「そういう意味じゃ…」
「プロムはいわば公式の場だよ。パートナーとして出席してもらう訳だから、その準備は男がするものなんだ」

あたしの言葉を遮って、早口で言う。

「自分のパートナーにきちんとした格好をさせてやれることで、男もそこで胸を張れるんだよ。それに」
「それに?」
「…他の連中に、牧野を見せたいからさ」

横目であたしを見る花沢類。さっきから、心臓が暴れてる。心音が聞こえてしまうんじゃないかと、場違いな心配をしてしまう。

「あんたが堅苦しい場所が好きじゃないのはよく知ってるし、俺もああいう場は得意じゃない。でも、今回は特別。悪いけど、付き合ってもらうね」

いたずらが成功した少年のような微笑。そんな顔で言われたら、断れないじゃない。ずるいよ、花沢類。

プロムの会場へと向かう高級車の乗り心地は悪くなかった。
問題はあたしの居心地の悪さだった。
なにしろ、パーティーなんて慣れない場所に向かっている訳だし、着慣れないドレスなんかを着てるし、ヒールの高さも気になるし。
何より支えの花沢類が隣に居ない。極度の緊張とはこのことだわ。

『牧野の準備は全部整えてあるから。当日は会場で会おう』

前日、花沢類にこう言われて卒業式の後にアパートに帰ってみると、花沢類に遣わされたスタイリストさん達が待っていた。
それからの準備の慌しさは…、思い出したくない。
でも、お陰で自分でも見違えるように綺麗にしてくれた。
ヘアーやメイク、ネイルまでもドレスに負けないくらい調えられている。
そう、何よりも、このドレス。

『類さまがお選びになったデザインと生地です。牧野さまの白いお肌によくお似合いですね』

ドレスを着せてもらいながら、言われたことを思い出す。
花沢類が選んだドレスに身を包んでる。そう思うだけで胸が鳴る。
高鳴る胸を抑えようとして深い呼吸を一つ吐いたとき、プロムの会場に着いた。
運転手さんにドアを開けてもらうと同時に、すっと手が出される。
その手を取って、座席から立ち上がる―――手の主は。

「花沢類…」
「牧野…良く似合うよ」

正装した花沢類は、いつにも増して素敵に見える。
そんな花沢類から笑顔でそんなこと言われたら、もっとドキドキしちゃうじゃない。

「緊張してる?手が固い」

いつもの笑いを抑えながら、花沢類が聞いてくる。

「当たり前でしょ、慣れないんだから」
「いつもの牧野でいいんだよ」

そう言って、緊張の糸を解いてくれる。
自分の腕に、あたしの手を掛けるように促し、一緒に会場に入る。

「類!…と、牧野?」

目ざとい西門さんが早速駆け寄ってくる。隣に居た美作さんも一緒に。

「うわー、牧野かわいー」
「熱海でも思ったけど、やっぱお前、磨けば光るわ」
「磨いた研磨剤がいいのよ」
「はは、お前のこと、研磨剤だってよ」

西門さんが花沢類を小突く。

「司!お前もこっち来いよ!」

美作さんが呼ぶと、向こうに居た道明寺がこちらに歩いてきた。
そう言えば、引っぱたいてから初めて顔合わせるんだ。うわ、何か言われそ。

「おう、類」

そう言って視線をこっちに向ける。何も言わずにあたしの顔を見つめる。
恐ろしいほど真剣な表情。でも、負けるもんか。
そう思って負けじと睨み返す。

「ふっ……お前、そんな顔で睨むな。化粧が崩れっぞ」

道明寺は、そう言ってからF3の輪に加わって談笑し始めた。
もしかして、道明寺、今、笑った?
記憶を無くして以来、あたしに見せた初めての笑顔。その顔を見た時、感じた。

―――もう少し時間が経てば。

あたしと道明寺の関係は、親友とその彼女という形に作り変えることが出来る。

類が会場に入ってきたと同時に、俺の目はその隣の女に釘付けになる。
制服姿しか見たことがなかったから、余計に目を引いたのか。いや。
前にも、こんなシーンを見たような、あれは、…クルーザー…?
記憶が、軽い頭痛を引き起こす。総二郎とあきらが駆け寄る隙に、慌てて視線を外す。
あぶねえ。危うくあの女と目が合うとこだった。
あきらに呼ばれて近づく。おかっぱのあの目を見ていると、何か引っかかる。
でもこいつときたら、おっかねえ顔して睨み付けやがる。

「ふっ……お前、そんな顔で睨むな。化粧が崩れっぞ」

全く、可愛げのねえ女だよな。でもそこが、―――思いかけて次に紡ごうとした言葉を否定した。

俺、今、何考えた?

自分の考えを打ち消して、慌てて3人が話している輪に入っていった。これ以上この女とサシでいられるか。
だけど輪に入ったはいいが、話なんて全然耳に入ってこない。
動揺を抑えながら、いや、動揺なんかしてねえけど、あの女を横目で盗み見る。
滋と桜子と一緒に、食い物を物色し始めたあいつ。

ドレスのせいか?やけに可愛く…

「おい、類。お前もやるな」

総二郎が類に話し掛ける声が耳に入る。

「…なにが?」
「とぼけるなよ」

あきらも肩で類を小突いた。

「あのドレス、お前が創ってやったんだろ?」
「そうだけど」
「男がプレゼントした服を女が着るってーのは」
「それを脱がせる権利を与えること、だろ?」

あきらと総二郎が絶妙なタイミングで言った。

「やったなー、類!」
「卒業式の夜かよ!最高のシチュエーションだな!」
「そんなつもりじゃ」

困惑する類を挟んで、二人が盛り上がっている。
今夜?類とあいつが?そう思ったとたんに落ち着かなくなって、類の顔を見る。
類は笑いを抑えた顔で言った。

「大体、牧野が知ってると思う?そんな意味があるなんて」
「…ま、知らねーわな」
「…あの牧野だもんな」
「くくっ…そうだよ。あきらも総二郎も考えすぎ」

笑う類を見て、俺は自分が取っている行動がどうにも歯がゆくなった。
この道明寺司様が、なんでこんなに挙動不審になってる?
そうだ、全部あの女の存在が悪い。そう思って、咄嗟にこう口走っていた。

「類。お前も男なら、さっさとモノにしちまった方がいいんじゃねえ?」

瞬間。空気が凍った。3人は目を見開いて俺を見つめる。

「司…」
「おい…」

総二朗とあきらは完全に固まってしまったようだ。
類は随分と長い時間、俺の顔を見た後、こう言った。

「司がそう言うんなら、そうするよ」

「ちょ、ちょと!痛いよ、花沢類!」

ちょっと強引なくらいの勢いで牧野の腕を取って、プロムの会場を後にする。
背中に司の視線を感じた。でも、もう遅いよ、司。お前は正直にならなくちゃいけなかった。
俺はお前が牧野を思い出すまで、フェアで居ようと思ったのに。
たとえ司が牧野を思い出さないとしても、いずれ牧野が牧野らしく戻った時、きっと司は再び牧野を好きになるだろうと思っていた。
だから、挑発とも取れる発言をしてみたりもしたし、今日だって、綺麗になった牧野を見せた。
現に、司、お前は牧野を気にし始めていたはずだ。お前は今日、それを認めなくちゃいけなかったんだよ。
でも、お前の言葉は、俺を本気にさせてしまったようだ。
これ以上、牧野を傷つけることは、俺が許さない。

「どうしたの?!花沢類!」

リムジンのリアシートに牧野を乗せ、自分も乗り込むと、運転手に家へ帰るように告げた。

「花沢類、『家に帰る』って…」
「俺の卒業を二人だけで祝いたいんだ」

俺の言う意味が判ったのか、驚いたように俺の顔をじっと見つめた。
その肩に手を廻して、ゆっくりと、でも強く抱き寄せる。この鼓動は、牧野の?それとも俺自身の?
髪に、額に、瞼に軽くキスをする。
その度に身体を小さく縮ませる牧野。そんな牧野が愛しくて、さらにキスを落としていく。
ごめん、牧野。もう、抑えることが出来ないようだよ、俺。

自室のドアを開けて、後ろを振り返る。牧野は俯いたまま、俺の後を付いて来てくれていた。
不安そうな目をして、俺を見上げる。その様子がやけに可愛くて、牧野の手を取って入るように促した。
こうやってみると、ベッドしかない部屋は逆にいやらしく見えて、少し笑える。

「花沢類……ええと…」

緊張しているのか、牧野は視線を泳がせて言葉を捜している。

「牧野。俺ね、」

ベッドに腰を下ろしながらタイを外して襟を緩める。

「司が牧野を思い出さないうちは、手を出さないつもりだった。フェアじゃないからね」

ふっ、と笑って、牧野は少し自嘲気味に言う。

「…あいつはもう、あたしのことなんて思い出さないよ」

それを聞いて、堪らない気持ちになる。

「……例え思い出したとしても、もう、司にあんたを渡さない」

立ち上がって、正面から牧野の両肩を抱く。ゆっくり、顔を近づけていく。

「…花沢る…」
「…黙って」

おしゃべりな唇を、俺の唇で塞ぐ。

「…花沢る…」
「…黙って」

花沢類の唇がそう囁いて、あたしの唇に重ねられる。
いつになく優しいキスは、あたしの緊張を徐々に解いていく。肩に置かれた手から、花沢類の優しさが沁みてくる。
あたしは少し背伸びをして、花沢類の唇を受け入れる。あたしの肩を抱く花沢類の二の腕辺りに、自分の手を添えて。
長い、長いキス。その唇は、段々と動きを激しくしていく。
いつしか、肩に置かれていた花沢類の右手は、あたしの頬のあたりに移動して、耳や首や髪を撫でていく。
左手はあたしの腰に廻されて、花沢類のより近くに引き寄せられる。
顔の角度を変えながら、もっと深く唇を合わせようとする。花沢類がこんなに情熱的なキスをするなんて。

「んっ…」

呼吸が苦しくて、吐息を漏らしてしまう。
唇を捉えたまま、花沢類の手があたしの首の後ろに廻る。ゆっくり、ドレスのジッパーを下に降ろしていく。
花沢類の温度の低い手の平を、背中で感じる。腰まであるジッパーは、もう全て降ろされているに違いない。
あたしとドレスを繋ぎとめているのは、きっと肩の細い紐だけ。その紐から腕を抜けば、ドレスはあたしの肌から離れる。
花沢類は一度唇を離して、あたしの目を見つめながら、その紐をゆっくりと肩から抜くようにスライドさせて行く―――。

肌からドレスの感触が消えたと同時に、花沢類はあたしの首筋に唇を寄せた。
鎖骨と耳朶の間を何度往復してキスをする。

「…あっ…」

体が震えるのは、もう緊張しているからじゃない。…花沢類を、感じてるから―――

花沢類はあたしを抱き上げると、ベッドの上に降ろした。
下着だけの自分を見られるのはやっぱり恥ずかしい。

「…花沢類、灯り、消して」
「いやだ」
「花沢類…?」
「牧野。お前が初めてだからって、俺は優しくしたりなんかしないよ」

花沢類はあたしの上に身体を重ねる。眼差しが、あたしの目に刺さる。

「牧野を見ていたいんだ。ずっと」

そう言って、また唇を重ねる。深く、激しく。

「んっ…っ…」

次第に花沢類の唇は、耳朶や首筋を舐り始める。
首にはきっと花沢類の印が付けられている。

「ああっ…」

声を抑えようとするのだけど、この快感からは逃れられない。

「…は、なざわ、るいっ…」

どうしようもなく、声が掠れる。

「…牧野。名前で呼んで…」

耳元で囁かれる。一度、デートの時にだけ呼んだことがある、大好きな名前。

「…るい…」

お返しに、花沢類の耳元で囁く。声に出すと、増していく愛おしさ。

「もう一回」
「…るい」
「もう一度」
「類…」

呼び終わると同時に、花沢類とは思えないくらいの激しいキスをくれる。

「…牧野、……好きだ」
「類…」

花沢類は一度起き上がると、自分の着ていたシャツのボタンを外して脱ぎ捨てる。
怖いくらい真剣な顔で、あたしを見つめる。

「牧野。俺はお前が思っているような男じゃないよ。結構嫉妬深くて独占欲が強いんだ」

そう言うと、ベッドに横たわるあたしの背中に手を廻して、ブラのホックを外した。

互いに、上半身に何も身に付けていない。
恥ずかしさから、顔が火照っているのが判る。
花沢類の茶色い髪が、あたしの首に触れる。彼の唇は、もうすぐで胸の頂点へ到達する。

「ああっ…類…」

優しくしない、という花沢類の言葉とは裏腹に、彼の舌はあたしの頂上を優しく吸い上げる。

「んっ…やっ…」

無意識に、両手で花沢類の頭を抱きながら、髪を撫でていた。
片手で乳房を愛撫しながら、花沢類の舌は意地悪な動きをする。

「あっ…あ、あぁっ……」

声を抑えるのを忘れるほど、花沢類の攻めはあたしのポイントを押さえ続ける。
胸、背中、腰、おへその横、脇腹、足の付け根…。
全てにキスの印をつけながら、舌を這わせていく。

「ああっ……るいっ…」

いつしか、花沢類の手はあたしが今唯一付けている布地へと伸びていた。
ゆっくりと剥がそうとするのを、慌てて両手で止める。

「…類っ…やっ」
「牧野、だめだよ。もう抵抗しても無駄」

そう言うとまたあの優しくて激しいキスをくれる。
花沢類の手を止めようとしたあたしの手は、逆に封じ込まれていた。
その腕の力に、花沢類の「男」を感じる。
そして小さな布は、足首から抜き取られた。

花沢類の指が、あたしの秘部に埋まる。滑るように上下する指。

「あっ…はっ…っ…」

小さな突起を探り当てられ、ゆっくりと擦られる。
円を描きながら動くその指は、恥ずかしさが飛んでしまうくらいの快感をもたらす。

「ああっぁっ…いや、…っ…るいっ…」
「牧野のそんな顔、誰にも見せられないな」
「んっ…な、何っ…言って……はぁっ…」
「可愛くて、…もうとめられない」
「あっ、あっ、だめ、そんなにっ…」

突起を擦る指の動きが激しくなる。

「やめっ…あぁ、類っ…あたし、…おかしくっ…」

もう少しで何かが来そうな瞬間、花沢類の指が止まる。

「だめだよ、まだ」

いつものようにふっと笑って、意地悪く言う声のあと、ベルトを外す音と衣擦れの音が聞こえた。

自分がもう準備が出来ていることは判っていた。愛撫されながら、何かが溢れ出すような感じがしたから。
花沢類があてがわれた時、自分の中心がぬめっているのが判った。

「牧野、行くよ」

花沢類が囁く言葉に、無言で頷く。
花沢類が徐々に腰を埋めていくと、下半身に引き裂かれるような痛みが走る。

「ああっ…類、だめっ…!」
「力、抜いて」

言われたとおり、下半身から力を抜く。と、同時に腰を更に深く沈める花沢類。
タイミングが良かったのか、不思議ともう痛みはなかった。

「奥まで入ったよ」

わざわざそんなこと言わなくてもいいのに、花沢類は報告してくれた。

「やだ、…花沢類っ…」
「ふっ…、言ったろ。俺は独占欲が強いって。牧野はもう俺の」

言うと同時にキスをくれる。腰の辺りから、あたしの「音」が聞こえる。
花沢類がゆっくりと腰を動かしていく。初めは少し痛みを伴うその動きは、徐々にあたしの頭を痺れさせていく。

「あっ…ああっ…んんっ…る、い…っ…」

花沢類の摩擦によってもたらされる刺激は、初めてなのにあたしの腰を揺るがせる。

「んっ…ああっ……はっ…んっ…」
「牧野、…」

息を荒げて、あたしの中を泳ぐ花沢類。動くたびに、ベッドが少し軋んだ音を立てる。

「あっ…んっ…るいっ…ああぁっ……」

腰を廻しながら、乳房や乳首を柔らかく揉まれる。腰の刺激と相まって、さらに快感が深まる。

「ああっ…んんっ…んっ……類……るいっ…」

「牧野、もっと動くよ」

ゆっくりだった腰の動きは、段々と加速していく。もう、すでに痛みは快感に変わっていた。

「あっ、あっ、あっ、、、、」
「牧野っ…」

自然に、花沢類の背中に手を廻す。少し湿ったその背中を抱くようにして腰を浮かせると、奥が更に痺れる。
加速する腰が何かに誘う。あぁ、何かが来そう…!

「類っ…ああっ…んんっ…んんっ……変に、なっちゃ……っ」
「牧野、俺も」
「ああぁっ…類っ…だめ、…あたしっ…!!」
「一緒にっ………っ…!」
「………あああっ…!!」

一気に上り詰める。そして、一気に崩れ落ちる。そんな感じが身体を駆け抜けた。
あたしの中で、花沢類が脈打っているのが判った。
花沢類は、身体をぐったりとあたしの上で横たえ、深呼吸をしながら、こう言った。

「…ごめん、抜くの、忘れた」
「…え?」

………は、花沢類っ!!

「でもいいよね、もう俺のだし」

また、あの悪戯が成功したような、微笑。
あたしは、花沢類の行動力に、驚くやら呆れるやらで言葉が出なかった―――。






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