冬の温泉(非エロ)
花沢類×牧野つくし


まったく、お坊ちゃんてヤツはどいつもこいつも。

コンビニ3軒目にしてようやく目当ての品を見つけたあたしは、ほっとしつつも不満がつのる。
大体、買っておけばいいじゃん。そんなめんどくさいもん飲みたがるなら。

「ペリエ飲みたい。」
「えぇっ?! せめて自動販売機で買えるのにしようよー。コーラでいいよね、 …ね?」
人がせっかくかわいく小首をかしげて言ってあげてるのに。花沢類はツンとしたまま首を横に振る。

「ペリエがいい。」

…かわいくない。
こういう時の花沢類って、憎たらしいぐらいにワガママ坊やでほんと困る。
今に始まったことじゃないけど、時々ついていけない。
あたしはむくれながらもコートを着込んで部屋を出ると、フロントで周囲のコンビニの場所を聞いた。

…そして、巡ること3軒目。巨大冷蔵庫の中にようやく見つけた、なだらかな緑色の瓶。

まったくなんでこんな時間かけて高いお金出して、味のしない炭酸水買わなくちゃいけないのよ、もう。
コーラの方がずっとおいしいのに。

コンビニも暇そうだったけど。薄暗い街灯が続く道に出たって、やっぱり誰も歩いていない。

「…さむ。いろんな意味で。」

思わず、白い息と一緒に独り言もこぼれる。
避暑は過ぎ、雪見にもまだ時期でない温泉街は、ただ寒いだけでうすら寂しい。
まるで、あたしの気持ちを表しているみたい。期待はずれ…って。

『温泉行こ。』という突然の誘いに、初旅行だ! とそれなりにドキドキした。

宿に着いて早めの夕食をとって、温泉に浸かってほわほわした気分になって…緊張気味に部屋にもどったあたしを待っていたのは緑色の碁盤、そうオセロだった。

「…オ、オセロ…? いまどき…?」
「温泉と言えば、オセロ。 でしょ?」

それは初耳…と思いつつ、他にどうしようもなくてとりあえず向かい合って座る。

やっぱりこの人の考えてることって、よくわからない。

「じゃ、負けたほうがひとつ、言うこと聞くこと。」

パチン、パチンと丸い駒を配置しながら、花沢類がふいに言った。

…それって。
ちょっとドキッとして、盤から目を上げる。
すっかり浴衣を着込んでのんびりしている様は悠然と構えているようで。彼の真意が見えない。
意識しすぎ、かな。

でも、なんだかんだ言って花沢類だって男だし…。一応、あたし達はつきあってるわけで…。
そういえば好きだとは言われたけど、つきあおうとは言われてないっけ。
そういう関係になったのも、まだ1回だけだし。でも旅行に誘ってくれたって事はやっぱりいいんだよね、つきあってるってことで…たぶん。うん、たぶん…。

「…ね、牧野の番。」
「あ、ハイハイ。」

つきあってる男女が、温泉の夜にオセロ。…清らかすぎない? あってるの、これって。
…なんて首をひねりつつ、いつの間にか久しぶりのオセロを楽しんでしまう単純なあたし。
当然、結果は惨敗。
ヘンな期待したあたしがばかだった。勝者の命令は、このめんどくさいお買い物。

そして、今。
ふたりっきりの夜と思いきや、うすら寂しい温泉街をひとりで彷徨うあたし。
なにやってんだか、すっかり冷えちゃった。
戻ったらもう一度露天に行こう。こうなったらお湯だけでも満喫しないと。

「…ただいまー。」

ドアを開けて靴をぬぎながらちょっと不機嫌な声で戻りを知らせる。

「おかえりー。」

ふすまの向こうから、呑気な声が聞こえてムッとしてしまう。
どうせ、あったかい部屋でぬくぬくとまどろんでいたんでしょう、ひとりでっ。

「もー。大変だったんだから…。」

文句を言いながらふすまを勢いよく開けると、彼は案の定すっかりふとんに潜りこみ、目だけ出してこっちを見ていた。

「3軒も回っちゃったよ、コンビニ。こんなさびれた温泉街にペリエなんてあるわけないでしょー、まったくもう。」
「…でも、あったでしょ? 」
「あったけどさぁ。…今、飲むよね?」
「…あとで飲む。冷蔵庫入れといて。」

ぷいと寝返りをうつ花沢類に、軽く殺意すら覚える。こ、このガキだけは…。
寒さだけじゃない何かに震えながら冷蔵庫を開けて、ぎょっとする。

冷蔵庫の棚の上に、きらきらと、銀色のティアラ。

「…は、なざわるい?」

なに、これ? 

事態が飲み込めなくて振り返ると。
花沢類が、愛してやまないはずの布団をがばっと捲り上げて立ち上がった。
その姿を見てまた仰天する。

さっきまで、浴衣着て今にも眠ってしまいそうだったのに。
なぜかシャツを着込んでネクタイまでしめた姿で、手には季節外れの、白いチューリップ。

「つきあって、俺と。ちゃんと。」

訳がわからずぼけっと突っ立っていたあたしに、優しい目でそんなことを言いながら花を渡してくれる。

「…へ?」

何してんの? 何考えてんの、花沢類? 
だって、もうつきあってるじゃん、あたし達。

でも。
手の中の頼りなげな白い蕾を呆然と見つめているうちに、やっと気がついた。

なんて、この人は。
なんであたしのこと、わかってしまうんだろう。
側にいても、抱き合っても、それでもしつこく不安の元を探してしまう臆病なあたしを。
いつも、さらりと見つけてくれる。

「…いや?」

花を見てうつむいていたあたしを覗き込む彼に、くちづける。
どうしても素直になりきれないあたしの、精一杯の気持ちをこめて。

「やなわけ、ないじゃん。だって、もう、つきあってる。…でしょ。」
「…そうだね。」

わかってても言葉にするって、なんて素敵なんだろう。
でも、言葉よりもっと、素敵なもの。
花沢類の唇が、舌が、あたしのそれとからんで、冷えた体が温まる。
ものすごく高機能な暖房みたい。一瞬で、ぽかぽか。
舌の先からとろけて。あたしが、あたしでなくなるような気がする。
少しこわいけど、もっと変わってみたい…かも。

「…あ。忘れるところだった。はい、これ。」

千切れそうに冷たかった耳がすっかり熱くなる程長いキスの後、花沢類は突然そう言ってキンと冷えたティアラを冷蔵庫から取り出し、頭に載せてくれた。
その具合を確かめて『うん』と満足気にうなづいたあと、もう一度軽く唇が触れる。

…魔法を、ありがとう、王子様。


「あ、あの、うれしいけど、このティアラって…なに?」
「たまたま見つけた。なんか、牧野に似合いそうと思って。…おもちゃだけどね。」

いたずらっ子のような笑顔も、その説明も、さっぱり訳がわからない。

…あたしに、ティアラが似合いそう?? 何の冗談なんだろう。

花沢類はご機嫌にペリエを開けながら、『宝探しの冒険から、無事カエル』とか言ってひとりで喜んでいる。

「…それにしても、なんでネクタイまでして…。」
「んー。交際申し込む時の基本かな、と思って。」

グラスを傾けながら、しれっとそう言う表情には恥らう気配はなくて。
あたしには…理解しがたいけど。たぶん、ふつーに、そう思ってるんだこの人。
こっちが、てれちゃうよ。

「…ずる。 あたしだけ、こんな格好。」
「いいじゃん。どうせすぐ、脱いじゃうんだから。」

そういうことを、普通の顔して言うから。…ほんと、ずるい。
照れくさくて、どうしようもない顔になっているあたしだけど。
するりとネクタイがはがされる音に、体の芯が熱くなる。

肌を寄せ合っていると。
いつもはわかりにくい花沢類の感情が、自分のことのようにわかる。

…とけそう。

時々、自分を手放してしまいそうになる。そうしたら、なにかが変わってしまいそうで。
実際は…もう。あたしはさっきまでとは、違うのかもしれない。それさえもう、わかんない。夢中で。
これからも、たぶん。あたしは少しづつ変わっていく。花沢類と一緒に。

この、切羽詰ったみたいに余裕のない顔も、大好き…。
ぼんやりとした意識の中、思わず花沢類の頬に手を伸ばす。潤んだ、必死な目が愛しい。
その手を逆に捕らえられて、手首に彼の舌が這う。目があたしを見つめて。

…どうして、こんなことで。

もう、何にも考えられない。体中の肌で花沢類を感じるだけ。
ただ一緒にとける。
その一瞬までは、もうなんにも考えない。だって全部、感じるだけでわかるはず。

2つのグラスの中を、まだ少し残っていた透明の気泡が時々ゆらゆらと昇る。
空になった緑色の瓶は即席の花瓶になって。小さな銀のティアラと一緒に枕元を飾っている。
隣には、今にも夢の中へ落ちていきそうな、花沢類。
これがしあわせじゃなくて、なんだっていうんだろう。

「…うれし。…温泉と、オセロと、牧野。」

半ば閉じかけた瞳のまま、つぶやくように。

…並べられる順番が、よくわかんないけど。

あたしも嬉しくて、眠りの入り口に届きかけているであろう彼の、暖かい胸に顔を埋める。

「あとは明日…バナナワニ園…、幸福カルテット完成…。」

…なんかちょっと、ズレてるところも含め。
好き、この人が。






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