一度だけでいいから
道明寺司×大河原滋


一度だけでいいから。
絶対に、誰にも言わない。明日からは、友達に戻る。
だから。・・・あたしを抱いて、司。

つまんない男ばっか。クラスのバカどもを見てあたしは思う。
将来決まってるから、勉強なんかするわけないし。
考えてるのは遊ぶことと、女のこと。
だけどあたしはそのうち、こいつらとたいして変わんない男と結婚しなくちゃならない。
それが大河原家に生まれた、たった一人の子供の宿命。
両親は、男の子が欲しかった。滋って名前を見ても分かる。
産後の日だちがよくなくて、もう子供を産めなくなった、お母様の未練。

大河原家が続くためには、あたしが結婚するしかない。
あたしは結婚するために、生まれて、育てられた。
ピアノにバイオリン、お茶、華、日舞は当たり前。
習い事がないのは、日曜だけ。
あたしは、近所の子と遊びたかったのに。
夕暮れ、近所の子達が泥んこになって、家の前を通る声がする。
すっげーうち、こんなうちの子だったらきっと、ゲーム買い放題だぜ。いーなー。
いつでも代わってあげるのに。
ゲームなんか、買ってもやる暇ないよ。
黒塗りの車じゃなきゃ、でかけられもしない。先生にまで気を使われるあたしに、友達なん
てできるわけない。
金持ち子弟の集まり、永林でこうなんだから・・、フツウの人の生活なんて、あたしには、未知の世界。

「滋さん、あなたのフィアンセが決まったわよ。」

お母様が嬉しそうにあたしの部屋に入ってきたときは、目の前が真っ暗になった。

・・・もう?・・あたし、まだ18なのに!

「お母様、あたしまだ、高校生です!」

声が震える。

「あら、私は17でお嫁に来たわよ。今夜お会いできるわよ。何を着ていくのがいいかしら、
このあいだ取り寄せたドレス、可愛かったわね。でも・・やっぱり振袖かしら。」

聞いてない。あたしの話なんてこの人は聞いてない。昔から、ずっと。
やだ、このまま結婚なんて、絶対にやだ!
だって、まだ一度も誰かを好きになったこともない。
誰かに好きだと言われたことも、抱きしめられたことも。
いつか、こんな日が来るのは分かってたけど、好きな人と結婚なんかできないのはあきらめ
てたけど。でも。
一度くらい、フツウの女の子みたいに、誰かを想いたい。好きな人に、キスしてほしい。
神様、それくらい、願ってもいいよね?

司と初めて会った時のことを思い出すと、今でも笑っちゃう。
普通、好きな子と初対面のあたしを間違えるかなあ。
でも、あたしは多分あの日、生まれて初めてどきどきしてた。
大きな手が、あたしの手をひっぱる。背が高くて、たくましい身体。
振り向いて、あたしの顔を見て驚く顔。

・・なんだ、こいつかなり・・いいかんじ。

その後、あたしは裸足で放り出されて大変な思いをしたんだけど・・。
でも、本当は楽しかった。
街を一人で歩くなんて、初めて。あたしに気を使わない人間も、初めて。
道明寺家の長男なのに、ぜんぜん坊ちゃんじゃないし。
こいつがあたしのフィアンセなら、悪くないかも。
あたしは、満天の夜空の下を歌いながら、歩いた。
その夜、あたしは初めて幸せな気持ちで眠った気がする。

「あの・・あたし・・あいつに好きって言われたことが・・。」

つくしに言われたとき、あたし嬉しいのと悲しいのが、いっぺんに来た。
悲しいのは・・分かるよね?司を気になり始めてるわけだから。
嬉しかったのは・・司があたしと同じだったから。
司も、自由に結婚なんかできるわけがない。でも、その流れに逆らおうとしてる。
つくしは英徳にいるのが不思議な、どう見てもフツウの世界の子だったから。
でも、好きなんだ。そう思うと嬉しかった。
つくしがあたしに距離を置かない子なのも、そんなつくしを司が好きなことも。
始めて友達ができるかも。そう思うと、司が今あたしを好きじゃないことなんて、なんでも
ないような気がした。
会ったばかりだもの。つくしは司を好きじゃないらしいし、もし想いあっていても、二人が
結婚できるわけはないもの。

家の前に司が立ってるのを見た時は、本当にびっくりした。

「俺と、つきあってくれ。」

突然で、なんにも考えられなかった。司もあたしを、気に入ってくれたの?
端正な顔が、すこし赤らんでる。

「どうなんだよ、嫌か?」

不機嫌な顔であたしに聞く。

「ううん。・・・いいよ。」

気が利いた言葉なんて、出なかった。自分の心臓の音がうるさい・・とくとくとく・・。

「じゃな。電話するわ。」

ぶっきらぼうに言って、立ち去る司を照れてるなんて思ったあたしは、なんてバカだったん
だろう。
好きな女の子に、つきあうのをOKされた態度じゃない、それくらい、気が付けよ、あたし。
今はそう思うけど。気が付いてれば、今こんなに苦しい思いをしないで済んだ。
あの時なら、まだ引き返せる「好き」だったのに。
でも。でも、司。あたし、後悔してないよ。

その夜以来、あたしは、携帯を枕もとに置いて寝た。
今にも鳴りそうな気がして、なかなか眠れなかった。司、ほんと、バカみたいだね、あたし
って。

「お前を好きになるように、努力する。」

司は、あの時そう言った。
あたしはそれを、自分の都合のいいように、解釈しちゃってた。
こんなカタチで知り合ったけど、ちゃんと恋愛しようぜ。

・・そういう意味かな、なんて。

つくしを忘れるため、なんて思いもしなかった。おめでたいよね、ホント。自分でも笑える。
司がいやいやっぽくデートしてることも、自分からはキスひとつしてくれないことも、全部
全部理由に気が付かないフリをした。
だって、考え出したら、たどり着きたくない結論に達しちゃうもの。
まだつくしが忘れられないんだって。

いくらあたしでも、気が付かずにはいられなくなる日が来た。
あたしにとって、最高の一日で、最悪の一日。
その日も、司は不機嫌だった。あたしといても、考えてるのは、別のこと。
あたしは、一生懸命話す。はたから見てた人は、こっけいだったと思うよ。
明らかに聞いてない、モデルみたいな男に、まとわりついて、必死にしゃべってる女。
司の目には、あたしが映ってないみたい。
好きな人といるのに、こんなに寂しい。
独りでいる寂しさには慣れてるんだけどな。そう思ってるあたしの目に、つくしが飛び込んできた。

ガラス張りのカフェに、つくしはきれいな顔の男の子と座ってた。
この人が、安らげるって言ってた人かな。
二人がみつめあって、話す。
つくしが、何か言う。男の子が優しく、笑う。
つくしの柔らかい笑顔が、あたしをみじめにする。
二人の間にあるものは、やすらぎ。あたしと司の間にあるものは・・?
いつまでも、見えないフリは、できない。今日、司の気持ちを確かめよう。

「あ、お茶しよう。」

あたしはそのカフェに司を連れて入った。

つくしと、類くんを見て、驚く顔。
くやしそうな、顔。それを隠そうと強がる、顔。
あたしには、見せたことのない、顔ばかり。
なんだか動揺してるつくしが落とした伝票を、司も拾おうとした。
二人の指が、一瞬触れ合う。
その時の司の顔を見て、もう分かった。
その指にそっとキスする司の心が、誰にあるのかなんて。

「悪いと思ってる。・・お前じゃだめだ。」

今まで見た中で、一番真剣な司の顔。
初めてあたしにしっかり向き合ってくれたのに、結論は、それ?
はだけた浴衣の自分が、すごく惨めに思える。
つかさに、馬乗りになって、手をあげようとしたとき、つくしが飛び込んできた。

「ご、ごめんなさい!」

驚いて、ふすまを閉めて出て行くつくし。
司、行っちゃうよ。引き止めて、否定しなくていいの?
司はあたしをじっと見つめる。

「・・・お前の好きにしろ。気が済むまで、殴れよ。」

司が目を閉じる。こんな時でも、司を嫌いになれない。

司に触れたい。全然優しくなんて、してくれたことないけど、司の優しい気持ちが伝わる。
あたし、自信あるのに。
つくしより、あたしのほうが、司を好き。つくしより、みんなから、祝福される。
つくしより、司の気持ち、分かってる。つくしより、つくしより・・・。

「ひどいよ・・好きだったのに・・」
「悪かったよ・・ごめん・・。」

司がはじめて自分からあたしを抱き寄せる。そっと、髪を、なでてくれる。

「うっ、・・うっ・・ひっく・・。」

「お前には、悪いことした。俺でできることなら、なんでもすっから。」

司が、あたしの髪を直しながら言う。

「・・・・じゃあ、抱いて。」

あたしは震えながら言う。
司は、眉間にしわを寄せて言う。

「俺は好きな女じゃねえと抱かねえ。」

いつものあたしなら、引き下がってる。でも、今夜は違う。
好きな人に抱いてもらえる、最後のチャンスかもしれないもの。

「あたしに、縁談がもう一つきてるの。道明寺家とより、メリット大きいんだって。
 あたしが司に惹かれてるから、今は親も無理には薦めないけど。」

あたしは、悲痛な気持ちで言う。

「司と駄目になったって知ったら、絶対すぐそっちと結婚させされる。あたし、あたし、司
とだから、結婚したいって思った。司が初めてなの、初めて人を好きになったの。」

ぽろぽろと涙が、司の顔の上に落ちる。

「だったら、尚更だ。ちゃんとお前のこと好きな男に抱いてもらえ。」

司は真剣な顔できっぱりと言う。

「俺も、マジで惚れたのは、牧野が初めてだ。牧野しか抱きたくねえ。・・お前と俺は似て
るのかもしんねえな。」

初めて司が優しく微笑んでくれる。

「絶対誰にも言わない。明日からは、友達になって。だから・・今日だけ、あたしに・・」

そっと司に口付ける。司はとまどったように、そっと顔を背ける。

「シゲル、お前も親の言いなりになんか、なんな。ちゃんと・・」
「司。司はもしつくしがどうしても振り向かなかったら、他の女にいく?」

あたしは司から降りて、横に身体を並べる。

「あきらめねえな。今回無理だって分かった。・・・お前を使って悪かったけど。
 あいつが、振り向くまで、待つ。振り向かなくても・・他の女には行かねえな。」

あたしは、悲しい気持ちで微笑む。

「でしょ?あたしも同じ。司がずっとつくしを好きでも・・ううん、つくしを好きな司を好
きになったのかも。あたし、きっといつまでも司が好き。この先、誰と結婚しても、何が
起こっても。」

司はあたしの方を向いて、布団に頬杖をつく。

「しつけーとこまで、似てんな、俺ら。」

司が笑う。へんなの、振られたら、仲良くなれたみたい。

「親はね、男の子が欲しかったの。お前が男の子だったら、って親にも何度も言われたし、
周りの人たちもそう思ってるのは、子供心にも分かったよ。だから、必死だった。いい子
にしてなきゃ、ますます要らない子になっちゃうって。
こんな家の子だから、ホントの友達もできなくってさ・・。つくしが、初めてなの。あた
しの、友達になってくれそうな・・。」

司があたしを抱きしめる。とくとくとく・・司の心臓の音が聞こえる。
人の身体って、あったかいんだ・・。こんなに安らかな気持ちになったの・・はじめて。
司があたしの額に、そっとキスをくれる。

「お前はいいやつだ。自信、持て。絶対お前のこと、ちゃんと好きになってくれるやつが
 いるぞ。自分を卑下するよーなこと言うな。」

あたしは、司をじっと見つめる。一度だけでいいから。お願い、司。
「約束しろ。あきらめねえって。自分の人生歩くってよ。」
「司も約束して。絶対つくしをあきらめないって。」

あたしも言う。司を好きなのに、つくしをあきらめないで欲しい。あたしって、バカだ。

司があたしを抱きしめる。とくとくとく・・司の心臓の音が聞こえる。
人の身体って、あったかいんだ・・。こんなに安らかな気持ちになったの・・はじめて。
司があたしの額に、そっとキスをくれる。

「でも・・あたし、司に抱いてほしい。だって、司以上の男に会えなかったら、あたしずっ
と処女じゃん。そんなの、やだ。司、なんでもするって言ったのに、嘘つき。」

司は困った顔で、ためいきをつく。

「正直に言う。牧野がいなかったら、ホントお前はかなり・・なんつーか・・。もっとバカ
な女だったら、逆に抱いてもいいけどよ。お前なら、牧野を忘れられるかもって、思った
んだぞ。だからよ・・お前を傷つけたのに、今こんなこと言ってもしょうがねえけど。」

あたしは、驚く。

「じゃあ、少しは気に入ってくれてた、ってこと?」

あたしは胸が熱くなる。ほんとに?

「じゃなきゃつきあおうなんて、言わねえよ。
お前の飾らないとことか、いつも元気だけど、たまに見せる・・寂しそうな顔とかよ・・
あー恥かしい、何言わせんだよっ。・・だからよ、好きでもねえ男と結婚しないで欲しい
し、大事に思ってっから、抱きたくねえ。つきあってるとき冷たくしちまったのも、・・
お前の気持ちが分かって・・悪くてよ。」
「司。・・あたし、今の言葉で、一生・・もし・・誰とも愛し合えなくても、幸せ。この気
持ちで生きて行けるよ。・・ほんとは、思い出、欲しかったけど・・」

静かな時間が流れる。
破けた障子から、雲が流れるのが見える。一つだけ、小さな星も。

司が、決心したように言う。

「分かった。お前がそれで納得すんなら、抱く。償いじゃねえからな。お前に、幸せな気持
ちになって欲しいからだかんな。・・・シゲル、お前、いい女だぞ。・・自信、持て。」

司があたしの唇を閉じる。はじめての、心のこもったキス。
あたしは、幸せな気持ちでいっぱいになる。たとえ今夜だけでも、これが最初で最後でも。
あたしは、好きな人に抱いてもらえる・・。

司が、そっと瞼にキスをくれる。頬に優しく指が触れる。

「お前の肌って、子供みてえだな。まっしろだしよ。・・ホントは、ずっと触ってみたかった・・。気持ちよさそうだな、って。」

あたしは嬉しくて、泣きそうになる。触れて、触れて。
からだ中に、残して。司を、司に愛されたあたしを。たとえそれが今夜だけでも。

司の指が、あたしに話し掛ける。司の唇が、音楽を奏でてる。
司に触れられた場所が、つぶやく。司が好き、好き、好き・・。
司の大きな手が、あたしの胸の上で、弧を描く。

「女の胸って、やわらけえんだな・・。」

あたしは、自分が誰より最初に司に抱かれてることに気が付く。
ほんとに・・?あたしが、最初・・・?
目に焼き付けておきたい・・きっとたった一度だから。
司の指、広い胸、優しいまなざし・・。
覚えていたい・・司の香り、髪の感触、低い声・・。

目を閉じたシゲルの顔は、ぞくっとするほどきれいだ。
そっと瞼にキスを落とす。ゆっくりと開けた瞳をみつめる。
俺は今まで誰にしたキスより、優しくキスをする。こいつへの、誠意だと思うから。
他の女が好きだっていう俺を、自分を利用した男を、許して応援してくれる女への。
ほんとに抱いていいのか、分からねえ。ますますこいつを傷つけちまうんじゃねえか。
でも、こいつが他の男に抱かれるのも嫌だ。絶対こいつには言えねえけど。
俺は牧野を愛してる。・・・だけど、こいつを愛しいと、思いはじめてる。

こいつを見てると、自分を見てるようで、切なくなる。
何回牧野に断られても、傷つけられても、あきらめられねえ、自分に。
そっと舌で、シゲルの唇を割る。舌がからみあったとき、俺の迷いは消えた。こいつを抱き
たい。
シゲルが俺の耳に触る。

「わっ、なんだよ!。」俺は驚いてキスをやめる。

「やっぱり、弱いんだ。・・・可愛い。」

シゲルは楽しそうに、笑う。こいつが笑った顔、やっぱいいな。

「・・・お前の弱いとこも、探すからな。」

俺は、首筋にそっとキスをする。鎖骨にも。
身体は細いのに、豊かな胸。頂きを口に含む。
柔らかなその頂きが、少しずつ、硬さを増していく。

「・・・ん・・」

シゲルが甘い声を出す。ふわっと、甘い香りが漂う。・・やべえ、もう止められねえぞ。
もう片方の胸を手で探る。蕾を、かるくつまむと、シゲルが、腰をくねらせる。

「あんっ・・」

俺は浴衣を脱ぎ捨てると、シゲルの身体からも全てをはぎとる。
ほっそりとした、腰。でも、柔らかな曲線を描く女らしい身体。
そっとシゲルの中心に手をやると、そこはもうとろけそうに熱くなっていた。
クレバスの間に、指を滑らせる。

「・・・!あっ・・」

シゲルが思わず俺の手を押さえる。

「・・ここが、弱いんだな。分かった。」

その小さな芽を俺はいじる。触るたびに、泉に蜜が流れ出す。

「や、司、・・あんっ、ちょっと待って・・」
「もうやめられねえよ。」

俺は指を先に進める。シゲルの奥に、指が飲み込まれる。
指1本をいれるのにも、ぬめつく壁が、締め付ける。こんな狭いトコ、入るのかよ・・。
手のひらを上にして、中指と人差し指を埋める。

「ああっ・・ううっ、・・あ・・んっ。」

シゲルの声が高くなる。目をぎゅっとつぶったまま、ふっくらとした唇が、吐息を紡ぐ。
声が他の部屋にもれるのを心配してか、丸めた拳を自分の口に当てて、声を殺そうとした。
俺はその手をそっと外して、キスをする。
シゲルは、何かに餓えているように、俺の舌を求めてくる。

二本の指がシゲルを貫く度に、俺のモノが、いきりたつ。
早く中に、入りてえ。こいつに俺を、忘れさせたくねえ。
俺・・自分は牧野と幸せになりてえのに・・こいつが別の誰かと幸せになるのは面白くない・・
・・ちくしょう、なんて自分勝手なんだよ。
こいつを抱くのはこいつのため?嘘言ってんじゃねえ。
・・・抱きたいだけじゃねえのか?他の男に行かないように、烙印押したいだけじゃねえの
か?

指を止め、静かに引き抜く。シゲルが、目を開けて、俺の目に問いかける。

「やっぱ、駄目だ。・・・抱きてえけど、・・・駄目だ。」

シゲルの目に涙が溢れる。

「・・・やだ、やめないで・・どうして・・?つくしに、悪いから・・?」

俺はシゲルの浴衣を体にかけてやる。

「あいつは、関係ねえ。・・・お前を、こんないい加減なカタチで抱くのは嫌だ。いつか、もしお前を抱くような日が来たら・・そん時は、俺がマジでお前だけに惚れてるときだ。」

あたしは驚いて司の顔を見る。・・・つくしを、つくしだけをずっと好きだって言ったよね?
つくしに振られても、あたしには可能性無い、って・・。
司は背中を向けると、自分も浴衣を羽織る。
あたしは、その背中に抱きつく。

「待ってていいってこと・・?」

司は答えない。
あたしは、そっと身体を離して、浴衣を整える。丸まった、ショーツを拾う。
惨めって、こういう状態のこと、言うんだろうな。
司にキスされて、触れてもらって、・・幸せだった。
最後まで、して欲しかったな。やっぱり、あたしじゃ・・感じないのかな。

司が振り向く。あたしは惨めな顔を見られたくなくて手で顔を覆う。
司はその手をほどくと、あたしを胸の中に抱いた。

「待ってろなんて、言えるわけねえだろ・・!でもよ・・他の男にも、やりたくねえ。お前
 への気持ちと、牧野への気持ちは、全然違うんだよ。・・・勝手だけどよ・・。」

司の両腕が、狂おしくあたしを抱きしめる。

「牧野が、好きだ。それは間違いない。・・お前は・・かわいいんだ。弱っちいのに、強がってんの分かるからよ・・。自分の気持ちが分かんねえよ。類といるあいつを見たときは、
 絶対あいつを類に渡さない、何があろうとあいつと歩くのは俺だって思ったのによ・・。
 お前が一途に俺のこと思ってくれてんの感じると、やっぱお前もほっとけねえと思うし。
 こんな気持ちのまま、抱けねえよ。」

「・・あたしが好きでいるのは、勝手だよね?」

シゲルが、顔をあげて、にっこり笑う。
なんで怒らねえんだ?なんで、はっきりしろって、なじらねえんだ?
すがれよ。あたしを選んで、って。あいつの悪口言えよ。類に惹かれてるあいつを。

「司に、あたしを選んでなんて言わない。・・・婚約も解消しよ?
あたしを、友達にして?・・でも、誰にも気が付かれない様に、好きでいる。」

俺は返事に困る。
シゲルは、ごしごしと袂で涙を拭く。
そして、何か吹っ切れたように、言葉を繋ぐ。

「ねえ、司。あたしね、選べることなんて、少ないって思うんだ。男か女かも選んで生まれ
てくることもできないし、好きで金持ちのうちに生まれたわけでもないしね。
司を好きになったことも、嫌いになれないのも、全部、選べないの。
河の流れにそって、木が漂うみたいに・・なるようにしかなんないよ。こっちへ行こうと
思って行けるときばかりじゃないよ。
司が、つくしと幸せになったら、嬉しい。嘘じゃないよ、ほんとだよ。
もちろん、ちょっとくやしいけどさ、相手がつくしだから・・祝福する。もし、つくしと
駄目になって、あたしの方に流れてきても、司のことずるいなんて、思わない。誰が思っ
ても、あたしは思わない。
その時を待つわけでも、無理にあきらめも、しない。・・これがあたしの決心。」

気持ちを全部話したら、すっきりした。
司が困った顔をする。司、ありがと。・・・・抱かないでくれて。
やっぱり、これで良かったんだよね。
いつか・・ホントに・・抱いてくれる日が来るといいな。
そんな日が来なくても、かまわない。
つくしからは、強さを、司からは自信を貰ったから。
籠の中の鳥のままより、人を好きになる苦しさを知れて良かった。
ありがとう、司。

ぱたんとあたしは日記を閉じる。
このあと、河の流れは思わぬ方向にばかり流れて、現在へと続く。

「お嬢様、車の用意ができました。」
「今行くわ。」

あたしは待たないって言った。選んでと言わない、とも。
この時は本当にそう思ってた。・・・今は、違う。
あたしはこれから、NYの司に会いに行く。もう迷わない、迷わせない。
車が成田へと滑り出す。
ラジオの天気予報は、春の嵐の到来を告げていた。






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