sweet,bitter sweet
可児収×菊池理花


「ん、ぅ…」

可児くんはキスが巧い。
と言っても、あたしは他に経験がないから比べようがないんだけど…でも、巧いんだろうと思う。
何せプレイボーイだから。悔しいけど。

「可児くん、あかん。熊谷くん帰って来たら…」
「言わんかった?一哉、未央ちゃんと旅行行ってんねんで」

男のコたちが同居しているマンションのリビング。ソファの上のあたしは、その言葉に少なからず衝撃を受けた。

そっか。あの2人、もう付き合って1年以上経つし。
旅行までするような仲ってことは…未央ちゃんは熊谷くんと、ちゃんとそういうことしてんねんな。
怖くなかったかな。恥ずかしくて、死にそうにならんかったかな。
あたしは、まだ――。

「理花、こっち向いて」

言うなり、可児くんの指先があたしの顎に滑り、唇がふんわりと頬に溶けた。
それからゆっくりと耳に移動して、耳たぶを甘噛みされる。

「…ッ!」

たったそれだけで、あたしの身体はまるで電気が走ったみたいに痺れてしまう。
肩を押し留めようと伸ばした手も、すぐに繊細な指先に掬われ、絡めながら繋がれてしまった。

「顔真っ赤や」
「う…るさ…っ」

耳に唇を付けたままで喋るから、可児くんのからかう声と吐息が、いっぺんにあたしをくすぐる。

ぴちゃ。ぬかるんだ音と共に、耳の内側に滑り込む熱く濡れた柔らかさ。

「やっ!」

反対の耳たぶは指先で解すように優しく揉まれ、その異質なぬくもりに、また不思議な身震いが起こった。

「理花、腰震えてんで。耳だけやのに、そんな感じるん?」
「そ…なん、ちゃう…っ」

必死で否定するけれど、完全に逆効果。
可児くんはくすくす笑いながら、触れる範囲を頬や髪や首筋に広げ、くすぐったくて優しい絶妙な力加減であたしを解して行く。

やがて唇が、耳から肩口に滑り落ちた。
舌が動く度に、ちゅくちゅくとかき混ぜられるような音が可児くんの口内から聞こえて来る。

「や…!ほんまにやめて、あたし、もう帰らな…」

2人で映画を見て、食事して。
まだそんなに遅くなかったから、来てみる?っていう可児くんの問いに従い、熊谷くんが帰るまでと決めてマンションにお邪魔した。
今日は可児くん1人っきりだなんて知らなかったから、なかなか区切りがつけられず、気づけば終電の一歩手前の時間。
家は門限とか、別にうるさくない。けど、さすがに遅くなり過ぎた。
早く帰らなければと、あたしは戯れの腕から脱げ出そうとする。
なのに、ビクともしない。それどころか、逆に強くソファに押しつけられて、引き戻されてしまった。

「ちょ、何なん!?」
「ここまで来たら、もう分かるやろ?」
「な…」

ぎゅうっ、と、音がするほど強く抱きしめられて、可児くんの匂いをいっぱいに吸い込んだ。

あたしの好きなもの。
強い腕。包み込む掌。頬が肩に当たって、押し潰される感じ。長めの襟足。石鹸の匂い。そして、

「理花…」

耳元で名前を呼ぶ、甘く掠れた声。
全身が痺れ、力が抜け落ちてしまった瞬間。

「帰さへん」

決定的なひと言に、あたしは完全に撃ち抜かれ、身体ごと心を奪われた。

初めて足を踏み入れた部屋は、帰宅直後にエアコンをつけていたらしく、もわっとした空気に満ちていた。
ドアを閉めるなり、可児くんは着ていたシャツのボタンを外す。
視界が今までの青から、一気にカットソーの黒に切り替わった。

「!?」
「落ち着けって。暑いし、上脱いだだけや」

そう言われても、1枚減った分素肌に近づいたんだと思うと、やっぱり緊張してしまう。

「お前も暑いんちゃう?カーディガン脱いだら?」
「全然大丈夫、ちょうどええ!」

ハンガーを渡されそうになって、すかさず断った。
その異様な早口に、自分でも落ち着きのなさを感じる。
何かあたし、慌て過ぎててみっともない。恥ずかしい…。

「ま、楽にしいや。心配せんでも、俺は見境なくがっついたりせえへんから」

パニック直前の頭で、勧められるままにデスクの椅子に浅く腰かけた。

ベッドに身体を投げ出して横向きになり、片手で頬杖をついた状態の可児くんは、確かにさっきの強引さが嘘みたいに涼しげな顔。
まだじんじんと痺れたみたいに熱い耳が、夢だったんじゃないかと疑いたくなるくらいの変化。
やがてあたしは、両極端を漂い始める。
可児くんの言葉に安心しながら、妙な余裕に不安を煽られて。

焦ってないのは、女慣れしてるから?
それとも、端からあたしに期待してないから?
あの時の彼女――亜希子さん、だっけ――みたいに、魅力的な大人の女性が他にいるから?

可児くんは多分いつも、あたしほどドキドキしたりしてない。
だから、緊張して固まるあたしを観察して試して、面白がって嗤ってるに違いない。
これが亜希子さんだったら、可児くんが手を伸ばしただけで全てを悟って、すんなりキスして抱き合うんだろうけど。

あたしには分からない。どうやって受け止めたらいいのか。
何が興醒めさせない、正しい態度なのか。
感じ方も甘い吐息も、キスの仕方だって何も、何も知らない。
胸だってないしスタイルも良くないし、男の人が魅力を感じる身体だなんて思えない。
だから、楽しませてなんかあげられない。可児くんは、きっとがっかりする。

両足の先に力を込め、あたしは立ち上がった。

「やっぱり帰るわ」
「え?」

色んな感情が溢れ、ぐちゃぐちゃになってる顔を見られたくなくて、飛びつくようにドアノブに手をかける。
けれど、可児くんも負けてなかった。開く直前に、素早く阻止されて。

「そんなに嫌なんか」

背中から手を重ね、問いかけて来た声は、不思議に切なさを纏っているような気がした。
答えられずにいると、髪に唇が触れる気配。その仕種に、偽ることのない労りを感じる。
あたしなんか妥協の相手に過ぎないのに、何で優しくするんだろう。

期待させられる感覚と悔しさが入り交じり、零れた涙は凄く苦かった。

「理花?何で泣いて、」
「あたし、亜希子さんやない。あんな風になんて出来ん!」
「はぁ?」

それ以上触れられないように頭を振って、ノブから手を離して解いても、止まらないままの涙は頬を伝い落ちる。

「ちょい待て、よう分からん。俺はもう亜希子とは会うてへんで、何で急に…」

そこまで言って、可児くんはふと気がついた風に言葉を切る。

「まさかまだ、あの時見たこと気にしてんのか?」

言われてみて、自分でもやっと分かった。何で亜希子さん相手だと、こんなに生々しい嫉妬が走るのか。
見ちゃってたからだ。あの時、電車の中で寄り添って、いちゃつく二人を。

ドスケベ行動は最低だと思ったけど、同時に心の何処かで納得したと言うか、魅了されてしまっていたりもして。
綺麗な顔立ちと仕種の可児くんからは、じっとりとした嫌らしさは感じられなかった。
長い黒髪が美しい亜希子さんとのキスは、映画のワンシーンみたいな像を創り上げていて。
明らかに見劣りする経験不足のあたしが、亜希子さんに取って替わって可児くんに抱きしめられる現実を、信じられないのも無理はない。

「こっち向け」

突然、堅い声で命じられた。従えないあたしは、何も出来ずに固まる。
と、すぐに肩を掴まれ、易々と身体を反転させられてしまった。

「俺はこの1年、お前以外の女を恋愛対象として見たことも、考えたこともないっちゅーねん」

ドアにあたしを押しつけ、肩で抑え込む。

「どんだけ長い禁欲生活や思てんねん。今、ここにいんのが真実の俺やのに、それ否定されたら報われん。もう生きて行かれへんやろ」

そう一気に吐き出した後で、だからマジになんのは嫌やったんや。と、可児くんは小さく呟いた。
自嘲気味な笑顔。それに射抜かれるような痛みを感じて、胸が苦しくなった。

抑えてあげたい。守ってあげたい…。
葛藤し、逡巡したことも忘れて手を伸ばすと、おそるおそる可児くんの頬に手を添わせた。

「キスしよ、理花」

改めて言葉にされて恥ずかしくなりながらも、まるで意地を張ったような声音に、あたしは額を合わせて待つ。

「…つか、して?」
「えっ!?」

突然試すように唇を指差されて、窮地に追い込まれた。

「早く。そしたらきっと、元気出るし」

肩を竦め、自分の背中にあたしの腕が回るよう導き、可児くんは隙間なく身体を押しつけて来る。
ドアとの間に挟まれ、苦しいくらいの密着感。
ここから逃れるためには、希望通りにするしかない。
あたしはぎゅっと目を閉じ、軽くさりげない口づけを落とした。

「え、まさかそんなんで終わり?意外と根性ないねんな」
「な、何やその言い方っ」

必死の勇気を、軽く一蹴された気がして言い返す。
――その瞬間に、罠に取り込まれてしまったことに気づいたのは、ずっと後のことだ。

「悔しかったら、俺を黙らすようなんしてみぃ。けど、お前にゃどうせ無理やろな?」

意地になったら引っ込みがつかない性格というのは、時にとんでもないことをさせる。
要求と予想以上のことをして、驚かせてやりたい。その一心で、あたしは頭に昇りかける血を鎮めつつ、再び唇を重ねた。

どの程度まで触れさせていいのか分からないけれど、いつも可児くんがしてくれる感覚を思い出しながら、ゆっくりと動かしてみる。
探るように何度も触れ合わせると、吸いつくような感覚がたまらない。
怒りが吹き飛ぶ。酔ってしまいそう。

「っ、…」

可児くんから、熱く洩れた吐息。歓んでくれてる?
背中に鳥肌が立って、嬉しさが溢れ出す。
柔らかを追いかけるように角度を変えると、重なりがもっと深くなった。

時々可児くんの唇が薄く開いて、次に求められている行動を知る。
それに従って、触れ合っている境目のあたりを舌でなぞってみると、からかうように先端を突かれ、先を促された。
更に奥に進んでみると、待ち構えてたみたいに可児くんの舌が絡んで来て、くちゅっ、という水音が立った。

「ふ、ぁっ…」

いつの間にか主導権を奪われ、頭の中も口内もかき乱される。

「よう出来マシタ」

唇の隙間の囁き。
少し呼吸の乱れた掠れ声は、あたしの腰から一気に力を奪った。

一見細そうな腕に力が篭り、軽々と導かれた先は、ベッドだった。
いつの間にか薄暗い室内、肩越しに見える天井。
横たわるあたしを跨いで可児くんが体重をかけると、一瞬ギシッと音を立ててマットが沈んだ。

「……。」

初めて見る、可児くんがいつも使ってる布団。
何を言っていいか分からずに視線を反らし、熱くてたまらない頬を枕に寄せる。
まだまだ知らないことはたくさんあるって思い知らされて、軽く負けたような気分になっていたら、顎を掬ってキスされた。
まるで食べるみたいに深く噛み合い、舌を吸われる。苦しい。

「ん、ふぅ…っ」

待って。待って可児くん、溺れちゃう。
あたしは必死で服を引っ張って訴えるけれど、攻撃が止むことはなかった。
それどころか、もっと煽るみたいに音を立てて絡む舌に、背中の奥の方がくすぐったく痺れる。
慣れないその感覚を、目をきつく閉じて耐えた。

「感じやすいな、お前」
「知らん…」
「腰、たまらんやろ?」

そう言って、可児くんはあたしの胸と、脇腹から太腿のあたりをスッと撫でた。
その手はお尻の方に流れ、一瞬スカートの中に入り込むと、膝の裏を解すように指で揉む。

「ちょ、いきなり何!」
「すべすべや」

指は信じられないくらいに熱かった。
押し留めようと手首に触れると、そこも物凄く熱い。
男の人の体温の違いを改めて感じさせられて、あたしはこれからしようとしていることの重大さをもう一度認識する。

「可児く、……ッ!」

膝上で留めていたソックスを脱がされた。
膝に軽く歯を立てられて、ものの見事に力が抜けてしまう。

そのまま片方の太腿を持ち上げられて、衝撃を受けた。
まるで赤ちゃんになったみたいに軽々と、ショーツを露わにされてしまったから。

「やっ、嫌ッ!」

可児くんの手が、太腿の内側で円を描くように滑る。
足を開かされているから、さっきよりうんと距離が近い。
真上からのし掛かられ、首筋を唇で噛まれた。

「あっ!」

皮膚が引き寄せられる、チリッとした鈍い痛み。吸われている感覚があちこちに起こり、どんどん下がって行く。

「理花、手」

何故か拒否出来ず、言われるままに肘を曲げてカーディガンを脱がされた。
残ったキャミの裾がたくし上げられる。
お腹を撫でられて軽くくすぐられても、緊張したあたしは笑うことが出来なかった。
ふと両手を引き寄せられ、カットソーの肩のあたりを強く掴まされる。

「しっかり持ってて」

えっ、えっ?と戸惑っているうちに、可児くんは頭と腕を上手に引き抜いて、忽ち服をただの布に変えてしまった。
突然の裸に呆然とするあたしに、くすっと笑いを洩らす。

「脱がされてしもた」

そっちがさせたのに!そう言い返すのを阻止するかのように、真上から強く抱きしめられた。

やっぱり、火傷しそうに熱い肌。
奪われそうな呼吸を確保する術を探っていたら、奇跡のように刻む可児くんの心音を感じ取った。
ゆっくりかと思いきや、その鼓動は随分速い。
まさか、緊張してる…?
思わず顔を見ると、ちゅっと音を立ててキスが落ちて来た。

「実は結構、あかんねん。ヤバいな、こんな緊張すんの初めてや…」

薄闇の中に浮かぶ顔が、少し引きつっていた。
慣れてるんやないん?そう思いつつ、ドキドキさせられている不思議を楽しむ。
頬に唇を寄せるのを繰り返すと、可児くんはくすぐったそうに微笑みながら目を閉じる。

どうしよう。凄く…愛しいかも。

溢れる愛情は、あたしを少し大胆にさせた。
はだけられたキャミに頭を潜らせ、脱ぎ捨てる。
残ったのはブラのみ。肩もお腹も腕も全て、皮膚のまま曝け出した。

「大胆」

唇を鳴らしながらも、可児くんは何故か恥ずかしそうな表情。

「可愛いな、お前」

早口で言って、まるで隠れるように肩に顔が埋まった。
緊張や恐怖とは別に、何だか優しくなれる感じ。
あたしは後ろ髪を梳いて、彼を受け止める。

「ん…!」

油断していたら、あっという間にブラを外されてしまった。
恥ずかしがる暇もなく掌で胸を包まれ、形をなぞるように柔らかく揉まれる。
今更ながら、ボリュームのなさが情けなくて悔しい。もっと牛乳飲めば良かった。努力すれば良かった。

“結構あるんやで。触ると分かるんや”。

そんな風に亜希子さんの胸を評していた可児くんを、こうなってもまだ思い出してしまう。あたしも大概しつこい。
勝手に傷ついて、終わってなんかないとわざわざ嵐を呼び起こす愚かさなど、嫌悪し尽くしているのに。

「何、考えてる?」

可児くんの息が胸にかかる。慌てて目を開くと、乳首を口に含まれた。
蛇のように、艶めかしく舌が這う。
濡れたぬくもりに腰が震えて、開いた口から自然と吐息が漏れてしまった。

くすぐったさに身体を退きかけると、まるで味わうように、千切れんばかりに先端を転がされる。
軽く歯を立てられ、痛みに顔をしかめると、首筋をちろりと舐められた。

「ふぁ、やんっ」

止め処なく走る愉悦。
ゾクゾクと駆け上がって来る何かが、くすぐったさを越えて行く気配。

と、腰のあたりにぬくもりを感じると思ったら、可児くんの掌がサワサワと動き回っていた。

「な、…!」

下着を掻い潜り、直接お尻の膨らみをつつかれる。
次第に揉むような動きになるそれに、あたしはどう反応したらいいのか、一瞬頭で考えそうになって。

「こっちがえぇか?」

素早く正面に回り込んで来た指先が、ひっそりと熱を放っていたところを、スッとなぞった。

「や、嫌やっ!」

撫でられただけなのに、身体の奥に震えが走り、何かが溢れ出したのが分かった。
世間的に、その状態を「濡れている」と表現されるのを、知らない訳じゃない。
今まで確かめたことなんかないけれど、何となく潤っているような感覚が増して行くのを、自分でも感じていた。

「まだ何にもしてへんけど」

苦笑する声が聞こえたと思ったら、突然下半身にひんやりとした空気を感じる。

「…え、」
「苺みたいや」

一も二もなく、あっという間に。
可児くんによって、下着を剥ぎ取られてしまったのだった。

「顔もココも、こんな色づいてんで…」
「み、見ないで!」

慌ててスカートを引っ張って隠そうとするけれど、可児くんの目の高さほどまで高く掲げられてしまった腰では、何の意味もないことだった。
「観念せぇ」

短く言い渡されたと同時に、頭が太腿に入り込んで来た。
そのままあたしの中心を割り、柔らかくてあたたかい感触。

「あっ!」

目を上げてみて、衝撃を受けた。可児くんが、あたしのそこに舌を這わせていたから。

「可…児、く…」
「ん」

チロチロと巧みに舐め回しながら、問いかける視線。
その危ういセクシーさに羞恥心を高められ、心臓が一際高く、強く鳴り響いた。

「あ、あかん、て…そんなトコ…!」

言葉とは裏腹に、くすぐったいほどの心地好さで腰が反ってしまう。
背中をシーツに擦りつけると、可児くんは更に深く舌を押しつけ、唇で吸いついて来た。

「あ…や、ぁんっ…」

何これ。一体どうして、こんな声が出るの?

首を振る度に、短めに揃えているあたしの髪は枕に埋もれ、頬にかかって視界を遮る。
腰の奥で、ムズムズとした燻りに火がつくような感覚があった。

「はぁ、あ、――あぁぁん!!」

訳も分からないまま、夢中で快楽を追いかけていたら、突然訪れた開放感。
一条の希望みたいなその光の中で、最大級に弾ける快感に、あたしは声を上げて全身を痙攣させた。






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