可児収×菊池理花
1月末。まだまだ寒い、東京の空の下。 土曜日にも関わらず、登校日だという理花と、理花の学校の近くの喫茶店で待ち合わせをしていた。 外とは違い、温かい店内。休日とあって、カップルや女の子のグループで一杯だ。 そんな中、なんとなく店の外をぼーっとながめていたら、昔のことが思い出された。 俺の最初の彼女、萩原未央。 女優である彼女は、今は親友の恋人でもある。 ほんの数か月だった、俺と未央ちゃんとの付き合い。 俺の初めての本気の恋だった。 あんなに誰かを好きになったことも、独り占めしたいと思ったこともない。 自分が嫉妬深くて、独占欲が強いのだと気がついたのも、未央ちゃんとつきあってからだった。 しかし、初恋は実らない、その言葉通り、未央ちゃんは一哉を選び、俺は未央ちゃんを手離した。 そのことに後悔は全くない。あの2人は一緒にいるべきなのだ。 2人の幸せを願っている今の気持ちに、嘘はない。 ただ、時々思ってしまう。 もし、今も未央ちゃんと付き合っていたら、どうなったのだろうかと。 そんなこと100%無いと分かっているのに、手に入らなかった未来を想像してしまう、人間ってやつはそんなものかも知れない。 「可児くん、おまたせ。待った?」 急に声をかけられ、俺の思考は現実世界に引き戻された。 目の前には、制服姿の理花がいた。 「・・・・いや、ちょっと考え事してた」 「そう、何を考えていたん?」 笑顔で理花に聞かれて、答えに詰まった。 「・・・・・・・・・・別に大したことやあらへん」 俺の普段と違う様子に理花が気づき、不安そうな顔をする。 ああ、そんな顔をさせたい訳じゃないのに! 「ほんま、なんでもないから。もう行く?」 「ううん。私も何か飲むわ。外寒くって体冷えたし」 理花はそういって、ラテを注文した。 理花の手をそっとつかむ。まるで氷のように冷たかった。 「手、貸してみ。俺が温めてやるわ」 そう言うと、理花は顔を一瞬赤くして、もう一方の手を俺の方に差し出した。 俺の手の中で、少しずつ温かくなっていく理花の両手。 お互いの肌の感触を感じ合うことで、心まで繋がるような気がした。 少しずつぬくもりを取り戻す、理花の手。 俺より一回り小さい理花の手を見て、守っていきたい、心からそう思った。 理花と一緒にいると、昔、未央ちゃんに感じた、激しい気持ちとは全く別の、暖かで穏やかな気持ちになる。 そう、まるで陽だまりの中にいるようなそんな気持ち。 そんな気持ちにさせてくれる理花を大事にしたい、そう強く感じた。 まだ不安そうな顔をしている理花に俺は言った。 「俺にはお前しかおらへんから、心配することなんか何にもないんやで?」 そう言って、俺は理花の手の甲にキスをした。 「可児くん!皆見てるやん!」 そう理花に怒られたけど、そんなこと俺は気にしない。 「怒った顔も可愛いわ」 真っ赤になる理花を見て、愛しさを感じるのを止められなかった。 外は寒かったので、俺の部屋で過ごそうということになって、マンションに向かった。 今、一哉はハリウッドで、大嫌いな映画に出演している為、マンションは俺1人が住んでいた。 一哉がいないので、最初に誘った時は警戒していた理花も、俺が何もしないのを知って、マンションに来ることに抵抗がなくなったようだ。 理花を俺の部屋に通し、俺はココアを2人分入れて、マグカップを1つ、理花に渡した。 「さっきは何を考えていたん?」理花がココアに飲みながら聞いてきた。 どうしてもそれが引っ掛かってならないらしい。 「何でもないっちゅーに!お前、気にし過ぎやで」 そう俺が苦笑いしても、理花の真剣な眼差しは変わらない。 仕方なく俺は、理花に語りかけた。 「なあ、もしあの時こうしていればどうなったやろうって、思うことないか、お前は」 「例えば?」 「もし東京に来なかったら、とか、もしプライベート藍に参加しなかったら、とかや」 ああ、理花はそう言って、初めて俺が問おうとしていることを理解できたようだ。 「もし違うことを選択していたら、私は今、こうやって可児くんと一緒にはおらんかったやろうね」 そう笑いながら言った。 「私は過去を振り返るよりも、今を生きるほうが大事やと思っている。・・・・可児くんは違うん?」 そう問われて、一瞬返事に困ったけど、確かに理花の言うとおり、今を生きるほうがよっぽど大事だ。 理花はいつもそうだ。何気ない会話で、俺の心の中を汲み取り、正しい方向に導いてくれる。 しかもそれを本人が意図的にやっているのではないから、余計に俺は感心してしまう。 恋愛関係にはからっきし幼い反応を見せる理花だが、それ以外のことについては、俺より大人だなといつも思う。 「過去は変えられへんし、後悔するくらいやったら、今を精一杯生きることが大切やと、私は思うよ」 理花は俺の目をまっすぐ見て、透き通る瞳でそう言った。 「うん。そうやな」 そうやって、お前はこれからも、俺を正しい方に導いてくれるのだろう。 俺は、理花と一緒にいられる現在に、心から感謝した。 「せやったら、後悔せんように、今を生きなあかんな」 そう言って、俺は理花の肩を引き寄せ、キスをした。 「ちょっ!今を生きるってそういうことやないんやけど!」 理花から反論の声が上がったけれど、そんなことは無視。 「お前が言ったんやろ。責任持てや」 そういって、俺は理花を抱きしめた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |