あなただけ
可児収×菊池理花


「離して・・・、触らんといて!」

また両腕で包まれて、ゆっくりとベッドへ押しつけられた。
ふわっとしたスプリングと、可児くんの手。それだけに一瞬だけ心を奪われる。

「・・怒るで。可児くん。」

やっぱり悔しくて、悲しくて、覆うように被さってる可児くんに言った。
彼は答えず、そしてまた笑う。でもそれは、無邪気な笑顔とは程遠い笑み。

「最初っから、怒ってるやないか・・・。」

そう呟いたかと思うと、ぐぐっとあたしの肩を押さえつけて、くちびるを寄せてくる。
咄嗟に避けて、可児くんはあたしの頬にキスした。
でも、そこを何度もキスされた。頬全体に何度もくちびるを寄せる。

「いややっ! 可児くんっ! 嫌!」

言っても聞きもしない。更に耳元までキスされた。
両足で可児くんの体を蹴る。でも、思いっきり蹴れない。ただ、その場で歩いてるみたいに、足を上げるだけ。

「お前を抱きたいんや。」

ぞくっと寒気に近い響き。耳の直ぐ側で言われた。
動きが固まる。体が固まる。ただ、視界に入ってる可児くんの頭を見つめる。

「お前がそう言うまで止めへん。」

じわっと胸の中で広がった感覚は一体何?
可児くんの言葉と同じに出たあたしの吐息は何?

「い・・やや。嫌っ。言わへんから・・・。絶対言わへん!」

そう言った直後、全身が伸びた。痺れたように震える。
ぬるりと可児くんの舌が耳を舐め上げる。中へ奥へと入ってこようとする。

くすぐったいだけ、それだけ。
体を固めて刺激から逃れる。目をうんとつぶって、食いしばる。

気づいた時には、あたしのシャツの前がはだけてた。
だって、可児くんの右手がその中で動いてる。耳に触れてる舌も、まだ執拗に動いてる。

「あっ」

きゅっと先端を擦られた。
ゆっくりとそれを繰り返しながら、可児くんの舌が頬を通ってあたしのくちびるに触れる。

きつく閉じてたそれを柔らかく包む。なのに、可児くんの手の動きは激しさを増す。
痺れてしまいそうな思考の端で、フロントホックだった。て、事を思い出す。
何とかコレ以上肌の露出を防ごうと両手を動かしたら、可児くんに掴まれた。

悔しくて、声を出したくない。溶けちゃいそうで、声が出ない。
ゆっくり触れてたくちびるが離れた。何とか目で怒りを表そうと、可児くんを睨む。
可児くんは、少しだけ目を細めてあたしを見る。優しい眼差しとも言える。嬉しそうに笑っても見える。

力や手だけで無く、目線にまで捕らわれた気分。
強く閉じて、視線から逃げた。

「理花、濡れてる?」

唐突に聞いてきた。全身が熱くなって、固まる。
心臓がいきなり何倍にも膨れたかと思った。

大きい掌が無造作に太ももを撫ぜた。今度は大きく震えてしまった。
そして、また無造作にショーツに手をかけられる。

「いややっ!」

やっと言えた言葉がこれ。でも、情けない事に声に力が無い。体の力も入らない。
するっと脱がされた。間を置かず、閉じた足の間に可児くんの指が滑り込む。

「いややっ・・。」

指先が触れた瞬間。その感覚より、事実の方に声を上げてしまった。

「濡れてる・・・。」

と、ぼんやり呟く可児くん。
頭の中が真っ白になるくらい恥かしい。体を捩るけど、駄目。可児くんからは逃げれない。
可児くんの指が敏感な部分に触れた。

「ぁあ・・。」

大きい声を上げてしまった。慌てて口を閉じる。目もきつく閉じる。
可児くんは両足をあたしの足の間に入れて、左手であたしの両手を掴み、胸の位置に押しつける。
たった、これだけなのに、動けない。

どんどん可児くんの動きが大胆になる。指も増やされて、もう、自分でもどうなってるか分からない。
きゅっと胸に熱い感触。それはゆっくりと動いて、包まれる。

「あ・・やぁ・・ん・・・・・」

自分の声を遠くで聞いた。頼り無い声。
掴まれた手が離れてるのに気がついたけど、それをどうしたら良いか分からない。
頭の中では、駄目と嫌だけの言葉が渦巻いてる。でも、体が動かない。

軽い圧迫感を感じて、仰け反る。かき回されて、くちびるを噛んだ。

「可愛いで・・・。」

可児くんが囁いたその言葉で全身の力が抜ける。
大きく喘いでしまう。彼の指の動きに反応してしまう。
切なくて、どうしようも無い感覚が、その動きからどんどん生まれる。

見上げた可児くんの瞳は、優しく微笑んで見えた。
優しい眼差しは、何より強くあたしを捕える。いつもとは正反対の口調。正反対の言葉。
それはあたしの胸の奥に刻まれる。

可児くんの顔が消えて、大きい掌があたしの足に添えられた。
敏感な部分を広げられる。腰を引いて逃げる。けど、可児くんの左手が素早く腰を掴んだ。

広げられてる感覚は、落ちていくような羞恥。身を捩る事さえ出来ない。
唯一の抵抗で声を上げる。 「嫌」 と。でもそれは可児くんの行動を起こすきっかけにしかならなかった。
 触れる音、舐め上げられる音は大きく響いた。
身体を震わせて耐える。熱くて柔らかくて硬い可児くんの舌に合わせて震える。

ずずと吸い上げられると同時に、声を上げた。身体を緊張させた。手を握り締めた。
次々と来るその衝撃に、大きく仰け反った。

「・・理花の味・・・。」
「理花の匂い・・・。」

そう呟いたのは、可児くん・・・。・・・・良く、聞こえない・・・・・。
含みのある言葉は、あたしの身体を流れて小さく響く。

「・・・俺には・・・」

独り言のような可児くんの小さな呟き。

「・・・お前だけや。」

あたしは声を上げて、彼にキスをねだる。
波打つように揺れるベッドの感触と、可児くんの吐息。かなりの努力で目を開く。
焦点がやっと合った時、可児くんの顔を見た。切なそうに眉を寄せて、くちびるに寄せる。
けど、触れない。あと少しで止める。

「あ、やっ・・や・・・。」

顔を上げて追っても、顔を引いて可児くんが逃げる。
焦がれていく身体と心。虚しい思いが湧き上がるのに、切なさで包まれる。

可児くんの吐息をくちびるに感じる。
追って、力尽きて頭を沈めて、また追う。でも逃げられる。

「お前は?」

聞いてきた問いを考える間も無く、あたしは答えた。 「可児くんだけ」 と。
目を細める可児くんに、また懇願する。くちびるを必死で寄せる。

可児くんはにっこりと笑って、ゆっくりと触れさせてくれた。

「んん・・・ん・・・」

洩れる自分の音。喉の奥で鳴る甘い響き。濡れるあたしの音。溢れて絡まる音は切ない響き。
従順である証。彼を求めてる証。彼を受け入れたい証。

その音を聞きながら、あたしは可児くんを呼ぶ。
身体全体を使って可児くんを呼んだ。

嫉妬も悲しみも後悔も、可児くんの前では意味を無くす。
彼の手と指。くちびると身体。彼の心と言葉だけが、あたしの全て。
乱れた音だけが、ここに在る全て。






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