高野誠一×雨宮蛍
![]() 「はぁ?」 部長のあんまりな言葉に、思わず声に出してしまう。 漸く気持ちが伝わりあって、また二人でこの縁側に座っているのに。 これからもずっと、私は部長と一緒の時間を過ごしていくつもりでいるのに。 私が同じような反応を返すのが面白いのか、部長はどんどん酷い言葉を口にする。 その度に何度も同じ反応を返してしまう私。 そんなやり取りすら楽しいと思えてしまうから、少し悔しい。 けれど。 「私が新しい恋を見つけたら、今度は君が応援する番だ」 流石にその言葉には、私もかちんときた。 何も反応しない私を不思議に思ったのか、庭を見ていた部長は私の方へと視線を向ける。 「――雨宮?」 部長は戸惑ったような表情で、私の名前を口にする。 そんな部長に私は何も言わず、ただじっと見つめ続けた。 「……どうした?」 浮かべる表情と同じように、困惑したような声で部長は尋ねてくる。 「さっきの、本気で言ってるんですか?」 私のその言葉に、部長はしまった、といった気まずげな表情になった。 「……冗談だ、私が悪かった」 本当に反省したような表情で口にした部長に、もう許してしまいそうになるけど。 それでも。 「本当に冗談ですか? ……信じられません」 私は憮然とした表情を崩さないようにしたまま、そう続けた。 そんな私に、部長はますます困ったように頭を掻く。 「だったら、どうしたら信じて貰える?」 本当は、部長の事信じてるけど、でも。 「キス、して下さい」 私の言葉に、部長は驚いたように片眉を上げる。 でもそれも一瞬の事で、さっきの言葉を言ったっきり黙っていた私の顔を、 意を決したように見つめると、部長は私へと顔を近づけた。 重なり合う唇。 そのまま何度も口付けを交わす。 不意に感じた息苦しさに空気を求めるように小さく開けた唇から、 まるで押し入るかのように部長の舌が入ってくる。 部長の舌は私の歯を舐め、やがて触れ合った舌に絡みつく。 くちゅくちゅと粘り気のある水音が静かな縁側に響く。 「ぷはぁっ」 今度こそ息苦しくなって、唇を離す。 離れた二人の唇に、銀色の橋が掛かる。 ぷつり、と互いを繋いだ唾液の線が切れるのを待って、 私は部長の瞳を見つめて、口を開く。 「部長……好きです」 私の本心からの言葉に、部長は少し気恥ずかしげに笑みを浮かべた。 「私もだ、雨宮」 今度は意地悪な事を言わずに、そう言ってくれる部長に思わず口元が緩みそうになる。 「部長……」 そんな自分の顔を見られないように、今度は私から口付けた。 「――雨宮、おい、雨宮!」 「……う、うん、はぇ?」 ゆさゆさと肩を揺すられる心地よい振動に瞼を開くと、そこには部長の顔。 私の顔を上から覗き込むように――覗き込むように? あまり上手く働かない頭で、自分の姿を確認すれば、 そこには新聞紙を身体にかけて縁側で横たわっている自分。 ……もしかしなくても寝てた? さっきのは、夢? 「こんな所で寝るな、いくら夏だと言っても風邪を引く」 「……はぁ」 やはり寝ていたらしい。 それにしても、部長の口から出た『風邪を引く』 そんな些細な言葉が妙に嬉しくて仕方が無い。 部長に心配されるのが、気にして貰えるのがすごく嬉しかった。 「それと、だ」 まだ何かあるのだろうか、 私はついつい緩んでしまいそうになる顔に気をつけながら、部長の顔を見る。 「涎垂らして人の名前を何度も呼ぶな、気色悪い」 その言葉に、自分の口元へと手を伸ばす。 指に感じるのは、確かに自分の涎。 不意にその感触に、先程の夢を思い出す。 重なり合った唇。 絡み合う舌。 お互いの唇を繋ぐ唾液。 そこまで鮮明に思い出して、かあっと頬が熱くなる。 きっと私の顔は真っ赤に違いない、そんな私を部長は訝しげな瞳で見つめる。 そんな部長から顔を逸らして。 さっきまでの事が夢で残念とか、 自分がこんなに恥ずかしい気持ちなのに、部長が澄ました顔でいるのが悔しいとか。 色々な気持ちで頭の中がぐちゃぐちゃになって。 「……部長の馬鹿」 夏の夜の縁側で小さく呟いた私の声は、部長に届く事無く消えていった―― ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |