高野誠一×雨宮蛍
久しぶりに、雨宮蛍と食卓を挟んで座っている。 テーブルには二人分の朝食。 説明するまでもないが、私が調理した。 雨宮は、「久しぶりに朝食らしい朝食を食べました〜」などと うれしそうに言っているが、朝食が二人分テーブルに並んでいる意味など 考えてもいなさそうだ。 いつか、こういう日が来ることを想定して、私が常々多めに食材を 購入しておいたおかげだ。 言っておくが、決してこの日が来ることを願っていたわけではない。 ただ単に、何事も万全の準備で臨みたい私の性分からの行動である。 幸せそうに朝食をパクつく雨宮を見て、こちらも少し幸せな気分に なってしまったが、そのことは雨宮には言わないでおこう。 この女を調子付かせてはいけない。 そうそう、もうひとつクギをさしておかねば。 「今日はたまたま食材があったから作ってやったが、 明日からは今までどおり、自分の食事は自分で用意するように。」 「えー、部長の可愛い蛍ちゃんのために作ってくださいよー」 「私の可愛い蛍ちゃんは、人生の階段を2つも上って随分成長したそうだから、 私の朝食の用意までしてくれることはあっても、人に朝食を頼むようなことは しないはずだ。」 「ちぇっ」 思ったとおりのリアクションが返ってきてうれしかったことも 内緒にしておこう。 「ところで部長、えっちはお好きですか?」 突拍子のない話題の変化に、危うく飲んでいた味噌汁を吹いてしまうところだった。 「何だ!いきなり」 「昨夜、私、なんかすごく部長がかっこよく思えて、すごく好きだなーって思えて なんか、幸せだなー…どうしてかなぁって」 「私がカッコイイのも、君が私を好きなのも、君が幸せなのも全部事実だろう。 何の不思議もないと思うが?」 「部長とずーっと縁側でお話をするだけで幸せだなと思えていたのに、 実はその幸せはまだまだ上げ底で、さらにその下に深ーい幸せが あったんだなーって思っちゃいました。」 「幸せなのに、どん底みたいな例え話だな。」 「もー、ちょっと上手く表現できなかっただけですってば! つまり、えっちってなんかすごい力を持ってるんだなーって思ったんですっ!」 いつもの雨宮なら、ここで「ビバ!えっち!」とでも言いそうなものだが、 さすがに、少々恥じらいの気持ちがあるらしい。 「この際だから真面目に話すが、セックスと言うものを身体だけの結びつきだと 思ってはいけない。 さらに、自分の気持ちや欲望を相手にぶつけるだけであってはならない。 相手のことが好きだから抱きたい、抱かれたいと思うのは 当然のことだが、相手の気持ちがこちらを向いていなければ意味がない。 心を開きあい、通わせあってこそ幸せを感じられるものだと思っている。 って、おい、何だよその顔は。」 雨宮は怪訝そうな、不満そうな顔で私を睨んでいる。 「さっきのは?」 「は?」 「さっきのは、ぶちょおが一方的に欲望をぶつけてきただけだったと思うんですけど…」 うっ。 痛いところを付いてきたな。 確かに、いささかそういう流れであったことは否定しないが…。 「だが、君は私のチューを拒絶しなかったじゃないか。」 「拒絶する暇もなかったじゃないですか!」 「ちゃんと君の身体が受け入れ可能であることを確認して入れただろう!」 「あんなふうに触られてたら、女性の身体はそうなっちゃうんです!」 私としたことが、雨宮のペースに乗せられてはいけない。 冷静な大人の対応をしなくては。 「たしかにちょっと強引だったかもしれないが、君に対する気持ちが あったからこその行為なんだから、そんなに怒ることないだろう。」 「一つ 一方的なえっちはしない」 ちょっとふくれっつらで雨宮はそう言い残して洗面所へと向かった。 しかしすぐさま驚嘆の叫び声と共に戻ってきた。 「どーしてくれるんですか!これっ!」 首、とういうかほとんど鎖骨に近い部分を指差しながら私に突っかかってくる。 その指し示す先を見ると…キスマーク… 今朝はやはり本能の赴くままに行動してしまったらしい。 雨宮の身体のいたるところに口付けをした記憶が甦ってきた。 「いや、しかしTシャツからは見えるか見えないかの位置だし…」 「この時期、会社に来て行く服は襟ぐりが広く開いてるんですから! 丸見えですよ〜!」 「付いてしまったものはしょうがないだろう」 「くっそー、お返しにぶちょおにも付けてやる!」 そう言う雨宮の両頬に脊髄反射的に私の両手が伸びてつねり上げた。 「やめろぉ〜、このやろー!」 つねられながらも抵抗する雨宮がまた可愛いと思うのだが、これも私の胸に しまっておこう。 申し訳ないので二人暮らし条約にもう一つ追加してやろう。 「一つ、目に見えるところに情事の跡を残さない」 目に見えないところはいいよな? 雨宮、あとでTシャツを脱ぐときに気づいてまた怒るかなあ? SS一覧に戻る メインページに戻る |