1のラスト、部長の心象で(非エロ)
高野誠一×雨宮蛍


玄関を開けると、女性の靴があった。深雪はぜったいにこういう脱ぎ方はしないな、
こんな靴の脱ぎ方をするのは、そう、そうだけど、本当に?

「おかえりなさい」

、・・・居た!ジャージもちょんまげも笑顔も去年と少しも変らない。

「この家は区画整理でなくなる」

こんな嘘を鵜呑みにしていた雨宮。
この家の前まで来たらばすぐに嘘だとわかるのにアホ宮。

「区画整理でなくなるって嘘だよな」

二ツ木が嘘だとバラしたのに
それでもとうとう一年間、一度も来なかったアホ宮。

「なにしに帰ってきたんだよ」

心の整理がつかなくて、戻ってきてくれたうれしさが顔に出ないようにと
詰問口調になっていく俺に、凹まずにアホ宮は続けた。

「縁側はどうしてるかなぁ、って」

「どうしてるかなぁ、って」そうだ、コイツはこの家の縁側がお気に入りだった。

昼間から寝転んで、ビールを飲んで、一人になってから、雨宮の真似をしてやってみたら
俺もハマった休日の過し方。

「部長に会いたいな、って」
「一日の終わりにはこの縁側で部長と話しがしたかった」
「部長のことが忘れられなかった」

雨宮の口から出る言葉は、そっくり俺の本音だった。

(君に会いたいな、って。)
(一日に終わりにはこの縁側で雨宮と話がしたかった)
(君のことが忘れられなかった)

「私この家を出る時、好きな人と暮らせてうれしいはずなのにわんわん泣きました。」

(成り行きで見守った君の恋の成就を、俺はただ、見送った・・・。)

あの時の苦しさが胸に蘇って、けれどまたあの時に戻ったように今は彼女が俺の側にいる。
雨宮が立ち上がり、俺をまっすぐに見て、キッパリ言った。

「部長に会いたかった、会いたかったんです。部長に会いたくて来ました。
自分の人生だから、自分で決めて来ました」

(君がいなくて寂しかった。寂しかった。君に会いたくてしかたなかった)

握り締めていた自分の手を解いて、彼女に手を伸ばそうとした時、

「どうしてかな」アホ宮がヲチをつけた。

手嶋との恋を終えても、人生の階段を二つくらい上っても、
コイツの干物っぷりは不滅だと、感心しながら、俺は言う。

「どうしてかなって、君が私を好きだからだ」

「そして私も君を好きだ」って、俺、アホ宮相手に何ぶっちゃけてる?

ヲチにはヲチで「残念だが、君の期待に私は応えられない」そう言ってやるつもりだったのに。
懐かしいあの「ハァアア?」が聞きたかったから。

「好きだというだけでは解決できない問題もある」

(そうじゃないって、君は言ったね。俺はそれを信じようと思う)

落ち着こう、自分にそう言い聞かせる。相手はアホ宮だからな。
早とちりして、またどこかに飛んで行ってしまったら、・・・今度こそ後悔で死にそうになるだろう。

「そこで待ってなさい」そう言って、冷蔵庫にビールを取りに行く。

去年の夏、雨宮がこの家から居なくなった最初の夜、冷蔵庫に残されたいた
最後の一缶。あのビール好きが、忘れていくなんて、と苦笑しながら
置いていかれた中年男が独酒にするくらいいいだろう、と思って取り出すと
マジックで大雑把に”ぶ”と書いてあるのを見つけた。
部長、つまり俺用、ってことか。人の物は勝手に食う食い意地の張った女にしては
意外に気遣いするじゃないか、と心のどこかがカタカタ鳴って、それから暖かくなって
でも堪らなく家に独りでいるのが寂しくなって、誰もいない台所で

「俺はワインが好きだから」とビール缶を肴にワインを飲みながら
酔いも手伝って、おれはあることを自分の目標にした。

雨宮をこの家で待つ
1年間待ってみる。

そして、戻ってきたらこのビール缶を開ける。
今日で一年。待ちぼうけだったな、と家路をたどりながらボンヤリと考えて
帰宅したら風呂に入って、去年からポツンと冷蔵庫に入ったままの
1年分冷やしに冷やしたビールを飲もう、と思っていた。
そして、俺はアホ宮をこの家で待つことを止める。
迎えに行くのだ。「縁側に戻ってきなさい」と。
面倒くさがりのアイツが自発的に行動する確率はカナリ低かったのだから。
それが、あのアホ宮が「自分で考えて・決めて」ここにいる。
キッチンに行って、一年間、俺と一緒にアホ宮を待っていたビール缶を取り出して
座敷に戻ると、アホ宮は縁側に行こうとせず、座敷に座りこんだままでいる。

「勝手に上がりこんで、勝手に座りこむのは間違ってる」

(散々待たせておいて、なぜ最後の最後で行動するんだよ。
今日は俺が迎えに行くつもりだったんだからな!)

「すみません」

こんなに素直に謝罪する雨宮は会社以外で見たのは初めてだった。

「ホラ、やるから」

一年間、俺と一緒にこの家でアホ宮の帰りをまっていたビール缶を渡す。

「こっちに移動しなさい」

アホ宮を、立たせて縁側に座らせて、俺も腰を下ろした。
夏の夜の涼しい風が庭を通して縁側に届いてる。俺と雨宮の場所。
雨宮が戻ってきた、今、俺の側にいる。

「おかえり」

やっと、言えた。






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