第四部 ダイヤモンドは砕けない
「露伴…ちゃ……ん……」 ぼくは何をしている? 今、ぼくの腕の中にいる少女は、瞳に涙を浮かべ、戸惑うように名を紡いだ。 あの頃と変わらない声で、あの頃と同じ呼び方で。 岸辺露伴、職業、漫画家。 リアリティを求めるこのぼくにとって、今の状況はにわかに信じ難い事だった。 どうしてここにいるのか。どうして触れる事ができる?ああ、どうして。 だが、この手に触れるしっとりとした肌は。絹糸のような髪は。 「………鈴美」 確かめるように名前を呼ぶ。あの日、願いを叶え、遠い空へと消えた少女の名を。 潤んだ瞳がぼくをとらえる。緩やかな糸に引き寄せられるように、互いの唇が静かに重なる。 これは夢か?ふん、ばかばかしい。幽霊とキスなんて、非現実的極まりないね。 だけど、この、唇の温かさは─── ………───現実だ。 夏の夜。気分転換に──いや、何かに誘われるように、ぼくは散歩に出かけた。 あの日、彼女が消えてから、この場所を通る事も少なくなっていたな、と思い出す。 「決して後ろを振り向いてはいけない小道」───。 いや、むしろ避けていたのかもしれない。 彼女がもう居ない事を、確認したくなかったのかもしれない。 盆のシーズンも終わりに近づいたこの夜、ここを訪れたのは、何かの知らせだったのか。 気付けばぼくは、あの道にひとり、立っていた。 彼女が消えてから、1年と経っていないのに、ひどく懐かしい気がした。 「露伴ちゃん、待ってたのよ」 声が届く。あの日から途絶えていた声が。 「……遅いんだもの。露伴ちゃん、来てくれないかと思った」 寂しそうに、だが幸福そうに微笑む少女が、ぼくの目にうつる。 「成仏したんじゃあなかったのかい。それとも、なにか忘れ物でも?」 ああ、いつもこの調子だ。意地悪なせりふが、ぼくの意思を無視して、勝手に出ていく。 「……この時期だけ。今だけ、帰っていいって。お盆だから」 「へえ?ずいぶん良心的なんだな、天国ってのは」 違う。こんな話がしたいんじゃないんだ。………ぼくは。 「露伴ちゃん、あたしに会いたくなかった?」 「………」 「露伴ちゃん」 口の中が乾く。目も。そういえば、まばたきすら忘れていた。 「───会いたかったさ」 それだけ言うと、ぼくは、無意識に彼女を抱きしめていた。 ───唇がゆっくり離れる。 目を閉じて震える頬に指を滑らせ、もう一度かみつくように口付けた。 そのまま、折り重なるようにしてベッドへと倒れこむ。 ぼくらはいつしか、彼女の家へと足を向けていた。 忌まわしい事件の面影は、もうどこにも見えない。 幼い頃、何度も泊まらせてもらった「鈴美おねえちゃん」の部屋。 ふたつの影は重なり、ひとつになっていた。 「鈴美………」 何も変わらない。変わったのは呼び方だけだ。 あの頃のままの彼女のワンピースのボタンを、ひとつずつ外してゆく。 真っ白な細い体が、月光の下で震えていた。 下着を外し、柔らかな乳房にそっと手を這わせる。 やわやわと揉み込み、立ち上がってきた先端を指先でこねる。 反対の乳首を唇ではさみ、舌先で舐め回すと、鈴美の身体はびくんと跳ねた。 そんなひとつひとつの仕草が、ぼくの心をこれほどまでにかき乱す。 「露伴、ちゃ………」 かぼそい声が闇に響く。いたわるように、ぼくは彼女の秘所へ指を伸ばした。 くちゅ、と水音がして、静かに指先を飲み込んでゆく。 そのきつい感触と、ぼくの体重の下で強張った身体に、処女の証を悟った。 胸元を這っていた舌を、すう、と下腹部へ走らせる。 ペン先を走らせるようになめらかに、ぼくの舌は彼女の蜜壷へとたどり着いた。 「───っ、だめッ、露伴ちゃ……ぁ……」 彼女の制止を、聞こえないフリで誤魔化す。ま、聞こえていてもやめるつもりはないけど。 とがらせた舌で蜜をかきだすように、周囲に塗りこんでゆく。 2本の指で秘所を開き、顔を出した快感の芽を、つつくように舌先で苛む。 充分に潤んだのを確かめて、そうっと指を侵入させていくと、彼女の背中がしなるのがわかった。 「痛い?」 「ううん……でも、変な感じ」 その返事を聞いてから、ぼくは目の前の快感の芽に口をつけ、舌で弄り回しながら吸い上げた。 「あッ、やぁ、露伴ちゃんッ、や、だめェっ……!」 同時に内部に侵入させた指をゆっくりと動かす。 細いからだがびくんと跳ね、とろりとした愛液がにじみ出てきた。 彼女が達したのを知ると、そっと指を抜き、そのまま、息をつく彼女に覆いかぶさる体勢になる。 「怖いかい?」 視線を合わせて問うと、なみだ目の彼女はふるふると首を振る。 ──ばかだな、こわいくせに。苦笑をかくさずに、安心させるようにまぶたに口付ける。 自らの服をぱさりと脱ぎ捨てると、互いに、生まれたままの姿になった。 「痛かったら、ぼくにしがみついてな」 わざと、落ち着いた声を作る。ほんとは、ぼくの方にも、余裕なんてあっちゃいないさ。 だけど、もう………子ども扱いされるわけにはいかないんだ。 彼女がこくりと頷いたのを見て、ぐ、と腰をすすめる。 限界まで張り詰めた男の証が、緩やかに、彼女自身に飲み込まれていく。 「───ッ……!」 ぼくの背中に回された彼女の腕に、きゅっと力がこもった。 「鈴……美………」 下半身からじんじんと響いてくるような快感に、ぼくは息を吐きながら彼女の名を呼んだ。 「露伴ちゃん……露伴ちゃん……」 ぼくを探すような彼女の声に、吸い寄せられるように、そっとキスを落とす。 「う…ごいて、いいわ、………露伴ちゃん」 彼女が痛みに馴れるまで、しばらくその体勢でいただろうか。 かすれたような声が耳に届き、細い指がぼくの髪を撫でる。 「無理するんじゃあないぞ」 らしくない台詞が勝手に口をついて、ぼくは僅かに驚く。 でも、彼女が嬉しそうに笑ったので─── ぼくは、まあいいかと思う事にした。 緩やかに抽送を開始すると、いったん落ち着いていた快感がずん、と流れてくる。 「あ、ぁ、……ンッ、──ふぁっ、露伴………ちゃん」 組み敷いた体の白さと、彼女からこぼれる吐息が、麻薬のようにぼくの身体に染み込む。 何度もぼくの名を呼ぶ声に、答えるように腰を打ち付ける。 奥まで侵入させると、ぐっと腰を引き、先端ぎりぎりまで引き抜いて。 次の瞬間、また最奥まで貫いてみせる。 「やぁ……───……ッ!ん、ん、だめ、だめェ……ッ!」 熱を持った彼女の嬌声に、うかされたように感じる。 「鈴美、鈴美………ッ」 彼女がここにいること。それを確かめるように、抱き寄せ、口付ける。 ぴったりと重なった身体は、確かな存在感をぼくに与えた。 濡れた音と、互いの息遣いだけが聞こえている。 「露伴ちゃんっ………私、もう………」 潤んだ瞳で、彼女がぼくを見上げた。 懇願するような声と、ぼくを締め付ける内部の収縮に、絶頂が近い事を悟る。 「………ぼくも、だ」 小刻みに腰を動かして、ぐちゃぐちゃとかきまわす。 陰核をこすり上げるように打ち付けて、円を描くように。 ぼくは、動きにラストスパートをかけた。 「露伴ちゃん、露伴ちゃんッ───!」 「………っ、鈴美ッ………!」 「キス、して、露伴ちゃんっ………お願い………」 その言葉に、言葉で返す事は無く、ぼくはその願いを行動で返した。 濡れた唇が、深く深く重なる。 ───ああ、ぼくは。岸辺露伴は、こんなにも彼女が、好きなんだ………。 そんな言葉が、今更ながらぼんやりと浮かんだ。 それが伝わったかのように、彼女は、微笑む。まるで天使のように。 同時に、びくびくと彼女の内部が振動する。 その締め付けに、ぼくの頭の中に、白いスパークが舞った、気がした。 羽根に包まれるような安らぎの中、ぼくは精を放った。 〜エピローグ〜 静かに唇は離れ、快感の余韻がぼくらを支配する。 少しでも彼女を感じようと、暗い部屋の中、ぼくは彼女を強く抱きしめた。 「ふふ、露伴ちゃん、覚えてる?」 「……何をだよ」 荒い息をつきながら、彼女が嬉しそうに口にする。 その微笑に、胸につまるような感情を覚えながらも、いつものように嫌味な声を返す。 「小さい頃ね、露伴ちゃん、あたしに無理やりキスしたのよ。 初めてだったのに、舌まで入れてきちゃって。驚いちゃった」 「………」 「それでね、大きくなったら、もっとすごいのしてやる。約束だ、なんて。 昔っからおませさんだったのね、露伴ちゃん」 そんなことも、あったようななかったような。 言葉を失っているぼくの胸に、彼女は頬を寄せた。 「約束通りだったね」 悪戯そうに見上げるその顔に、ぼくは手を寄せる。 子供の頃とは違うキスを、もう一度落とした。 「……あたし、もう、いかなくちゃ」 時計の針は、23時57分を指していた。 魂が、大切な人の元へ帰るシーズンが、もうすぐ終わる。 鈴美の身体が、気付けば、少し薄らいで見えた。 ──いくなよ。ずっとここにいてくれよ。 鼓動が早まる。喉元まで、言葉がせりあがってくる。 あるいは、『ヘブンズ・ドアー』で、永遠にぼくのそばに留めてしまおうか。 ……だが、この場を支配する厳粛な雰囲気は、それを許さない。 「露伴ちゃん、たまにでいいから、あたしの事思い出してくれる?」 その声、その瞳、その微笑み。もうすぐ消えてしまう。 ぼくは口を開き、すぐに閉じ、ゆっくりとまた開いた。 「だが断る」 瞬間、彼女の表情が曇る。馬鹿、ちがうんだ。ちがうんだよ。 「『たまに』だなんて無理だね。『毎日』思い出してやるさ。 そうすれば、一年なんてすぐだろ?」 彼女が微笑む。幼い頃から、ぼくの大好きなその笑顔だ。 「露伴ちゃん……ありがとう……」 泣きそうな声とともに、ぼくらは再び口付けた。 今年、最後のキスを。 時計の針は0時を指す。 彼女は霧になって、月光の間に消える。 ───1年なんてすぐさ。 ぼくは、来年も、再来年も、その次も………。 きっと、ここに来るだろう。 岸部露伴は、そう確信していた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |