第三部 スターダストクルセイダース
暗い闇。じっとりと背中から忍び寄る。 茨のように、まとわりついて離れない。絡まる。囚われる。苦しい。 怖い怖い怖い。お願い。誰か………助け、て………。 ……───リィさん。ホリィさん? 落ち着いた、優しい声が届く。 闇の中に、一筋の光が差して、空条ホリィは覚醒した。 目の前には、彼女を心配げに見守る少年。 「あなたは………典明くん………?」 花京院典明。彼のことを、彼女はよく知っていた。 ──だって、承太郎が友達を家に連れてくる事なんて、珍しいから。 いつも穏やかな瞳で、私を見ていた、彼。 ホリィは状況を理解しないまま、弱々しく微笑む。 「どうして……ここに?」 身体を起こそうとする彼女を留め、花京院はゆるく口の端をあげた。 「ぼくだけ、一足先に日本へ帰ってきました。あなたの様子が、とても気になって」 「あらァ?心配してくれたの?あたし嬉しいッ、ルンルン? 承太郎や、パパたちは元気?典明くん、今日は夕飯食べていくでしょ?」 矢継ぎ早に言葉を交わしても、花京院の微笑みは全てを見透かしているようで。 もはや体力も精神力も果てようとしている彼女を、瞳で静かにたしなめる。 「ママは………どこに………」 「休んでもらっています。今は、ぼくが、あなたを守ります」 凛とした声。彼女を心から案じているのが、伝わる。 ホリィは、ありがとう、と小さく囁くと、そっと睫毛を下ろした。 薄く閉じたまぶたの裏に、すぅと影が落ちる。 誘われるように瞳を開けたホリィの目の前に、整った顔だちがあった。 「典明くん………?」 「静かに……しゃべらないで……」 息がかかるほど間近で囁かれ、彼女は動けなくなる。 そのまま、音もなく、重なる唇。 とくん、と弱々しい心臓の音が聞こえる。 ──私の鼓動だろうか?それとも、彼の?………わからない。 霞がかった思考が、ホリィの頭の中を緩慢に駆けめぐる。 ただ、触れ合った場所から、暖かなものが流れ込んでくるのを感じた。 例えるなら、そう。生命のような。 「典明くん、どうしたの?きゃー、彼女と間違われちゃったのかしら?」 照れ隠しのように口にしたホリィの唇に、花京院の人差し指が触れた。 「いいえ、ホリィさん。ぼくは、このために来たんです。 どうか怖がらないで。………どうか、ぼくを信じて」 そんな声で囁かれたら。そんな瞳で見つめられたら。 今は遠い空の下にいる、愛する夫の顔が、ホリィの脳裏に浮かんでは消えた。 ───逆らえるはずが、ない。 ホリィの服が、見る間に取り払われてゆく。 男性にしては繊細な指が、遠慮がちに胸元に触れた。 撫でるようにさすり、時折くすぐるように。羽根のようなタッチで。 決して強引ではない。でも、決して逆らうことはできない。 花京院の舌が、彼女の首筋に触れた。 濡れた感触が心地よい。そのまま、這わせるように下へ。 母譲りの白い肌、その先端の赤い乳首を、花京院の舌がとらえた。 レロレロと、まるでチェリーを転がすようにされると、彼女の身体は素直に震える。 「ホリィさん………」 ああ、そんなに。縋るような瞳をしないで。 恋人にするように、囁かないで。宝物のように扱わないで。 高熱で朦朧とした意識を言い訳にするつもりはない。 彼女は、小さく頷き、彼に身を委ねた。 花京院の細身な身体が、いたわるように覆いかぶさる。 その背中に腕を回した時には、気付けば互いに、生まれたままの姿で。 体温が伝わる。その熱が、まるで彼女を生かすように。 湿った舌が、清めるように全身をはいまわる。 首筋を、耳を舐め上げるように、尖った乳首を弾くように。 潤んだ秘所を、味わうように。震える陰核を、口に含んで舐め転がす。 「典明くん………ダメェ………っ」 「ホリィさん………───綺麗だ」 絶え間なく与えられる快感に、ホリィの両脚はがくがくと震える。 背中の闇も感じないほどに。彼の与える快感に、飲み込まれてゆく。 閉じたまぶたの裏に、ちかちかと光が反射して。 彼女は、ずっと年下の少年の腕の中、達した。 こんなことをする体力は、彼女にはもう残っていないはずなのに。 不思議と湧いてくる疼きを、誰にも止めることはできない。 花京院の身体が、遠慮がちにホリィの脚を割り開く。 視線で許可を求められ、彼女はそっとうなずいた。 「あッ………ん、っく……───」 ゆっくりと押し広げる、その圧力に、思わず声が漏れる。 「ああ、ホリィさん、ホリィさん………」 彼女の息子と同じ歳の少年が、切なげに名前を紡ぐ。 その背徳感と、与えられる感覚に、ホリィの背中が弓なりにしなった。 「やぁ───……ッ、ん、あ、ふぁッ」 奥まで貫かれ、息をついた次の瞬間、ずるりと引き抜かれる。 再び、容赦なく突き上げられ、腰に電流が走った。 この優しげな少年のどこに、そんな情熱が隠されていたのか。 そんなことをふと思うほど、花京院はがむしゃらに、彼女を攻め立ててゆく。 「ホリィさん……気持ちいいですか……?」 小刻みに突かれ、いきなり大きくグラインドさせて。 彼はいやらしく、耳元を舌でくすぐりながら、問いかける。 「典、明くんッ………ゃあっ、そんなこと聞かないで………」 羞恥に頬を染め、ゆるゆると彼女はかぶりを振った。 「口にしてくれないと、わかりませんよ」 どこまでも穏やかな声で。意地悪な問いを投げかける。 ぐちゃぐちゃと、淫らな水音が、触れ合った部分から部屋中に響いて。 電流のような快感が、繋がった部分から痺れるように流れてくる。 「気持ち、いい………ッ………」 半ば無意識のうちに、彼女は呟いていた。 彼は満足げに唇を上げると、更に深く身体を重ねてゆく。 引くときは緩やかに。攻めるときは激しく。 絶妙な緩急をつけながら、花京院は腰を打ち付ける。 いやらしい音色が響き渡り、下半身が溶けるように感じる。 交じり合う快感。互いの腰から、頭の中までも。 やがて、一際高い、快感の頂が見えてくる。 「あ、あ、あ……典明く……ん───もう、だめェッ………」 互いを求める淫らな腰つきは止まらぬまま、ホリィはそれだけ口にした。 その声に応えるように、花京院は微笑みを浮かべる。 誰よりも、切なげな、どこまでも穏やかな笑みを。 引き合うように唇が重なる。 そのまま、強く強く突き上げられると、ホリィは押し上げられるように、頂点を極めた。 同時に、内部に熱を感じる。花京院の放った、彼の証。生命の熱を。 その刹那、ホリィの身体に、どくん、と力が流れ込んだ。 強く抱きしめられた腕から。貫かれた腰から。深く重なった唇から。 それは確かに、彼女の隅々まで行き渡り、静かに、溶けた。 あたたかな口付けが、ゆっくりと離れる。 そっと瞳を開けると、部屋に差し込んだ光の中に、花京院の姿が見えた。 その姿は儚く、強く抱いたら壊れてしまいそうなほど、清らかで。 「典明………くん………?」 「これが、今のぼくにできる……精一杯……です……… 受け取って……ください……………伝わって………… ………ください───………」 彼の言葉が、まるでノイズが入ったように、途切れ途切れに響く。 ホリィは思わず身を起こし、花京院に触れようと、手を伸ばした。 だが、届かない。こんなに近くにいるのに。 もう決して、届かない。 「ぼくの………さいごの力を……… ホリィさん───あな………た………に………」 微笑む。はじめて言葉を交わした時のままの、優しい声で、瞳で。 「典明くん………?」 さようなら。 彼の整った唇が、そう、形どった。 ───………ホリィ!ホリィ! 呼ぶ声が聞こえる。その声が届いた瞬間、彼女は再び覚醒した。 ゆっくりと辺りを見回すと、そこにもう、花京院の姿はない。 「おかあ……さん………」 母であるスージーQが、涙を浮かべて彼女を見下ろしていた。 「ホリィ……──!ああ、良かった、本当に良かった……」 典明くんは、どこ? ぽつりと呟いた彼女の髪を、スージーQは優しく撫でる。 「混乱しているのね、ホリィ。無理もないわ。 大丈夫、峠は越えたのよ。本当に、目を覚ましてくれて良かった。 きっと……………誰かが守ってくれたんだわ……………」 ああ、きっと、その通りなのだろう。 高熱冷めやらないまま、ホリィは、彼の微笑みを思う。彼のくれた力を思う。 生きなくてはならないと。決して、負けてはならないと。 ───数日後。 ホリィは、帰ってきた承太郎、そしてジョセフと、感動の再会を迎える。 ふたりの顔を交互に見回して、ホリィは言った。 「ねえ、アブドゥルさんと……──典明くん、は?」 「……ああ、アブドゥルは、祖国へ。 花京院は、家へ帰ったよ。遠くへ、越すそうだ」 ジョセフが、ホリィの目を見ないまま答える。 その瞬間のふたりの表情で、ホリィは全てを悟った。 きっと知っていた。でも、気付かないふりをしていた。 目的を達するため。彼女を救うため。 彼は、勇敢に戦って、そして、死んだのだと。 「……そうなの。それじゃ、今度お礼をしなくっちゃあね? 承太郎、パパ!今夜のお夕食は、何がいい?ふふ、ハンバーグ?」 「ホリィ………?泣いているのか………?」 あれは、彼の意思だったのだろうか。あの、ひとときの逢瀬は。 あるいは、熱に揺らいだ意識が見せた、単なる夢のひとつ? 今となっては、確かめることはできない。 ただ、あの、誰よりも優しい微笑みを。誰よりも穏やかな声を。 二度と感じることはかなわないと理解して─── 彼女は、泣いた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |