第三部 スターダストクルセイダース
それは、DIOの館に配下のスタンド使いが集まった夜の事だった。 時間にルーズな者も多い面子の中、館を取り仕切る執事であり比較的真面目なテレンス・ダービーが点呼を取ろうとした時、 突然男の悲鳴が響いたのだ。 スタンド使い同士で揉め事でも起きたのか、とボヤきながら駆けつけた部屋には、雇い主であるくせに一向に姿を見せなかったDIOがいた。 開けっ放しになった窓にはカーテンが揺れており、傍らには二人の少女がきょとんとした表情で座り込んでいる。 きらめく装飾品で身を飾った乳白色の肌の少女と、赤いフードに半ば顔の隠れた珈琲色の肌の少女。 どちらも小さな身体がぶかぶかの衣服に埋もれており、その見覚えのある衣服でDIOとテレンスはここで何があったのかを察した。 なにより、少女達の幼く愛らしくはあっても勝気そうな顔立ちが『本人』達である事を証明していた。 「ミドラーか?」 乳白色の肌に波打つ黒髪の少女は、呼ばれたその名前に反応してDIOを見上げた。 「なんであたしのなまえ、しってるの?」 「これは……ヤツの仕業か」 「間違いなくあの変態でしょうな」 『セト神』のアレッシー以外に、このようなことが出来るスタンド使いはいない。 恐らくは、何かの用事にかこつけてマライアとミドラーを呼び出して影を踏ませ、幼児化した二人に良からぬ事でもしようとしたのだろう。 そこをたまたまDIOに見付かり、あわてて窓から遁走したというわけだ。 とはいえ、魂入り人形をコレクションするサイコ野郎に変態呼ばわりされるのはアレッシーも心外に違いない。 DIOがそこまで思った時、テレンスは何やら訊いてきた。 「DIO様、どうされますか?」 「何をだ」 「これをですよ」 これ、とは目の前の二人の少女――マライアとミドラーの事だった。 「置いておけ、スタンドの効果も永久に続くものではない……しばらくすれば元に戻るだろう」 「うちは託児所じゃありません」 目の前のやりとりを理解しているのかいないのか、二人の少女はただ大きな眼で見上げている。 何を思ったか、小さなマライアはあどけない口調でテレンスが口にした名前を真似た。 「でぃおさま」 ミドラーもそれに続き、でぃおさま、といつもの妖艶な響きとは程遠いたどたどしさで名前を呼ぶ。 大きすぎる衣服の裾に足をとられそうになりながら二人は立ち上がり、子猫が擦り寄るようにDIOの長い脚に掴まって 大きな眼で縋るように見上げてきた。 「でぃおさま、あたしたちおいだされちゃうの?」 「あのおじちゃんがまたきたら、こわいよぅ……」 誰でも守ってやりたいと思うような愛らしさで甘える様子は、すでに男を翻弄する片鱗を見せていた。 しかしせいぜい5、6歳程度の彼女らではただ可愛らしいばかりで、あいにく目の前の男二人はどちらも幼女趣味は全く無かったが 幼くともどちらが主人か、どちらに取り入るべきか理解できるらしいとDIOは少し感心した。 「ダービー、お前が世話をしろ。 任せる」 館の雑務を取り仕切る執事であるテレンスはDIOには逆らえず、渋々二人を自室に連れて行った。 とりあえず間に合わせの服を買いに行くまで、部屋の中で菓子でも与えて大人しくさせておけばいいとテレンスは考えたが その考えがすでに甘かった。 「わー! おにんぎょうがいっぱい!!」 「すごーい!!」 部屋に入った二人は、棚と言う棚に並べられた古今東西のあらゆる人形に眼をきらきらさせている。 ちょっとした博物館並みのそれらは世界中から注文して収集したものだが、中にはテレンス自作の人形も少なくは無い。 相手が子供とはいえ、コレクションに賛辞の言葉を受けたテレンスは満更でもない。 彼女らが普段もこんなに素直であれば言う事は無いのに、と思ったその時だった。 「みてみて! これとってもかわいいわ!」 「ねえ、このドレスきてもいい? いいわよね!」 ミドラーとマライアが目をつけたそれは、テレンスが子供サイズのアンティークドールに着せようと夜なべしてこつこつ作っていたドレスだった。 完成間際のそれはちょうど二人の身体のサイズにぴったりで、しかもご丁寧に色違いで二着ある。 テレンスがいいわけないだろと言う間もなく、二人は元々着ていたぶかぶかの服を脱ぎ散らかして、それに袖を通してしまった。 マライアは白、ミドラーはピンクで、袖口にも裾にもたっぷりレースやフリルが使われている。 そばの鏡に小さなドレスを着た姿を映し、かわいい! おにんぎょうみたい! とはしゃぐ二人は、確かに一点物のビスクドールにも勝る可憐さだった。 「馬子にも衣装とはよく言ったものですな、と言うかわたしの技術とセンスが素晴らしいのですがね」 自分の仕事に陶酔していたテレンスは、二人が何時の間にかいなくなっているのに気づきはっと目を見開いた。 「あたし、おなかすいたわ」 「おやつたべたいー」 開けっぱなしになった自室の扉から、マライアとミドラーが勝手に隣の部屋にある冷蔵庫を開けているのが見えた。 二人は口の周りが汚れるのもかまわず、チョコ味のアイスを業務用の箱から直にすくって食べたり、ラズベリーのジャムをお行儀悪くも指につけて舐めている。 それだけならまだしも、テレンス渾身の作のドレスに派手にアイスやジャムをこぼしているではないか。 どんな洗剤で洗っても落ちるか分からない染みに加え、目の前で最高級の絨毯にジャムをぼとりと落とされてテレンスは発狂しそうになった。 突然耳に入った子供の悲鳴に、何事かと出てきたダニエル・ダービーが見たものは 実弟に容赦無く尻を叩かれて少女が泣き喚いている光景だった。 「いったい何があったんだテレンス、この子たちはどうしたんだ?」 「黙っていて下さいッ!!」 「うぁぁぁん!! たすけてぇ!!」 「このひとがあたしたちにいじわるするの!!」 「駄目じゃあないかテレンス、変態行為はせいぜい人形にとどめておけと言っているだろう。 こんな子供に手を出して……」 事実無根の告げ口をされ、テレンスの眉間が神経質にひきつった。 本当は兄と口を利くのも嫌だったが、誤解を解くため事情を一から説明すると、得心がいったように兄は小さいマライアの顔を覗きこむ。 「なるほど、気の強そうなのは昔から変わっていないな……どうだね君たち、せっかくだからちょっとした手品でも見せてやろうか」 テレンスより10歳も長く生きている分だけ、子供のあしらいも心得ている。 その巧みな誘いに、二人の少女はてじな? みたいみたい!! と笑顔で付いて行った。 テレンスは小悪魔どもを兄に押し付ける事が出来て、内心しめしめと思いながら客人の応対に戻ったが しばらくして兄が飼っている猫がヒゲを切られて二人に追い掛け回されているのを見かけて、ほんの少しだけ罪悪感を覚えた。 配下からDIO様への報告もつつがなく終わり一段落したテレンスが廊下を歩いていると、今度はンドゥールが立ち往生していた。 何でもいきなり現れた女の子供に杖を奪われたのだと言う。 すぐに何者の仕業か察し、見かねたテレンスは杖の代わりにホウキの柄を貸してやった。 「これでもないよりましでしょう」 「すまん。 しかしこの館に子供なんかいなかったはずだが、あの声……どこかで聞き覚えのあるような……」 テレンスとンドゥールが話しているのと同じ頃、DIOの部屋から降りてきたヴァニラ・アイスは、見かけないものに足を止めた。 レースのドレスを着た人形のような少女が二人、こちらをじっと見ている。 DIO様の『食料』の中にこんな幼い者はいなかったはずだと、ヴァニラは相手が子供といえど油断せずとっさに身構えたが 彼女らの次の行動は、DIOの配下でも屈指のスタンド使いである彼の予測の範囲を超えていた。 「えい!!」 「!!!」 ヴァニラが動く前に二人はすばやく背後に回り、なんと彼が履いているものを一気に引きずり下ろした。 あまりの事に一瞬思考が停止したヴァニラの下半身を好奇心いっぱいで凝視する。 どうやら、彼の股間がたいそう目立つのが気になり、中に何があるのか確認したかったらしい。 「……なんかへんなのついてる……」 「きもちわるい……みなかったらよかった」 二人の勝手な感想にはっと正気づいたヴァニラだったが、少女達は悪戯の成功にきゃーっと嬌声を上げて走って行ってしまった。 待てッ! とヴァニラは後を追おうとしたが、中途半端に下ろされた下衣が脚にもつれて無様にもその場に転んでしまった。 「ぱんついちまいであるいてるなんて、へんたいだわ!!」 「へんたいー!! へんたいー!!」 「このクサレガキ共がァァァーーーー!!! 蹴り殺して暗黒空間にバラまいてやるッ!!」 激昂したヴァニラは、獲物を追跡するペットショップもかくやという勢いで二人を追いかけたが、不覚にも途中で見失ってしまった。 ヴァニラがDIOの部下になって以来、プッツンきた彼から無事逃げおおせられた者は彼女らだけだった。 騒動に気付かず、応接室で煙草を吹かしていたホル・ホースは、こちらにやって来た褐色の肌の美少女に目を留めた。 少女はホル・ホースに気付くとにっこり笑い、こんばんは、おじちゃま、とおませな調子で挨拶をした。 「お? お嬢ちゃん、こんな時間まで夜更かしか?」 (こんな子供がDIOの食料か……? まさかな……)と思いながらも、女としては守備範囲外ではあるが子供は嫌いな方ではないので ホル・ホースはお人好しにも少女に笑い返した。 「親はどこだ? ここにゃあおっかねー吸血鬼がいるから、気をつけろよォ〜」 目の前にいるのがついさっきまで口説いていた相手だとは夢にも思わず、のん気にマライアに話し掛けている。 背後に回ったミドラーはまだ火の残る吸殻を灰皿の中からつまみ上げ、屈んだホル・ホースの尻ポケットに入れた。 800ドルもするズボンの尻が焦げてしまったとホル・ホースが地団太踏んでいる頃、 さんざん悪戯の限りを尽くした二人の小悪魔は、さすがに遊び疲れて眠くなりつつあった。 夜中の12時を過ぎていたが、シンデレラの魔法とは違い、二人にかけられたスタンド能力はいまだ解けないようだった。 「つかまったら、おこられるわね……」 「でも、つかれたわ……」 大理石の廊下に座り込むマライアとミドラーの頭上に大きな影がさした。 無意識に二人が見上げた先にいたのは、『でぃおさま』だった。 「でぃおさま……」 「こんな所にいると、アイスに見付かって粉微塵にされるぞ」 一瞬、自分達を捕まえて叱りに来たのかと二人は身構えたが、DIOには別にそんなつもりはなかった。 お菓子の食べカスやホコリにまみれたレースのドレスをちらりと一瞥する。 「汚れているな」 DIOは二人の襟首を掴んで、猫の子でも運ぶように広々としたバスルームへと連れて行った。 汚れたドレスを適当に引き破って脱がせると、二人は広いお風呂に目を輝かせて濡れた大理石の床に小さな足を踏み入れた。 洗ってやるから座っていろとDIOに命じられると、はーい、と声を合わせて素直に従った。 いつもは彼女らの絹のような肌に泡を纏わせて自分の身体を洗わせているが、それとは逆の状況が少し新鮮に思える。 こうして見ると、ミドラーご自慢の張り出した乳も尻も今は平たいばかりでつまらないし、マライアの美脚も寸詰まりで面白みがない。 『食料』としても体が小さすぎて食いでがないだろうが、小さい可愛らしい生き物に懐かれるのはそう悪い気分ではなかった。 DIOは手にたっぷり泡を取って、ミドラーのふんわり波打つ髪に触れてみた。 ミドラーは泡が目に入らないようにきゅうっと目をつぶって、されるがままになっている。 いつも以上に細く柔らかい手触りの髪を洗うDIOの手つきは、希少な宝石や美術品を扱うように繊細なものだった。 となりで待たされているマライアが催促してくる。 「でぃおさま、あたしもあらって」 「順番だ」 「……じゃああたし、でぃおさまをあらってあげる!」 「あ、ずるい! あたしもするんだから!」 「じゅんばんよ、まってなさいよ!」 小鳥がさえずるようなおしゃべりを聞き流しながら、DIOは手ずから湯を汲んでミドラーの髪を洗い流してやった。 ふと気付くと、マライアはタオルを握ったままこちらを凝視している。 「でぃおさまも、なんかへんなのついてるのね……」 少し考えてDIOがその言葉の意味を理解し、お前はこれを嫌だと思うか? と訊くと、首を左右にぷるぷると振った。 閨でこれを欲しがるいつもの媚態とは対照的な素朴な反応に、DIOは可笑しくなった。 「欲のない事だな、いつもはお前達二人で取り合うぐらい好き者のくせに」 「すきものって、なに?」 「そのうち教えてやる」 やがて互いに髪と身体を洗い終わり、三人は香料を入れた熱い湯に浸かった。 浴槽が深くて足が立たないので、少女二人はDIOの逞しい首や肩に必死でしがみついている。 小さなミドラーとマライアがDIOに懐いている様子は、父と娘のように見えたかもしれないが DIOが彼女らを愛でるのは人間らしい愛情からではなく、いつもの気まぐれのうちにすぎなかった。 こんなにあどけない笑顔を見せる少女がどういう経緯で殺し屋などになったのか……そんな事は考えもしなかった。 林檎のように上気したミドラーの頬を指先でぷにぷにと突付きながら、そういえば年端もいかない少女を自分好みに教育するような話を どこかで聞いたなとふと思い出し、DIOは湯から上がるまでしばしその思いつきを楽しんだ。 DIOに呼ばれ、寝室に入ったヴァニラは信じられないものを見た。 大きな天蓋付きの主の寝台の上に、憎っくき小悪魔どもが真っ白いタオルに包まって眠っていた。 その隣にはDIOが本を片手に寝そべっている。 「DIO様、これは一体……」 「わたしはこれから『食事』に出かける、お前が見ていろ」 「し、しかしDIO様、こやつらは!!」 「マライアとミドラーが起きてしまう、大きい声を出すな」 「!!??」 混乱するヴァニラを置いて、DIOはマントを羽織って寝室から出て行ってしまった。 寄り添って眠る二人の無邪気な寝顔を見下ろし、ヴァニラは内心葛藤していた。 ここで蹴り殺すのは簡単だが、それではDIOの命令に背いたことになってしまう。 この小娘ども、元に戻ったらどうしてくれよう……とヴァニラは歯噛みしながら、こんな事態を招いた元凶であるアレッシーを 見つけ次第ボコボコにする事を決意した。 <End> SS一覧に戻る メインページに戻る |