借りを返してやる(ジャイロ・ツェペリ×ホット・パンツ)
第七部 スティール・ボール・ラン


4th.STAGE 第11日目、ゴールまでの中間付近に当たるエリアで、ジャイロとジョニィはキャンプを張っていた。
この日、大統領の刺客によって予想外のタイムロスを強いられたため、果樹園を抜けた後
馬への負担が問題にならない程度に予定を延長して走行を続けていたが、問題なのはむしろ騎手への負担であった。
特にジョニィは、傷自体をスタンドで完全に修復しても頭への着弾の衝撃は残されたためか
少しだけ一休みする、と言って気絶するように横になり、食事も摂らないまま深い眠りに落ちている。
そして現在、空の色が青黒さを増していく時間、ジャイロは焚火の前で
「遺体争奪戦としての」このレースについて、考えを巡らせていた。

(遺体を狙う刺客が確実に強力になってきてやがる・・・・・・。
そして恐らく、所持する遺体が増えるほど、――国が動くレベルのお宝だ――レースの妨害も激しくなるだろう。
とはいえ今更襲撃を逃れる手はない。監視された状態じゃあこちら側の動きは黒幕サイドに筒抜けのはずだ。
たとえ「右眼」をジョニィに託して別行動をしたところで・・・・・・、別々に狙われるハメになるだけだ。
気球の目が届かない夜の間でも、襲撃のある可能性は―――)

ここで1度思考を中断する。まだ走行を続けている参加者は少ないであろう時間帯に
レースの進行方向でいう後方から、明かりを吊るして近づいてくる奴がいる。

(他に物音もねーっつーのに・・・・・・油断したか?)

相手が敵で奇襲を受ける、という最悪の選択肢に至らなかったことに安堵しつつ、鉄球に手を伸ばし警戒する。

「げっ」

敵意を感じさせず徐に近づいてくるその姿には見覚えがあった。
この日の昼、一時的に共闘関係を結びながら果樹園に置き去りにしたホット・パンツである。
ジャイロが警戒しているのに気付いて馬を止めると、相変わらず丁寧ぶった様子で話しかけてくる。

「炎を借りたいんだがそっちに行っても構わないな?」
「・・・・・・勝手にしろッ」

信用している相手とは言えなかったが、ジャイロは断れなかった。
サンドイッチ(の肉だけ)を余分に頂いた事に気づいているはずの相手を、挑発するべきではないと考えたためである。
能力の分かった相手に負けるとは思わなかったが、余計な面倒を起こすのも肉泥棒が原因でリタイアするのも御免だった。
返事を確認するとホット・パンツは馬から降り、焚火のそば、ジャイロの対面に当たる位置に腰を下ろした。
何事もないかのように帽子を取って埃を払うなり、絡まった髪に手串を入れるなりする仕草が嫌味ったらしい。

(近づいた理由は炎だけじゃねーだろーが、勿体ぶりやがって・・・・・・)

「果樹園でのことだが。」

ジャイロが痺れを切らしつつある頃、ホット・パンツは口を開いた。気取ったような口調はあくまで感情を表さない。

「そう長く気絶していたわけではないみたいだったからな・・・・・・。足跡をつけさせてもらった。」
「また肉のことで言いがかりをつけに来たのか?ありゃあ俺らの仕業じゃあないって・・・・・・」

自分の言葉に、墓穴を掘ったか?とジャイロは後悔しつつ、吊るし首を免れるための言い訳を探す。
しかし、咎める側であるべきホット・パンツ自身がその思案と台詞を遮った。

「そんなことを言いに来たんじゃない。
なぜオレを助けた?オレのスタンドを勝手に使ったことは許す。
だが放っておけばいずれ死に至る傷だったはずだ。恩を売ったつもりか?」

ジャイロにとって予想外の言葉だった。総合ポイント上位の相手に先行されたくないとは考えたが、
だからといって見殺しにするほど人の不幸を喜べるタイプではない。言葉の選びようもなく、最もシンプルな返答を寄越す。

「そこまで考えちゃいねーよ。『なにも死ぬこたあねー』って思っただけだ。」

今度はホット・パンツが面食らう番だった。
この男、ジャイロ・ツェペリは、300年以上続く一族の命に反してまで少年の命を救おうとしているはずだ。
優勝のためには手段は選ばない、そういうつもりなのだと思っていた。現に1st.STAGEでは上位選手の走行妨害を行っている。
それが、決闘の上で傷ついた自分を見捨てても罪にならないどころか、結果的には順位が上がるというのに、こいつは、まるで、

「・・・・・・とんだお人好しだな。」

根っからの悪党ではないかもしれない、との推察が確信に近づいて、貼り付けていた無表情がわずかに緩む。
それが鼻で笑ったように見えたのか、責められる立場ではないことに気づいたジャイロが強気な態度で言い返した。

「あぁ?それが命の恩人に利く口かよ?」
「褒め言葉だ。」
「聞こえねーよその言い様じゃよぉーー。オメー嫁の貰い手ねーぞ。」

はっとしてホット・パンツがジャイロのほうを見返す。平然としているのが妙に余裕を感じさせた。
マフラーをずらして、隆起のない滑らかな女の喉を覗かせて言う。

「気付いていたのか。」
「取っ組み合いのときにな。隠してんならワザワザ言う必要もねーだろ。」

そうか、と相槌だけ打って会話を終了させた。理由を聞く気がなさそうなのには面倒がなくていい、と気が楽になる。
そしてむしろ、女であることにジャイロが既に知っていたのは彼女にとって好都合になる理由があった。


互いに言葉を続ける様子がなく数秒の静寂の後、ホット・パンツはマフラーを解く。
これから気温が下がるはずだというのに、不自然な動作をジャイロは不審に思う。
それと同時に、帽子を取り、隠れていた首から肩の線が見えるだけでずいぶんと印象が変わる、とも感じた。
――正直に言えば「女らしくなった」のだが、それを言ってやる気は絶対にない。
ケープも外して下に置き、地面からジャイロのほうに視線を移しながら――要は上目遣いに――ホット・パンツは言葉を発する。

「そっちに・・・・・・行ってもいいか・・・・・・?」

急にしおらしくなった様子に戸惑って、ジャイロの返事が遅れる。
しかし最初からそんなもの求めていなかったのか、ホット・パンツは立ち上がってジャイロのごく近くまで寄ると、
――胡坐をかいている膝の片方をまたぐように腰を下ろした。

「オメー・・・・・・何のつもりだ?」
「勘違いするな・・・・・・借りを返してやるだけだ。」

言い終わらないうちに、ジャイロの背に腕を回して体を擦り付けようとする。が、即座に肩を押されて引き離された。

「そんなつもりで助けたんじゃねー。」
「どうだろうな・・・・・・少なくとも、禁欲生活が続いているのはお互い様のはずだ。」

ジャイロの目に、薄く笑んだ顔が艶っぽく映ったのは、自分に対して表情を向けるのが初めてだからというだけではないだろう。
そして痛いところを突かれた。反論の言葉が出ないうちに、彼女は腕に力をこめて、胸を、腿を、擦り寄せる。


女に乾いた体にとって、自分の肉体が魅惑的に柔らかいことをホット・パンツは理解していた。
夢中にさせて、油断を誘うのには充分なほどに。

「嫁に行けないかどうか・・・・・・試してみるか?」

彼女の目的は、遺体を奪い取ることだった。

ジャイロの背で力を入れていた腕を首の後ろに組み替えて、唇を合わせる。
乾いて、剥がれた質感がしたのを癒すように吸った。拒まれないのをいいことに唇の裏や、浮き彫りの感触の奇妙な歯に舌を沿わせる。
だがホット・パンツの愛撫に応えようとはしない。「わざわざ断る必要もない」と好きなようにさせられている気がした。
一旦口を離し、顔が確認できる程度に距離をとる。

(今はまだダメだ・・・・・・・・・・・・コイツが「鉄球」を手放し・・・・・・没頭するまで・・・・・・
「制圧」するスタンド「クリーム・スターター」・・・・・・ほんの僅かな・・・・・・スキを作れば・・・・・・・・・)

広い鍔の下の目はしかし、わざとらしく濡らし息をつく唇に釘付けになっていた。
もう一息と再び唇を寄せ、首を傾げて噛み合わせる。意図的に音を立て、舌を誘いながら
――手は、ジャイロの武器のホルダーを留める、肩の金具へと移動させた。

「うっ・・・・・・ん・・・」

ホット・パンツの喉から、思わず呻きがこぼれる。はじめて、ジャイロから反応が返ってきた。
体をそうするように摺り寄せていた舌が、絡め合わされる。
後ろで自身の体重を支えていただけだったジャイロの腕が、ホット・パンツの腰に回され輪郭をなぞった。
わずかな陶酔と目的へ近付く満足、を感じた直後――――左右から重量感が消え、硬い音が2度、後方の地面を転がった。
まさか、と体を離し、後ろを振り向く。口付けの間邪魔だった帽子を取りながらジャイロが告げた。

「物騒なモンは置いとけよ・・・・・・男誘おうってんなら・・・・・・」

腰のガンホルダーから抜かれたスプレーが2丁、2メートル程離れた位置にいびつに転がっていた。
反射的に身をよじり、腕を伸ばそうとする。だが届く距離ではない上に、動きを封じるようにジャイロの両腕の中に留められた。

(感づかれた?!しかし・・・・・・)

「あっ」

抱き寄せられた体は騙し討ちの制裁を受けるのではなく、先程の続きへ引き戻される。
ジャイロが頭をかがめ、ホット・パンツの首筋に吸い付いてきた。今更抵抗のしようのない状況で、頭だけは事態を冷静に判断する。

(「念のために」武器を置かせたってところか・・・・・・それとも・・・・・・
まさか・・・・・・狙われていると「気づいた上で」・・・・・・楽しもうってつもりなのか?・・・・・・有利な状況で・・・・・・)

ジャイロの鉄球はマントごと肩から落ちただけで、未だ手元にはある。
再び不審な動きを見せれば、敵意を持って近づいたことを確実に見抜かれるだろう。
つまり、少なくとも彼女自身が宣言した「行為」が終わるまでは――遺体を奪うチャンスは訪れない。

「疑り深い奴だ・・・・・・」

負け惜しみのように呟く。背中から移動してきた右手は無遠慮にホット・パンツのワンピースをたくし上げる。
性急な、とは感じたが、万が一と予測していたこの事態に対する嫌悪感が――悪人じゃあないと分かったからか?――
思っていたほど大きくはない気がしたのは、気のせいにしておいた。

されるがままになるのが癪で、進んで肌を晒す。豊かな膨らみが現れ、焚火の明かりが曲線を描く肌の上に影を作った。
外気に晒され寒さに身を強張らせたのが、恥じらっているように見えたかもしれない。
相手のペースに乗せられた悔しさで、目を合わせないのが、余計に。
そんな心情を知ってか知らないでか、ジャイロの指が乳房を掴む。
無骨に見える手指の、触れてくる面の意外な柔らかさにホット・パンツは嘆息した。
掌を押し返し、指の間からはみ出ようとする感触を楽しむ動きに、確かに快さを覚えながらも、
気をとられまいと出来る限り頭を冷まし、胸に起こる熱は意識の端に追いやる。
片腕が背に回され、凭れるように促された。膝の上に跨ったままで不安定になるのを避け、ジャイロの正面に座する形で身をそらす。

「んんっ・・・・・・う、ん・・・・・・」

先端を口に含まれた。濡れた吸い付く刺激に、不意に声が漏れる。それを堪えようとするのは、対抗心の他に懸念があったからだ。
ジャイロの頭越しにやや離れた空間を見やる。地面に横たわったまま身動き一つしないジョニィ・ジョースターの背中があった。

(目を覚まされては困るな・・・・・・)

息をつめ、しかし感度を増す箇所を舌で舐め転がされるのにたまらず身を震わせ、
どうにか平静を保とうとする精神が揺さぶられるのを感じていた。本末転倒じゃないか、と自分を叱責する。
ジャイロが最小限の動きでホット・パンツの顔を見上げた。呼吸の早まりを悟られぬよう、見下ろす。

「ガマンすんなよ。」
「アイツに気付かれちゃあマズいから、だっ・・・・・・」
「起きやしねーって別に・・・・・・」

弾んだ音声に、喉の奥で笑っているのが分かった。
暫し連れ添った旅の仲間が、寝つきがいいということを知っているのか?とホット・パンツは考える。
だがもしそれが事実だったとしても、自分を出し抜いた上に、「気に入らない奴が腕の中で素直に女に戻る」のを楽しんでいる
目の前の男の期待に答えるのは、どうしても許せなかった。
冷気に反して高潮する頬も、触れられた部分から湧く熱も高鳴る鼓動も、既に誤魔化しようなく知られているというのに。

胸から降り、腹から腰の薄い脂肪の層を確認していたジャイロの手が、タイツの端にかかる。
反抗心やプライドに紛らわせていた羞恥に急に火がつき、ホット・パンツは体を引いた。

「っ、自分で・・・・・・・・・」

言い終えぬまま、膝で後ずさりする。ふらついたのが情けなかった。
焚火の熱を近く感じ、気温が下降し続ける中惜しくはあったが、傍のポットで炎を消す。
音と明かりが無くなり、急速に静まった空気に安心した。
立ち上がり、靴も、残りの着衣も脱ぐと、足元にマントを投げて寄越された。意図を理解し、地面に広げたその上にへたりと体を落とす。
まじまじと見る気はなかったが、ジャイロも既に衣服を取り外していた。
暗さに慣れない目に、シルエットだけで浮かぶ互いの裸体は、むしろ淫靡に見える。

「寒ッ・・・・・・」

呟いて、強引に抱き寄せられた。ただ体を密着させ寒さを凌ぐためだけの行為が、ひどく心地良くて、余計な錯覚を起こしそうになる。
指が陰部に移動し、潤った箇所に伸ばされた。指先だけ中に進められ探られるだけで、容易く快感が滲み出す。
より深く、「先」を求めて下腹の奥が疼いた。

「禁欲生活が続いているのは『お互い様』」と言った、自分の言葉が恨めしい。
「ああ・・・・・・っや、あ・・・」

控えめな喘ぎが、ジャイロを煽った。ホット・パンツの体幹が押され、マントの上に預けられる。
のしかかる影を直視できず、黒い空を眺めて気を逸らした。

「入れるぞ。」
「・・・・・・好きにしろ。」

飢えを隠す、精一杯の言葉だった。

両膝を抱えられ、開かれた場所がジャイロ自身で割り裂かれた。

「ぅぁあっ!・・・・・・・・・っ、う、んんっ!・・・・・・うっ、ううっ!・・・」

口を手で押さえて溢れる声を必死で押し留める。気にせず抽送を始められた。内部は求めていた刺激に応じ、柔軟に締め付ける。
沈着を保とうとする理性は、現状を認識させることでかえって彼女を興奮させた。
もたらされる快感は受け入れざるを得ず、それでも無様に乱れる姿は晒したくなくて、
声を殺し脚を震わせ身悶える様子は、淫猥で、哀れである。
ただ淫水を溢れさせより敏感さを増す粘膜が、正直な反応を示していた。
高みへと押し上げられる中、ふと動きを止められる。荒い息を遮っていた手が振りほどかれた。
怪訝に思う間もなく、ジャイロの指が2本、下顎を押さえるように口腔にねじ込まれる。

「ふぁ、や、止せっ、ひゃあっっ!ひっ、あっああっ!!」

放出された息と音声はうわずって高く、泣いているようだった。噛み付こうともせず、抵抗の色は間もなく霧散する。
あられもない声に欲情したのはむしろ彼女自身だった。隠し通すはずだった女の本能が呼び起こされ、意地も警戒も溶かしきる。

「あああっ!!ふあっ、うああっあっ!」

指を引き抜いてももはや堪えようとはせず、肌を求めてジャイロの肩にすがる。胸を押し付ける曖昧な刺激に疼いた。
動きが速められ、絶頂が近づいてくる。最奥に届き脳髄ごと揺さぶる感覚に、柔らかい腿ががくがくと震えた。

「はあっああっ、や、あ、ぁああああ!!!」

抱きつく両腕の力が強まり、がくりと脱力する。体を離され、熱い液体の感触が腹の上に染みた。

達した後の余韻に浸された意識が、垂れ落ちた長い髪の揺れる感触で現実に戻る。
いつの間にか闇に慣れた目が、を剥がれた顔に視線を落としていた。かくりと緩慢に首だけ逃げると、地面が見える。
視界の上端、腕を一杯に伸ばせば届く距離に、スプレーがあった。
「スプレーが近い」「遺体は至近距離に」「相手は丸腰」。快楽に酔った脳でこれだけの事実を集めるのに要する時間は、長い。
結論が導かれる前に、顎を引き寄せられ唇を塞がれた。
舌を挿入されそれに吸い付く行為は、先程の情事の延長のようで、陶酔を長引かせる。需要の増えた酸素を阻まれては、尚更。
――彼女の目的物が、目の前、数センチも離れない距離にあるにもかかわらず。

ホット・パンツが深い呼吸を再び取り戻した頃には、その前の思考を忘れていた。

翌日、夜明け前にホット・パンツは馬を出した。
遺体を持つ二人の、寝込みを襲いはしなかった。恩を売ったわけでも、まして情が移ったわけでもない。

(これで「貸し借り」は無しだ、ジャイロ・ツェペリ・・・・・・。
遺体のことは・・・・・・「今は」見逃してやる。それも含めて、命の恩は全て帳消しだ。
遺体を集めているというのなら・・・・・・後でまとめて奪えばいい。
「次に会った時」だ。覚えていろよ・・・・・・。)

振り返らず、馬を走らせる。遺体を奪うだけの相手に抱く感傷は何もない。
昨夜のことなど覚えていないかのように振舞うホット・パンツの表情に、女の甘さは、残っていなかった。


カンザスシティのホテルの一室にて。

前のチェックポイント以来の宿らしい宿、石鹸の匂いとベッドの感触。
すぐにでも眠りに就いて、数週間分の疲労を回復したいところだと言うのに、
余計な、思い出したくもない記憶が邪魔をした。

シャワー室からの帰り、ホット・パンツはジャイロ・ツェペリとすれ違った。
互いに好意の持ちようもない二人である、
気づいても無視するのが妥当な反応であるはずだった。が――ジャイロは彼女を見て、笑った。
歯をむき出しにする例の笑いではなく、余裕だか優越感だかを匂わす、
はっきり言ってしまえば「気に障る」笑い方だった。

(女性用から出てきたのがそんなに可笑しいか?)

とはいえ、わざわざ此方から詰め寄ることもなければ、からかいに来ることもない。
ただすれ違った、それだけだというのに、
自分を「女であると」どころか、「女として」知っているその男の、その態度が、
――4TH STAGE中盤での一件を思い出させた。

色仕掛けという手段を選んだのは自分、相手のペースに乗せられてしまったのも油断のせい。
関係を結んだことをいちいち嘆くほど女々しくもなければ、心を動かされるほど安くもない。
しかし――

その日初めて会話をした男と交わったのは初めて。
娼婦のように身を摺り寄せ挑発するなど、恋人にだってしたことがない。
まして屋外、いつ目覚めるかわからない男もいる場で、我を忘れて喘がされるなど――

ただ、彼女にとって異常でしかない状況のせいで
その日の記憶は未だ脳内に粘着質にこびり付き、からだの芯を、焦がす。


寝衣の裾に手を入れ、掌を胸元に沿わせる。自然と、男の手で触れられることを想起していた。
しかし、手の主には顔がない。一夜の関係の男だろうと、祖国にいた頃の恋人だろうと、
相手を具体的に想像することは、彼女にはあまりに卑しい妄想に思えた。
それでも、自身の内の欲求までは拒めないことを理解している。
自ら慰めることなどめったにない体の、敏感な箇所を探しながら、
この密室では羞恥など感じる必要はないのだと、彼女は自分に言い聞かせた。






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