自分の作り話(ホット・パンツ×ルーシー・スティール)
第七部 スティール・ボール・ラン


5th.STAGEゴールポイント。

続々と街に入る騎手に人々は歓声を上げた。
S・B・Rレースが始まってからというもの人々の話題は尽きる事が無い。
本日もゴール付近ではレース参加者を一目見ようと人々でごった返ししている。

またこのレースをより楽しもうと、街の至る所では賭け事が行われていた。
自分が賭けた騎手は何着か?それともリタイアしたのか?
各地で嬌声と落胆の声があがり、
その興奮冷めやらぬ間に次回覇者を予想し金が懐を行き来する。


少女は(レース関係者のみ宿泊を許される)一流ホテルにいた。
極上のシルクが敷かれたベットに腰掛けたその姿は
賑わう街とは対照的に酷く震えていた。
少女…ルーシーは、手鏡を握りしめ祈りを捧げる。

「主よ……どうか……」

ゆっくりと瞼を開き、これが酷い現実だと知る。

「ああ…夢じゃないのね…」

愛らしい顔の中央。片方の瞼の中に明らかに彼女の物ではない瞳がある。
ルーシーはゆっくりと回想していた。

大統領への不信感、鳩小屋での出来事…マウンテン・ティム……遺体……

ここ数日だけで、色々な事が起きすぎた。
軽い眩暈を感じ、ベットの上に倒れこむと、不安を押し殺すようにクッションを抱きしめる。

前回レース終盤、ジャイロから遺体の一部である眼球を譲り受けた。

「これを使って心臓部を奪い取れ!」

彼は確かにそう言った。
しかし、これをどう使い大統領から心臓部を奪い取れば良いのか……
もちろん、愛する夫を守る為ならどんな事でもしようと誓った。
でも…スタンド使いではない小娘の自分が、どうやってあの恐ろしい大統領から遺体を奪えば良いのか?
そして…もし失敗したら…スティーブンはどうなる……?

「うう……」

最悪の事態が脳内を横切る。
考えれば考える程、どす黒い想像が脳髄を侵食してくる。


「ごきげんよう」

突然前触れも無く声をかけられた。
ーどこ?扉の近く、鍵は?なぜ部屋に?
ー鍵はかけていた筈だ。なのにどうして?

パニックに陥った彼女はこの時、慌てて鍵を探した。
既に侵入者が目の前にいるのに…だ。
銅製の鍵が勢いよく手に触れる。カシャンと金属音をたて、
床に落ちた時やっと、目の前の現実が理解できた。

知らない男性が、何故か自分の部屋に侵入してきた。

「あ……あ…」

落ちた鍵からゆっくりと視線を移し、侵入者を再確認した瞬間
身体は恐怖に縛られる。

「いぁ…ああ……」

悲鳴を上げようにも上手く声が出せない。まるで蛇に睨まれたカエルだ。

「ごきげんよう」

怯える彼女とは対照的に男性は一歩一歩近づいてくる。

そして、ルーシーから数歩離れた所で立ち止まると片手で帽子を取り会釈する。
ふわりと舞う髪と、優雅なその仕草はどこか女性的なものを感じられるが
恐怖に縛られているルーシーが気付く事は無い。

「ミセス・ルーシーですね」
「あぁ…あぅ……」

顔を上下に振るだけで精一杯だった。
侵入者は静かに微笑むと、更に近づいてくる。

「こ…来ないで!」

やっと声が喉を通った。

「来ないで!来ないでぇ!!」

いよいよ恐怖の限界に来たルーシーは必死に声を荒げ、傍にあった果物ナイフを向ける。

それを自分への起爆剤にし戦う覚悟を決める。
しかし、彼は微動もせず彼女に手を伸ばすと、ぷっくりとした唇に人差し指を当てて

「しー。静かに…」

と囁いた。

「え……」

意外な行動に戦意を喪失させられ、眼をぱちくりさせてると
侵入者は笑みを浮かべて言った。

「怖がらせてしまった様ですまない。オレは…こう言った方が早いかな?彼等…ジャイロとジョニーの知人だよ」

彼は静かに語った。名前はホット・パンツ、レース参加者である事。
あの二人とは友人だと言う事。
5th.STAGE終盤に彼等からルーシーの事を頼まれた事。

「彼等は随分と君の事を心配していたよ」
「そう……」

普段の彼女なら「なぜレース参加者に助力を求めるのだろう?」と疑問に思った筈だ。
しかし、心身共に弱りきっている今の彼女にそこまでの思考を求めるのは酷だろう。

「今まで一人でよく頑張ったね」

ホット・パンツが隣に腰掛ける。スプリングが擦れ部屋にベットが軋む音が響いた。

「怖かっただろうに……」

彼の瞳が優しくルーシーを見つめ、艶やかな唇が労いの言葉を紡ぐ。
それからルーシーの白く滑らかな指先に自分の指を重ねた。

「彼らから聞いたよ」

勿論、嘘だ。
彼女の事は独自に調べた。
昨日今日の事だ。ジョニー達はルーシーには接触はしていないだろう。
なら、自分が彼等の遺体を奪い取った事をこの少女は知らない筈。
それどころか、期待と様子から
この少女は完全に自分の作り話を信用している。

「良かった……私、どうすればいいのか解らなくて…この眼球だって…どうやって使えばいいのか…」

そうか、眼球か……
さりげなくルーシーの瞳を覗く。
そこには安堵の表情を浮かべ眼を潤ます少女がいた。

「嬉しい…ありがとう」

「!!!?」

瞬間、身体を揺さぶられる様な衝撃が彼女を襲う。
それはけして有りえない感情、そうまるで……

(オレが…まさか……!?)

「貴方が来てくれて良かった」

きゅっと、重ねた指を握り心底喜ぶ少女。柔らかな指の感触と
屈託の無いその笑顔は第二撃となってホット・パンツを襲う。

「……あ…ああ」

やっとの事で声を絞り出したが、まだ動揺しているのが解る。
先ほどから心臓は早鐘の様に鳴り、この繋がった掌から伝わってしまう気さえするのだ。

こんな趣味は自分には無い筈。同姓なのに…
なのに!
この感情は!

突然沸き起こった感情にシドロモドロしていると
小首を傾げ心配そうに自分を覗いてくるルーシー。

「ど…どうしたんですか?」
「!!!…な……何でもない……」

そう、思ってしまったのだ。その様子が
『かわぁいいいーーー!!!』と。

少女特有の甘い匂い。
その中に異性を惑わす魔性の芳香。

(ああ……一体オレは何を考えているんだ)

必死に首を振り冷静さを取り戻そうとするが一度沸いた感情を消すことは難しい。

さすが、還暦近い老人や、伝説のカウボーイを虜にしただけの事はある。
まさか同姓である自分さえも惑わすとは!

「あの…?」
「…大丈夫だ…」

次々と繰り出される萌え攻撃(ルーシーに自覚は無いが)に耐えるべく
なるべく「萌え」とは別の……例えば「ようこそ男の世界の人」とかを考えながら
何とか動揺している事を悟られない様顔を背ける。

「あの…ホット・パンツさん?」

(……ようこそ!男の世界へ…嬉しい事言ってくれんじゃないの……)

「あのぉ?」

(うほっ!…アッー!!…)

「具合、悪いんですか?」

そっと、掌がおでこに添えられる。

「……」

ホット・パンツの懸命の努力も無駄に終った。
先ほどから自分を心配し、ちょこんと覗いてくる様子が!なんて可愛らしい!

「……ルーシー」

「今から……君が大統領と退治できる方法を教える……」

今まで俯き震えていたホット・パンツがポツリと呟いた。

「え!?」
「……でも厳しいよ。君にその覚悟はあるのかい?」
「勿論です!私、彼を守る為なら何でもします!」

その瞳は屈託も無く決意に光り輝いていた。

「良い覚悟だ…それを聞いて安心した」

ー本当、色々とね。
最後に本人ですら聞こえるかどうか解らない声で呟く。

彼女が少女に近づいた理由はただ一つ。
それさえ手に入れれば良いのだ。

そう、どうせ今宵一夜限りの関係。
それならば…

「私、頑張りますね!」

明るい未来を描き、秘策獲得に燃えるルーシー。
だが、彼女はこの時、ホット・パンツの瞳に怪しい光が灯っている事を知る由も無かった。






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