東方仗子
番外編


「寄ってくだろ?今日は夕方までおふくろが帰ってこねーんだ。朝さあ新しいゲームソフト買ったっつったろ?な、一緒にやろうぜぇ」

夕方。学校帰り、東方宅。東方仗子は親友の虹村億泰を遊びに誘った。
先日仗子はちょっとした収入があり、欲しいゲームソフトをカメユーデパートの家電ショップで購入した。
ゲームソフトの内容はいわゆる新発売したばかりの人気格闘ゲームで、一人で遊び尽くすには限界があった。だから億泰を誘ったのだ。

「おう、いいぜ……」

億泰も欲しがっていたゲームソフトだったので、この誘いを喜ぶかと仗子は思っていたのだが、意外にも力無い返事を親友(億泰)はかえしてよこした。

「なんだ?元気ねーなー。腹でも痛いの?薬やろうか?」
「……え、…や、大丈夫だ」

東方宅にあがり、リビングルームのソファに鞄を置いてから、億泰は自分もソファに身を沈める。
部屋の電気をつけ、学ランの上着を適当にそこいらへんに脱いで放り出し、Tシャツ姿になった仗子は、台所の方へと向かっていった。
言ったらボコボコにされる恐れがあるので、本人には決して言わないが、Tシャツから透けて見える白いレースのブラジャーと、小ぶりながらも形の良いバストがとても眩しい。

「コーヒー?紅茶?ジュースは…あ〜、サイダーしかねーなー。なにがいい?」
「……サイダー」
「OK、ンじゃ、おれもサイダーでいいや」

台所からの仗子の言葉に、また力無く億泰は答える。
仗子はあまり気がつかなかったが、億泰の元気がなくなったのは、その日の学校での昼休みからだった。

どうやら同級生の広瀬康一が、知り合いの女とキスをしたらしい。康一のとんでもない告白に、億泰と仗子はこれまでにない“スタンドも月までフッ飛ぶ衝撃”を受けた。
以前から。知り合いの女は囲の人間が引く程熱烈な想いを康一に寄せており、そして、キス以来、なぜか康一もその女に恋をしてしまったらしい。
とにかく!康一と女は相思相愛になったということだ。
何時ものようにスタンドが関わったおおごとな事件では無いと判断した仗子は、「頑張れよ〜」と気楽に康一へエールを送ってやっていたが、億泰は素直に応援してやることができなかった。

な、な、なぜ、康一が?クソぅオレよりそーいうのには奥手そうだったのに!
キ・キスか羨ましいぜチクショー。一体どうやったんだァ?!
くぅ。告白すらままならねー。つか、できねえ。ああー俺、マジ頭ワリィからよぉ〜〜〜。

胸中で叫び、億泰は俯き加減に下唇を噛む。――億泰は仗子に惚れていた。

何時から?と訊かれても、考えても、判らない。しかし、気がついたときには億泰の目には仗子しか見えていなかった。好きで、好きで、好きで、惚れていた。
仗子と共に過ごす時間は、億泰に確実な安らぎと幸せをもたらしてくれた。満たされた充実感。

最初の出会い以来、運良く億泰は仗子の親友というポジションにおさまり、相棒と呼べる程の仲にまでなった。
不良だが、無闇やたらに暴力的な振る舞いはしなく、(髪型を馬鹿にされたときは別だ)明るくて優しいサバサバした性格の仗子は男女共に友人が多い。それでも最後には絶対億泰の元に帰ってくる。いつも、ふたりは一緒。だ。

『頭の悪いオレにも、これだけはハッキリと解るぜ。おめーに告白すべきでは無い。ッてな』
……今の関係が壊れてしまうのは、怖い。想像するだけで耐え難い恐怖だ。

けれども。いつまでこの狂おしい想いを一人孤独に閉まっていられるのだろう?抱えていられるか?いや…閉まっていかないと駄目なのだ。

(馬鹿野郎、康一、揺さぶりやがって)

「ほらよ、サイダー」
「あ!悪ィ」

ふいに声をかけられ、億泰は上擦った声をあげる。仗子の顔が間近にあり、驚きに目を見開いた。
どれくらい考えこんでいたのか…、深みにはまりすぎて仗子が接近していたことすら気がつかなかった。

「やっぱおまえ、何か変だぜ。絶対変。どうかしたのか?おれにもいえねーこと?まさか新手のスタンド攻撃じゃねーよなァ……」
「違うって。見回すなっつぅの。…ほらよゲームやるんだろ?」

詰め寄る仗子から視線をあわせないように億泰は、今受け取ったサイダーを喉に流し込んだ。栓を抜いたばかりのきつい炭酸が喉に心地よい。

間近にいるせいか甘い香りがふわりと仗子から香る。男勝りの不良を気取ってはいるが、やはり仗子は女だ。

長い睫、男とは違い、体毛の薄い柔らかそうな肌。普通の女性よりはやや身長があるけれども華奢な造りの身体。
ちょっと低めだが、心地よく響く声も……全て好きだ。


「言えって。気になるだろ」
「………康一が」
「康一ィ?」
「や、由花子とウマくいきゃあイイなーって…」
「ああ!ま、ビックリしたけど、そうだな、うん。ウマくいけばいいよな!!っておまえ泣いてたじゃねーか」
「ハハ」

二人、笑う。うまく話が反れた。億泰はそう思った。
だが、程なくして仗子は押し黙り、まだ口を付けていない自分のサイダーを一点見つめたままになった。

二分、沈黙は続いただろうか?

「オイ…」

流石にその仗子の様子が心配になり、億泰は声をかけた。
瞬間、弾かれたように仗子が向き直る。

「億泰、おまえ、好きな奴いる?」
「ぅえっ?!」

想像もしていない質問が仗子の口から出、億泰は跳ね上がった。心臓が高鳴る。

「いんの?」
「馬鹿、おめー何を突然、いねえ、いねえよそんなの。お、お、お前は?」
「おれだっていない。まあ、そのさ、…億泰に好きな奴が出来たら協力するから!おれ。

欲しーんだろ?彼女」

「………ぃい、いいって、な、ゲーム…」
「ンだよ、不信な目ェすんなって!その時が来たらこの仗子さんに任せておけよな!!」

ああ。正にその意中の人からキューピッド役を申しでられるなんて。心のなかで億泰は落胆した。
今頃ウマくいっているであろう康一の姿と己の現状を比べ、段々と悲しくもなってきた。…なんでいつも俺ってばうまくいかないんだろう。

しかし。落胆した次の瞬間、億泰は我が耳を疑った。億泰に背を向け、テレビにゲーム機を接続をしながら仗子は「しっかし、億泰に彼女が出来たら、……おれ、寂しいかな少し」と、ぽつりと小さく漏らしたのだ。

「寂しい?!」
「お、大声出すなよ。いっつもつるむ奴がいなけりゃー、普通少しはそう思うだろ。…違うのか?だったらごめ…」
「つくらねえ!つくらねえよ!!」

億泰は叫んでいた。ビリビリと億泰の声が部屋に響く。
仗子はびっくりした様に親友の顔を見つめた。億泰の目尻にはほんの少し、涙が滲んでいた。
――些細なその言葉でも、億泰にとっては地獄から天国だった。

「彼女なんか、オレ、ずぇったいにいらない!」
「な、なんだよ〜。欲しいっつったり、いらないっつったり」
「だからオレ達ずっと二人一緒の無敵コンビだよなあ!」
「え?うん、うんうん。ぎゃ!」

ガバッと勢いあまり、億泰は息が詰まりそうなくらいに、強く仗子を抱きしめた。常日頃からスキンシップの多い二人なので仗子は億泰を突き飛ばさなかった。

ガタイのよい億泰に抱き締められ、仗子はぼんやりと思う。
なんだよ、わかんない奴。しっかしやっぱりおれと違ってデカい体だなあちょっと悔しい、とか。由花子もこんな風に康一と抱き合ったのかなあ、とか。
いつか…
いつか俺にも彼氏ってヤツができるんだろうか?
そう考えた時、ちくりと仗子の胸が痛んだ。

実は。さっき、億泰にもし彼女が出来たら?と考えたときも仗子の胸は僅かに痛んだ。
その訳は解らない。自分のことならばいざ知らず、親友の幸せを想像して胸が痛むなんて…。
なんて、自分は嫌なヤツなんだろう。と仗子は思った。

億泰の隣にはいつも自分がいたので、他の誰かが隣に並ぶことなんて微塵の想像もつかない。
…当たり前だと思っている現実は、いつか消えてしまう。だから、
とても寂しくなったのだ。

今度は仗子が泣く番だった。億泰の胸のなか、仗子は声無く両肩を震わせて静かに泣き出した。

「な、どした?!何泣いてんだおまえっっ!?あ・新手のスタンドかっ???」

黙って仗子は首を振る。寂しくて泣いただなんて、あまりにも馬鹿馬鹿しく、恥ずかしくて言えなかった。

「すまんっ、きつく抱き締めすぎた?!じゃ、具合悪いの?え、なに?違う??だったら」
「もうちょっと…」
「もォちょっと?」
「…このままでいたい」
「…………いっ」

仗子の言葉に言葉を失い、億泰は赤面した。なにがどうなってこうなったのか彼にはさっぱり解らなかったが、仗子は億泰に抱き締められていたいらしい。

…そ、それって。

「じょ、仗子さん」
「…なに」
「………俺、その、俺も、ずっと抱き締めていたい、なあ。きょっ、今日だけじゃ、なく」
「うん」

それから互いに顔を見合わせたとき、億泰と仗子は何も言わず、引き寄せられるように、そっと深く唇を重ねた。






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