進藤一生×香坂たまき
![]() 前回:たまきの心(神宮恭一×香坂たまき) それからたまきは精神科に入院していた。 進藤は、たまきの元へ頻繁に足を運んでいる。 いつものように静かに病室のドアをノックし、中に入った。 勿論、迎え入れる声は無い。 ドアを閉めて振り返れば、カーテンを開け放った窓から外を見ているたまきの横顔が見えた。 が、実際はきっと外など見てはいないのだろう。 彼女はそこから見える景色など、まったく理解していないだろう、と 進藤はわかっていた。 「体調は…どうだ?」 パイプ椅子に座り、彼が話しかけても彼女は振り返りもしない。 あの事件が起こる前とは別人のようにやつれてしまっているたまき。 何も見ず、聞かず、食べず、眠らず…日に日に衰えていく。 たまきの手に、進藤はそっと触れた。 確かに温かく、生きている感覚はあるというのに 彼女の心はここにはないのだ。 「たまき、こっちを向いてくれ」 声に反応しない、振り返らないと解っていても たまきの横顔に、進藤は毎日そう話しかける。 「そんなんじゃいつまで経っても退院できないぞ?」 「たまき!聞こえてるだろ?・・・・」 何を言っても、たまきは表情一つ変えなかった。 それでも、進藤は話しかけ続ける。 そうしていたら“そんなに一生が喋ってる所、初めて見たわ”と 笑って振り返りそうな気がして そんな淡い願いを込めて話しかけても 振り向かないたまきを抱きしめた。 「俺のこともわからないのか?」 「いつもみたいに笑って・・・好きだって、言ってくれ・・っ」 それでも何を言っても、何をしても、たまきは振り向かない。 返事をしない。ぴくりとも反応しない。 たまきは、俺を自分の世界から締め出した。 いや、自分を現実から締め出したのかもしれない。 そんなのはどっちでもいい 俺じゃどうしようも出来ないのか? もう俺に、助けを求めることもしないのか? お前を助ける事は・・・出来ないのか? 戻りたいんだ、あんな事が起こる前に なぁ、たまき 俺を見てくれ・・・ そんな状態に進藤は泣きそうになった。 いつまで経っても何も変わらない、この状態に 泣きそうになってその日は静かに病室を後にした。 それでも次の日にはたまきの病室へと足を運ぶ もう日課のようなものだ だって、自分は・・・ たまきと向き合っていなければならない けれど正直な所、進藤はたまきに少しの苛立ちも感じていた。 何も悪くない自分を裏切ったのだと責めて、自身に絶望してしまった彼女に。 たまきは悪くないというのに・・・ 俺はお前が笑って隣にいてくれるだけで、それでいいのに・・・ それでもたまきは、そんな思いを拒絶している。 「もぅ・・・自分は、幸せになっちゃいけないと、思ってるのか?」 もし、そうだとしたら。 俺を裏切ってしまったと悔やんで、自身の幸せを捨ててしまったというなら。 絶対に俺の手でその幸せを、拾ってあげなくてはならない。 どうやったら拾ってあげられるだろうか どうしたら、たまきの心に届ける事が出来るだろうか 「帰ってきてくれよ・・・お前がいなきゃ・・・お前じゃないと駄目なんだ」 迎え入れる場所は、ちゃんとあるから。 ちゃんとすべてを受け入れた上で愛す自信もあるから。 だから・・・ 「たまきは、何も悪くないし・・・俺を裏切ってもいない」 「だからもう……自分を許して、俺を見てくれ・・!!」 かたくなに、自分を傷つけることはやめて。 笑って生きることの、何が悪いというのか。 一度起こってしまった事を変える事は出来ない。 でも未来は自分たちで変えられるから。 その時に捕らわれたままでいるのはもうやめて・・・ そろそろ戻ってきてくれないか? 進藤は少し俯いて、またすぐに彼女の横顔を見た。 「・・・!」 相変わらず振り向かない彼女だが頬に、涙が静かに伝った。 今までになかった反応に進藤はここぞとばかりに声を掛け、身体を揺さぶる。 「・・・たまき!たまき、聞こえてるんだな!?」 「いっせ・・・い」 そして、重なった手が、弱い力でぎゅっと握られる。 紡がれた声は、ひどく懐かしく感じた。 とめどなく涙は流れ、彼女の頬を濡らしていく。 窓の外に向けられた彼女の目には、今はきっとちゃんと空が映っているだろう。 「空って、・・こんなに・・きれい、だったのね・・・」 途切れ途切れの言葉を聞き漏らすことなく、進藤は頷いた。 「あぁ・・・たまき。こっち、見てくれないか?」 そう言って、彼女の手を強く握り返した。 するとたまきは、ゆっくりと進藤の方へと顔を向けた。 「ありが・・・とう・・ずっと、どこからか聞こえてた・・・一生の声」 自分を見つめ返すその目も、またひどく懐かしい。 たまきの瞳には自分が映っている。 それがあまりに嬉しくて進藤も歓喜余って涙を零す。 「泣いて、るの?・・・もうどこにも行かない、から」 たまきは呟くようにそう言って、微かに微笑んだ。 それからたまきは流動食から始め、だいぶ食事を摂れるようになった。 が、やはり眠ると夢であの事が鮮明に蘇るのか 睡眠はあまり進んでとろうとはしなかった 「大丈夫か?ゆっくりでいい。無理はするな」 何度かうなされている姿を目撃しているからか、進藤も強く進める事も出来ずにいた 「大丈夫。早く元の生活に戻りたいの」 たまきは必死乗り越えようとしていた。 閉じこもっていた頃と今。どちらの方が辛いのだろう もしかしたら今の方が辛いかもしれない また逃げ込みたくなるくらい、辛いのかもしれない 進藤はそうさせまいと傍で見守り、支え続けた。 その甲斐あってか、大分普通の日常らしい日常が戻ってきた 「あとはもう通院で大丈夫でしょう。来週には退院できますよ」 医者に言われ、たまきは素直に喜んだ 長かった入院生活からもあと一週間で開放される 「退院したら一緒に住むか」 「いいわね」 と、そう笑って答えていたのに 退院する前の日、たまきは忽然と姿を消した 変わりにたまきが残したと思われる手紙がベットの上に置かれていた。 進藤はその存在に気付くなり、荒々しい動作で開封し手紙を開く するとそこには確かにたまきの少し癖のある文字が並んでいた。 「一生へ あんな事があったのに変わらず愛してくれてありがとう 本当に凄く嬉しかった 嬉しかったけど…今はあなたの真っ直ぐな想いが、苦しい。 あなたを受け入れられないのも。 それはやっぱりまだ私が私自身の事を許せてないせいだと思うの だから、あなたの前から姿を消すことにしました。 もぅどこにもいかないと言ったのに、こんな形を取ってしまってごめんなさい でも、私が自分の事を許せるようになったら そしたら、救命に戻ってくるつもりでいます。 その時、あなたがまだ私の事を愛しいと思ってくれるのなら また1から始めれたら…と そう思っています。 勝手な事ばかり言ってごめんなさい。 離れていても…ずっと、愛してる たまき」 手紙にはそう書かれていた。 全てを読み終わるなり、そこに書いてある通り 何て勝手な事を、と思った。 が、その反面、彼女らしいとも思った。 人に頼る事をせず、自分の道は自分の力で切り開き そしてその道を極め、突き進んでいく 。 今、進藤の目には、入院時のあの弱々しいたまきの姿ではなく 救命で働いていた頃の凛としたたまきの姿が浮かんだ。 彼女は守られる事を望んでいない。 いつでも対等でいたいと、そういうのを理想としていたたまきの思いを俺は忘れていた。 これ以上傷つけまい、守ろうとそればかりを考えていた。 本当は自分が彼女を必要としているのに たまきが自分を必要としているのだと勘違いして… 自惚れもいいところだ と、進藤は自嘲して深い溜め息をついた。 が、まだ自分がたまきに出来る事はある。 「お前が許せるその日まで…俺はずっと待ってる」 窓の外の空を見上げ、瞳に寂しさを宿しながらも口角を上げ、進藤はそう呟いた 。 自分が出来る事。 それはいつになるか解らなくとも信じて帰りを待つ事だけ 会えなくても、愛し続ける自信はあるから 変わらぬ想いを胸に抱いて… ずっとその時を待ち続ける ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |