進藤一生×香坂たまき
![]() いつの間に、こんなに育ってしまったのだろう。 時間を経るごとに 言葉を交わすごとに 肌を重ねるごとに、どんどん強くなる気持ち。 想い、愛しさ。 最初は、少し驚いた。 遠くから指示を飛ばせる程の腕があるのに医者を辞めたと言う事に でも少し後に理由を知って、見かけによらず愛情深い人なのかもしれない、と ぼんやりそう思った。 それでもその時はそんな感情よりも彼を利用して自分が第一外科に戻れるよう そう仕向ける事で頭が一杯で 彼を救命のスタッフにしようと何度もコンタクトを取った。 それでも自分は第一外科に戻れなくて 嫌々、救命の仕事をこなした。 でもその内に救命の面白さに気が付いて、進藤を始め、周りのスタッフの優秀さにも 気が付いた。 そしていつからか彼を特別視するようになった。 いつからか、なんて解らない。 いつの間にか好きになっていて そのせいで亡くなった奥さんの事を今でもとても愛していることに 嫌と言う程に思い知らされて。 だけど、自分の中で日々大きくなる気持ち。 そんな双方に、押しつぶされそうだった。 押しつぶされそうで、だから。 その前に気持ちを伝えるしかなかった。 すると、彼も私の事を愛している、と そう言ってくれて歓喜のあまり涙を流した事を今でも鮮明に覚えている。 想いが通じ合っている今、毎日が幸せな時間。 ・・・初めの内はそうだった 「……何を考えている……?」 間近に見上げる整った顔が、不機嫌に歪んでいた。 たまきは宥めるように小さく笑うと、自分から唇を重ねる。 一瞬触れるだけのキス。 「――貴方のこと」 笑いながら囁きかける。 しかしその答えは気に入らなかったらしい。 今度は進藤の方から乱暴に唇を重ねて、舌を絡めてくる。 「……っ、んぅ……は……っ」 濡れた音がたまらなく羞恥を煽るのに、それが嫌なのに 分かっていて、進藤はそうしてくる。 たまきは逃れようと身を捩ってみたが、結局は無駄だった。 体格差、腕力の違い、体勢の悪さ ……そして何より、力が抜けて身体が思うように動かない。 「――……っ、」 「余計なことは考えるな」 「……余計、じゃ、ないわよ……!」 やっと離れた唇が、吐息がかかる距離で呟く。 息を弾ませ、目を潤ませている自分は解っているけれど 目の前の人のことを考えて何が悪いのか、と たまきが睨めば、漆黒の瞳がいつもの底意地の悪い笑みに歪んでいた。 「余計、だな……今は何も考えるんじゃない」 「な、……っあ、やぁ……っ」 反論しかけた時には、熱い唇が首筋に動いていた。 焦らすようにゆっくりと移動する熱。 思わず悲鳴のような声が漏れる。 考えるな、と言われても考えてしまうのは きっと彼女の癖で。 「あ、っ、あぅ、……ん、んんっ……んあっ」 つ、と指がなぞればそれだけで身体が跳ねるのに 好き放題に触れてくる唇が、指が、舌が。 恥ずかしいから抑えようとしている声を、上げさせる。 甘く切ない声は、やはり何度聞いても自分の口から漏れるものとは思えない。 今まで男に抱かれても、こんなに感じる事はなかったのに。 それを1度進藤洩らしてから、そんな声を上げさせるのがそんなに面白いのか いつだって進藤は口元に笑みを浮かべている。 反撃しようにも、すでに身体に力が入らなくて。 いつも何だか悔しい思いをさせられる。 「やぁっ、っ、あっ、は、ぁ、ぁん……っ」 いつの間にか身体が転がされ、うつ伏せになっていて 進藤が背後にいた。 後ろから回った手が胸に伸びて、唇が、吐息が、背中を移動する。 熱い・・・ 見えない分、不安なのか。 それとも別の理由なのか、いつもより敏感になった神経。 懸命にシーツを握って我を保とうとしても、全く上手くいかない。 頭に靄がかかる。 「一生……もっ、ソコやめ…て…?やぁあっ!」 くつくつと低く笑う声。 次々に移動する手、指、唇、舌、吐息。 くすぐったいよりもむしろ落ち着かなくて 不安で、ざわざわするのに全然分かってくれない。 嫌だと言うごとに、どんどん意地悪な動きになる。 「もっと、して。の間違えだろ?」 違う、と言いたくても、喘ぐような短い呼吸では酸素がまともに吸えなくて 意味のない言葉しか口から漏れない。 少し落ち着きたいのに、背後の進藤の動きが見えなくて解らなくて どんどん追い込まれる。 追い込まれるくせに、大部分の熱に浮かされた頭の中 ほんの少しだけ冷静な部分が思考を進めている。 この人にとって、自分はどういった存在なのだろう。 ・・・愛してくれているのは確かだと思う。 いつだって気にかけてくれる。 ぶっきらぼうな優しさは解りづらい時もあるけれど、嬉しいし 仕事の時にもとても頼りになる。 それでも 『愛してる』だけでは、それだけではもう満足出来なくて 私1人で彼の心を独占したいと、そう願ってしまうのは やはり傲慢なのだろうか。 ・・・解っている。 亡くなった奥さんを今でも想っている、そんな所を含め 彼を愛し、傍にいると決めたのは自分自身。 それでも自分は彼だけを想い、彼は・・・ そう考えると、片思いの時よりも切なく、苦しかった。 どこまでも強欲で勝手な自分に嫌気すら差してくる。 そんな思考に支配されている内にいつの間にか手は下の方へと 下がっていて、つ…っと、長い指が脚を這った。 その感覚に、我へ返る。 「やあぁ……!」 ぎりぎりの所でうろうろされて ぼんやりとした頭で自分のそんな間の抜けた声を聞いた。 たまきが身を捩ると、それでも身体に回った手は揺らぎもしない。 揺らぎもしないで当然のように、すでに熱くて堪らなかったところへ ゆっくりと指が伸びる。 乱暴な動きでもないのに湿った音が立って。 わざとに違いないと思う。 「本当に嫌だったら、こうはならないよな……?」 「……っ」 意地の悪い台詞。 図星を指されて身体が跳ねる。 進藤の指の動きそのものは、とても優しくて丁寧だ。 どこまでも優しく丁寧に、たまきの弱い所を意地悪く的確についてくる。 その動きが嫌なのに、嫌なはずなのに どうしようもなく感じてしまって 身体にはいよいよ本当に力が入らなくて 耳元で囁かれれば、ざわり、いっそ腕に首筋に寒気が走って。 こんなの自分じゃない、いつもの自分じゃないと 泣きそうな理性が懸命に叫ぶ。 それでも、理性よりももっと奥深い場所 身体のずっと奥からは、もっとしてくれ、と そんな風に甘くねだる声。 正反対の事を考える頭が、心が、身体が。 たまきには信じられなくて、それが少し怖かった。 「や、だ……っ、やめ……」 なんとか顔だけ背後を振り向いて、短い呼吸からどうにか言葉を絞り出した。 目が合うと、その瞳がいつもよりなんだか野生の獣のような そんな危険な光を含んでいるような気がして、頭の奥で警鐘が鳴る。 鳴ている筈なのに、動けないのは きっと・・・ 怯えがかすかに顔に出たたまきの懇願に、ふと目が少しだけ細くなった。 口元の笑みはそのまま、指の動きだけが予告も何もなく唐突に、止まる。 「……ぁ」 「……望みどおり、だろ?」 小さくもれた声には、愕然とした切望めいた色が混じっていた。 やはり意地悪く笑う進藤が、そんなたまきの耳に舌を這わせる。 ぴくん、勝手に揺れる身体。 動きは止まっても指はそこにあるままで 小さく揺れた身体のせいで、一瞬だけ刺激が走って。 「どうした、腰、動いてるぞ……?」 低くかすれた、意地の悪い声に ぞくぞくする。 「い、じ、わる……っ」 すねた声が勝手に出る。 言葉の裏に、ねだる響きを持った声。 自分が分からない。 真っ赤になって顔をそらせると、進藤は笑いながら唇を寄せてきて。 唇が重なった瞬間、指の動きが再開して 今度はもうなす術もなく高いところへ連れて行かれる。 私は貴方が全て。 言葉ではもう言い表せないほどに、愛している。 ……でも、あなたは 私の事をどう思っているの……? 気がついたら、また進藤が正面にいて、ベッドを背負っていた。 「っ、あ、……ぁあっ、あ、っは、……あぅっ」 私がたまに考えに現を抜かしているのに気が付いているのだろう。 知らしめるように、ゆっくりと入ってくる、それ。 ――熱い。 熱と、圧迫感。 息苦しくて、上がった呼吸ではなかなか合わせられなくて、自然と眉が寄る。 「……っ」 荒い息、熱い身体。 進藤の首に腕を絡ませて、快感の熱を共有している そう思ったらなんだか幸せで、涙が滲む。 「……一生……っ」 私だけを見て。 そう口走りそうになって、呑み込んだ。 どんなに想っても口に出さないのは、言葉で彼を縛りたくないから。 うわ言のように聞き流してくれればいい。 でもきっと彼はそうしないで、凄く悩むのだろう。 どうすれば、私の心の不安を取り除けるのか、を 悩ませたくはない、でも・・・ 独占したい。 一瞬でもいいから、彼の心を 「いっせ、一生……!」 だから、呪文のように彼の名前だけをくり返し呼ぶ。 好き、愛してる、ずっと傍にいて・・・ そんな想いを溢れる程に込めて、ひたすら彼の名前を呼ぶ。 「……たまき」 何度も呼べば、進藤も応えてくれる。 何かに耐えるような辛い表情がたまらなく色っぽくて そんな表情をさせているのが他でもない自分なのだと そう思うとそれだけで胸が高鳴る。 不安は澱のように心に沈んでいても ただ名前を呼んでもらえれば、それだけで喜びに満たされるから。 だからもっと、名前を呼んで・・・ 「い、っせい……!」 「たまき……」 お互いの名前を呼んで、絶頂に身を委ねて。 ふと目を覚ましたら、進藤の腕の中にいた。 「愛してるわ。早紀さんよりもずっと貴方の事・・・」 たまきは小さな寝息を立てる進藤の顔にそっと手を伸ばす。 頬を撫でても、呼吸には何の乱れもない。 ぐっすりと寝入っている。 そんな彼にそっと、額に唇を寄せて。 だから貴方も私を1番に愛して・・・。 音のない声で、そっと囁いた。 溢れそうなこの想いは、きっと言葉では言い尽くせない。 だけど今、少し言えて楽になった気がした。 たまきは小さく微笑んで、その腕の中に再び潜り込む。 進藤が起きて聞いていたとも知らず たまきは再び深い眠りに就いたのだった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |