進藤一生×香坂たまき
![]() 一方方向だ、とたまきは思う。 初めの頃は、無理だと思っていた想いが叶って、舞い上がっていたけれど。 彼が私を見てくれる、求めてくれる、一緒に居てくれる。 私だけを愛してくれているとすら、錯覚した日もあった。 だけど。 これだけ長く一緒に居たら、嫌でも分かってしまう。 彼の心にはどこか空白があって、そこに私は入らせてもらえない。 頑なに独り守っているものがある。 いや、独り、じゃないのかもしれない。 ある程度覚悟はしていた。 妻を亡くした男を愛したのだから。 それでもいいと思って彼に抱かれた。 彼の瞳が少しでも私を見てくれるなら、幸せだと思った。 なのに。 この胸にのしかかる寂しさはなんだろう。 いつからだろう。 愛されるだけでは足りなくなって、贅沢になってしまったのだろうか。 ふと、前にもこんな思いをしたことがあったと。 妻子ある男を愛したときだ。 家族と別居して、アパートで暮らしていたその男は、 ふたりで居てどんなに楽しく心安らかであっても、 いつも心の片隅に、家族を思い浮かべていた。 離婚して欲しいとか望んだわけじゃない。 だけど、たまきと一緒に居るときも彼の心の一部はどこかに置いてけぼり。 一緒に居ても、一緒に居なかった。 そして彼は、結局家族の元へ帰ってしまったのだ。 不倫はあれで懲りた。 …はずだったのに? 馬鹿ね。 進藤とは、不倫じゃない。 彼にはもう帰るところなんてないじゃない。 …でも。 もし今、亡くなった彼の奥さんが、目の前に現れたなら。 彼は、迷わず奥さんのほうへ行く。 そんな気がしてならない。 胸に募った不安で苦しくなり、 馬鹿ね、とまた自分を諭す。 医者のくせに、何非現実的なことを考えてるのかしら。 自嘲気味に笑い声を上げた。 「楽しそうだな」 リビングから声が聞こえてきた。 進藤はソファに座り、たまっていた新聞にかじりついている。 そっと傍に寄り、後ろからソファ越しに首に手を回す。 「思い出してたの。貴方って、ちょっと似てるなぁって」 「ん?誰に」 「昔付き合ってた男」 「………」 ぴくん、と進藤の神経が鳴った。 「それだけよ」 悪戯に微笑んで手を解くと、その場を離れようとした。 と、不意にその手をぐっと掴まれた。 引き寄せられ、強引に口唇を奪われる。 突然のことに目を瞑る暇もない。 「ちょっ…なに…」 必死に抵抗すると、喋ることも出来ないほど完全に口唇を塞がれる。 口唇を割らせ、逃げる舌を執拗に追う。 捕まえたら、強くねっとりと絡ませる。 口内を吸い取り、深く貪り、息をする暇もない。 息が乱れてくる。 抱き締める力は痛いくらいで、口付けは強引なのに、絡んだ舌は柔らかく熱く。 痺れるような感覚に、瞳を閉じ力が抜けると。 口唇が離され、強い瞳がたまきを睨んでいた。 腕が放されるとくたっとしゃがみ込んだたまきは、俯いて肩で息をしていた。 「…もう…なんなのよ…!」 訳が分からなくて力なき抗議をしたたまきの両手を、進藤は掴んだ。 「っ?」 次の瞬間には床に押し倒され、大きな身体に組み敷かれた。 「ちょ…ちょっとっ!?離してよ、痛い!」 じたばたともがこうとするたまきの両腕をがっちり掴んだまま、進藤は無言でたまきを見詰めていた。 その瞳は、冷たくもあり、とても熱くも感じられた。 「な、なに怒ってるの?ねぇ!」 怖い…。 急に進藤が怖く感じられて、たまきは泣きそうに眉を歪めた。 その瞳に、進藤の力がふっと緩んだ。 「お前、何年女やってるんだ」 「?」 「そういうことは、冗談にもならない」 その言葉に、たまきは少しずつ目を見開いた、 「………」 たまきの驚いた顔を見て、進藤は組み敷いていた身体を離し、背を向けた。 「もう言うな」 ソファに座ってまた新聞で顔を覆ってしまった進藤の顔が、こころなしか僅かに赤らんでいるような気がした。 乱れた衣服を整え、たまきは身体を起こす。 髪に手を差し入れ整えながら、胸が満たされていくのを感じた。 ねぇ、それって、ちっぽけな独占欲? それとも… どっちでもいい。 貴方がこんなに激しく嫉妬してくれるなんて。 僅かな時間でも、貴方の心を私だけでいっぱいにすることが出来たのだから… こんなことでこんなに幸せを感じてしまうのだから。 立ち上がってまた進藤に後ろからそっと抱きついた。 「ごめんなさい…」 「………」 進藤は新聞から目を離さない。 「ねぇ、本当にごめんなさい。許して?」 白い掌を胸元から首筋へ這わせ、耳元で囁いた。 その手をそっと進藤が掴む。 「お前、明日オペがあるんだろ…」 「…んー…少しなら、平気、かな?」 「…こんな気持ちにさせられたまま、少し、なんて出来るか…」 「じゃあ、一緒に寝ましょう。ね?」 「………」 それもまた不満気に進藤はむくれている。 やがて観念したように立ち上がり、たまきの肩を抱いてふたりは寝室に向かった。 貴方は知らないでしょう。 私はいつも嫉妬してるのよ。 苦しくて切なくて、溺れそうになるの。 それでも、離れられないわ。 そんな貴方を見ていられなくなることの方が、辛いんだもの。 そして、ほんの少しのことで貴方は私を幸せにしてくれるんだもの。 まぁ、惚れた弱み、ってヤツかしら? ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |