進藤一生×香坂たまき
![]() 明日は久々の休みが取れたというので、たまきは久しぶりに進藤の部屋に来た。 あの人、ご飯は食べてくるのかしら。 そう思いながらも一応、仕事帰りに買い物して、料理を作って待っていた。 何しろ、普段なかなか連絡が取れない。 病院内では一部しか携帯電話が使えないというのもあるが、何しろ彼自身が滅多に連絡してくれないのだ。 電話はたいてい短く用件だけだし、メールなんてほとんどしない。 だから彼が普段何してるかなんて、たまきはほとんど知らないのだ。 まったく、筆不精、いや連絡不精にも程があるわ。 まぁ、もちろん救命の仕事に日々追われているのだろうけれど。 お互い仕事優先とは解っていても、会えない日々が続くと寂しくはなるものだ。 そういう気持ちをちっとも解ってくれないんだから。 ふぅ、と溜息を付き。 まぁ、浮気なんてできる人じゃないだけいいかな、なんて思ってちょっと笑ってみる。 でも…。 ここ数日、前にもまして連絡がないのよね。 それが少し、腑に落ちない。 時計を見ると深夜1時を回っている。 急患で人手が足りないのかしら。 先にベッドに入って、寝ながら待っていようかな。 そう思ってダイニングの椅子から立ち上がったとき。 リビングの棚に目がいった。 大量の雑誌が立ててあった。 あんなの、前にあったかしら? 不思議に思い、棚のほうへ行ってみる。 雑誌を1冊手にとってみた。 綺麗な女優だか可愛いアイドルだかが表紙の写真週刊誌。 彼が滅多に見たり、まして買ったりしないものだ。 付箋が貼ってあることに気付き、そのページを捲ると。 「っ!!」 『巨乳アイドル加藤みさのハダカな一日』 タイトル通り、零れんばかりの巨乳を強調したグラビアアイドルのヌード写真が何枚も載っていた。 「ウソ………」 たまきは目を見開く。 俄かに信じられるものではない。 他の雑誌も手に取る。 付箋の貼ってあるページを片っぱしから見てゆく。 幼な顔制服アイドル、人妻風着物熟女、キャリアウーマン系美女、す、数学教師と放課後の教室で!?… いろんなタイプの女性のヌード。 しかも、袋とじになっていたところは丁寧に開けられている。 「………」 衝撃の事実に、たまきは愕然とした。 ほんの少しの間に、こんな大量に… 浮気は出来ない人だけど、こういうことはする人だったわけ? しかも… このタイプの違う女性たちの間にひとつだけ共通するのは、 『巨乳』。 むかっ…っっっ!!! 一気に腹が立ってきた。 別にオトナなんだしこういうもの見るくらいで怒りはしないけれど。 あの人……… 巨乳好きだったわけ!? もしかして、それでココ最近連絡なかったの? つまり、私じゃ満足できなくなったってことね!? 女のプライドが……… 雑誌を掴んだ手を握り締め、怒りで肩が震えた。 雑誌を放り捨て、荷物を引っつかみ、足早に出て行こうとしたとき。 携帯が鳴った。 彼からだった。 「…もしもし?」 不機嫌な声を隠さず応える。 「俺だ。すまん、遅くなって」 「…忙しかったの?」 「…あぁ」 「遅くなるならそれだけメールしてくれたっていいでしょ!」 「…すまん、忘れてたんだ」 カチン。 あぁ、そう。 どうせ貧乳の私に、もう興味なんてないんでしょうね! 「帰るわ」 「帰る?今からか?」 「そうよ」 「ちょっと待て!こんな時間に外に出るな」 「ほっといてよ!どうせもう私に興味ないんでしょ!」 「何言ってるんだ?落ち着け」 「命令しないで!タクシー呼ぶからご心配なく!さ・よ・な・ら!」 「おいたまき?連絡しなかったのは悪かった。頼むからそんなに怒らないでくれ。それに、俺ももう家に着く。タクシー使ってるんだ」 「………」 電話の向こうからは、僅かに車のエンジン音が聞こえていた。 「とにかく家に付いてから話をしよう」 「………」 「判ったな?帰るなよ」 それだけ言って電話は切れた。 「………」 腹立ちが収まることはなかった。 いいわ。 はっきり突きつけてやろうじゃないの。 これほど言い逃れ出来ないものはないわ。 ほどなく、深夜のマンションの前に静かなエンジン音が轟き、それからすぐに玄関のドアが開いた。 進藤は軽く息を切らしている。 たまきはその前に立ちはだかり、腕を組んで進藤をじっと睨んだ。 「…すまなかった。そんなに怒るとは思わなかったんだ」 息を切らしながら進藤が喋る。 「………」 たまきは無言で進藤を睨みつける。 「でもこんなこと、前にも何度かあっただろう?」 「私たちが会うの、何週間ぶりだか覚えてる?」 「…3週間、ぶり…か?」 「3週間と6日。いえ、日付が変わったからもう1ヶ月ぶりよ。」 「…本当に、すまなかった。もう、許してくれ」 「…どうせ貴方は私と会えなくても寂しくないんでしょうね!」 たまきが叫んだ。 その拍子に、涙が溢れた。 その声と様子に、進藤が驚いた顔をする。 「どうしたんだ。何かあったのか?」 「…馬鹿みたいよ、私。食べてもらえるかも判らない料理作るために仕事帰りに買い物して、時間かけてお芋煮込んで…」 怒った顔が少しずつ歪み、涙が零れ始める。 「ろくに連絡もくれない人のこと、会えない間も考えて…。次はコレ作ってあげようとか、仕事の合間に本見て研究して…」 「…たまき…」 必死に堪えようとするほど零れ落ちてしまう涙を隠すように俯くたまきを、進藤は優しく抱き締めようとした。 どんっ その身体を突き飛ばす。 「たまき!?」 「でもそんなこともうどうでもいいわ!こんなもの大量に買い込んでる人だって知っちゃったんだもの!」 そう叫んだたまきは、さっきの雑誌を手に取り付箋の付いたページをばっと開いて進藤の前にどんっと突きつけた。 「っ!!」 進藤が目を見開く。 「悪いけど、こんなの見たら百年の恋も一気に冷めるわ。もう貴方とは会わない」 「ちょっと待ってくれ!コレは…」 「どう言い訳する気?付箋まで貼り付けて…。私に会えなくてもこの娘達に会えればそれでよかったんでしょ!」 「な、何言ってるんだ!」 「それはこっちの台詞よ!私だって別にヌード写真見たくらいで怒りはしないわよ。でもまさか貴方…」 俯いて肩を震わせる。 「これ巨乳写真ばっかりじゃない!!知らなかったわ、貴方がそういう好みだったなんて!!」 「誤解だ!」 「何が誤解よ!私を抱いてても楽しくなかったんでしょ?だから最近めっきり連絡くれなかったのね…」 また瞳が潤んでくる。 「だったら最初からそう言ってくれれば良かったのよ。こそこそこんなことされる方が、よっぽど傷付くわよ…」 涙を流して俯くたまきの肩をとんとん、とたたき、顔を上げたたまきの前に進藤が突き出したのは、携帯の液晶画面。 「何よ?」 「いいから、読め」 画面にはメールが映っていた。 怪訝に思いながらもその文章を目で追ってみる。 『進藤君。こないだパソコンのほうにも連絡したとおり、例のもの送りました。僕の今の仕事の集大成です。他のクラスメートには知らせもしないけれど、進藤君にだけは解ってもらいたいんだ』 「?何これ?」 「この写真を撮ったカメラマンだ」 たまきが握り締めてる雑誌を指差して言う。 「え!?」 「こないだ、大量に送りつけきた。付箋をつけてな。」 たまきは意味がわからず、ぽかんとしている。 「医学部のときの同級生なんだ。真面目すぎるくらい真面目なヤツでな。精神を病んで中退してしまった。その後何年も連絡がなかったが、こないだ急にパソコンにメールが来たんだ」 「え………」 「自分の撮った写真を見てほしいというから住所を教えたらコレだけのものが一気に届いたんだ」 大量の雑誌が入っていたダンボール箱を進藤は見せた。 「ご丁寧に、袋とじの部分は開けてあった」 「…写真て、こういう写真だったの?」 俺も届くまで知らなかった、と進藤が呟いた。 「生きるとは何かをとことん追究し続けて、最終的に性の悦びに辿り着いたそうだ…」 進藤は雑誌に同封されていたらしい手紙もたまきに手渡した。 そこには、神経質そうな字で長い文章がびっちりと書き詰められていた。 「…こんなの、置いておかなくても…」 「……捨てるわけにもいかんだろう…」 メールを見ながら、どうしょうもないという顔で進藤は吐き捨てた。 「なら人目に付かないところに置いておけばいいじゃない」 「…そんなやましいことしてるたいなことするのもな…。」 中学生じゃあるまいし、とまた呟いた。 「どう返事をしたらいいのかも困ってるんだ…」 ソファに座り込み、顔を両手で覆って大きな溜息を吐いた。 その姿に思わずたまきは小さく吹き出した。 「…笑ってる場合じゃないんだぞ」 恨めしそうに進藤が睨む。 「知らなかったわ。貴方がそんなに友情を大切にする人だったなんて」 その様子が可笑しくてまたたまきが言う。 「繊細なヤツなんだ。俺のせいでまた精神を病んだりされたら困るだろう」 心底困ったというように、進藤はまた深い溜息を吐いた。 「…なんで俺に送ってくるんだ………」 袋小路に追い詰められたとでもいうような進藤の呟きに、堪えきれずたまきは笑い出した。 その様子をまた恨めしそうに進藤が睨む。 「もしかして最近連絡がなかったのはその返事に悩んでたせい?」 「…まぁな」 「言ってくれればよかったのに」 「…こんなことどうやって話せって言うんだ…」 あはははは、といっそう大きな声でたまきは笑う。 「それだけでも頭が痛いのに、誰かさんは誤解して手が付けられないほど怒るしな…」 陽気に笑うたまきを小さく睨む。 「ごめんなさい。でも、誰だって誤解するわよ?こんなの見たら」 せめて付箋は外しておけばよかったのに、とたまきが言う。 「そんな時間もなかったんだ。というか、全部見てない」 「あら、そうなの?」 「…見てたほうが良かったか?」 「こういうのは好きじゃないの?」 「…こんな写真見せられても、欲求不満が募るだけだろ。お前とはなかなか会えないわけだし」 ちょっと目を逸らしてぼそっと呟く。 その様子が可愛くて、たまきがくすっと笑う。 「ということは、巨乳好きは貴方のお友達の方だったのね?」 「…そうみたいだな」 手紙のなかには、いかに巨乳が素晴らしいかが学術的にも芸術的にも高らかに謳い上げられている。 「コレはコレで凄い才能よね。そういう風にお返事してあげれば?」 「…そういうもんか?」 「そういうもんよ。てゆーか、貴方も真面目に悩みすぎなのよ」 「……そうか」 そう呟いた進藤は長い悩みから解放されたと感じたのか、ソファに持たれて長い息を吐いた。 「助かったよ」 安らかに目を閉じる進藤。 「…でも、疑惑は残ってるわ」 声のトーンが低くなったのを訝んで進藤が目を開けると、たまきがじっと睨んでいた。 「な、何が?」 「…貴方、本当はどうなの?巨乳の方が好きなの?」 「は!?」 「この際はっきり聞いておきたいのよ」 「そんなこと聞いてどうするんだ」 「本当は私の胸に不満持ってる?…その、小さい、って」 恥ずかしそうにしながらもじろっとたまきが睨む。 「…そんなこともないだろ」 ぼそっと呟く進藤。 「触らないと判らないけどな。でもむしろ、そっちの方が都合がいい」 他の男には知られたくないからな、と進藤は飄々と言う。 その言葉にちょっと顔を赤らめるたまき。 「それに………」 「え?それに、何?」 「…いや」 進藤はにやっと笑い、立ち上がってたまきの腰を抱いた。 「ちょっと、何?」 「何って、決まってるだろ?」 訝しむたまきをひょいと抱き上げる。 「きゃっ」 そのまま寝室に向かう。 「もうこんな時間よ?私は明日仕事なの!」 「俺は休みだ」 抗議の声を上げるたまきに、しれっと進藤が言う。 「やっと悩みから解放されたんだ。祝ってくれてもいいだろ」 耳元で囁く。 「勝手に誤解して怒り出した罰だ。大人しく抱かれろ」 「きゃっ…」 キスをするのももどかしくベッドに押し倒す。 口腔内を貪りながらそっと手を降ろしてゆく。 柔らかな胸を撫でながら進藤は思う。 たまきの胸は大きくはなくとも、感度はかなり良好だ。 服の上からでも既に感じ始めているその甘い吐息が、いつも進藤の心を昂ぶらせる。 そういうところが気に入っていることは、あんまり言葉にして言いたくないが。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |