新しい試み
進藤一生×香坂たまき


昨夜は珍しく同じ時間に帰ることができた。
進藤の部屋で酷く遅い食事を取ったあと、お互いシャワーを浴び、急ぐようにセックスをしてそのまま寝てしまった。

ちょうど夜が明ける頃にたまきが目覚めると、進藤の寝顔が目の前にあった。
たまきはゆっくりと、進藤を起こさないように彼の腕枕を外した。きっと痛いだろうと思ったからだ。進藤を気遣ってのことだったが、痛いかどうか進藤に確認したことはない。
こんな睡眠では疲れはとれなかった。勿論激務のせいでもあるが、たまきには気になることが一つあった。

この人は、セックスのとき何を――誰のことを考えているのだろう。
私のことではない気がするのは、やはり考えすぎなのかしら、と。
彼が考えることといえば、やはり先の奥さんのことではないのか。
しかし情事の最中に尋ねるのは興が醒めるし、かといって日中にそんな話を持ち出すのはスマートではない。
どうしてもたまきの美学が、彼女を素直にさせることを拒んでいた。

たまきの進藤の亡き妻に対する感情は嫉妬や焦燥ではなく、むしろ穏やかな気持ちだった。
近頃の進藤は、進んで、しかしたまきが傷付かないようにエピソードを選んで昔のことを話してくれていた。
そのことがたまきには嬉しかった。二人の思い出の、三人目になれたからだ。

だが、それとセックスの際のことは別である。自分のことを見てほしい。
まだ子供のようだわ、私も人間が出来上がっていなかったのね、とたまきは自嘲気味に笑った。
ベッドの周りに脱ぎ散らかしたローブを纏い、上半身を起こして静かに窓を開けた。朝の澄んだ空気が気持ちいい。頬を撫でる涼しい風が、彼が何を考えていてもいいじゃないかという気持ちにさせてくれた。

「・・・もう起きたのか?」

隣にある大きな身体が寝返りをうちながら声を発した。

「ごめんなさい、起こした?」

たまきは慌てて窓を閉めた。

「眠れなかったのか?」

進藤はベッドサイドにある時計で時刻を確認しながら尋ねた。

「――寝たわよ。朝の風にあたりたくて。朝食作るわね」

些か不自然だったかもしれないが、たまきは進藤を心配させないような返答に努めた。
進藤は腑に落ちないようだった。たまきの背中に腕を回し横になるように彼女を無言で促した。

「まだ時間はあるだろう」

たまきを抱き寄せながら進藤は言った。先ほど外した進藤の腕が、再びたまきの枕となった。
進藤はとろんと目を閉じた。たまきはそんな進藤の頭を撫で、起こしてしまったことを帳消しにするように睡眠を促した。
しかしすぐに進藤は目を開けた。至近距離で突然目があったのでたまきは驚いた。
どうしたの、と尋ねるより早く唇を奪われた。

「・・・ッ」

すぐに進藤の舌がたまきの口を割って入ってきた。抵抗しないつもりはなかったが、進藤の意思の方が香坂の力よりも強かった。

「っは・・・んっ、何よ急に」

先ほど言葉にならなかった問いをもう一度試みる。
進藤はたまきの問いに答えることはなく、何ってこうだろと言わんばかりに続けた。
キスに始まり、愛撫の対象は次第に香坂の身体の中心へ向かっていく。
揉みしだかれた香坂の乳房は朝の陽のなかで一際美しかった。乳首は薄桃の花弁であり、ほんのりかいた汗は朝露だった。
進藤は奮う心を一層止めることが出来なかった。勿論、たまきの造形が美しい為ではない。今自分の側にいてくれるのが彼女であることが、奇跡のように嬉しいのだ。

「っん・・・はぁ・」
「いいか?」

挿入してもいいか、という意味だった。

「待って・・・」

とたまきはいつもとは違う返事をした。
おもむろにたまきは起き上がり、進藤のペニスに顔を近付けた。

これまでたまきは、オーラルセックスに抵抗があった。昨今の若い者には当たり前であるらしいが、CT(クラミジア)を初めとするSTD(性行為感染症)に経口感染するおそれがあるのを彼らは知っているのかしら、と内心冷ややかだった。(無論、進藤はクラミジアではないが。)

今は少しそれを、試したくなったのだ。
進藤は怪訝そうにした。彼は普段から喜怒哀楽を顔には出さない。進藤自身は顔に出さないことに無自覚な節さえある。
しかし、たまきが進藤のペニスを口に含んだときは驚いた顔をした。

「!・・・おい」

香坂は上目遣いで進藤を見やる。ペニスの先を口にしたままの香坂の小さな顔が、一層小さく思えた。

「急にどうしたんだ」
「こういう気分なのよ。それよりどうしたらあなたが気持ちいいのか教えなさいよ」

照れを隠すように語調が強くなった。


進藤は、たまきが自分とのセックスを楽しめていないのではないかと常々感じていた。そしてそれは、早紀の、否自分のせいなのだとも感じていた。
だからたまきの、この新しい試みは意外であり、同時にその行為の裏にある心の動きを正確に捉えたかった。
万が一にでも自分を見てほしいという彼女の意思なのではないかと考えると、進藤はいたたまれなくなった。
だがたまきの高い自尊心が、無駄な詮索はさせてくれないだろう。
なんであれ、彼女の好きなようにしてやろうと、進藤は一瞬のうちに逡巡をやめた。


まだ時間はあるのだから。






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