とある救命医の話(非エロ)
進藤一生×香坂たまき


これは夢の続きに違いない。たまきはまたふとそんな気がした。目と鼻の先にいる男に対して用心深く怪しむような目をして恐る恐る手を伸ばした。

「……進藤先生」

返事なし。反応なし。

「冗談も大概にしなさいよ…」と彼女はとうとう信じられないと言わんばかりに呟いた。
彼女に呼ばれた男は今も尚夢の中。見ているこちらが思わず欠伸をしたくなるようなほどの睡眠姿。三十路を過ぎた男の魅力は陰に隠れ、どこか子供のような姿に笑みすらこぼれ落ちる。
安らぎに満ちた表情に、たまきはため息をこぼして彼の柔らかい髪にちょっとだけ触れた。
くせっ毛の、黒い髪は自分とは全く違うタイプ。どこかくすぐったいのだろう、眉間に皺が寄っている。

「夢の中ですら貴方はオペでもしてそうね」

ゆったりと手を離して起こさないようにカルテに目を通していく。羅列された漢字に目を通し、病状確認を続けているとふわりと苦い香りがした。いつも彼が吸っている煙草のにおいだ。
起きたのだろうか。視線をカルテからずらせばぐいと手を引かれ有無をいわさずにキスされてしまう。
彼女は余りに唐突の出来事で頭の中が真っ白になったが煙草の香りが身体を包み込んで思考回路をショートさせているようだった。
冗談じゃないともがいてみても、彼は彼女の後頭部に手を差し込んでねっとりとした深いキスを繰り返す始末。

「ん、んぅ…しん、ど、せんせ」

蚊が鳴く程度の小さな声、その声に彼はハッとしたのかたまきから慌てて身体をどかした。思考がついてこないのだろう。混乱しているように瞬きを繰り返したまきを凝視する。

「……こ……う……さ……か?」
「そうよ、起きた?」

怒らないように、出来るだけ落ち着かせながら彼女は彼を見据えると、彼は小さくうなずき返した。
そう、とだけ返して言葉を曖昧に彼女は医局を何気なく出て行った。残された進藤は彼女の名前を一度呼んだが振り向こうとしないので苦笑を落とす。

「……どうかしてる」

狸寝入りだった、なんていったら彼女は怒るだろうか。狸寝入りという表現は違う。疲れて目を閉じていたのを彼女が勘違いしただけだ。
しかしそれはいいわけに過ぎないし、彼女の唇を奪ったのは確かなことだ。
進藤は苦笑を落とすとくるりとペンを回した。

「参ったな」

思いの外、自分も男らしい。
平静を装いながらも医局を出て行った彼女の目は動揺と扇情でどこか煌めいていて、あの目をもう少し見ていたかった気もする。
たとえば身体を重ねたとしたら彼女の目はどんな色でものを語るんだろうか。そこまで考えて、はたと現実に引き戻された。誤魔化すように煙草を口に付け忘れ去るように吐息。

「本当に、どうかしている」

思わず、彼はまたぽつりと呟いた。






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