病的に白い(非エロ)
進藤一生×香坂たまき


コーヒーカップを持つ手が僅かに震えていることに彼は気づいた。 煮詰まったコーヒーに顔を歪めてカップを置くと彼女はその濡れた烏のように艶やかで繊細な黒髪をなびかせヒールの音をコツ、コツと鳴らしていく。
偏頭痛でもするのか時折頭を抑えては小さな溜息を零す瞬間すら見える。普段から他人に弱い面を確固として見せたがらない性格を知っている上、進藤は意外というよりも違和感を感じゆったりと彼女の後ろを付いていった。

「おい」
「……進藤先生、人のことを呼ぶときにおい、とか言わないでくれない?」

いつもと変わらぬ減らず口に進藤は眉を少々あげたが、彼女の顔はぞっとするほどに白い。
自分と比べてみて白いのは今に始まったことではないが、そういう意味ではなく一言でまとめると「病的に白い」のだ。 血色の悪い顔、とも言えよう。
香坂は聊か不機嫌な声音で「何よ」と繰り返したが、彼が繁々と自分を見つめるので羞恥心からか顔をふいと背けてしまう。 心臓外科医として第一外科に復帰した彼女に待っていた怒涛のように忙しい日々から推察すれば疲労であることは明白。
進藤は彼女に「寝ているのか」と尋ねてみたが結果は「平気よ」という肯定とも否定とも取れない曖昧な表現。
黒髪に病的なまでな白さはアンバランスなコントラストを生み出し、益々彼女を儚げに見せる。
顔を背けたまま、スタスタと何食わぬ顔で歩き出した香坂の腕を慌てて掴めば、バランスを崩すように彼女は後ろにぐらりと倒れ掛かった。

「香坂!」

慌てて支えれば彼女は目を何度か瞬きさせて、その身体を無理矢理起こして彼から離れた。 どうした、と救命医たちが顔を覗かせるが依然として彼女は何でもないと首を振り歩いていく。

「おい、香坂。 お前本当に寝てるのか?!」
「……しつこいわね、あなたも。 救命と違って心臓外科は研究がメインなの。 寝れないわけがないでしょう?」

素っ気無く言う彼女の腕を無理矢理掴み、袖をぐいと上げれば点滴の跡がいくつも残っている。 どういうことだと視線を送れば「食べる時間が無かっただけよ」と彼女は一言であしらった。
その言葉は「睡眠をとっている」という彼女の主張と矛盾を生じさせていることに彼女は気づいていないのだろう。
普段キレ者で、あの性格ならば墓穴を掘るようなことをしないであろう筈なのに、墓穴を掘ったことすら気づかない辺り――重症だ。

「放して」
「……第一外科には俺が言っておく。お前は休め」
「何言い出してるの?」

驚愕からか目を丸め、何度か彼女は瞬きをすると馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに手を振り払い彼の忠告を無視してスタスタと再び歩き出す。
ポケットに手を突っ込み、白衣を翻し、姿勢を正して。 けれど彼にはどうにもそれが「虚勢を張っている」様にしか見えない。

がくん、と彼女の身体が再び揺れたのを彼は見逃さなかった。 踏みとどまるも、何処か不安定な姿に彼の中の何かがぱちん、と音を立ててはじけるのを聞いた。
進藤はズンズンと彼女の傍へ大股で歩み寄ると軽々と片腕で彼女を抱き上げた。
その瞬間のどよめきすらも無視し、横抱きにすると何時もより顔が近いせいだろうか、先ほど見たときよりもより、小さく白く儚く見える。

「一人で歩けるわ。 ……後で第一外科で寝るわよ」
「駄目だ」

彼は「ふらふらになるまで動かれても医者として迷惑なだけだ」とざっくり言い放ち暴れる気力もなく、為すがまま、けれども反論を続ける彼女を仮眠室へ強制連行していった。
おはぎを口に放り込んだままの婦長、特上寿司のたまごを口に入れたままの太田川、カルテを持っていた城島その他スタッフ略全員が鳩が豆鉄砲を食らったようにぽかん、と口を開けて彼らの姿を見守った。
そして、扉が閉まった途端にどよめきはさらに大きくなり、ざわざわを顔を見合わせたり二人の関係を探ったり多種多様の反応を見せる。

それからホットラインが鳴り響くまで暫く進藤一生は仮眠室から出てこなかったのは、また余談である。






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