進藤一生×香坂たまき
「あら進藤先生…屋上に行ってきたの?」 たまきがエレベーターを待っていると、中には先客がいた。進藤だった。 「ああ…お前こそ何処に行ってたんだ」 「第一外科にちょっとね、ってまたお前って言っ…きゃっ!」 他愛ない会話をしているとエレベーターは 突然停止してしまい、照明も完全に落ちてしまった。 「ちょっと…何?どうしたのよ」 「……故障、だな」 「故障って…冗談じゃないわよもう……」 暗闇で表情までは分からないが声色には 疲労と怒りと困惑が混じっていた。 「管理会社に繋がる通話ボタン無かったか」 「あったはずだけど…この暗さじゃ分からないわよ」 「貸してみろ」 そう言うと進藤は暗闇の中を移動して 階数ボタンの前まで来た。 暗さに目が慣れてきたのか通話ボタンはすぐに見つけられた。 「すみません、エレベーターが故障してしまったんですが」 「……申…訳ありま…ん…中にいら…しゃ…のは患者様…すか」 「いえ…救命救急センターの医師が2人です」 「…ぐに復旧…あたりま…が…1時間は掛か…かと」 「分かりました………だそうだが」 「何だってこんな所で1時間も過ごさないといけないのよ」 「………」 「今日は早く上がれるからゆっくり寝ようと思ったのに」 「………」 「やっとこの疲労とさよならできると思ったのに!」 「……なら今寝ればどうだ」 「はぁ?」 「肩貸してやるぞ」 「ここで寝ろっていうの?」「そうだ……どうせ1時間も閉じ込められるんだ、寝とけ。とりあえず座るぞ」 「あっ、ちょ、ちょっと……」 たまきの白衣の裾を軽く引っ張り、座るように促した。 言われるままに進藤の隣に腰を下ろすたまき。 すぐ隣には進藤がいる。そしてこの狭い暗闇の中には はからずも自分と進藤の2人きり。 そう思うだけで、たまきの鼓動は早くなった。 「医局に連絡しておいた方がいいわよね」 「そうだな」 こちらは落ち着いているから気にしなくていい、とのことだった。 それから10分は経っただろうか。 無言の時間が続いたが、進藤もたまきも それを特に気まずいとは思わなかった。 「……寒い……」 たまきが絞りだすような声で呟いた。 エレベーターの故障で、空調システムも止まってしまったのだろう。 今は2月下旬。春が近づいているとはいえ、やはりまだまだ気温は低かった。 「もっとこっちに来い」 「でも……」 「遠慮するな、ほら」 進藤がたまきの肩に手を回しその体を引き寄せる。 進藤に触れられただけで柄にもなく緊張してしまう。 たまきの体の左側には進藤の体温を感じる。 肩に回された手はたまきをかばうようだった。 「これで少しは暖かくなったか」 「ええ……少しね」 本当は進藤に触れられているせいで体が火照り 寒さなど感じなくなっていたのだが。 「寝ていいか」 「…え?」 「お前にもたれていいか」 「い、いいけど…」 「すまない…潰れるなよ」 そう言うなり進藤はたまきにもたれ掛かってきた。 それからすぐに、気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。 2人の息遣いだけが響く空間でたまきは考える。 いつからだろうか、確かに進藤へ特別な感情を持っている。 北村と付き合っていた頃に抱いていたような感情ではない。 でも進藤には亡くなった妻がいる… それに自分を女として意識しているなら 簡単に体に触れたり、自分の前でこうも無防備な姿を晒したりしないのでは…? そんな事を幾度となく考えては、ちらりとその横顔を見上げる。 「誰のせいでこんな気持ちになるのよ……答えくらい聞かせてくれてもいいじゃない」 小さな声で呟いたその時だった。たまきの唇に一瞬何かが押し当てられた。 突然の出来事に何も出来ずにいると、低く艶のある声が聞こえてきた。 「これが答えだ。満足か」 「え……え?」 「答えを聞かせろって言っただろ」 「…今のは…キス…なのかしら…」 そう言うのがたまきには精一杯だった。 こんな形で願いが叶うなんて思っていなかった。 まさか自分の一言を進藤が聞いているとは思わなかったし、 ましてや進藤が自分の事を想っていたなど知らなかった。 「いつ言おうかと考えてたんだが、お前から言ってくれるとはな」 「それより起きてたの?」 「好きな女がこんなに傍にいて熟睡出来る訳無いだろ」 「……嬉しいわ、とても。ちょっとムードには欠けるけど」 「今夜飯でも食いに行こう」 「今度はちゃんと、あなたが来てね?あの時みたいなのは嫌よ」 「わかってるさ……たまき」 「今…たまきって言った?」 「ああ、恋人同士なんだからな」 「………好きよ、一生。」 その後医局に戻った2人は、エレベーターでの出来事を矢部に散々質問されたり 馬場の妄想劇の主人公にされたりしたが 2人がただの同僚から恋人同士になった事を知る者は 誰一人いなかった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |