進藤一生×香坂たまき
![]() こういう関係になるときには、恋愛感情は抱いてはいけない。 それが、今まで生きてきた中で学んだことのはずだった。 行為の後の気だるい意識の中で、進藤から受ける口付けはやけに甘く深く浸透していく。 たまきは意識を保つことがやっとだった。 「ちょ、っと」 二度も求められたのは、今回が初めてだった。 いつもならば始発の時間に合わせてあっさりと別れ、普段どおり仕事にむかう。 お互い、仕事の顔で。 「進藤、先生」 カーテンの隙間から入り込む光に、空が白みはじめたのを知る。 唇に柔らかな感触を受け、意識が戻ったときにはまだ暗かったように思える。 進藤はずいぶんと長い間、たまきの唇を貪り続けている。 「い…加減、」 「少し黙ってろ」 珍しい、と思った。 進藤は、いつも早急に奪っていく。 まるで無駄がないのだ。 そこには感情などないかのように感じられる。 こんな風に深い口付けなど与えられたことなど決してなかった。 かといって、自分本意な、強引な抱き方もしない。 そのたびにたまきは、自分の感情をしまい込んでいた。深く、取り出せないような場所に。 「嫌だってば」 たまきが無理矢理顔を反らすと、進藤はようやく離れた。 「どうしたのよ、あなたらしくないわ」 入り込む光はまだ弱く、進藤の表情は影になっていて見ることができない。 こんなに近くに呼吸を感じるのに、遠い存在に感じる。 いっそのこと、傷つけてもらったほうが楽なのかもしれない。 そろそろ終わりが近づいているのだろうか。 進藤が何も残らないような抱き方をするのは同情からだと、たまきは考えている。 深部にある感情まで悟られるようになったのだろうか。 たまきがベッドから抜け出そうとすると、進藤はそれを阻んだ。 スプリングが音をたてる。 「どこにいくんだ?」 求めていたはずのその強い力が、今はただ痛い。 「帰るわ」 この関係にもちこんだのは、たまきの方だった。 虚しさしか残らないのはわかっているのに抜け出すことができない。 しかし痛みは回数を重ねるごとに増していく。 始まりがあるものはすべて、いつか終わりが来る。 「あいつの所に、か」 あいつ。 研究室の医師だった。 何度か食事に行ったことはある。 進藤に会う前にも会っていた。 そしてそれを進藤は知っている。 しかし、その医師とは仕事のみの関係で、プライベートなことはお互い何も知らない。 それを進藤は知らなかった。 たまきは言う必要もないと思っていたし、何よりそのことについて進藤は興味を持っていないと思っていた。 「いくな」 擦れた声が耳に直に伝わり、たまきを捕まえる力を強めた分、スプリングが音をたてる。 たまきが言葉を発する前に、再び進藤は唇を塞いだ。 酸素を求めることも許されないような口付けが続く。 もがこうにも、しっかりと捕えられていて身動きがとれない。 右腕は痛いほどに力をこめているのに、左手は優しく髪を撫でている。 それ器用だと感じる余裕さえも持てずに、たまきは溺れさせられていく。 たまきの身体から力が抜けたのがわかると、進藤は音を立てて唇を離した。 たまきは、どちらのものかわからない唾液で濡れた唇を薄く開き、荒い呼吸を繰り返すだけだった。 呼吸が身体を上下させるたびに、細い光が撫でるように位置を変える。 進藤はいたるところに痕を残していった。 あいつが自分の存在を察するように。 卑怯な行為だと思う。 たまきを傷つけるかもしれないと思い、無理矢理奪うことなどできなかった。 しかし、それよりも、進藤自身が傷つくのが恐かったのかもしれない。 いつまでも中途半端なことしかできないことに、深く後悔した。 手放すことなど今更できないのだ。 最後に、胸の先端に唇で触れると、たまきの身体がびくりと跳ねた。 下部に指を這わすと、ひどく溢れだしているのがわかる。 「やっ…」 簡単に指を飲み込み、動かすたびに音を立てる。 たまきは目を瞑り快楽に耐えていた。 一度達した後の敏感な身体に、この刺激はあまりにも強かった。 掴んだシーツの皺が深くなるが、身体の動きは抑えられない。 その姿に、進藤の欲望は膨らんでいった。 「俺につかまれ」 シーツさえも嫉ましく思ってしまう。 重症だと、進藤は自覚した。 吐息と同じ温度で吐き出された言葉を聞き、たまきは進藤を見た。 外からの光が少し強くなり、進藤の表情がわかるようになっていた。 熱をもった瞳はしっかりとたまきを捕え、求めている。 溺れたいと思ってしまった。 そのまま堕ちていって、永遠に戻ってくることができなくなってしまってもかまわない。 心から深く進藤を求めた。 たまきが腕をまわすと、進藤は深く自身を沈めた。 あとはひたすら快楽に溺れていった。 中をかき回され、奥を突かれるたびにたまきは声を上げる。 その声に、進藤は律動を早めた。 たまきが特に反応を示す場所も、この姿も、声も、すべて独占してしまいたいと思った。 他の人間には触れさせたくない。 自分だけに溺れさせていたい。 最奥を突いたとき、たまきは一層高い声をあげシーツに沈み、その締め付けに、進藤も後を追った。 低気圧が近づいているのか、風が強い。 日ざしが強い屋上で、たまきは昨日の出来事を思い返していた。 今よりも少し弱い光の中でたまきが目を覚ますと、進藤と目が合った。 「帰るのか」 気のせいか、その瞳は不安げに見えた。 「もう少しいるわ」 昼前くらいだったろうか、部屋の空気がだいぶ暖かく感じた。 「あいつのところにはいくな」 その光さえ届かないくらいに抱き締められ、耳元でささやかれた。 あの不安の交じった擦れた声で。 「いくも何も、あの人とは何もないわ」 笑いとともに吐き出すと、視界に光が戻った。 「あまりからかうな」 今度は不満そうに。 自分のことでいっぱいだったからか気付かなかったが、そういえば二人でいるときは感情を出していてくれたようだった。 行為の時の様子ばかりを考えていた自分を恥ずかしく思った。 「お前はずっと俺といればいいんだ」 柔らかい口付けとともに降ってきた言葉は、たまきを心から満たした。 髪を撫でられるのが、こんなに心地のよいことだとは思わなかった。 屋上の扉が開き、見慣れた青い術義が姿をあらわす。 たまきを見つけると、ゆっくりと近付き、隣に腰を下ろした。 風が、煙草の匂いを運ぶ。 「あなたでも嫉妬するのね」 何も言わずにたまきの肩を抱き寄せる。 伝わる体温がとても温かい。 「ねえ、髪撫でて」 風に乱れる髪を進藤の手がゆっくりと梳かしていく。 その心地よさに、たまきは目を閉じた。 「寝るのか?」 問いには答えずに、頭を肩に預ける。 進藤が喉の奥で笑ったのがわかった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |