嫉妬
進藤一生×香坂たまき


彼女の部屋に転がり込んで2週間。今日は嬉しい報告がある。俺は足早に、2人のマンションへ向かう。
玄関を開けると既に部屋の明かりはついていた。帰っているはずの彼女に「ただいま」と声をかけるが返事はなかった。バスルームの方で物音が聞こえる。

「風呂か…」

そう呟いて、早くこの吉報を知らせたいと心がはやる。そのまま、バスルームへ直行しようと靴を脱ぎ、ゆるんだ顔をいつものポーカーフェイスに取り繕う。

突然、電話が鳴った。
トゥルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル…

進藤は舌打ちしながら、リビングにある電話へと向かう。
不機嫌そうに「はい、香坂です」と受話器を取る。
転がり込んだ手前、家の固定電話へ出るときは「香坂」と名乗る。受話器の向こうの相手は、当然彼女が出ると思っているので、俺が電話に出ると若干怯んだ様子で沈黙した後に言葉を発する。
当然、今夜もそうだった。

「……、あの、たまきさんは?」

どこかで聞き覚えのある男の声。しかも、馴れ馴れしく「たまきさん」とのたまいやがった。
俺は相手に殺意さえ覚えるながら「誰だお前?」と言い放つ。

「…あ、あの、澤井といいます」

澤井だぁ?点と線が繋がる…。医局長?!聞き覚えがあると思ったら…
なんで、アイツが電話してくるんだ…!

「……」

そう言えば、アイツ俺と初めて合ったとき、俺の噂は聞いてるって言ってたな。まさか、たまきから聞いていたと言うことか?なぜ、たまきを知っている?俺は狂いそうな嫉妬心に襲われた。

「あの、お留守のようなので、またかけ直します」

そう言うと、ガチャっと電話は切れてしまった。

俺は、バスルームへ向かい、そのドアを開けた。瞬間、湯気と飛び散るシャワーのしぶきに襲われ同時に彼女が「キャ!」と悲鳴を上げた。

「たまき!!」
「ちょ…!いきなりなによ!」

濡れた肌で睨む彼女。

俺は「お前、澤井とどんな関係なんだ!」と問いただす。
彼女は、はぁ?という表情をして「ちょっと、とにかく出てってよ!」と、ドアを閉めようとする。

「いいから、ちょっと来い」

かなり強引に、彼女の腕を引っ張り、カラダを濡らしたまま抱え上げるとそのまま、リビングのソファーの上に押し倒した。

「何なのよ!」
「何なのじゃない!お前、澤井とどんな関係なんだ?」

彼女は強い視線で、俺を睨みつけながら、

「澤井?…ああ、澤井先生?…アメリカ時代の同僚よ、それが何?」と言う。

俺は華奢な彼女の肩を、強く押しつける。それと同時に、澤井が俺の知らない彼女を知っていることに怒りを覚える。

「…もういいでしょ、ちょっと、どいてよ!」
「なぜ、アイツから電話がかかってくるんだ!」
「電話?かかってきたの?」
「ああ、たまきさんは?ってな、なんでアイツが、お前のことを「たまき」なんて呼ぶんだよ!」
「し、知らないわよそんなの!」
「……」
「と、とにかく落ち着いてよ。あなたらしくないわ」
「なんで、アイツが番号知ってるんだ?」
「…数日違いで帰国することになってたから、食事でもって誘われてて…。でも、あなたとこうなってからは、そんなこと全然忘れてたわ」
「俺とあの時、再会しなきゃ、澤井と二人で飯喰いに行ったのか?」
「ただの元同僚でしょ!」と言うと、バチンっと彼女が俺の頬を平手打ちした。
「…ぃっ」
「冷静になりなさいよ!」

「……」殴られてたじろぐ。

それでも、わけのわからない感情は心の中で大きくなっていた。
むしろそれは欲情に似ていて、俺は彼女の姿に見とれていた。

「どいて」冷ややかな言葉が、感情を逆撫でする。

一方で、彼女にひどいことをしているのだという思いがこみ上げてきた。
俺の独りよがりな感情は、少し力をなくしたように思えた。

視線を逸らされて、強く押さえつけた彼女の肩を開放してやった。

「…悪かった…、どうかしてたな…」

視線を合わせることのないまま、俺は彼女を抱きしめた。濡れた髪が冷たい。


その髪を撫でながら俺は考えていた。
彼女が言うように『澤井はただの元同僚』に過ぎないだろう。
万が一、澤井が彼女のことを好きで、それで誘ったのだとしても
こうなった俺達の関係を崩せるほど、アイツと彼女の仲が深いとも思えない。
彼女は間違いなく俺を選ぶ。
そんなことはわかりきったことで、俺が嫉妬心を燃やす理由なんてないはずだった。
なのに…、こんなことくだらないとわかっているのに…
抑え切れない感情がまた沸き上がりそうになる。

「…もう、いいでしょ」

抱きしめた腕の下から、彼女の声がする。

「…」

思考を止められて、すぐに返事ができないでいると

「いい加減、恥ずかしいんだけど…この状況…」と、彼女のささやきが零れた。

「…ああ、悪い。…風呂入り直すか?」
「…うん」

抱きしめた腕を解くと、そのまま抱え上げ、立ち上がった。
想像していた展開とは違ったのか彼女が小さく声をあげ、俺の肩に腕を回した。

「ちょ…、なに…?」
「俺も入る」

そのまま、バスルームへ向かう。流れっぱなしのシャワーがしぶきをあげながら俺たちを迎える。
耳障りなそれを止めて、お湯の入っていないバスタブに彼女を放り込んだ。

「シャワーでいい」

そんな彼女の訴えは無視し、蛇口をひねる。
俺が服を脱いでいる間、彼女はひたひたと水位を上げていくバスタブの中で、身体を小さく丸めていた。
俺は彼女の背中側へ身体を滑り込ませた。

小さい背中を俺の胸に抱き寄せる。冷たく潤った肌が密着する。

「…悪かったな、たまき」

身体を強ばらせながら、不満そうな声で彼女は言う。

「私のこと、信用してないのね…」
「そうじゃない」
「じゃ…、嫉妬?」
「…かもな」

少し振り向いて、ふふっと微笑みをもらす。
それから「あなたも可愛いところあるのね」とつぶやいた。

「俺が可愛い?…心外だな…」そう言って俺も笑った。

クスクスと笑う彼女が愛おしくて、首筋に唇を這わせた。

「だめよ…」と言いながら抵抗はせずに、受け入れてくれる。

耳をあま噛みして舌を差し込むと、俺の腕に彼女の腕が絡んできた。
ゆっくりと耳への愛撫を続けながら、欲情なのか、嫉妬心なのかわからない感情がまた込み上げて燻り始めた熱は、さらに熱を持ち俺を困らせる。
冷静でいたいという反面、このまま感情に押し流されたいと思う気持ちが強くなる。
その感情に気づいたのか、彼女は弱く抵抗し始めた。

「…だめ」

抱きとめた俺の腕を引き離そうとする彼女。

「何がだめなんだ…」

耳元でささやく。ささやくとまた耳への愛撫を繰り返す。

「だから…、まだ、だめでしょ…」

小さくつぶやきを洩らす彼女に、俺は肝心なことを伝え忘れていたことを思い出した。
あんなに心を躍らせて帰って来たのに…、まったく馬鹿な話だ。
苦笑いを奥歯でかみ砕き、彼女の頬に俺の頬をすり寄せる。

「もう…大丈夫だ」
「え?」
「今日、採血の結果が出た」

俺の腕に絡んだ、彼女の手に力が入る。

「…俺はキャリアじゃない」
「よかった…」

今にも泣きそうな声で囁かれた言葉。

本当だったら笑顔で喜び合えた報告も、澤井の電話で台無しにされ、こんなカタチでしか彼女に伝えられなかったのかと思うとまた、言葉にできない感情が込み上げる。

俺はできるだけ冷静に言葉を続けた。

「それを知らせる為に慌てて帰ってきたのに、馬鹿なことしたな」
「ホント、馬鹿ね。でも、よかった」

安堵した声音で、優しくささやく彼女。

俺はなんだか照れくさくなり、嘲弄するようなことを言ってみたくなった。

「そんなに俺に抱かれたかったのか?」
「…しらない」

そういうと彼女はまたクスクスと笑い始め、

「今日のあなたが、本当のあなたなのかもね」と言う。
「どこが?」
「感情に正直なところ」
「嫉妬に狂う俺は、嫌いか?」
「嬉しい反面、ちょっと迷惑かも…」

俺はそこで、ふっとため息をついた。

また、不毛な感情が俺を支配し始めて、今度は押さえることができそうにない。

「そうか…。でも今日は我慢してくれ」
「え?」
「俺しか知らない、たまきを見たい」

思いを通わせたのに、身体を重ねることを足止めされた2週間の禁欲で俺の身体は素直に反応していた。
喜びを分け合うようなセックスをしたいと思う反面、狂いそうな独占欲と嫉妬で彼女を俺だけのモノにしたい、俺しか知らない彼女を見たいと思う激しい感情が俺の中に生まれていた。
いつもは背中合わせにある二面性が、今夜は同時に顔を出す。
泰然自若なんて言葉は、今夜の俺は持ち合わせていないようだ。

すり寄せた頬を、引き離してバスタブの中で彼女の身体を俺の方へ抱き上げる。
浮力で容易に身体が浮く、向き合うカタチなって唇を塞ぐ。
やや強引なそれに、恥ずかしそうに身をよじる彼女だったが、塞がれた唇の端を舌でつつくと、ためらいもせずに受け入れてくれた。ゆっくりと角度を変えながら奥まで進入を許された俺のそれが、ねっとりと這い回るとお互いに吐息を零した。
俺の背中に彼女の腕が回されるのを感じながら、満足するまで彼女の唇の内側を犯す。

流れる水の音がうるさい…。
そっと、唇を外し流れ落ちる湯を止め、またキスに没頭した。

熱くなる身体は行為によるものか、湯船の中で温められた外的要因かなど考えている余裕はなかった。
なかったが、心臓が半端ないくらいに鳴るので後ろ髪を引かれる思いで唇を離した。

「…のぼせそうだな」

そう言うと、彼女の顔を覗き込んでみる。
俺と同じ症状だろう、はぁはぁと息をあげ紅潮している。
目が合うと「…殺す気?」とかわいげのないことを言う。

俺は彼女の脇腹に手を伸ばし、持ち上げバスタブのふちに腰掛けさせようとするが

「ちょ、やだ…恥ずかしい」と身をよじりながら抵抗された。

仕方ないので、抱き合うカタチで立ち上がって

「続きはどこでしたい?」と耳元でささやく。
「…ここはイヤ」と言うので、俺は今夜、最初で最後の妥協をした。

ベッドルームでキスの続きをしているところで、また電話が鳴った。
頭の上で鳴る子機に手を伸ばそうとしたが、彼女が止めた。

「…ほっといていいわよ」

3コールして切れた電話の相手を推測すると、いたたまれない感情が俺を覆う。
澤井に違いない…。そんな、勝手な妄想が俺の暴走に拍車をかける。

俺は乱暴に舌を引き抜くと、そのまま耳の後ろ側へ舌を這わせ、鎖骨とそこを何度も往復した。
右手は、胸のふくらみを愛撫する。頂点の部分には触れるか触れないかの刺激だけを与える。

「…ぁ…ん」彼女の口から、短い喘ぎがこぼれ始める。

首筋を這う舌は、徐々に下へ移動しふくらみの先端へ、ねっとりと舌で包むように吸い上げてみる。

「…ぃあ、…っ」

彼女はビクンと身体を反応させて、両手で俺の頭を押さえつける。

同時に胸を弄んでいた手は彼女の中心を探した。
求めていた場所を見つけると、下辺からゆっくりと指を沿わせる。
膝を立てて綴じようとする右足を、大きく拡げさせ俺の左肩の上に抱え上げた。

「…い…いゃ、っぁ!進藤せんせ…。恥ずかしい…」
「恥ずかしいのがイイんだ。俺しか知らないお前を見せてくれ…」

そう、冷たく言い放つと、添えられた指を凹みへと挿した。

「やぁっ…」

まだ、充分に愛撫もしていないはずのそこは、すでに潤っていて、すんなりと指を飲み込む。
いやらしく音を立てるそこの中で動く指に合わせて彼女の声が漏れる。

「俺の知らないお前は、どんな顔して他の男と飯を喰うんだ?」

脳内で変換されて出てきた言葉ではない。嫉妬という不毛な感情が生んだ言葉だった…
愛撫の手は止めず、そう聞いた俺に彼女は喘ぎとともに「…しらない」と答える。
しかし俺の不毛な感情はそんな答えじゃ満足しない。

「…澤井とは何度飯に行ったんだ?」

彼女は答えない。

「たまき、答えろ…」

俺は、指を引き抜くと、一気に突き上げるように、また深く挿した。

「いぁ…あっ!」
「ほら、言うんだ。言え!」
「…こんなのイヤ!」

そう言って、俺の腕を掴み、すがりつくように訴える。懇願した目が俺を見つめる。
その表情を見て、全身に高まりを感じた俺は、自分の中のサディスティックな部分を自覚した。

「だめだ!」

深くさし込まれた、指で奥をかき回すと、じゅわっと潤いを増すのがわかる。

「…ゃあぁっ。」

ある場所だけ、反応が違うことに気が付いてその部分だけ執拗に玩弄する。

「たまき、言うんだ」
「…あっ、ぁっ…も、もう許して…。しん…ど…せんせ…」
「何回だ?」
「…ぃあぁ。…やぁ、そん…なの、かっ…んが…られな…」
「そんなに気持ちいいのか?」

我ながら、かなり冷ややか声音で少しぞくっとした。

「ぁ…、そん…なことっ…いわないでっ…」
「感じてるんだろ?」
「…ちがっ…」
「違う?ここをこんなにしてか?」
「…ゃっ…」

思考能力の落ちていく彼女を見ているとたまらなくなる。理性を手放すのも、もう時間の問題だろう。俺は執拗な玩弄を続けながら、自分自身の欲望が限界に近い近いことを感じていた。

「お前は悪い子だな…、どんなお仕置きがイイんだ?」

当然、それに対する答えは今の彼女から出るはずもなく、ひたすら快感に理性を奪われまいと耐えている。

俺の腕を掴んでいる彼女の手をそっと外して、俺の欲望へと導く。
熱いモノが彼女の手に触れる。ビクッと跳ねる身体。

「…コレがイイのか?」
「……だ、だめっ…。」
「本当に?」

イヤイヤと首を振る彼女に、そっと口づけしてみる。

「たまき。…俺に抱かれたかったんじゃないのか?」

俺は指の動きを止め、いやらしい音をわざとたてながら引き抜いた。

「…ぁっ」

引き抜いた指を、彼女の目の前にさらす。
彼女はその光景を見たくないと言うように、固く目を閉じ身体をよじらせ、そばにあった枕に顔を埋める。

「たまき、お前のせいで俺の指、こんなになってるんだぞ」
「イヤ!」

プライドの高い彼女には少々酷なことだったかもしれない。それでも俺は止めなかった。
その先にある快楽を二人で迎えたかった。彼女が今まで付き合ってきたどんな男より、俺が彼女に女としての最高の悦びを教えたいと思った。それが今日でなくても良いはずなのに、もう俺の暴走は止まりそうもない。

「たまき、見ろよ」
「…こんなの…イヤ…」
「じゃ、どんなのがイイ?」

俺は強引に彼女の顎を掴み、俺の方へ向けさせる。
目を閉じたままの彼女に、触れるだけのキスをする。

「目を開け。俺を見ろ」

恐る恐る瞼を開き、濡れた目で俺を見つめる。

「どんなのがイイんだ?」
「…」
「言ってみろよ…、ん?…ほら、言うんだ。…言えよ、たまきっ」

俺の声は徐々に抑揚を持ち、感情的な命令として発される。

「…も、もっと普通に…してよ」

彼女は怯えたように視線を逸らしながら、泣きそうな表情をした。

「普通ってどんなだ?キスして、裸で抱き合って、男の自己満足で終わるセックスのことか?」
「…わかん…ない…」

俺はやさしく彼女の髪を撫でながら、耳を軽く噛む。その耳元でささやく。

「何も怖がらなくていい、落ちるのは俺も一緒なんだ、俺だけしか知らないお前を見せてくれ」

顔を上げると、まだ彼女は怯えた表情で俺を見ていた。

「それとも、俺じゃ不満か?」

目を伏せて、頬を赤らめながら呟く。

「…そんなこと…」

問い詰めるつもりはなかったが、その先が聞きたかった。

「そんなこと?」
「ない…」

消えそうな声で囁かれたその返事が嬉しかった。
受け入れてもらえるとわかっていても、やっぱり言葉が欲しい。
それが、強引に引き出された言葉だったとしても、これが彼女の本心だ。
彼女は嫌なことは嫌だと言える、芯の強い女だということを知っているだけに俺は満足だった。

「じゃ、続けるぞ。…素直になればいい。ただそれだけだ」

彼女がギュッと俺の腕を掴んだ。

「こわいか?」

コクンと頷く。
俺は涙が零れそうになっている彼女の瞼にキスをして、優しく囁いた。

「たまき…。身体の反応を隠すことはない。好きなだけ鳴けばいいし、欲しいなら求めろ。嫌なら全力で嫌がれ。俺だって、お前が本気で嫌がるならそれ以上は求めない。お前がどんな醜態をさらそうが全力で受け止めてやるから大丈夫だ」
「…嫌いにならない?」

俺はふっとため息をついて、笑った。

「馬鹿言え、嫌いになる理由がないだろっ。それが愛し合う仲でできないのがおかしいんだ…」

俺たちは、確かめ合うようなキスをした。
絡まり合う舌の感触がこれまで抱いていた少し気恥ずかしいような違和感を無くし、心地の良い自然な行為として感じられる。また少し彼女との距離が近くなった気がして嬉しかった。

唇を離して互いに微笑み合い、視線が絡む。彼女の濡れた髪を優しく指先で梳きながら、彼女にもう一度聞いてみた。

「俺じゃ不満か?」

今度は、視線を逸らすことなく

「あなたじゃなきゃ、だめ」と答え、俺の背中に腕を回した。

俺は微笑みを返しながら

「俺もだ…」と、彼女を強く抱きしめた。

俺は彼女の身体のひとつひとつを手に、唇に、舌に覚え込ませるような愛撫をし、時折零れる彼女の熱っぽい喘ぎを聞きながら、深い喜悦に溺れそうだった。

すっかり理性を手放してしまった彼女を少し残念に思いながら、俺は途切れそうになる理性を必死で手放すまいと堪えていた。
堪えていたが、彼女の乱れようを見ていると、限界をとっくに超えていた俺の欲望は、挿したいと願うばかりで、甘い時間を存分に楽しむ余裕などまったく残っていなかった。

彼女の足を胸元まで抱え上げ、「たまき」と声をかける。
はぁはぁと息を洩らしながら、ゆっくりと瞼を開き定まらない視線で俺を捜す。
紅潮した彼女の頬を優しく手のひらで包む。視線が合う。照れくさそうな表情が愛おしい。

「…欲しいか?」

手放してしまった理性を取り戻すのに時間がかかるのか、その言葉の意味を理解するまで彼女は俺の目をじっと見つめていた。その顔を見ていると、そのまま了解を得ず突き上げたくなる。

「…そんなこと…言わなくても…」

すっと視線を外し、恥ずかし気にそう呟くとまた瞼を綴じた。

「たまき…、言って欲しいんだ…」

思考回路が徐々に崩壊していく様を見せつけられて、ますます焦る俺を彼女は見つめ返すとしばらく、間をおいて隠微なささやきで答えをくれた。

「……欲し…い」

その絞り出されるようなつぶやきに、俺は全身が身震いするような興奮と悦びを感じた。

「…よく言えたな、たまき」

触れるだけのキスをして、俺は俺の欲望を彼女の中心をなぞりながら導かれるままに、ゆっくりと挿した。

「…ぃっ…あぁ…っ!」

狭い内壁が、熱い粘膜が俺を覆う。すぐに果ててしまいそうな締まりで、奥への進行を妨げられる。

「…ぅ、狭いな…。…たまき…力を抜け」
「…わかっ…ん…ない…」
「…まいったな…」

その時の俺には、彼女のそれを解きほぐしてやるだけの余裕があるはずもなく、ひたすら突き上げたい衝動を抑えるしかなかった。
俺は欲望の埋め込まれた上辺にある彼女の突起に自分の唾液で濡らした親指の腹を強めさすりつける。内から感じる悦楽とはちがうそれに彼女の身体が反応するのを確かめながら、強引に奥まで挿した。

「たまきっ…」
「…あぁ…んっ!」

彼女の口からは悲鳴のような喘ぎがこぼれ、俺は欲望の赴くまま、突き立てる。
激しく貪り、かき回されるそれに彼女は懇願した声で俺を呼んだ。

「…しっ、しん…どうせん…せぃ…、そんな…に、した…ら壊れ…ちゃ…うっ!」

そんな可愛い懇願にも俺は余裕を見せることができなかった。

「…だめだ、たまき…。悪いが澤井を恨め…」

さらにピッチを上げ、攻め上げる。
俺の動きと共に絞り出される彼女の喘ぎを聞きながら俺も理性を手放した。

果てる寸前に、我に返ると、俺の汗がポタポタと彼女の胸に落ちるの見た。

「たまき…大丈夫か…?」とささやいた。

俺はなんとか彼女から言質を取りたくて何度も声をかけたが、その後はもう甘い喘ぎだけしか聞けなかった。
そんな彼女を見て、俺は征服感に満たされた。そして、我ながら恐ろしい男だと思った。
彼女が俺との行為に溺れる度に、彼女が感じるその悦楽にまで嫉妬してしまいそうでたまらなかった。

「たまき、イクぞ…」

最後に息を詰めた瞬間、全身が小さく痙攣した。同時に彼女も俺の痙攣に同調したように思えた。
力が抜ける。そのまま彼女に身体を預けるように倒れ込み、途切れる呼吸の合間に彼女にキスをした。

そして俺は、愛してるの言葉も交わさずに意識を飛ばした彼女を見て反省していた。

行為の後のけだるさで、優しく髪を撫でるくらいしかできずにいる自分を情けなく思いながら、彼女に見惚れていた。

「たまき、愛してる」

耳元でささやいてみる。
規則正しく上下していた彼女の胸が、すーっと息を吐いて俺の方へ身体を寄せてくる。細い腕が俺の身体を探す。

そのまま抱き寄せると「わたしも、愛してる」とささやきが返ってきた。

「悪かったな、辛かったか?」
「…大丈夫…嬉しかった」

そう言うと、俺の唇にチュっと触れるだけのキスをして、照れくさそうにまたキスをねだってきた。
舌先だけが絡むキスをする。それだけで痺れるような感覚が俺を襲う。
さすがに今夜はもう無理だな…と諦めて、唇を離すと微笑みが返ってきた。

「死んじゃうかと思ったわ」
「…悪かったって言っただろ」

俺は苦笑しながら、彼女の額にキスをした。

「素直にごめんって言えないのね」

ふふっと笑いながら彼女が言う。

「死にそうになっても大丈夫だ。俺が助けてやる」
「ばかっ」

二人で笑い合う。そんな幸せな時間がゆっくりと流れた。


次の日、俺は電話の音で目が覚めた。

トゥルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル…

先に起きていたのか、猛烈に不機嫌な声で彼女が電話を取った。

「はい、香坂です…」

少し沈黙した後に、寝起きとは思えない調子で電話の向こうの相手にまくし立てる彼女の反応を見て俺は電話の相手が、澤井であることを悟った。

「…ちょっと、あなたのせいでさんざんな目にあったのよ、もう連絡はしてこな…」

彼女が全部言い終わる前に、俺は電話を取り上げてこう言ってやった。

「…たまきは、俺の妻になる女だ。そういうわけだから、もう連絡してくんな」

そのまま、電話を放り投げて彼女に「おはよ」とキスをした。
彼女は何がおきたかわからない様子で、怪訝な表情で俺を見つめていた。

「なんだ?おはようのキスが気にくわなかったか?」
「…そうじゃなくて…さっき、澤井先生になんて言ったの?」
「さぁな」
「ね、進藤先生、なんて…?」
「お前、その進藤先生ってのいい加減やめろよ。俺は澤井と同等か?」
「…あ、ごめんなさい…、っていうかまた、嫉妬…?」と、笑われた。

その日からしばらく俺は彼女から『あの時なんて言ったの』と問い詰められたのは言うまでもない。
澤井は澤井で、俺があの無礼な電話相手だとは、まだ気が付いていないようだ。






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