番外編
「えっ、進藤先生と香坂先生って、付き合っ、えぇーー!!!」 医局に響き渡る太田川の雄叫びで、束の間の休息が始まろうとしていた。 「あれ〜気が付かなかったの。純粋だねぇ」 と言いながら神林が炒飯を頬張り始めた。健康と頭皮のために23時以降の脂っこいものは小百合に止められていたが、腹が減ってはなんとやら。たとえ足軽だとしても、だ。 「えっだって、えっ、えっ!?みなさんご存知だったんですか!!?」 太田川はまだ混乱の中にいた。 「見ればわかるじゃない」 城島はコーヒーを啜りながら部内回覧で回ってくる学会誌に目を落としていた。健康と頭皮のために21時以降の脂っこいものは紗江子に止められていた。 「香坂先生を見る進藤先生の眼差しを、なww太田川お前鈍すぎんじゃないの?」 馬場はそう言いながら太田川の注文したものをチェックしていた。 「おま、下っぱのくせに特盛チャーシュー麺かよ・・・」 馬場は自分の醤油拉麺にチャーシューを二枚ほど移したが、太田川は気にも止めなかった。 そう言われれば。最近同じ時間にあがるときは二人で帰っているようだった。防犯のために進藤が香坂を送っているのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。 また屋上でよく話しているようだったし、何より処置や経過の際の二人は阿吽の呼吸だった。 えっでもそれじゃあ矢部くんの気持ちは・・・と言い掛けて飲み込んだ。 太田川でさえ野暮すぎる問いかけだと判断できた。 「あら、いいにおい」 「揃って夜食ですか」 太田川がぶつぶつと考えを巡らせていると、件の二人がICUから戻ってきた。 太田川は、何故か動揺してしまって動けない。心臓が高鳴る。悪戯が見つかった子供のような気持ちだった。どうして私が照れなきゃいけないんだと太田川は思いつつも、最大限の意識をしてしまうのだった。 注文聞けなかった二人の分は勝手に炒飯頼んだよ。拉麺は伸びちゃうからね〜と神林が炒飯を勧める。 ありがとうございます、じゃあ少し頂こうかしら、馬場先生半分食べてくださいますか、と香坂は尋ねた。 当然喜んで、と既に拉麺を食べ終えた馬場は答える。 太田川の視界からはよく見えなかったが、進藤は恐らく資料をファイリングをしているらしかった。 太田川は、進藤先生はヤキモチ妬いたりしないのかなあと、ひどく心配になった。 「どうしたの太田川さん?さっきから。のびちゃうわよ折角の拉麺」 「四連直以上ににショックなことでもあったのか?」 香坂と進藤の二人に問いかけられると、自分が子供じみているように感じられて恥ずかしかった。 それでも。太田川の頭の中は先程聞いたニュースで持ちきりだった。 うわ〜美男美女カップルだー! なんて呼び合ってるのかな?たまきといっせい?何か芸人みたい・・・。 喧嘩とかするのかな。香坂先生が拗ねちゃって進藤先生がなだめるなんてことはあるのかな!?うーん てかデートとかはどこに行くんだろう。やっぱり歩くときは手は繋ぐのか!? 香坂先生ああ見えて料理上手だから進藤先生に作ってあげたりしてるんだろな。 あ!この前進藤先生が風邪引いたときも香坂先生が看病してあげたのかな? お、大人の恋ってどんなんなんだ〜・・・。 などとあらぬ妄想を膨らまし、目を白黒、口をパクパクさせていた。 進藤先生風邪うつしたんじゃないですか?と香坂は笑いながら進藤に話を振った。太田川は人と話せないほど重症らしい。 こんなにおかしい症状じゃなかっただろ、とファイルに目線を落としたまま進藤は答えた。 いつものやりとりだったが、あたたかい。とてもリラックスできる気分だ。それは、神林や城島、馬場も感じているらしかった。 ホットラインがけたたましく鳴った。反射的に神林が受話器をとる。 「はい港北医大救命救急センター」 「こちら救急指令センターです。三次の患者二名の受け入れを要請します」 神林が周囲に目配せをし、一拍おいて返答をする。 「どうぞ」 「一人はCPA(心肺停止)患者で――」 その場にいたスタッフは、緊迫した空気を共有した。 また長い夜が始まる。 太田川は楽しい妄想を中断し、いつもの時間に戻っていった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |