苛立ち(非エロ)
秋山深一×神崎直


苛々する。
何だってあの女はこうも抜けているんだ。
待てと言われれば何時間でも待つ、
やれと言われれば何だってやる。


アホか。
犬か?おまえは。


「早速、行ってきます!」

そう言って自分を顧みることなく
”仲間探し”に出て行った直のことを思い起こし、
秋山は密かに舌打ちをした。

バカ正直、考えなし。危なっかしくてしょうがない。

二回戦の会場にのこのこやって来たこともそうだ。
自分が来なかったら、いったいあの女はどうするつもりだったのか。

「…はぁ。」

ため息をついて、秋山はベッドに背を任せた。

暫くすると、直が何人もの男を引き連れて、部屋に戻ってきた。
正直、それなりに可愛い女子大生が
怪しげな男に囲まれているのは、あまりいい絵ではない。


…何かあったらどうすんだ、この女。


やって来た男共に視線を這わせると、
何やら直をチラチラと妙な目つきで眺めている者も居る。


くっ、と秋山は眉をしかめた。

不安だ。放っておくとどうなるか分かったものではない。


強姦、いや、もしかしたら輪姦…
いやな想像が頭を過ぎる。

「秋山さん、連れて来ましたよ!」
ニコッと笑って、直は秋山にそう言った。
眩しい笑顔に、秋山の眉がますますしかめられた。


夜。
チーム作りも終え、
あらゆる可能性について考え終えると、
秋山はようやく寝る支度を始めた。
しかし、ふと、秋山の耳に、
外から話し声のようなものが届いた。

こんな時間に、何だ?

秋山は訝しみ、そっとドアを開いた。



「眠れないの?」
「はい、ちょっと…。」

直の声だった。もう一人は、男だ。

何をしてるんだ!?

普段は冷静な秋山だが、サッと血の気が引いていった。
こんな夜中に、人気のない廊下で。
先に見た男共の卑猥な目線を思い起こす。

しかも、どうやら相手はチームの男のようだ。
本当に直を変な目で見ていた男かもしれない。

「バカ女…」

ボソッと呟くと、そっと声のする方へ足を進めた。
階段まで来ると、その姿を目にすることが出来た。
踊り場に直と男が立っている。
気づかれないよう、壁に体を沿わせ、見下ろした。
そのまま会話を盗み聞く。

少しすると、話題が秋山へと向けられた。

「秋山さんってホントにすごい人です。」

直が抜け抜けと言う。

「あれ、もしかして神崎さん…
 秋山さんのこと?」

下らない勘ぐり。

「ち、違いますよっ!!!」

秋山はうんざりとした。下らない会話だ。

とにかく、こんな時間に一人でうろつくような真似はやめて欲しい。

秋山はそう思い、密かに直をにらむ。

明確な苛立ちは、彼女の考えなしな行動に対してだ。
そのはずだ。

「そういうんじゃなくて、私はただ、
 本当に秋山さんに感謝してるっていうか…!!」
「そんな、必死に否定しなくても。」

秋山は、ぐ、と自分の腕を握った。
彼の中で、段々と怒りが強まってゆく。

…心配してやってるってのに、いいご身分だな、おい。

「じゃ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」

直と男との会話が終わった。
直はとんとん、と階段を上ってくる。

秋山はもたれ掛かっていた壁から離れ、
すっと階段へと足を向けた。

「あれ…秋山さん?」

驚いたように直がこちらへ目を向ける。
そして次の瞬間あっと表情を硬くした。

「も、も、もしかしてっ今の会話、聞いてました!?」

ワタワタと慌てる直を見下して、
秋山は厳しい口調で遮った。

「おまえ、こんな時間に何やってんだ。」

問われて直は、

「あ、あの、眠れなくて、少し散歩を…」

と小声で返す。

秋山ははぁ、と呆れたようにため息をつくとくるりと踵を返した。

「あ、秋山さんっ?」

直は残りの階段を駆け上り、たたっと秋山を追いかけた。

「あの、秋山さん…」

ずんずんと己の部屋へ戻る秋山を、小走りで追いかける直。

「秋山さん?」

ドアの前に着くと、二人は立ち止まった。
秋山がくるりと直を振り返る。

「おまえな。」
「は、はい。」
「こんな時間に何一人でうろついてんだよ。」
「え、と…だからその、散歩を…」
「そうじゃなくて!」

秋山がきつく、冷たく言い放つ。
直はぴくりと肩を震わせ、不安げに秋山を見上げた。
それを無視して、秋山は言葉を続ける。

「こんな夜中に、女が一人で、
 何廊下ほっつき歩いてんだって言ってんだよ。」
「…えっと…」
「この屋敷自体得体が知れねーのに、
 一人でほっつき歩いて、
 挙げ句、信用出来るかどうかも分からない男と
 夜中に二人っきりてしゃべってる。」
「……。」
「それがどれだけ危険かってこと、
 おまえは少しも考えないのか?」

そこまで言って、秋山はまたはぁ、とため息をつき、
視線を直から外して苛立たしげにドアノブを指でたたいた。

怒りのオーラを受けて、直は肩をすぼめ一度目線を落としたが、
そうっと秋山を見上げ直すと、

「秋山さん…もしかして、」

小さく問うた。

「心配、してくれたんですか?」

言われ、秋山は眉を寄せて直へと目をやった。
直は小さくなったまま、少し嬉しそうに微笑んでいる。
秋山はその質問から逃げるように一度誰も居ない廊下を睨んでから
ドアノブを回し、

「そんなんじゃない。」

と吐き捨てて部屋へと入った。
直も

「あ、待ってくださいっ」

と言って部屋へと入り、がちゃりとドアを閉める。
秋山はドサッとベッドに横になった。

「秋山さん。」
「何だ。」
「心配してくださって、ありがとうございます。」

そう言って律儀にがばっと頭を下げる直を、横になったまま眺める。

「違うって言ってんだろ。」
「いえっあの、」

直は少し考えるそぶりを見せてから、

「秋山さんは、優しい人ですから。」

と呟いた。そして、自分の言葉に満足するように、えへへ、と笑う。
秋山は何も返せず、口をつぐんだ。
そんなことは気にせず、直は更に言葉を続けた。

「秋山さん。」
「…。」
「あの、次からは、気をつけますね!」

心の底からの、笑顔だった。

あまりに真っ直ぐな笑顔に、秋山の感情が、やられる。

頭痛ぇ、この女…。
何とかしてくれ、と思いながら、
秋山は意地の悪い言葉を思いつき、

「…おまえさ、」
「はい?」
「次から気をつけるって、今既に」

言って秋山は起き上がり、直を見据えた。

「こんな時間に男の部屋に、一人でやって来ているワケだけど。」
「へっ…」

素っ頓狂な声をあげて、直はくるくるっと目を回した。

「あ。」

呆然と、直は秋山を見つめた。

「ホントだ…。」

「くっ…」

その様子に、思わず秋山が笑いをこぼす。

「はははっ…」

つられて直も、

「え、へへ」

と笑った。

「おまえさ、」
「はい」
「ホントに気を付けろよ。何があるかわかんねんだぞ。」

直は笑って、

「…はい!」

と大きく頷いた。

「じゃあ、そろそろ寝るか。」

秋山はそう言い、直を送ってやろうかと立ち上がったが、
直は身動きしないまま、口を開いた。

「…えーと、秋山さん。」
「何。」
「…泊まっていっちゃ駄目ですか?」

突然の申し出に、今度は秋山が呆然とする。

「……おま…今言ったばっかり…」
「いえ、あのっ!
 だってやっぱり、一人で居ると心細いので、その…
 お話をしながら、とか…駄目ですか…?」

本当に不安げに見上げてくる直に、
秋山は本格的に頭がくらくらとしてくるのを感じた。

「…おまえ、わかってるのか。
 この状況は普通なら何されたって文句言えないんだぞ。」
「大丈夫です、秋山さんなら。」

真っ直ぐに言う直。

どういう意味だ…。

自分は「そんなこと」しないと思っているのか。
それとも、
自分とならいいとでも言うのか。

…いや、後者はないだろう。

「男は皆オオカミっていう言葉知ってるか。」

恐らくこれから先二度と使わないだろう言葉を吐いてみる。

「…でも…その。」

やっぱりバカ正直な女だと、秋山は思った。

「…わかったよ。オレはソファで寝るから、おまえはベッドで寝ろ。」
「い、いえっ私がお邪魔するんですから、
 私がソファで寝ます!」
「いーから。」

そう言うと秋山はさっさとソファへと移動してしまった。

「でも…」
「別に平気だから。」

横になりながら、秋山が言う。

「…ありがとうございます。」

直は小さく答え、そっと電気を消した。

「おまえさ、」
「はい?」
「もうあんまりウロウロするな。」
「…はい。なるべく秋山さんの近くに居ます!」
「…。」
「おやすみなさい、秋山さん。」

やはり頭の痛い女だと、秋山は思った。






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