秋山深一×神崎直 ![]() 「何、これ」 女の洋服の下から伸び出た、肌色の下着に秋山が顔をしかめる。 ひゃあ、と珍妙な声を上げた直は、肌着からのぞく肌を必死で隠していた。 呆れたと言わんばかりの表情を向けられ、顔が赤らむ。 「…ババシャツか」 「だって、ひ、冷えるじゃないですか…」 秋山に抱えられ身じろぎながら、直はうわごとのように言い募る。 抱いていいのか。 はい。 直が上がりこんだ秋山の部屋で、ふと会話が途切れた。 目が合う。 逸らしがたい。 秋山は帰れとも言わず、直は帰りたいとも言わない。 そのまま向かい合っていれば、愛や恋の話でも出てきそうだった。 秋山にしてみれば、気まずい雰囲気を払拭する為の口実だった。 お茶でも飲むか、という提案の類の一つに過ぎない。 抱いていいのか。 自分で言った癖に、直の予想外の肯定の生返事に秋山は内心怯んでいる。 神崎直はもしかして「抱く」という言葉の意味を、ただ抱きしめることだと思っている可能性があった。 秋山がそんな不安を覚えてとりあえずその首筋に顔を埋めると、直の体はすぐ硬直した。 が、拒絶する素振りはないので彼はホッとする。 ひょいと抱き上げてベッドにその体を倒し、女の洋服に手をかけたところだった。 キャミソールに、今から着替えるべきか否か。 本気で悩み始めた直を尻目に、秋山はため息を吐くと頭をかいた。 「萎えるよなあ」 そう呟く彼はなぜか、やめるという選択肢を持たなかった。 首、胸、肩、背、腹、尻、足、爪。 彼がどこに触れても、間の抜けた女の声が響く。 耳を噛まれると直は震えた。 秋山は無視する。 彼女のぎこちない動作は、色っぽさには確かに欠けた。 好みかと考えればどうもよく分からない。 ただ、どうしようもなく今、この手の内にある全部が欲しい。 彼にはそれだけだった。 「ん、あ」 甘ったるい自分自身の声に驚いた直が息を呑む。 その声を押し殺そうと力いっぱい噛み締める唇を、秋山がからかうように舐めた。 「切れるぞ、口」 直は驚くと、閉じていた唇を思わず緩める。 その隙を縫って忍び込んだ他人の舌に、彼女はあからさまに動揺した。 寒気とは違う何かが背を走る。 上顎を撫でられ、怯える舌が追い詰められる。 解放されてやっと息を吸うが、直の震えは増す一方だった。 濡れたはずの唇が青ざめている。 細い指先が冷たい。 その体は簡単に折れてしまいそうだった。 見下ろす秋山は静かに息を吐く。 「やめるか」 「…え」 今まで必死につぶっていた直の目が見開かれた。 「苛めてるみたいだから」 「やっ、や、やめてください」 「ああ、だから今…」 その場から退こうと、秋山が体を浮かせる。 微妙なバランスのところに追いすがったせいで、直は秋山に勢いよくぶつかる。 「違うんですっ、やめるのを!やめてください!…うわっ」 押し倒される形になった秋山の上で、すみません、と消え入るような声の直が呟く。 「怖いんだろ」 「…怖いですけど」 「とりあえず、どいて」 「どきません」 「おい」 「怖いですけど!…嫌じゃないですから」 俯き、なんとかそれだけ言う。 静まり返った部屋で、直は自分の心臓の音が耳まで競りあがってくるのを感じた。 「途中で」 秋山がその頬に触れると、直は相変わらず震えた。 「途中でやめろと言われても多分、やめてやれないよ」 暗闇の中で目と目が合う。 直は反射的に秋山の肩をつかんでいた。 あれだけ怯えていて、今も怯えているのに、直の答えはこれしかなかった。 「はい」 秋山はその返事を聞いたか否かで体を反転させると、彼女に覆いかぶさる。 直がぼんやりしている間に滑り落ちた洋服が、つま先から抜けて足元をわだかまっていった。 「私、余裕がなくて」 「俺だって、別に」 「…そうなんですか?」 「君は俺を買いかぶりすぎてる」 事実彼の胸のうちは平常とは程遠かった。 口が渇く。 ただ今度は躊躇がなかった。 胸を撫でられ、直から慌てた声が上がる。 「あ、秋山さん、待っ…」 「待ったなしと言った」 「そうなんですけ、ど…あ!」 優しくしたい思いの一方で、嗜虐的な気持ちがある。 それは秋山にしても不思議な感覚だった。 首筋に埋めた顔が肩を降りてゆき、胸をなぞると直はびくりと体を震わす。 たどり着いた胸の先を甘噛みすると、か細い声が漏れてシーツが揺れる。 「大体お前、なんで俺に抱かれてんだよ。はい、じゃないだろ」 「ええと、それは、だって、…や、あ」 「や、じゃなくてさ」 秋山は手を動かしながらふと、自分がなるべく直をいたわり、出来る限り感じさせてやりたいと思っていること気付く。 しかしその理由は、別の機会に考えることにした。 手が内腿を這う。 胸への愛撫はそのままに、ぴったりと閉じた直の両足の間に秋山の膝が入る。 ショーツの上から秘所に触れられると、湿った感覚が徐々に増した。 濡れた音が響いてまた直は唇を噛み締める。 最初こそ耐えるようにしていたが、そのうちショーツは消え、布を介さず直接触れる指と外気にさらされ快楽の波にさらわれかける。 震えるように彼女の腰は揺れた。 「ん、く」 「いいよ出して。声」 直が首を横に振ると、髪がばさばさと舞う。 秋山は内心、その強情さに舌を巻く。 だがそのじれったい彼女の動作が、彼の胸の内を燃やした。 「息吸って」 「え」 言われたとおり素直に吸った直は、直後、下半身に焼ききれそうな圧迫を感じてずり上がる。 同時にまた唇をふさがれた。 唇の震えから、直の状態がどうなのかおのずと知れたが秋山はやめなかった。 せめて、と慰めるように、汗で額にはりついた直の髪をよけてやる。 なるべく自制しながら自身を収めきると、案の定涙目になっている直を見下ろして秋山が言う。 「平気か」 「大、丈夫、です」 「らしくないな」 「え」 「バカ正直が取り柄なんだろ」 嘘をついても仕方ない相手だということを、直は改めて自覚した。 「…すっごく、痛いです」 額と額がぶつかる。 上から覗き込む秋山が、笑う。 それを見上げた直は、羞恥や快感以外の動悸を感じた。 「動くけど、いいか」 「ダメって…言ったら」 「動く」 「お、同じじゃないですか…んん」 「だから言ったんだよ」 だるい下半身が、緩い突き上げにあって直は悲鳴を上げる。 秋山は彼女の足を撫でると、抱えなおした。 「買いかぶってるって」 それは直が初めてみる秋山の顔だった。 痛みに眉をひそめつつ、それでも受け止めようと必死になる直が喘ぐ。 どこまでも柔らかく引き込もうとする中に、気遣いぎりぎりで秋山が動く。 直は朦朧としながら、確かに痛みだけではない感覚を今は知って、必死にそれを探った。 耳元にわずか聞える相手のうめき声に、緊張は完全に溶けてただ直も応える。 加速度的に快感が増す。 余裕なんかない。 秋山の言葉は本当だったらしい。 浮遊感の中で直はいつの間にか秋山にしがみついている。 意識が途切れそうになる。 欲しい、と唐突に直は思った。 「ひ、ああ、あ、…ん、っ」 絶え絶えで言葉にはならない代わりに、しがみつく手に力を込める。 余裕のない頭で直は、確かに満たされている、と感じた。 繋がる部分もそうでない部分も、温かい。 痛みが原因ではない涙が伝う。 もし叶うのなら、抱き合うその人も同じように満たされていればいい。 失せる意識の狭間に、直はそう思っていた。 「あの、秋山さん。聞いてもいいですか?」 何、と秋山が優しく目だけで問う。 毛布にくるまったまま、直がおずおずと近づいた。 眠っていた彼女は目覚め、我に返ってからが忙しい。 なかなか彼の傍に近寄ろうとせず、しばらく赤くなったり蒼くなったりを繰り返している。 秋山にしてみれば都合がいい。 今、肩でも触れようものなら、彼女の毛布を剥ぎ、もう一度ひきずり倒さないでいる自信はなかった。 真顔の直が、堅い声で言う。 「秋山さんは、私のことが…好きなんですか?」 激しく咳き込んだ秋山に、大丈夫ですか、と慌てた直がその背中を撫でる。 「すみません、変なこと聞いて。わー忘れてください!」 手を大きく振って、恥じ入ったようにまた毛布に隠れる。 秋山はしばらくむせていたがようやく咳を収めると、赤面して消え入りそうになっている直を見た。 「そうか」 「え」 「順序がごちゃごちゃになってる」 嘘をついてはぐらかしたりせず、手の内を見せてもいい相手が目の前にいる。 避けたはずの愛や恋の文字が今更目の前にぶら下がった。 その正体を見極める時間も惜しくて、まずその存在ごと求め、抱きしめたのかもしれない。 煙草に伸ばそうとしていた手を秋山は引っ込める。 直は目を瞬き、首を傾げる。 それを見た彼は笑うと、おいで、と手招きをした。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |