秋山深一×神崎直 ![]() 最近毎日のように届くメルマガ「日刊カンザキナオ」がここ2日ほど届かない。 大体どうでも良い内容のメールだが、来なければ来ないで妙に気になる。 何より彼女には前回連絡が来ないときに、とんでもないことをしでかした前科がある。 今回も念のため確認してみれば案の定、風邪で寝込んでるという。 ほっとく訳にもいかず秋山は薬と食料を調達してナオの部屋を訪れた。 「体調はどうだ?」 「あんまりです・・・ちょっと寒気がします・・・」 羽毛布団に包まったナオはしっかりとその腕にクマのぬいぐるみを抱えていた。 「いい年してぬいぐるみか・・・?」 ぬいぐるみを抱きかかえた姿がやけにしっくりくるナオに、秋山は思わず苦笑する。 ナオはまるでクマのぬいぐるみに挨拶をさせるように、ぴょこぴょことその腕を動かした。 「この熊ちゃんはマムちゃんって言うんです」 嬉しそうに秋山に話しかけるナオをよそに、湿布状の熱さましシートを無造作に彼女の額に貼り付けた。 その拍子に触れた額はかなり熱を持っている。 「子供か・・・お前は」 「えへへ」 風邪薬の錠剤の数を確認するとコップと共に手渡す。 「ちゃんと薬ぐらい飲んどけ」 「・・・はーい」 返事もいつもよりも弱々しく、コップを受け取る手つきも頼りない。 秋山はコンビニエンスストアの袋から大量のプリンとゼリーを取り出すと、手際よく冷蔵庫にしまっていく。 「適当に色々買ってきたから食えるのがあったら食っとけよ」 「はい」 「じゃあ、俺は帰るから。ちゃんと寝てろよ」 「あ・・・」 思っていたよりもナオの調子は悪そうだ。 ゆっくり休ませた方がいいと判断し、早めに辞去しようとする秋山にナオの表情が曇る。 「あの・・・もうちょっとだけ、お話しててもいいですか?」 「いいよ」 立ち上がりかけた秋山はナオのすがる様な瞳に押し切られ、もう一度ベッドサイドに腰を下ろした。 ふと秋山が視線を落とすとそこには先程から抱きかかえられている愛用のぬいぐるみ。 秋山の視線に気付いたのか、ナオはぽつぽつと話し出す。 その口調もいつもよりも舌足らずで、その様子は幼い子供の様で妙に可愛らしかった。 「あのねですね・・・このぬいぐるみのマムちゃんのホントの名前はママって言うんです」 「・・・・へえ」 「えへへ、お父さんにも内緒なんですよ」 こんな名前だと寂しいんじゃないかって心配されちゃうから・・・と小さく呟いた。 「で、悩んでる時とか寂しいときとかぎゅっとしてると、元気が出る気がするんです」 きりり・・・と胸が締め付けられる。 ああそうだ、コイツはずっと父親と二人きりなんだった。 いつかアパートの一室で聞いたナオの家族構成を思い出す。 どこか自分と境遇が似ている彼女。 ふと母親の顔が秋山の心に浮かんだ。 「秋山さんが来てくれて良かった・・・」 「ホントはすごく・・・心細かったんです」 「ありがとうございます」 「別に、気にすんな」 熱のためか弱々しい笑顔。 「風邪、引いた時に誰かが居てくれるなんて久しぶりなんですもん」 「見舞いくらいはいつでも来るから」 確か、彼女の父親は中学生の時には癌を発症していたと聞いている。 自分よりもずっと幼い頃から彼女は一人、ぬいぐるみを手に寂しさに耐えていたのだろう。 秋山はそっとナオの髪を撫でた。 「・・・添い寝してて、やろうか?」 「え?」 「ぎゅってされる方が、ぬいぐるみよりちょっとは安心できるだろ」 あえてナオの言葉を引用して悪戯っぽく言ってみる。 少なくとも成人男性が寝込んでいる少女に言うべき台詞ではない。 さらに言うと自分たちはまだ恋人同士という関係でも無く、友人というのもまた違う気がする。 そんなことは重々承知の上だが、今は無性にこの少女のために何かしてやりたくて、つい口を吐いてしまった。 こくんとナオは頷くと、もぞもぞと秋山のための場所を空ける。 ベッドへ身体を滑り込ませ、抱き寄せる。 力の抜けた華奢な身体はすっかり秋山の腕の中に納まった。 朦朧としているせいか、慌てるだとか恥らうだとかは全く無いらしい。 自然に甘えるように胸に頬をすり寄せてくる。 少女の体は想像と異なりひんやりとしていた。寒気がするのも無理はない。 秋山は体温を分け与えるように肩から背中をさする。 ずっと昔の記憶の中の母親と今の自分の姿が重なった。 仕事は忙しくても、自分が体調を崩せば出来るだけ傍にいてくれた。 今思えばずいぶんとそれは大変だったのだろう。 遠い思い出のせいでやけに感傷的になってしまう。 コホコホと苦しそうな咳をする度に、背中をぽんぽんとさする。 「秋山さん・・・・」 「ん?」 「秋山さんに、風邪・・・移っちゃったら・・・どうしよう・・・」 「俺のことはいいからちゃんと寝てろ」 「・・・はい」 「秋山さん 」 つんつんとシャツをつままれる。 「何だ?」 「秋山さん・・・温かくて気持ち良いです」 無邪気に微笑むと満足したのかナオは大人しく目を閉じた。 自分を信頼しきって眠りこくる無防備な姿のナオにまた胸が痛む。 ――今度こそ守りきる。 初めは一度守れなかったモノの変わりに彼女を守って自己満足したかっただけなのかもしれない。 けれど今は間違いなくカンザキナオが愛しい。 「・・・ん・・」 いつからか少女を抱きしめる腕に力が入りすぎていることに気付き、慌てて腕の力を抜く。 起こしてしまったかと注意深く見守るがどうやら大丈夫だった様だ。 無意識に秋山の口元から笑みがこぼれる。 秋山はナオの頬へ汗で張り付いた髪をよけてやり、そっとそこに口付けた。 目が覚めるとうっすらと空が白んでいる。 まだ頭の芯がじんじんと痛むが、だいぶ体調は良くナオはゆっくり目を開けた。 伸びをしようとした瞬間、ナオの体が固まる。 (あれ!?・・・えっと・・・なんで、秋山さん?) すぐ横にいる秋山の寝顔にナオの脳は完全に機能を停止させてしまっている。 (えっと、えっと昨日・・・秋山さんがお見舞いに来てくれて・・・) 正直、昨日のことは熱のせいかあまり覚えていない。 (添い寝・・・してくれてって・・・うわっ!) どうしよう!?・・・ナオはいまいち働かない頭でひとしきりパニックを起こした後、取りあえず何も無かった事にして もう一度眠ることにする。 (もう少し、こうしてても怒らないよね・・・) ドキドキしながらも秋山の寝顔をもう一度ゆっくりと眺めようと顔を起こすと、枕もとのぬいぐるみと目が合ってしまう。 ナオはなんとなく気恥ずかしさを感じ、ベッドサイドへぬいぐるみを追いやると窓の外側へとその顔を向かせた。 (ちょっと寒そうだけど・・・ごめんね、ママ・・・) 心の中で愛用のぬいぐるみに謝るとナオは秋山に寄り添い、うっとりと瞳を閉じた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |