秋山深一×神崎直 ![]() ベッドに腰を掛けて、君が言葉を発するのを待っていた。 無理矢理ベッドに引きずり込もうとも考えたけど、そんなの俺が求めている形じゃないし、何よりせっかく今まで築いてきた信頼関係がこんなことで崩れるのは御免だ。 だから「心の準備が出来たら」という君の言葉を信じて、待つことにしていた。 それにしてもいい加減、待つことにも疲れてきた。 「心の準備とやらはまだなのか?」 突然声を掛けたからか肩が一瞬ビクッと震えた。 「もう少し…」 無理矢理笑おうとしている口元がなんだか見てて痛々しい。 思わず大息をついた。 「とりあえず立て」 「え?」 「いいから。こっち来い」 不審がりながらも素直な彼女は小さな歩幅で俺の前にやって来た。 本当に俺はどうしようもない人間だと思う。 かつて大金を動かし、一つの小世界を壊した俺のこの言葉は、今、たった一人の女性に対してのみ使われる。 それも少なからず好意がある女性に対し、時間が経過すればいずれ叶うことのためだけに。 「とりあえず君が俺と寝るのが嫌なのはよーく分かった」 「…え?いえっ、そんな!秋山さんだったら大丈夫だって思ったから…」 「でも現に君はこうして心の準備が出来ていないから、と言って先延ばしにしている。それと嫌がっていることに大きな違いはないだろう?」 「…そんなことありません!」 「無理するな」 「無理なんかしてません!」 「なら寝るんだな?」 「も、もちろんです!」 ここまで言わせれば俺の勝ち。それにもういい加減限界だ。 こんな面白くて可愛い小動物を、俺は放っておけない。 細い腕をグイと引っ張って半ば強引にベッドに組み敷いた。 「あ、あの…?」 何か言いたげな口を唇で塞いだ。 歯列に舌を割り込ませ、彼女を味わうようなキスを何度もした。 その唇が彼女の白い首にやって来たとき、彼女の手が俺の肩を掴んで軽い抵抗を見せていることに気がついた。 「やっぱり嫌か?」 顔をあげそう尋ねると「嫌じゃないです」という返答。 「ただ…、一つ聞いてもいいですか?」 「なんだ?」 彼女の瞳に映る自分を想像すると怖くなる。 きっと今の俺は目の前に餌を用意されながらも主人に待てをされた犬のようだろう。 今はナオがご主人様か。 いや、きっと犬なんて生やさしいものではないだろう。 むしろ狼。 目の前にナオという餌を用意されながらも、ずっとご主人に待てとされている狼だ。 「秋山さんってこういうの…初めて、じゃないんですよね」 「? ああ」 彼女は大きなため息を吐きながら「やっぱり」と口にした。 むしろ26で童貞の方が問題ありだろう。 でも彼女はそんなことはお構いなしのようで、次にこう続けた。 「なんか…や、です」 「は?」 「…だって、悔しいじゃないですか!」 その一言に思わずドキッとした。 いつもやきもちをやいているのは俺ばかりかと思っていたが、そうじゃなかったのか。 思えば彼女がこんな風に思いを口や行動に出すというのは珍しい。 やけに嬉しくさせてくれる苦情だな。 ところが彼女はさらに言葉を続けた。 「やっぱり私は何一つ秋山さんに適わない。…なんか悔しいです」 「え?」 「よくわかんないですけど、秋山さんに負けてる気がして悔しいんです」 「は?」 「ゲームの時もいつも秋山さんに頼ってばかり。味方なのに嘘つかれたり黙ってられたり…。秋山さんに勝ったことなんて一度もないじゃないですか!だから…」 その言葉に俺は目に見えて分かるほどにガクッとした。 なんだ、それ。 ぬか喜びした俺がバカだったのか。 それなのに俺をこんな状態にした当の本人は、何が悪かったのか分からないようで、何度も俺に「どうしたんですか?」と尋ねている。 もうなんだか軽く彼女を挑発してまで事に運ぼうとしていた自分がバカらしくなって笑ってしまった。 「…もうアンタ以外とはしないから」 「へ?」 キョトンとしている彼女の頭にキスをした。 「だから、俺に勝ちたいならもう君は数で勝負するしかない」 「はぁ」 とても間抜けな返事だった。 「俺はもう君以外とはしない。だから俺の数を抜きたいなら勝手に抜け」 そう言って何度も何度も額や頬、唇にキスを落としていった。 「あれ?でも秋山さんってどれぐらいの人と…」 「内緒」 そう言って笑って、彼女に深いキスをした。 彼女をこの腕で抱く権利がある間は、まず間違いなく彼女の男性経験の数は1から動かない。というか動かさない。 そして出来ることならその数字のまま、ずっといてくれないだろうかと思ってさえいる。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |