秋山日記
秋山深一×神崎直


[8:32]目が覚める。壁にかけてある時計に目をやり、溜息をつく。二時間半も寝ていない。
[8:37]二度寝を試みるも、どうにも落ち着かない。原因はまぁ、目の前にあるのだが。どうしようか。
[8:40]あまりにも幸せそうに寝ているのでキスをしてやった。十回ほど。一回一回ディープに。
[8:47]十一回目に突入する寸前で起きたようだ。おはよう、と挨拶がわりにキスをしてやった。七回ほど。
[9:31]キスから思いもよらぬ方向へと発展するが、まぁいい。軽く彼女に怒られながら、一緒に浴室へ。
[9:44]何度も一緒に風呂に入っているが、彼女はいまだに慣れないのか両手で隠しながら、おずおずと入ってくる。
    正直そそる。
[10:16]最近の俺はどうも頭がおかしいようだ。折角洗った体をもう一度洗う羽目に。
[10:28]長めの風呂から一足先に上がると、少し遅めの朝食の準備に取り掛かる。
[10:31]彼女に朝食のオーダーを聞きに行く。「何でもいいですよ」と言うので「じゃあ俺でいい?」と言ってやった。
     慌てふためいている。
[10:42]朝食は目玉焼きとベーコンを適当に焼いた物と白飯。
[11:08]リビングでくつろぐ。特に興味を引くテレビ番組もないので彼女が洗い物している後姿を眺める。
[11:11]「どうかしました?」俺の視線に彼女が気付いて振り返る。「いや、新妻みたいだな」
     顔を真っ赤に染め上げてもくもくと洗い物に戻る。
[11:37]突然睡魔に襲われ、ソファに横になる。彼女が何か言っているが聞こえない。
[11:50]彼女の意外な一面を垣間見た。
[12:19]彼女が買い物に行きませんか、と提案してくる。特に用も無いので二人で出かける事にした。
[12:35]電車に揺られながら目的地へと向かう。今日の電車は休日と言う事もあって満員だ。
[12:37]不意に悪戯心がわき上がる。彼女の腰へ手を回し、抱き寄せる。驚きの表情を浮かべる彼女の耳元に囁く。
     さらに驚く彼女を尻目に作戦強行。顔を真っ赤にしながら俯く彼女に少し胸の鼓動が速くなる。いちいち可愛い。
[12:51]良い所で目的に到着する。握った彼女の手は驚くほど熱かった。
[13:14]街をぶらぶらと散策する。人が多い。はぐれないようにと繋いだ手はまだ熱を孕んでいる。
[13:46]美味そうな蕎麦屋を発見。ざる蕎麦を頼む。彼女は天ざる蕎麦を注文していた。俺もそれに変更する。
[14:07]美味かった。また彼女と街を散策する。たまにラブホの前を通り過ぎたりしながら目的も無く歩く。
[16:33]そろそろ本格的に人込みにうんざりし始めたので帰路につく。電車内では行きのリベンジマッチを行う。
[17:19]リベンジ成功。家に着く。喧騒から解放される。わざわざ取り寄せたツインのベットに身をゆだねる。
     「夕食は何が良いですか?」と彼女がエプロン姿でやってきたので、強引にベットに押し倒す。
[18:22]夕食は出前を頼む事にし、少しの休憩を挟んで延長戦へ。最近の俺は色ボケが激しいようだ。別にかまわないが。
[19:01]注文したピザが届く。二人でだらだら喋りながら食べる。体の節々が痛いと言う彼女の抗議を右から左に受け流す。
     別にムーディーな雰囲気ではない。
[19:48]夕食終了。二人でDVDを見る事に。
[22:10]DVD終了。彼女が号泣している。俺にはいまいちピンとこなかった。
     「面白かったですね」と照れた笑みを浮かべる彼女を抱き寄せる。
[22:40]コーヒーをすすりながらぼんやりと窓の外で輝く三日月を眺める。彼女は先に風呂に入っている。
[23:27]彼女が上がってきたので風呂に入る。彼女の残り香がして、くらくらする。男は本当に獣だと身をもって学ぶ。
[23:51]今日の疲れを洗い流す。暑いのでシャツを着ないで歩いていると彼女が顔を真っ赤にしながら叫ぶ。何を今更。
[0:14]彼女がベットへと向かう。少し調べ物がしたかったので先に寝かす。もちろん、探す物なんて特に無い。
[0:17]寝室から足音が聞こえてきた。三分。これまでの最短記録を更新。
[0:18]「一人は……寂しいです」計算でしているのだとすれば、末恐ろしい。まぁ、天然でやっているから余計に性質が悪いが。
[0:23]ベットの中での彼女は普段よりも表現が随分とストレートだ。さて、今日も朝日を一緒に見るとするか。

「……」
「どう?」
「……わざわざこれを見せるために呼び出したのか?」

 もちろん、と悪びれた様子も無く頷く秋山に、キノコカットにメガネという奇抜な格好の男、フクナガはふざけるな! と怒声を発しながら勢い良く立ち上がる。

「興味ないんだよバーカ! というかムカつくんだよねその態度! 何、秋山お前喧嘩売ってる? 売ってるよねぇ!?」
「フクナガ」

 激昂するフクナガとは対照的に落ち着き払った声で、秋山は言う。
 その表情は、どこまでも大胆で、どこまでも不敵。

「羨ましい、だろ?」
「……! ふっざけんなバーカ! ああああマジムカつくんですけど!」
「お、お客様、すいませんが他のお客様のご迷惑になるので……」

 騒ぎに駆けつけた女性店員を見、秋山の澄ました顔を睨むと、フクナガはふん、と鼻息荒く席に座った。
 辺りにまた賑やかな喧騒が戻ってくる。

「ナオちゃんと一緒に住んでるのかどうかとか興味な」
「フクナガ、取引しないか?」
「……はぁ?」

 秋山の突然の提案に、フクナガは素っ頓狂な声を上げた。

「この写真、一枚買わないか?」
「……? 写真? 写真なんかに出す金は……!?」

 秋山がおもむろに取り出した写真に写っていたのは……いや、本人の為にも伏せておこう。
 ただ、直は秋山の命令に逆らえないのだろう、という推測だけは出来る、そういう格好をしていた。

「い、いくらだ!? いくらで売ってくれる!? こ、この写真なら二百でどうだ!?」
「五百、だ」

 フクナガの眼前に突きつけられた秋山の五本の指。
 メガネの奥の瞳が震えている。

「株で随分稼いでいるそうじゃないか。五百程度、いくらでも稼げるだろう?」
「ふ・ざ・け・る・なッ! どこの世界に写真一枚に五百万も払う奴がいるんでーすーかー!?」
「五百万の価値は充分にあると思うんだが……まぁいい。お前が買わないなら他に売るだけだ」

 フクナガの手から写真を奪うように取り返すと、写真を上着のポケットへとしまう。
 明らかに見て分かるフクナガの悩みっぷりに、秋山は内心笑みを零しながら、しかしそれを表情に出す事無く続ける。

「どうする? 決めるのはアンタだ」
「ぐっ……クソッ! いつ金を持ってくればいい!?」
「明日、この店に。今日と同じ時間で」

 クソッ! と悪態をつきながら立ち上がると、急ぎ足で店を出ようとドアへと向かう。

「フクナガ」

 自分を呼ぶ声に、うんざり顔で振り返る。
 そこにいたのは煙草片手に嫌味な笑みを浮かべているのは、腹立たしい事に可愛いあの子の想い人。

「悪いけど、勝つのはおーれーなーのー」
「ッ! くたばれバーカ!」

 秋山に中指を立て、どかどかと不機嫌そうに肩を揺らしながらフクナガは人込みの中へと消えていく。
 その後姿が見えなくなると、秋山は新しい煙草をくわえる。
 吐き出す紫煙を見つめながら先程の会話を思い返しては、くつくつと嫌味な笑みを浮かべる。
 彼は敵には決して容赦しない。いや、『カンザキナオと自分』以外には容赦しない。
 基本的に彼は、クールでクレヴァーでどこまでもカンザキナオに対して甘いのだ。本人は自覚していないが。

「しかし、まぁ……」
 
 先程フクナガに見せた写真を、まじまじと見つめる。

「よく似てるな……本人ソックリだ。まぁ、俺の、よりかは劣るけど」

 そこに写っている酷く淫靡な女体。

「しっかし。コラージュって気付かないなんて……はッ。とんだ笑い種だ」

 そう。この一見直に似ている女性、実は全くの別人なのだ。
 そんな事とは知らずに、フクナガはただのアイコラ写真に五百万もの大金を払わさせられるのだ。つくづく、容赦しない男だ。

「名前は何て言ったっけな……確か、と、戸、えーと……」

 こういう芸能関係には酷く疎い。出てきそうで結局出てこず、秋山は思い出すことを諦め、かわりにポケットから携帯電話を取り出す。
 アドレス帳から目的の人物の番号を探し出すと、迷う事無く通話ボタンを押す。
 数コール後。

『もしもし、エトウですけど』
「俺だ。秋山だ。ちょっと話したいことがあるんだが……」






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