秋山深一×神崎直 ライアーゲーム3回戦は2回戦と同じく泊り込みのゲームだった。 部屋に帰って気分を落ち着かせようとお風呂に入ってみたものの、不安な気持ちは変わらない。 どうしても寝付けなくて私は秋山さんの部屋を訪ねる事にした。 ドアをノックするとすぐに秋山さんはドアを開けてくれた。 「来ると思った」 秋山さんは私の姿を見るなりため息を一つついて笑った。 けれど私は秋山さんの言葉よりもその姿に気を取られてしまう。 上は裸で下は昼間と同じズボン。 「なっ…なんで裸…なんですか?」 「別に」 「寝るときはいつもこうだけど」 「…そうなんですか」 思わず視線は泳いでしまい、まともに秋山さんを見られない。 男の人だったら上だけ裸でも別にそんなにおかしくない筈なのに…妙に気恥ずかしい。 「で、今回もやっぱり眠れないのか?」 「…はい」 「それで、そのお前の抱えてるカバンは何だ?」 「え?パジャマとぬいぐるみですけど…」 「パジャマ…?」 「泊めて貰おうかと思って…ダメですか…?」 「駄目だって言ってもきかないだろ、お前」 えへへ、と笑うと秋山さんはもう一度ため息をついて、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。 秋山さんと一緒に寝るのは初めてじゃない。 終電を逃してしまいお互いの部屋に泊まった事が何度かある。 最初は別々に寝ていたけれど、近頃は腕枕をしてもらえるようになった。 秋山さんの隣はすごく安心できてずっとこうしていられたら…といつも考えてしまう。 だから今夜も安心したくて秋山さんの部屋に来たのだけれど…何かがいつもと違う。 必要以上に秋山さんの身体を意識してしまっているせいなんだろう。 いつも通りの会話が上滑りしている気がしてならない。 何とかこの空気を変えたくて私は提案してみる。 「そうだ!私のパジャマ、貸してあげますよ」 「いいよ、別に」 「だってそのまま寝たらズボンがしわくちゃになっちゃいますよ」 「大体お前のパジャマなんて俺に入らないだろ」 「大丈夫です。男物ですから」 どういうことだ?って顔をしている秋山さんに必死に説明する。 (このままだとまたおかしな子だって思われちゃいそう) 「ほら…ちっちゃい頃とか寂しいときにお父さんのパジャマとか着ちゃうじゃないですか」 「その時からの癖でなんか大っきめのパジャマが好きなんです」 「丈も長いから私、私は上だけでも平気ですし」 ――これはお父さんのお下がりじゃ無くってちゃんと新品だから大丈夫です! ここまで力説したところで根負けしたのか秋山さんは「分かったよ」と困ったように笑ってパジャマを受け取ってくれた。 洗面所を借りてパジャマに着替える。 少し足元が心許ないけれど、膝近くまで長さがあるから大丈夫と自分を納得させてみる。 (でもやっぱり短いかも…) 畳んだワンピースを旅行かばんに重ねてソファの上に置いた。 着替え終わって寝転んでいる秋山さんの隣にぺたりと座り込んだ。 やっぱり秋山さんの裸が気になってしまって私達の間にはいつもより若干の距離が有る。 (良く考えてみれば、パジャマ半分こじゃ全然解決出来る訳無かった…) パジャマに着替えてもらっても上半身に何も着ていない事に変わりは無いと今更気付く。 「もっとこっちに来れば?」 「えっ…えっと」 (いつもの秋山さんだけど、いつもの秋山さんじゃない…) 私は何かとんでもなく大きな間違いを犯してしまったような気になった。 (どうしよう…どうしよう…) 距離にしてほんの50センチ。 いつもならぴったりくっついて甘えられるのに、今日はそれが出来ない。 ――コン…コン… 考えあぐねているところに、突然のノックの音。 (誰だろう…?) 正直、ちょこっとだけ助かったって思ってしまった。 そして一秒後には助かったどころか絶体絶命のピンチだという事に気付く。 (秋山さんは裸だし、この状態って…絶対誤解されちゃう…!!) 秋山さんは一つ小さくため息をついた。 「パジャマの上、借りるぞ」 「え?」 しっ…静かに。と秋山さんは私の唇に人差し指を当てた。 「わざわざパジャマを持ってくる様な奴がズボンしか穿いてないなんて不自然だろ」 小声で秋山さんは言った。 「あっ…そうですよね」 悩んでる暇は無くて、私は布団に潜り込んでパジャマを脱ぐと秋山さんに手渡した。 「じっとしとけよ」 ぱふっと布団の上から触れられて私はこくこくと頷いた。 ベッドのヘッドボードから部屋の照明を落とすと秋山さんはドアに向かった。 ――ガチャリ ドアの音。 (こんな時間に…事務局の人とか?) 「もう寝てたの?」 (この声は…フクナガさん!?一人じゃないみたいだけど) 来訪者はフクナガさんとチームのみんなの様だった。 「ああ」 秋山さんはいかにも今起きましたって感じの声色だ。 「寝てるトコ悪いんだけどちょっとだけ良いかしら?」 「邪魔するぜ」 秋山さんの返事よりも早く、ぞろぞろと数人の足音。 カチリと灯りをつける音に頭が真っ白になる。 (え!?…あっ…どう、しよう…!?) 布団の中で息を押し殺す。 不安で胸がドキドキとなる。 今私の格好ときたら身小さな下着一枚身に着けているだけ。 こんな事になると分かっていたらせめてブラくらいはしておいたのに。 (こんな格好、誰かに見られたらもうお嫁に行けない…) 「明日の事、少しは打ち合わせしとこうと思ったんだけど」 「まあ俺たちも寝れなくて飲んでたらフクナガが秋山のところに行くって行ってるし」 「で、ヨコヤの事を聞きたいからちょっと来いって呼ばれてさ」 「折角だからみんなで軽く作戦会議をしてくかって事になったんだ」 「ナオも誘いに行ったんだけどもう寝ちゃってるみたいだったからさ」 (あ…私も誘いに来てくれてたんだ…) 「まあナオちゃんは夜に弱そうだしね」 (う…ここに居ますー!って訳には…いかないよね…) (どうしよう…) 部屋に入って来たみんなは部屋の中で適当な場所に座っているみたいだ。 声からしか外の状態が解らずもどかしい。 ぎしっとベッドが揺れて誰かが私の横たわるすぐ前に座った。 (秋山さん…だよね…?) 私の身体を越えた所に手を付いて身体を凭れ掛けてくる。 多分秋山さんが私を庇うためそうしてくれているんだろう。 僅かに掛かる体の重さが私を安心させてくれる。 私がどんな体勢なのかを確認するためか、布団の中に手を差し入れられた。 少しひんやりとした秋山さんの指が膝に触れる。 確かめるように触ると一旦指は離れ次は太ももへと触れられる。 ほとんど人に触れられることの無い箇所を事も無げに触れられて心拍数が上がってしまう。 指は脚とは反対側のお腹の方へ伸びてきた。 胸元を腕で庇いたかったけれど、この状況じゃ身動きをとることが出来ない。 秋山さんも手探りでどこい触れているのか分からないためか、何度も胸の辺りを指で撫でられ、息が弾んでしまう。 (あ、あきやまさん…っ…うわっ…ダメ!) (……!) 私の胸の頂点を掠めたとき思わず身体がびくんと震えてしまった。 ぎゅっとシーツを掴む。 (不可抗力なんだろうけど…恥ずかしいよぅ…) 秋山さんの手は私の腕に移り、そこから肩先へ指をたどらせ顔まで辿り着く。 私の頬を包み込むように触れて、安心させるためか髪を撫でてくれた。 身体が火照っているのが分かる。 ずっと布団の中に隠れているからだけじゃない。 胸の辺りに触れられた感触がまだ残ってる。 そこだけまだ甘く痺れて、熱を持っているみたいだ。 (もっと…触れてて欲しい…なんて…) ふとそんな考えが頭をよぎる。 (やっぱり…最近の私、ちょっと変かも) 自分でも信じられない。 (こんな状況なのに) だけど一度浮かんでしまった思いはなかなか打ち消すことが出来ない。 胸がドキドキとなってこの音が外に聞こえてしまうんじゃないかと本気で思ってしまった。 秋山さんとたくさんキスをするようになってから、私の身体が少しずつおかしくなってしまっている気がする。 抱きしめられているときやキスの最中に、時々もっと秋山さんに触れたくて切ない気持ちになってしまう。 何とか気持ちを落ち着かせようと静かに深呼吸をしてみる。 「そういえば秋山ってナオちゃんとどういう関係なんだよ」 「別に…ゲーム二回戦で知り合っただけだ」 「メンバーを集めるには警戒されない女の子の方が都合が良かったからな」 (私は秋山さんの恋人なのに…一応…) 都合が良かっただけなんて…今は仕方ないのは解るけど…。 なんとなく面白くなくて丁度口元近くにあった秋山さんの手のひらを軽く噛む。 お返しにぎゅっとほっぺたをつねられた。 ――「それで結局ヨコヤについて対策は有るの?」 ――「ヨコヤと直接話して気付いたことは何か無いか?」 まだ部屋ではヨコヤさんについての会話が続いているみたいだ。 みんなが思い思いの意見を言っている中、秋山さんの声は特別素敵に聞こえる。 自信たっぷりで少しトーンが低くて、けれどそれに凛とした響きが有る。 絶対に他の誰かと効き間違えたりしない自信がある。 聞こえてくる冷静な声とは裏腹に私に触れている指先はすごく優しい。 耳や唇や頬を撫でるように触れ続けていてくれている。 気遣ってくれる事が嬉しくて手のひらにキスをしたらくしゃくしゃと髪を撫でられた。 (秋山さんがこんなに優しいって事を知ってるのは私だけなんだ) 密かに優越感に浸ってしまう。 それからしばらくして「じゃあ」と口々に言う声とドアを開ける音が聞こえてきた。 これで作戦会議は終了らしい。 私はほっとして胸をなでおろすと、秋山さんが「もう大丈夫」と言ってくれるのを待った。 「あ、言い忘れたことがあるんだけど」 再びドアのガチャリという音。油断していただけにすごくびっくりしてしまう。 (この声はフクナガさん?) 「ナオ、アンタね」 私は突然呼びかけられて、心臓が飛び上がりそうになってしまった。 (いつからばれちゃってたんだろう) 「あっ…はい」 観念して顔だけを出して返事をしてみる。 「一応言っとくけど秋山だって男なんだからね」 「あんまり信用してると痛い目みるわよ?」 (秋山さんは…そんな人じゃ無いですもん…) 何か言いたげな顔の私をフクナガさんは鼻で笑う。 「ほら、これ取っときな」 フクナガさんは私の居るベッドへ二枚のコインを放りなげる。 「まあこれで前回の借りは返したからね」 じゃね…背中越しに手を振るとフクナガさんはバタンと大きく音を立ててドアを閉めた。 「あの…バレちゃってました?」 「みたいだな」 「う…みんなにも?」 「いや、フクナガだけだろ」 秋山さんはソファを指差した。 「あそこに置いてあった君の荷物を後ろに隠しといてくれたみたいだから」 確かに上に置いておいたカバンはどこかに移されてる。 「本当だ…」 「敗者復活戦の借りを返したらしいな」 まあ全部ナオさんの日ごろの行いのおかげだな…と秋山さんはからかう様に笑う。 (これって褒められてるんじゃ無くって…) 何も考えずに秋山さんの部屋に泊まりに来たから、こんなにハラハラする目に遭うんだって言われてる気がする。 私がそう伝えると秋山さんは悪びれも無くまた笑う。 「はは、分かった?」 「…それくらい分かります!」 「へえ、少しは成長したんじゃないのか?」 ちょっとむっとしていたはずなのに、頭をぽんぽんと撫でられると悪い気はしなくなってしまう。 (私、ずっと秋山さんには勝てないのかも…) 「そうだ!」 「フクナガさんからなにか、もらっちゃいましたね…」 取りあえず布団を身体に巻きつけて2枚のコインを手にとって見る。 アルミ製のそれはピンクとゴールドの2色で本物の通貨より一回り程大きい。 「コインチョコみたいですね?」 「じゃあ一個は秋山さんの」 ゴールドの方を秋山さんに差し出す。 フクナガさんがチョコをくれたのがチームメイトとして仲良くやって行こうって意思表示みたいで嬉しかった。 けれど秋山さんは少し微妙そうな表情をしている。 (あれ?秋山さん甘いもの苦手だっけ?) 秋山さんの様子を覗いながら手探りでピンク色の銀紙を剥いていく。 大きく口を開けてかじり付くと、ぐにっとおかしな感触。 口の中に人工的なイチゴの香りと苦味が広がる。 あーあ…と秋山さんのため息が聞こえた。 「あっ…あのっ…」 早速食べようとしたのか半分ほど破った銀紙から覗くのは、くるくると縁が丸められたピンク色のゴム製品。 それは私の思考回路の限界を超えてしまっていて、完全に頭がフリーズしてしまう。 「へえ」 秋山さんが早速楽しそうな表情で私に笑いかけた。 こういう時は大抵…意地悪を言われる…。 「一応それが何かは知ってるんだ」 私はそれが何か…当然知っていた。 実物に触るのは初めてだったけれど。 「ちっ…違いますっ……こんなの…知りません……」 「知らない?」 「じゃあ教えてやろうか?…使い方」 「い……いえっ!……結構です!!」 唇が触れるぎりぎりまで顔を近づけられて、恥ずかしくて目が潤んでしまう。 「…で、コレは美味しかった?」 「あの…これ」 「ん?」 「変な味するんですね…苦いけど……イチゴでした」 中もよく確認しないうちにかじってしまったそれの後味が口内から消えてくれない。 「まったく、今度からは口に何かを入れる前にちゃんと確認くらいはするんだな」 (まるっきり子供に言うセリフだ…) だけど秋山さんの言うことは全くの正論で何も言うことが出来ずにいると、近づけたままの唇を重ねられた。 唇を緩めると舌を差し入れられる。 私の舌を絡めとり、体温を馴染ませる様にそのままゆっくりと舌を絡ませあう。 秋山さんのパジャマにしがみつくと、息継ぎのために少し唇の間に隙間を開けてくれる。 だけどキスはまだ続いていて私の口の中を秋山さんの舌がくるりと一周する。 秋山さんは私の下唇を唇で挟むと軽く吸う。 つるつるとした粘膜が密着する感触が心地よすぎて、身体から力が抜けてしまいそうになる。 (秋山さん…ずるい) (こうされるのが一番弱いの…わかっててするんだもん…) 力の抜けそうな身体を秋山さんがいつの間にか支えてくれている。 その柔らかさと弾力を味わうように2度、3度と角度を変えて唇を押し当て合う。 最後にぺろりと輪郭をなぞられて長い口付けから開放された。 「…っん」 唇が離れると、あんなに長くキスをしていたのにもう名残惜しくなってしまう。 「たしかにイチゴの味がする」 くすっと笑う秋山さんの声。 「…うー」 もう一度ちゅっと音を立てて秋山さんは私の唇にキスをした。 「やっと今日初めてキス出来ると思っていたのに、ずいぶんお預けを喰らったからな」 秋山さんは唇を離すと、にまっと猫を思わせる悪戯な笑顔を浮かべた。 「あの、そろそろパジャマ…返してもらえませんか?」 無理矢理ぐるぐると布団を巻きつけた自分の姿を思い出し、秋山さんに切り出してみる。 「どうしようかな?」 秋山さんは私が言い返すより先にパジャマを放り投げてしまった。 ひらひらと曲線を描いてそれはソファの上へと落下する。 どうやって手を伸ばしても届く距離ではない。 「あ!」 「じゃあそろそろ寝るか?」 「その、えっと…パジャマ…」 布団ごと身体を伸ばそうとするけれど 「手、届くか?」 いつの間にか布団の端に秋山さんが座っている。 (これって絶対絶対確信犯だ…) こういうときの秋山さんには何をしても勝てないのは知ってる。 私はあきらめてベッドに横たわる。 部屋の明かりを落として秋山さんが隣に身体を滑り込ませた。 真ん中に陣取っていた私は掛け布団からはみ出るぎりぎりまで身体をずらす。 暗闇の中でも秋山さんが苦笑しているのが伝わってきた。 「ほら」 秋山さんが指でちょいちょいと手招きする。 「はい?」 「腕枕してやるからもっとこっちに来いよ」 不安な夜に秋山さんの腕枕はすごく魅力的で、私はおそるおそる秋山さんの方へ身体を寄せる。 何だか冷たいプールに怖々と入っていく時の感じに似ているとぼんやりと思った。 身体をじりじりと近づけていくと、一気に秋山さんの腕に抱き寄せられる。 (うわっ…!) 温かい。 いつも抱き合っている時よりも、当然ながらダイレクトに体温が伝わってくる。 冷たいプールの事を連想していたせいか余計にそのぬくもりを鮮明に感じる。 さらさらとした白い肌は一瞬ひんやりと感じるけれど、触れていると体温が溶け合うように温かい。 初めて直接秋山さんの肌に触れて、心臓がどうにかなってしまうんじゃないかという位ドキドキしてしまう。 肌を見てるから恥ずかしいんじゃないかと思って目を閉じてみるけれど、何も見えないほうが余計にその感触を意識してしまい私の心臓の鼓動は余計に早まる。 (すごく気持ちいいんだけど……どうしよう!?) 秋山さんはそんな私の様子なんか気にもとめない様で、いつも通りの仕草で私の背中を優しくさする。 触れる指のタッチをいつもより敏感に感じてしまい、ぞくぞくと甘い感覚が背中を走る。 これもいつも通りに秋山さんは私の頬や首にキスをしてくれる。 キスは普段と同じなのに剥き出しの鎖骨や肩に触れる秋山さんの柔らかい髪がくすぐったい。 (…んっ) (何だか…声、出ちゃいそう…) 私が何かを必死に耐えていると、不意に秋山さんに話しかけられた。 「ねえ、知ってる?」 「寿命が2〜3年のネズミも100年生きる海亀も、一生のトータルでの心臓の鼓動数は同じ位だって言われてるんだ」 「そうなんですか?」 急に耳元で囁かれて、身体がぴくりと反応する。 吐息がくすぐったいのに心地良い。 「だけどネズミとカメでは鼓動のスピードが違う。だから寿命も変わってくるって事らしいよ」 「…?」 (なんで急にこんな話を?) 不思議に思っていると秋山さんはニヤリと笑って私の耳にぴたりと唇を寄せた。 「だからそんなにドキドキしてると長生きできないぞ?小動物さん」 「…っ!」 からかわれている事に気付いて私は頬を膨らませた。 「…ドキドキしてるのは、全部秋山さんのせいですもん」 「じゃあそろそろからかうのはやめとこうか」 「君が居ないと俺が一番困るから」 じっと見つめられる。 (人の目をじっと見るのは秋山さんの癖…なのかな?) 見つめられるだけで、密着している胸がドキンと高鳴った。 (秋山さんの目は好きなんだけど、心臓に悪い気がする…) 「また…そうやって私をからかわないで下さい」 「…へえ」 「じゃあ…からかうのは止めて本気で押し倒してやろうか?」 「!!」 私の反応に秋山さんは会心の笑みを見せる。やっぱりからかわれていたらしい。 「ひどいです…」 きゅっと秋山さんの腕を掴む。 「あまりにも君に警戒心が無いからだよ」 「そんなの…相手が秋山さんだから…警戒しないんです」 「だからだよ。彼氏だからって少しくらいは警戒しとけよ?」 「だって…でも…秋山さんは、優しい人ですもん…」 「それでもさ、俺だって男なんだぞ?」 静かな口調とすごく優しい声。 「知ってます…」 「知ってても、解ってないだろ?」 「…そんな事…無いですもん」 思わず言葉に詰まる私を秋山さんはまたじっと見つめている。 「俺は…いつも」 「すごく、君が欲しい。」 いつに無く真っ直ぐな秋山さんの声に胸が締め付けられる。 ふっと秋山さんが笑う。 「まあ誰かさんは何も考えずにすぐ部屋に転がり込んでくるけどな」 少し意地悪く言う声はもういつもの秋山さんのものだった。 「だったら…私…」 私の言葉を遮る様に、秋山さんは私の唇へとキスをした。 触れているだけだけど、長く温かいキスだった。 「それはまた、君が本当に望む時まで楽しみに取っとくよ」 「………」 私は何も言えなくなってしまって、ただ秋山さんにしがみついた。 「それじゃ…そろそろホントに子供は寝る時間だな」 「子供じゃ…無いですもん…」 「さあ…?まだまだ君は子供だよ」 「おやすみ」 秋山さんのおでこへのおやすみのキスはいつも通り穏やかで、私は少しホッとした。 (なんだかちょっとだけ残念な気もするけど…) (ここでホッとしちゃうから子供って言われちゃうのかも…) 「おやすみなさい」 秋山さんの頬にキスを返すとぎゅっと抱きしめてもらえた。 ――やっぱりこうやって毎晩一緒に眠れたら良いのに。 目を閉じると穏やかな秋山さんの鼓動が伝わって、安堵感に包まれる。 秋山さんに聞かれたら「お前、人の話を聞いてたか?」って言われちゃうんだろうなあ。 そんな事を考えながら私はゆっくりと意識を手放した。 SS一覧に戻る メインページに戻る |