25:15 秋山
秋山深一×神崎直


『吊橋効果――人は危険を感じると緊張のため意識が高揚する。
そこに異性が現れればその高揚感を恋愛感情と勘違いする現象。』

自分を慕う彼女は典型的なこのパターンなんじゃないかと考える。
人2,3倍は暗示に弱そうな性格だ。
父親が不在の状態で現れた年上の男性になら、ますます錯覚を起こしても不思議じゃない。

困った事に俺が彼女に抱いている感情は間違い無く錯覚ではない。
心底大切に思っている。他の誰よりも。

事件について言えば後悔するつもりもやり直したいという気持ちも全く無い。
解っている、性格も起こした事件の経歴も俺は彼女に相応しくない。

だからいつかゲームが終わって彼女に日常が戻った時、俺への思いもきっと薄れていくのだろう。
ただ、これだけは言える。

――今彼女を守りきれるのは俺だけだ。
彼女を守りきる。誰からも。

本当は恋人になんかになるつもりも無かった。
キスするつもりも。
情が移ればその分別れが辛くなるだけだ。
だから今の立場は恋人でも、彼女の気持ちが本物だと確信できるまでキス以上に手は出せないでいる。
本当の恋人が見つかった時、俺との事を後悔する彼女なんて考えたくも無い。

(いつから俺はこんなに臆病になったんだ…?)

――出来れば彼女の気持ちは本物で、俺以外の恋人なんてずっと現れなければいいのだけれど。

瞳を閉じて微睡みはじめた彼女の髪を撫でながら考える。
彼女の自分への好意はやはり錯覚なのかもしれない。
いつか来る別離を思うとずきりと胸が痛む。

「…秋山さん…?」

もう寝付いたと思っていた彼女がおずおずと俺に声を掛けてきた。

「どうした…寝れないのか?」
「あの…」

言いづらそうに口ごもる。

「秋山さんが…」
「…泣いてるのかと…思って」

そっと細い指が俺の頬へ触れる。

「怖い夢でも見たのかなぁって」

彼女がそんな事を言うなんて俺はよっぽどひどい顔をしていたのか…?

「私、ここに居ますから…大丈夫ですよ」

大丈夫って何が…と言いかけて、止めた。

「もう一度言って」
「はい」

にっこりと笑う彼女の笑顔はまさに純真無垢といった様子で、今更ながらこの笑みにつられてここまで来たことを思い出す。

(君はゲームが終わっても俺を必要としてくれる?)

「大丈夫です」
「もう一度…」

(俺が君を守り続けることを許してくれる?)

「大丈夫…」

きっと俺が本当は今何を考えているかなんてわかっていないのだろう。
だけど唱える様な彼女の声は縋り付きたくなる程、俺を安心させる。
背中を優しく擦る感触と柔らかな体温をもっと感じたくて目を閉じた。

「私、時々、すごく不安になっちゃうんです」
「ゲームが終わったら秋山さん、居なくなっちゃうんじゃないかって」
「なんで?」
「…解らないけど…たまにそう思っちゃうんです…」
「君は俺と別れたいの?」
「そんな事、絶対無いです!!」

珍しく強い口調でそう言うと彼女は俺にしがみつく。

「秋山さんは…」
「秋山さんは、どうなんですか?」
「さあ…考えてみるといいよ」

一瞬でいくつもの言葉が脳裏をよぎったが、結局本音が口を吐く事は無い。

「……意地悪…」

少しすねた表情で彼女は上目遣いでじっと俺を見つめる。
(もっと俺の事で君の頭が一杯になればいいんだ)
願いを込めて彼女の額にキスをする。
彼女の本心を覗き見たくて、その大きな瞳をじっと見つめ返す。
ほんの僅かな間見つめ合って彼女ははにかんだ笑みを浮かべた。
その視線から俺への純粋な好意は感じられるが、結局心の中までは見通せない。

(そりゃそうだ…錯覚なら本人も嘘をついてるつもりがない)

君の気持ちはやっぱり錯覚で、俺への思いは幼い憧れから来ているものなのかも知れない。
けれど別に今はそれでも良い。と俺は考え直した。

もしも君が許してくれるなら。
君を守ったご褒美をもらえるなら。

これはライアーゲーム。
錯覚も嘘も本物の気持ちにすり替えてしまえば良い。

ここでは周りはみんな対戦相手で、信じられるのはお互いだけ。
なんて理想的なんだろう。
ゲームの終了までまだ時間は有る。
目標はゲームを勝ち抜き、主催者を突き止める事。
俺はそこにカンザキナオという優勝賞品を勝手に付け加えることにした。

そしてふと、ある可能性が頭に浮かんだ。
俺は彼女を守り、最後までゲームを勝ち進める。
――トーナメントの内容によっては決勝戦は俺と彼女の一騎打ちになるのか?

悪徳詐欺師と純真無垢の正直者。
他人の思考を読み解こうとする俺と他人の心情を理解しようとする彼女。
自分で思いついた事とは言え、あんまりな対戦カードに思わず苦笑してしまう。
ゲームの真意はライアーキングを決定することなのか、人間の正直さを問いかける事なのか。

――まあ勝算はは五分五分ってところだな。

ふと、視線を落とすと最大の好敵手は再びうとうとと微睡み始めていた。






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